高齢者の乳がん治療

高齢者の乳がん治療について

高齢者の乳がん治療には、年齢や全身状態、併存疾患、患者の生活の質に配慮した独自のアプローチが必要です。高齢者の乳がんは若年者とは異なる進行速度や病理学的特徴を示すことが多く、そのため、治療方針も異なる要素を考慮して決定されます。ここでは、高齢者における乳がん治療の特徴について説明します。

1. 高齢者の乳がんの特徴

高齢者(65歳以上)では、乳がんの発生率が高まりますが、がんの生物学的性質や進行度、予後などには若年者とは異なる点が見られます。高齢者の乳がんは一般にホルモン受容体陽性(ER陽性、PR陽性)のものが多く、進行が緩やかであることが多いです。このため、治療選択においては、腫瘍の進行度だけでなく、患者の全身状態や併存疾患が重要な要素となります。

1.1 進行の遅さと予後

高齢者の乳がんは、若年者と比べて進行が遅いことが多く、ホルモン受容体陽性の腫瘍が多い傾向があります。これにより、ホルモン療法が効果的であり、予後も比較的良好です。しかし、進行が遅い一方で、診断時にがんが進行している場合が多く、適切なサーベイランスが重要です。

1.2 併存疾患と総合的健康状態

高齢者は、心疾患や糖尿病、腎不全、骨粗鬆症など、乳がん以外の慢性疾患を抱えていることが多く、これらの併存疾患が乳がん治療に影響を及ぼすことがあります。たとえば、化学療法や手術のリスクが増加し、治療の選択肢が制限される場合があります。したがって、治療計画を立てる際には、がんの進行度だけでなく、総合的な健康状態を慎重に評価する必要があります。

2. 高齢者特有の治療上の課題

2.1 フレイルティ(虚弱)

高齢者の中には、同じ年齢でも身体的な健康状態に大きな違いがあることがあります。身体的に虚弱な患者では、手術や化学療法に対する耐性が低く、治療のリスクが増加します。このような場合、治療による利益とリスクのバランスを考慮し、治療を最小限にすることや、負担の少ない治療法を選択することが検討されます。

2.2 治療の副作用と耐性

高齢者は、化学療法や放射線療法に伴う副作用に対して、若年者よりも敏感です。たとえば、骨髄抑制による感染リスク、心毒性、消化器系の障害などが高齢者においては重篤化しやすいため、治療の選択に際してこれらのリスクを考慮する必要があります。特に、高齢者では体力の低下や生活の質の維持が重要な課題となるため、治療の目標は単なるがんの制御だけでなく、生活の質の維持や延命のバランスを取ることが求められます。

3. 治療の選択肢

高齢者における乳がんの治療は、個々の患者の健康状態や生活の質を考慮してカスタマイズされます。以下は、高齢者向けの主要な治療オプションです。

3.1 外科的治療

手術は乳がん治療の基本的な選択肢ですが、高齢者では手術のリスクと回復能力が重要な考慮点となります。

  • 乳房温存手術(部分切除):がんのステージや患者の状態によっては、乳房温存手術が行われます。通常、放射線療法と併用されますが、放射線療法が高齢者にとって負担となる場合には、手術のみで治療が完了することもあります。
  • 乳房全摘出術:腫瘍が大きい場合や再発リスクが高い場合には、乳房全摘手術が行われます。高齢者においては、術後の合併症のリスクが若年者より高いため、手術の適応は慎重に検討される必要があります。

3.2 放射線療法

放射線療法は、通常乳房温存手術後に局所再発を防ぐために行われますが、高齢者では、全身状態や放射線療法がもたらす負担を考慮して、必ずしもすべての患者に適用されるわけではありません。特に、80歳以上の高齢者においては、放射線療法を省略し、手術のみで治療を行う選択がされることがあります。

3.3 ホルモン療法

ホルモン受容体陽性の乳がんに対して、ホルモン療法は非常に有効であり、高齢者でも多く使用されます。特に、化学療法や手術のリスクを回避するために、ホルモン療法が第一選択となる場合があります。

  • タモキシフェン:全ての年齢層で使用できるホルモン療法薬ですが、高齢者では血栓症のリスクがわずかに増加するため、心血管系の健康状態を慎重に評価する必要があります。
  • アロマターゼ阻害薬:閉経後の女性に使用される薬で、副作用として骨密度の低下があるため、骨粗鬆症の予防や治療と並行して使用することが推奨されます。

3.4 化学療法

化学療法は、高齢者にも進行した乳がんに対して有効ですが、若年者よりも副作用が深刻になる傾向があります。特に、骨髄抑制、心毒性、感染症リスクが高まるため、高齢者には低強度の治療や、投与スケジュールの調整が行われることがあります。

  • アジュバント化学療法:手術後に再発リスクを低減するために使用されますが、高齢者にとっては生活の質や耐性が重要視され、化学療法を省略する選択もあります。

4. 患者の生活の質と心理社会的サポート

高齢者の乳がん治療では、治療による身体的な影響だけでなく、患者の生活の質や心理社会的なサポートも重要な要素です。特に、治療が患者の自立性に与える影響や、治療後の介護やサポート体制の整備が必要となることがあります。

