なぜ、乳がんは増えているのか
乳がんの増加背景:要因と影響
乳がんは、全世界的に罹患率が増加しており、特に先進国においてその傾向が顕著です。日本でも、乳がんは女性における主要ながんの一つであり、罹患率は増加しています。この現象には多くの要因が絡んでおり、社会的、環境的、生物学的、そして医療技術の進展に基づくものです。以下に、乳がんの増加の主な要因を説明します。
1. 高齢化社会の進行
乳がんの罹患率の増加は、まず第一に人口の高齢化と密接に関係しています。乳がんは一般的に年齢と共に発症リスクが高まる疾患であり、特に50歳以上の女性に多く見られます。高齢化により、この年齢層の人口が増加していることが、乳がん患者数の増加に直接影響を与えています。
高齢化が進む国々では、医療技術の進歩や生活水準の向上により平均寿命が延び、結果として乳がんに罹患するリスクを抱えた高年齢層の女性が増加しているのです。日本も例外ではなく、高齢化の進展に伴い乳がんの罹患率が増加しています。
2. ライフスタイルの変化
次に、ライフスタイルの変化も乳がんの増加に寄与している要因の一つです。都市化や生活環境の変化により、運動不足や高脂肪食などの生活習慣が増え、これが乳がんリスクの上昇と関連しています。具体的な要因を以下に示します。
- 肥満の増加:肥満は、閉経後の乳がんリスクを増加させるとされています。体脂肪はエストロゲンの生成を促進するため、肥満の女性は乳がんリスクが高まるとされています。
- 運動不足:運動はエストロゲンレベルを調整し、乳がんの予防に寄与しますが、現代の都市生活では運動量が減少しており、これが乳がん発症リスクの増加につながっています。
- 食生活の変化:特に脂肪分の多い食事や加工食品の摂取が増加していることも、乳がんリスクの増加に関連しています。また、アルコールの摂取も乳がんリスクを高める要因の一つとされています。
3. 出産年齢の遅延と少子化
出産年齢の遅延と少子化は、乳がん罹患率の増加と強い相関があります。女性が初めて出産する年齢が遅くなるほど、乳がんリスクが高まることが知られています。これは、エストロゲンにさらされる期間が長くなるためです。エストロゲンは乳腺組織の発達を促進する一方で、がん細胞の増殖も促進することが示されています。
また、少子化により生涯で出産する子供の数が減ることも、乳がんリスクを高める要因の一つです。出産と授乳は乳腺細胞の成熟を促し、乳がんのリスクを減少させると考えられていますが、少子化や授乳期間の短縮により、この保護効果が低減しています。
4. ホルモン補充療法と経口避妊薬の使用
ホルモン補充療法(HRT)や経口避妊薬の使用も、乳がんの発症リスクを高める要因として挙げられます。HRTは、閉経後の女性に対してエストロゲンやプロゲステロンを補充する治療法ですが、このホルモン治療が乳がんリスクを増加させることが確認されています。
経口避妊薬も、エストロゲンとプロゲステロンを含むため、長期間の使用が乳がんリスクをわずかに高めることが報告されています。特に若年層の女性が長期にわたりこれらの薬を使用する場合、その影響は無視できないものとなります。
5. 環境要因と化学物質
現代社会における環境要因も、乳がんの増加に寄与しています。例えば、環境ホルモン(内分泌かく乱物質)と呼ばれる化学物質は、体内のホルモンバランスを乱す可能性があり、乳がんのリスクを高めるとされています。プラスチックや農薬、工業製品などに含まれる化学物質が、人体に取り込まれることで内分泌系に影響を与え、長期的に乳がん発症リスクを増加させると考えられています。
また、大気汚染や食品中の添加物など、日常的に曝露される環境因子が、がんリスクにどのように影響するかについての研究も進んでおり、その関連性が次第に明らかになっています。
6. 乳がんの早期診断技術の向上
乳がん罹患率が増加しているように見える一因は、乳がんの早期診断技術の向上です。マンモグラフィーなどの検診技術の普及により、これまで見逃されていた早期段階の乳がんが発見されるケースが増えています。早期診断は患者の生存率を高める一方で、検出される乳がん症例数が増えるため、統計上の罹患率が上昇しているように見える可能性があります。
