若い女性の乳がん治療

若年女性における乳がんの治療の特徴について

若年女性における乳がんの治療は、高齢者に比べて特有の課題や特徴を有しています。治療の選択肢は、がんのステージやホルモン受容体の状態、遺伝的要因、患者のライフスタイルや希望に基づいて決定されますが、若年女性特有の生理的、心理的な要因も考慮する必要があります。以下に、若年女性における乳がん治療の特徴を解説します。

1. 若年女性における乳がんの発生と特徴

若年女性(一般的には40歳以下)は乳がんの発生率は比較的低いですが、発症した場合、高齢女性に比べて進行が早く、予後が悪い傾向が見られます。この年齢層での乳がんは、ホルモン受容体陰性やHER2陽性など、より攻撃的なタイプの乳がんであることが多いのが特徴です。また、家族性乳がんや遺伝性の要素(BRCA1/BRCA2遺伝子変異)が若年女性では高い割合で見られるため、遺伝子検査や予防的治療が選択肢に入ることが多いです。

1.1 進行が早いがん

若年女性の乳がんは、高齢者と比べて腫瘍の増殖が早く、診断時には進行している場合が多いです。そのため、早期発見が非常に重要ですが、若年層では乳がん検診が一般的でないため、自己検診や乳房の異常を感じた際の早期受診が推奨されています。

1.2 ホルモン感受性の違い

エストロゲンやプロゲステロンといったホルモンは、乳がんの発生や進行に影響を与えます。若年女性の乳がんではホルモン受容体陰性(ER陰性、PR陰性)のがんが比較的多く見られ、このタイプのがんはホルモン療法に反応しにくいため、化学療法が主な治療となることが多いです。一方、ホルモン受容体陽性の場合には、長期間にわたるホルモン療法が有効とされますが、治療中の生殖機能や更年期症状に配慮する必要があります。

1.3 遺伝的要因

BRCA1またはBRCA2遺伝子変異を持つ若年女性は、乳がんや卵巣がんの発症リスクが非常に高くなります。このような場合、リスク低減のために予防的乳房切除や卵巣摘出が推奨されることがあります。また、遺伝子検査に基づいて、家族歴やリスクに応じた適切なサーベイランスが行われることが重要です。

2. 治療選択の考慮点

若年女性の乳がん治療では、治療の目的に加えて、治療後の生活の質や長期的な健康への影響を考慮する必要があります。これには、生殖機能の温存、妊娠や出産に対する影響、心理的支援などが含まれます。

2.1 外科的治療

外科的治療としては、乳房温存手術(部分切除)や乳房全摘出術(乳房切除)が行われます。若年女性では、乳房再建手術を希望する割合が高く、治療後のボディイメージや心理的な満足度に大きな影響を与えることがあります。

  • 乳房温存手術:がんが小さく、局所的であれば、乳房温存手術が可能です。この手術では、腫瘍と周囲の正常組織の一部を切除し、手術後に放射線療法が行われるのが一般的です。若年女性では再発リスクがやや高いため、定期的なフォローアップが重要です。
  • 乳房全摘出術:がんの大きさや広がりによっては、乳房全摘出が必要です。特に、BRCA変異がある場合や複数のがんが発生している場合に推奨されます。乳房再建術は即時または後日に行われることが多く、インプラントや自家組織を用いた再建が選択されます。

2.2 化学療法

化学療法は、乳がんの進行度やタイプに応じて行われ、特にホルモン受容体陰性やHER2陽性の乳がんに対して効果的です。若年女性の場合、化学療法による副作用として、卵巣機能の低下や早期の閉経が引き起こされることがあり、これが生殖機能やホルモンバランスに長期的な影響を及ぼします。

  • 卵巣機能温存のための対策:化学療法による卵巣機能への影響を軽減するために、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)アナログを使用することが推奨されています。また、治療前に卵子や胚の凍結保存を行うことで、将来的な妊娠の可能性を残すことができます。

2.3 ホルモン療法

ホルモン受容体陽性の乳がんに対しては、ホルモン療法が行われます。タモキシフェンなどの選択的エストロゲン受容体調節薬(SERMs)や、アロマターゼ阻害薬が使用され、これにより再発リスクを低減します。ただし、若年女性にとって、長期間のホルモン療法は更年期症状や生殖機能への影響が懸念されるため、患者のライフステージに応じた治療計画が必要です。

