乳がんの遠隔転移と治療
——————————————————————————–
乳がんの遠隔転移と治療
30%は骨転移
乳がんは、最初に骨に転移することが多く、遠隔転移の約30%は骨転移です。
そのほか、リンパ節、胸膜、胸壁、肺、肝臓、脳なども、乳がんが転移しやすい部位です。こうした部位に転移したがんは、「転移性乳がん」、あるいは「乳がんの骨転移」とか「乳がんの肺転移」といった言い方をします。
転移したがんは、肺や肝臓など、どの臓器に転移しようとも、乳がんの性質をそのまま持っており、原発性の肺がん(最初から肺に発生したがん)や肝臓がんとはまったく異なるものです。薬も、乳がんに効果のあるものを使います。
転移した部位と治療
遠隔転移を起こした場合は、全身のがんをたたく薬物療法が基本になりますが、転移した部位の症状がある場合には、薬物療法と併行して転移した局所の治療を行うこともあります。あるいは、薬物療法が効果をあらわすには数週間から3カ月ぐらいかかるので、薬物療法を先行してから局所の治療を行うこともあります。
骨転移
骨の中でも、乳がんが転移しやすいのは、腰椎@ようつい@や胸椎@きようつい@、頸椎@けいつい@などの背骨や骨盤、肋骨@ろつこつ@、頭蓋骨、腕の上腕骨@じようわんこつ@、足の大腿骨@だいたいこつ@などです。
血液やリンパに乗って骨髄に転移したがん細胞は、そこで増殖し、やがて骨を溶かします。そのため、骨が弱くなり、ちょっとした拍子に手足を骨折したり、背骨の場合は自分の重みで圧迫骨折を起こすこともあります。
骨折の痛みは突然に起こりますが、骨折をしなくても、転移した骨には痛みが出ることがあります。これは、正常の骨の組織ががんの増殖によって破壊されることが原因です。初期にはあまり痛みはありませんが、やがて強い痛みを起こすこともあります。
増殖したがんや圧迫骨折などによって、脊髄の中を走る脊髄神経が圧迫されると、手足のしびれやマヒが起こることもあります。神経が損傷されてしまうと、こうした症状が治らなくなるので、できるだけ早く治療を受ける必要があります。
また、骨が溶けると、血液中にカルシウムが増え、高カルシウム血症を起こすことがあります。高カルシウム血症を起こすと、のどが渇く、ムカムカする、尿量が増える、おなかが張る、便秘、ボッーとするといった症状があらわれます。このような場合も、早く治療を受けないと、脱水症状が進み、腎臓の働きが低下してしまいます。
検査と治療
骨転移の有無は、骨シンチグラフィを基本に、MRI検査、X線検査、PET–CT検査などで調べます。
骨転移があっても、特に症状がなければ、経過を観察します。しかし、痛みがある場合には、痛み止めの内服薬を飲み、それでもコントロールできないときにはモルヒネ(麻薬)を使います。またゾレドロン酸という、骨粗鬆症の治療にも効果のある薬を使うことで、骨折や痛みをある程度予防することができます。ゾレドロン酸は、骨からカルシウムが溶け出すのを防ぐので、高カルシウム血症の治療にも使われます。
骨折が起こりそうな部位があったり、痛みが非常に強い場合は、手術や放射線という治療法もあります。
大腿骨の中央部や、股関節を構成する大腿骨骨頭などに転移がある場合には、骨折を起こす前に内固定をしたり、転移した病巣を切除し、人工骨頭にかえるなど、整形外科的な手術を行う方法もあります。これによって、骨折を防ぎ、歩行が困難になることを防ぐことができます。
背骨の脊椎に転移がある場合は、圧迫骨折を防ぐために、破壊された脊椎に骨セメントを注入して強化する方法もあります。この方法は、骨が不安定になって背骨に痛みを起こしているケースにも効果的です。
放射線治療は、転移したがんの増大を抑え、骨の痛みをやわらげるのに効果があります。骨転移には体外から放射線をかける外照射が放射線治療の中心になりますが、ストロンチウムを用いた内照射という方法もあります。
脳転移
がんが脳へ転移すると、頭痛、めまい、ふらつき、手足のマヒなど、転移した部位によってさまざまな症状があらわれてきます。
転移の有無は、造影剤を使ったMRI検査で確認できます。
脳の転移巣が大きくなると、頭蓋骨内部の圧が上がって脳が圧迫され、いろいろな症状があらわれます。そこで、転移巣を治療して症状を緩和するために、脳外科手術やガンマナイフ、リニアックなどの放射線療法が行われます。
