治療方針を決めるための検査

乳がんの治療方針を決めるための検査

乳がんと診断された後、患者にとって最適な治療方針を決定するためには、がんの進行度やタイプ、患者の体調、遺伝的リスクなどを総合的に評価する必要があります。これらの情報を得るためにさまざまな検査が行われ、それぞれが治療方針の決定において重要な役割を果たします。本稿では、乳がんの治療方針を決めるための主要な検査について、具体的な方法や目的、利点と限界を紹介します。

1. ステージング検査(がんの進行度を評価するための検査)

乳がん治療において、がんの進行度(ステージ)を把握することは極めて重要です。ステージはがんの大きさやリンパ節転移、他の臓器への転移の有無によって決定され、治療方法や予後の見通しを立てる指針となります。

1.1 画像診断

がんのステージングには、主に以下の画像検査が使用されます:

  • 超音波検査:乳房や脇の下のリンパ節の状態を評価するために用いられます。乳がんが乳腺以外の部位に広がっているかを調べ、リンパ節転移の有無も確認します。
  • CT検査:がんが他の臓器(肺や肝臓など)に転移しているかを確認するために用いられる画像検査です。造影剤を使うことで、がんの広がりや位置をより正確に把握することができます。
  • MRI検査:乳房内の腫瘍の詳細な位置や大きさを把握するために用いられ、特に乳房密度が高い患者や、複数の腫瘍が疑われるケースで有効です。また、乳がんが他の組織や臓器に浸潤しているかを詳細に確認するためにも使われます。
  • 骨シンチグラフィ:乳がんが骨に転移しているかを確認するための検査です。造影剤を投与し、骨の代謝が活発な部分を画像で確認することで、転移の有無が判明します。

1.2 リンパ節生検

乳がんがリンパ節に転移しているかを確認するために、センチネルリンパ節生検(SLNB)や腋窩リンパ節生検が行われます。センチネルリンパ節はがんが最初に到達するリンパ節であり、ここに転移が見られる場合、腋窩リンパ節にがんが広がっている可能性があります。リンパ節転移があると判断された場合、より積極的な治療が必要となる場合があります。

2. ホルモン受容体およびHER2の状態を評価する検査

乳がんはがん細胞表面に存在する特定の受容体(リセプター)の有無により、ホルモン受容体陽性、HER2陽性、トリプルネガティブなどのサブタイプに分類されます。これらの分類は治療法の決定に大きく影響します。

2.1 ホルモン受容体検査

乳がんの細胞がエストロゲン受容体(ER)やプロゲステロン受容体(PR)を持つ場合、ホルモン受容体陽性とされます。ホルモン受容体陽性乳がんはホルモン療法が効果的であることが多く、ホルモン療法の適応を判断するためにERとPRの状態を確認することが重要です。

2.2 HER2検査

HER2(ヒト上皮成長因子受容体2)というタンパク質が過剰に発現している乳がんをHER2陽性乳がんと呼びます。HER2陽性乳がんは比較的進行が速いとされますが、HER2を標的とした分子標的薬(例:ハーセプチン)が高い効果を示すため、HER2検査により分子標的療法が適用できるかが決定されます。HER2検査にはIHC(免疫組織化学染色法)やFISH(蛍光in situハイブリダイゼーション法)が用いられます。

2.3 トリプルネガティブ乳がんの診断

乳がんの中にはER、PR、HER2のいずれも陽性ではない「トリプルネガティブ乳がん」があり、ホルモン療法やHER2標的療法が効かないため、通常の化学療法が選択されます。トリプルネガティブ乳がんは再発リスクが高いため、治療方針の決定には慎重さが求められます。

3. 遺伝子検査

近年の乳がん治療において、遺伝子レベルの検査が重要視されています。遺伝子検査により、個々のがん細胞の特徴を把握し、予後の予測や治療効果の判定に役立てます。

3.1 オンコタイプDXおよびマンマプリント

オンコタイプDXやマンマプリントは、乳がん細胞の特定の遺伝子の発現を調べ、再発リスクや化学療法の有効性を予測するための検査です。これにより、再発リスクが低い場合にはホルモン療法のみで治療を完了し、高リスクの場合には化学療法の併用が推奨されるなど、治療の個別化が進められます。オンコタイプDXは特にエストロゲン受容体陽性かつHER2陰性の患者で多く用いられます。

3.2 BRCA1およびBRCA2遺伝子検査

BRCA1やBRCA2遺伝子に変異があると、乳がんや卵巣がんのリスクが高まることが知られています。BRCA遺伝子変異が確認された場合、リスク軽減のために予防的な乳房や卵巣摘出が検討されることもあります。また、BRCA変異がある乳がん患者にはPARP阻害薬と呼ばれる分子標的薬が有効である場合が多いため、治療法の選択肢としても重要です。

4. 乳がんのグレード判定

がんのグレードは、がん細胞がどの程度正常な細胞と異なるか(異型性)を評価するもので、がんの増殖スピードや進行の予測に役立ちます。乳がんのグレードは3段階に分類され、グレードが高いほど増殖が早く、再発リスクが高い傾向があります。グレードは治療の積極性を決める際の重要な要素であり、化学療法の適用を判断する指針にもなります。

5. 免疫組織化学検査(IHC検査)

免疫組織化学検査(IHC検査)は、がん細胞の表面に存在する特定のタンパク質を染色して確認する方法です。HER2、ER、PRの検出はIHC検査で行われ、これによりがんのタイプが分類され、治療方針の決定に役立ちます。また、PD-L1という免疫抑制に関わるタンパク質の発現もIHCで確認され、PD-L1陽性の場合は免疫療法の適応が考慮されます。

6. 化学療法・放射線療法の効果を予測するための検査

治療効果を事前に予測するための検査も、治療方針の決定に有用です。特に進行性乳がんの場合、治療法が多岐にわたるため、治療効果を事前に予測することは患者の負担軽減につながります。

6.1 ネオアジュバント療法前の評価

ネオアジュバント療法(手術前化学療法)を行う場合、化学療法に対するがんの反応性を予測することが重要です。特に腫瘍が大きい場合やリンパ節転移がある場合には、化学療法によって腫瘍が縮小するかどうかを事前に評価します。画像検査や遺伝子検査を組み合わせ、治療方針の選定に役立てます。

6.2 放射線治療の適応評価

乳がん手術後、再発予防や転移抑制のために放射線療法が検討されることがあります。放射線療法の適応を判断するために、リンパ節転移や腫瘍の大きさなどを評価し、治療の必要性や範囲を決定します。腫瘍の種類や進行度によっては、放射線療法が効果的でない場合もあるため、適切な評価が重要です。

7. まとめ

乳がんの治療方針を決めるためには、多様な検査が必要です。がんの進行度(ステージング)やサブタイプ、遺伝的要因、治療反応性などを評価し、個々の患者に最適な治療法を選択することが求められます。マンモグラフィーや超音波検査、CT、MRIといった画像検査をはじめ、ホルモン受容体やHER2、遺伝子検査、免疫組織化学検査など、これらの検査結果をもとに、化学療法、ホルモン療法、分子標的薬、放射線療法、外科手術などの治療法が決定されます。

個別化医療が進展する現在、患者ごとに適した治療を選択するためには、これらの検査の正確な評価が欠かせません。乳がん治療においては、適切な検査によって得られたデータを基に、医師と患者が十分に話し合い、最適な治療方針を決定することが重要です。