4.1 生活の質の維持

高齢者では、治療後の生活の質が優先される場合が多く、積極的な治療よりも生活の質を保つための緩和的治療が選択されることがあります。治療の目標は、がんの進行を遅らせることや症状を緩和することであり、患者の希望に基づいて柔軟に治療が計画されます。

4.2 家族や介護者のサポート

高齢者の乳がん治療では、家族や介護者のサポートが非常に重要です。患者が治療によって自立性を失う場合や、治療中の生活支援が必要となる場合があるため、家族との協力が不可欠です。また、心理的なサポートやカウンセリングも高齢者にとって重要です。

5. まとめ

高齢者の乳がん治療は、がんの生物学的特徴や患者の全身状態、併存疾患を考慮して個別化されるべきです。また、治療選択では、患者の生活の質や耐性を尊重し、過度な治療を避けることが求められます。

以上、2024年10月記載


ジ・オークラ東京のエントランスより

高齢者の乳がん治療

若い人と効果は同じですが

最近は、日本でも閉経後の乳がんが増加し、70代、80代の高齢で乳がんになる人も増えてきました。
治療の考え方は、基本的には高齢者の場合も60代以下の人と変わりません。乳房に比べてがんが小さければ、乳房温存療法の適応になりますし、放射線照射も行います。術後には、再発予防のために、ホルモン感受性があれば、アロマターゼ阻害薬やタモキシフェンを用いたホルモン療法を行い、抗がん剤の適応と考えられればこれが実施されます。
もちろん高齢者の場合、予備力の問題から副作用が出やすいということもあり、また何らかの持病があり、さまざまな薬を服用している人が少なくありません。がんだけではなく、持病の状態や、服用している薬とのかねあいにも十分に注意を払う必要があります。

残された人生と天秤にかけて

ホルモン受容体が陰性で、ホルモン療法が行えないといった場合、高齢者でも抗がん剤による術後補助療法が必要なのか、あるいは高齢者が再発・転移を起こした場合、抗がん剤による強力な治療を行うべきなのかどうか、本人も家族も迷うところです。
高齢者でも体力が十分あり、余命が十分期待できるなら、標準的な治療法は若い人とそれほど変わりません。しかし、持病の有無、心臓や腎臓など重要臓器の機能低下の有無、栄養状態、認知症の心配、経済的、社会的問題など高齢者の場合には配慮しなければならない問題が多数あります。さらにがんが完治したとしても余命が限られていることを考慮しながら治療プランを考えていく必要があります。

再発・転移を起こした場合も、ホルモン受容体が陽性ならばホルモン剤を使うというのが、QOLの面でも一番効果的です。
第一選択のホルモン剤は、術後補助療法で使っていないものです。タモキシフェンが効かなくなっていれば、アロマターゼ阻害薬、アロマターゼ阻害薬が効かなくなっていればタモキシフェンか、別の種類のアロマターゼ阻害薬を使います。
抗がん剤の効果は若い人とそれほど変わりませんが、高齢者は副作用が出やすい傾向があります。そこで、抗がん剤の併用療法よりは、単剤で使うことがすすめられます。その場合も、副作用の出現には十分注意が必要です。
高齢者の場合、体力なども個人差が大きいので、予想される副作用と延命効果などを主治医とよく相談しながら、治療方針を考える必要があります。

☆ コラム 腫瘍マーカーで再発転移は予測できるか

腫瘍マーカーとは、がん細胞がつくり出す物質、またはがん細胞に反応して正常細胞がつくり出す物質のことで、血液中に含まれています。血液を検査して、その物質がどのくらい含まれているかを調べれば、体内にがんがあるかどうかを推測することができます。
乳がんの場合は、CA15-3、CEA、NCC-ST-439などが腫瘍マーカーとして使われています。ただ、多くの腫瘍マーカーは、正常な人でもつくられていること、早期のがんでは異常値にならないこと、転移があっても異常値を示さないことがあること、などの問題点があります。乳がんの再発、転移の診断時には5割くらいの人で腫瘍マーカーが上昇していますが、早期乳がんの場合はほとんど数値が上昇しないため、乳がんの早期発見には役立ちません。
腫瘍マーカーが最も役立つのは、再発、転移をした乳がん患者さんの治療効果を判定するツールとしてです。治療前に上昇していた腫瘍マーカーが経時的に下がってくれば、治療は効果があると考え、逆に治療にも関わらず上昇してくれば、治療効果がないと判断できるわけです。
腫瘍マーカーは、あくまでもほかの検査の補助的なものと考え、その数値の意味のない増減に一喜一憂することはやめたほうがよいでしょう。また、再発・転移があった場合も、早く見つけて治療をしても、症状があらわれてから治療を始めても、生存期間に変わりないので、術後フォローアップの際の検査として腫瘍マーカー検査を推奨しないということが、世界と日本の乳がんのガイドラインに明記されています。