脳には脳血液関門という異物の侵入を防ぐゲートがあるため、抗がん剤をはじめとする薬物療法の効果は限定的です。
転移した病巣が一個で、部位的に取りやすい位置にあれば、患者さんの状態によっては手術で病巣を摘出することもあります。
脳転移の治療は、放射線治療が中心となります。ガンマナイフやサイバーナイフは、定位照射といい、頭を固定した状態で、ピンポイントで放射線を照射します。これによって、脳の奥のほうなど、手術がむずかしい部位にできたがん病巣でもつぶすことができます。小さな脳転移が1個だけならば、外科手術でも、ガンマナイフなどの定位照射でも成績は同じです。
3~4個のがんならば、ガンマナイフなどの定位照射行うことができますが、がんが脳に多発しているような場合には、脳全体に放射線を照射する全脳照射という方法が基本となります。外科手術や定位照射を行った場合も、その後の再発予防のため通常は全脳照射を追加します。
肺や肝臓への転移
肺の場合、肺の末梢に結節(コブのような固まり)をつくるタイプと、肺や胸膜のリンパ管にがんが詰まって水(胸水)がたまるタイプとがあります。
結節タイプは、比較的進行が遅く、進行しても症状が出ないこともあります。水がたまるタイプは、咳@せき@や呼吸困難などの症状が出るので、早期の手当てが必要です。
肝臓の場合は、沈黙の臓器といわれるように、転移があっても、ほとんど症状はありません。そのため、全身的な治療法である薬物療法が優先されるのが一般的です。
検査と治療
肺転移はX線検査やCT検査で確認されます。
結節タイプの場合は症状がないので、転移性乳がん治療の基本である全身の薬物療法が先行されます。ただ転移が1~2個だけの場合は、本当に転移かどうかわからない。良性かもしれないし、肺原発の肺がんかもしれないという問題もあり、胸腔鏡下の手術で切除して診断をはっきりさせます。また可能であればホルモン受容体やHER2受容体を転移巣で調べたいという目的もありかつてよりも切除意義が認められるようになりました。
これに対して、水がたまるタイプは、がん性胸膜炎のために肺の外側に急速に胸水がたまり、肺を圧迫して呼吸が困難になります。呼吸を楽にするために、外から胸に針を刺して水を抜きます。水を抜くために管を留置し、この管から薬を入れて、水がたまらないように肺の胸膜面を癒着@ゆちやく@させることもあります。
同じように、がん性心嚢膜@しんのうまく@炎のため、心臓のまわりに水がたまることがあります。水がたまると心臓が圧迫されてうまく拍動することができなくなり、急速に心不全が進行します。がん性心嚢膜炎はがん救急の代表的な病態です。この場合も、心臓のまわりに針を刺してたまった水を吸引します。
☆コラム 転移再発がんに対する抗がん剤の効果と奏効率
遠隔転移の場合、ホルモン受容体が陰性ならば、抗がん剤の治療を行うことになります。また、ホルモン療法が効かなくなった場合にも抗がん剤が使われますが、その効果はどの程度期待できるのか、気になるところです。
アドリアマイシンなど、アンスラサイクリン系の抗がん剤を最初の治療として使った場合、奏効率は50~60%で、効果は半年程度続きます。かつて乳がん治療の標準治療であったCMF療法(○ページ参照)より、奏効率、持続期間ともにすぐれています。
バクリタキセルやドセタキセルなど、タキサン系の抗がん剤は、アドリアマイシン系の抗がん剤と同等の治療効果と考えられています。アドリアマイシン系後の二次治療として用いた場合の奏効率は30~50%。効果の持続期間は数カ月程度です。
このように、現在のところ、転移再発乳がんの治療では、アンスラサイクリン系の抗がん剤やタキサン系の抗がん剤が第一選択になっています。HER2陽性ならば、抗がん剤にトラスツズマブを上乗せして用います。
この他にも経口の抗がん剤であるカペシタビン、TS-1,最近日本で認可されたゲムシタビン、近日中認可予定のエリブリンなど選択肢は増えてきています。
ただ、ここで注意してほしいのが、奏効率という意味です。これは、「治る」とか「がんが消える」という意味ではありません。がん治療では、「がんの大きさが半分以上小さくなった人の割合」を奏効率といいます。奏効率50%といえば、50%の人が、がんの大きさが面積比で半分以下に縮小した、という意味です。それによって生存期間が延長したかどうかはまた別問題なのです。