2.4 HER2陽性乳がんに対する治療

HER2陽性の乳がんに対しては、トラスツズマブ(ハーセプチン)を含む標的療法が効果的です。この治療は、化学療法と併用されることが多く、がん細胞の成長を抑制します。HER2陽性の乳がんは、他のタイプと比べて進行が早いことが多いため、早期かつ積極的な治療が求められます。

3. 生殖機能と妊娠に対する影響

若年女性にとって、乳がん治療が生殖機能に与える影響は大きな関心事です。特に、化学療法やホルモン療法は卵巣機能を低下させ、早期閉経を引き起こすことがあり、これが将来的な妊娠の可能性を低下させるリスクがあります。治療開始前に、患者が将来の妊娠希望を持っているかどうかを確認し、必要に応じて生殖機能保存のためのオプションを提供することが重要です。

  • 卵子や胚の凍結保存:化学療法や放射線療法による生殖機能への影響を最小限に抑えるため、治療前に卵子や胚を凍結保存することが一般的な選択肢となります。
  • 妊娠のタイミング:治療後、妊娠を希望する場合には、がんの再発リスクや治療の終了からの時間などを考慮した慎重な計画が必要です。ホルモン療法が5~10年間行われることが多いため、治療中断や終了後の妊娠が適切かどうか、医師と相談することが推奨されます。

4. 心理社会的サポート

若年女性にとって、乳がんの診断と治療は心理的な負担が非常に大きいです。特に、乳房の喪失や再発への不安、治療による身体的な変化に対するストレスが強く、うつ症状や不安障害を引き起こすことがあります。適切な心理社会的サポートが、治療の過程で重要です。

  • 心理的カウンセリング:患者が治療に伴う不安や恐怖を軽減できるよう、専門のカウンセラーや精神科医との連携が重要です。
  • 患者支援グループ:同じ経験を持つ他の患者との交流は、心理的な支えとなることが多く、患者支援グループやオンラインコミュニティが効果的です。

5. 治療後のフォローアップと再発防止

若年女性では、乳がん治療後の再発リスクが相対的に高いため、定期的なフォローアップが非常に重要です。治療後も継続的なモニタリングや適切な予防策が必要であり、生活習慣の改善やホルモン療法の継続が推奨されることがあります。

  • 生活習慣の改善:適切な食生活、定期的な運動、禁煙など、健康的なライフスタイルは再発リスクを低減させる一助となります。
  • 定期的な検査:再発を早期に発見するために、定期的な画像検査や血液検査が必要です。

結論

若年女性の乳がん治療は、がんの種類や進行度に応じた適切な治療選択とともに、心理的、生理的な側面も考慮する必要があります。生殖機能への影響、心理的サポート、長期的なフォローアップなど、治療の全過程において、患者個々のニーズに合わせたアプローチが求められます。

以上、2024年10月


若い女性の乳がん治療

術後療法をしっかりと

乳がんは更年期ごろの女性に多く発症しますが、数は少ないながら、20代、30代の女性でも乳がんになる人はいます。若い人の場合は、がんの進行が早いのではないか、再発率が高いのではないか、将来の妊娠出産に問題はないのか、などいろいろ気になることがあります。
若い人の乳がんは、ホルモン受容体が陰性であることが多いので、ホルモン療法が効かない人が多いというのが問題点の一つです。比較的再発率が高いトリプルネガティブ乳がんの頻度が高いため、全体として再発率が高い傾向があります。 35歳以下の乳がんを「若年性乳がん」といいますが、以前は再発のリスク因子の一つとされていました。しかし、現在は、リスク因子からはずされており、年齢自体が問題なのではなく、乳がんの性質や進行度が問題であると理解されています。
また、家族に若くして乳がんになった人がいるか、母親、姉妹に2人以上乳がんの人がいるような場合は、遺伝的要素の強い「家族性乳がん」(○ページ参照)の家系である可能性もあります。その場合は、30代から乳がん検診を欠かさず受け、早期発見につとめましょう。