特に先進国では、定期検診の受診率が高まっており、がんの発見が早まることで統計的な増加が見られます。これにより、実際には乳がんが増えているのではなく、単に検出率が上がっただけの部分もあります。
7. 遺伝的要因と家族歴
最後に、遺伝的要因も乳がんの発症リスクに影響を与えています。乳がんにはBRCA1およびBRCA2と呼ばれる遺伝子が関連しており、これらの遺伝子変異を持つ女性は乳がんリスクが著しく高まります。この遺伝子変異を持つ家族歴がある場合、乳がんのリスクは一般人口よりも高くなります。
近年の遺伝子検査技術の進展により、これらの遺伝子変異を早期に発見し、予防的な対策を取ることが可能になっていますが、一方で遺伝的リスクを抱える女性が増加していることも、乳がん患者数の増加に寄与していると考えられます。
結論
乳がんの罹患率が増加している背景には、人口の高齢化、ライフスタイルの変化、出産年齢の遅延や少子化、ホルモン療法の普及、環境要因、診断技術の進歩、遺伝的要因など、多岐にわたる要素が絡んでいます。特に先進国では、生活習慣や社会的な変化が乳がんリスクに大きな影響を与えていると考えられます。
今後、乳がん予防のためには、これらのリスク要因に対する啓発活動や生活習慣の改善が重要となるでしょう。また、早期発見のための検診の普及や、遺伝的リスクを持つ人々への適切なサポートも必要です。乳がんの増加傾向を抑制するためには、個々のリスク要因を減少させるだけでなく、社会全体での予防・治療体制の整備が重要です。
以上、2024年10月作成
女性ホルモンと乳がん
かつて、日本は先進国の中でも乳がんの少ない国といわれました。しかし、いまでは女性のかかるがんのトップが乳がん。計算方法にもよりますが、多く見積もると一生の間に16人に1人の日本人女性が乳がんになると予測されています。
7~8人に1人の女性が乳がんになるとされるアメリカとくらべればまだ少ないとはいえ、日本での乳がんは増加の一途をたどっています。女性のがんでも子宮頸@頸ルビ:けい@がん(子宮の入り口にできるがん)は減少しているのに、なぜ乳がんが増えているのでしょうか。
その原因の一つとして指摘されているのが、女性のライフスタイルの変化です。乳がんは「ホルモン依存性のがん」といわれ、乳がんの70%はエストロゲン(卵巣ホルモン)の働きで成長します。エストロゲンは卵巣から分泌され、子宮内膜@内膜ルビ:ないまく@の増殖や乳腺の増殖などをコントロールする女性ホルモンで、そのエストロゲンの働きで乳がん細胞も増殖していくのです。
エストロゲンの分泌は、妊娠したり閉経@へいけい@すると低下します。ところが、最近は初潮@しょちょう@が早くなり、逆に閉経が遅くなっているので、それだけ乳腺がエストロゲンの影響を受ける期間が長くなっています。その上、女性の社会進出が進むにつれて高齢出産が増えたり少子化が進み、また出産しない女性も増えています。その結果、エストロゲンの分泌が止まる期間が短くなっているというわけです。
数人の子供を持つのがあたりまえだった時代とは、ホルモン環境がかなり変わってきています。授乳も、乳がんを防ぐ方向に働きます。現代女性のライフスタイルが、乳がんの発生しやすい環境をつくっているともいえます。
閉経後の肥満も危険因子
肥満も、乳がんの発生と深くかかわっています。
かつて、日本人の乳がんは閉経前の女性に多かったのですが、いまでは閉経後の乳がんも増えています。その要因としてあげられているのが、肥満です。
これも、やはり女性ホルモンとの関係です。卵巣からのエストロゲンの分泌は、閉経によって止まります。ところが、閉経後は脂肪細胞で男性ホルモンがエストロゲンに変換されます。そのため、肥満して脂肪細胞の量が多い人は、それだけたくさんエストロゲンがつくられることになります。その結果、閉経後もエストロゲンの作用がつづき、乳がんのリスクが高まるのです。
食生活が豊かになり、更年期以降に肥満する女性も増えてきました。これも、乳がんを増やしている原因の一つと見られています。