治療後半年たてば妊娠もOK

乳がんの治療中は、ホルモン剤や抗がん剤を使うので、月経が止まることが多くなります。薬をやめれば月経が再開されますが、抗がん剤のタイプと年齢によっては生理がもどらないこともあります。
薬物による治療中は、胎児への影響があるので、避妊が必要です。しかし、抗がん剤やホルモン剤の成分は、3か月、かなり慎重にみても半年もたてば体内からなくなるので、妊娠してもだいじょうぶです。若い人の乳がん治療に使われることが多いLH-RHアゴニストを使用した場合も、ふつうは使用を中止して半年から1年以内に月経が再開します。月経が再開すれば、妊娠も可能となったと考えてさしつかえありません。
一方、若い人の乳がんはやや再発しやすい傾向があります。たちの悪い再発は、術後早期に起こることが多いので、万が一再発した場合のことを考えると、妊娠は手術後2年以上たってから考えたほうが安心という意見もあります。
しかし、実際には、患者さんの年齢や人生設計によるでしょうし、元の病状にもよるでしょう。また術後のホルモン療法は5年間が標準ですから、いつまでそれを続けるかはやはり患者さんの年齢と再発のリスクをベースに考えていく必要があります。
抗がん剤が予定されている場合は生理が永久に止まってしまう可能性があるため、抗がん剤をするかどうか、またどのような薬剤で行うかを妊娠出産希望の観点からも考える必要があります。また抗がん剤治療前に受精卵を凍結するような生殖技術も選択肢になりうるため、薬物療法を行う前に妊娠の問題を主治医とよく相談しておく必要があります。
なお、乳房温存療法では、放射線照射が必須となります。放射線を照射した側の乳房は乳汁分泌ができなくなりますが、反対側の乳房で授乳できるのでこの点は安心してください。

妊娠と乳がん治療

妊娠初期の治療は困難

若い人の場合、妊娠中に乳がんが見つかることもあります。その場合は、妊娠の時期が問題です。
基本的に、乳がん治療に使われる薬は、妊娠中は使えない薬がほとんどです。特に影響か大きいのは、妊娠の前期(妊娠15週目まで)です。この時期は、胎児のいろいろな器官がつくられる時期なので、ホルモン剤や抗がん剤の影響で流産したり、胎児に奇形などの影響が出る危険が少なくありません。
検査も、CTやMRIは胎児に悪影響があるので行えません。CTの場合は放射線が、MRIの場合は強力な磁場が胎児に影響をあたえます。手術の場合も、麻酔薬による流産の心配があります。
妊娠や授乳は、体内のホルモン環境を変えるので、がんの進行や再発を心配する人がいるかもしれませんが、妊娠や授乳が、乳がんそのものを進行させるおそれはなく、再発の危険を高めることもないと考えられています。
しかし、胎児のことを考えると、妊娠前期の場合、検査や手術、薬物療法、いずれも正常な発育に影響をあたえる可能性があるといえます。したがって、この時期に乳がんが見つかった場合は、胎児への影響が比較的少ない手術だけを行い、後の治療を妊娠中期以降に行うか、あるいは中絶するのか、という厳しい選択を迫られることになります。なお通常センチネルリンパ節生検の際に使われる青い色素は、催奇形性のリスクから妊娠中は禁忌とされ、アイソトープだけを使ってリンパ節生検を行います。

中期を過ぎれば治療も可能

では、妊娠中期以降ならばどうでしょうか。
この時期になると、ある程度使える薬も出てきます。ただし、女性ホルモンは妊娠と密接な関係があるので、ホルモン剤は妊娠の全期間を通して使えません。また、放射線治療や分子標的治療薬も、胎児に影響するおそれがあるので使えません。

また、乳房温存療法を行った場合は、通常は放射線治療が必須となります。出産が終わってから放射線治療を行うという選択肢もありますが、治療の遅れを回避するためには乳房切除が無難と考えられています。
術後の薬物療法も、妊娠中はホルモン剤は使えませんが、抗がん剤は適応があれば使うことができます。妊娠中期以降で、治療に抗がん剤を使う必要がある場合には、AC(アドリアマイシンとシクロホスファミド)、FAC(フルオロウラシル、アドリアマイシン、シクロホスファミド)など、胎児に影響をおよぼす可能性が低いとされる抗がん剤の組み合わせを使います。