乳がん治療後の生活について

乳がん治療後の生活は、患者の身体的、精神的、社会的な側面に大きな影響を及ぼします。治療後も長期的なケアとフォローアップが必要であり、患者が日常生活に戻る際には多くの課題に直面します。ここでは、乳がん治療後の生活に関わる様々な要素を解説します。

1. 乳がん治療後の身体的な影響

1.1 疲労と倦怠感

乳がん治療後、多くの患者が疲労感倦怠感を訴えます。これは、化学療法、放射線療法、手術、ホルモン療法などの治療による身体への負担や、長期間にわたる治療過程によるものです。この疲労感は、日常的な活動を行う上で大きな障害となることがありますが、徐々に改善していく場合もあります。

疲労の管理には、バランスの取れた栄養適度な運動、十分な睡眠が重要です。特に、無理のない範囲での定期的な身体活動は、疲労感を軽減するのに役立つとされています。乳がん患者に対する専門的なリハビリテーションプログラムが用意されていることも多く、これを活用することが推奨されます。

1.2 手術後の身体的変化と乳房再建

手術の種類によっては、乳房を部分的または完全に切除することがあります。乳房全摘出術(乳房切除術)を受けた患者の中には、乳房を再建する選択肢を考慮することができます。再建手術には、自家組織(自分の体の組織を使った再建)や人工インプラント(シリコンなどを使った再建)などの方法があり、それぞれに利点とデメリットがあります。

乳房再建は外見の回復に寄与するだけでなく、心理的な満足感を高めることが多いです。ただし、再建手術自体も追加の外科手術を伴うため、術後の合併症や長期的なメンテナンスも必要となることがあります。

1.3 リンパ浮腫

乳がんの治療においてリンパ節を切除した場合、リンパ液の流れが妨げられ、リンパ浮腫という症状が現れることがあります。これは、腕や手の腫れを引き起こし、痛みや不快感を伴うことがあります。リンパ浮腫は完全に治癒することは難しいですが、圧迫療法リハビリテーションによって症状を軽減し、進行を抑えることができます。

患者には、リンパ浮腫の予防のために、過度な圧力や怪我を避け、患部の清潔を保つことが推奨されます。また、早期発見と早期対応が重要であるため、定期的に専門医に診てもらうことが勧められます。

1.4 ホルモン療法の副作用

ホルモン受容体陽性乳がんの患者は、治療後にホルモン療法を受けることが一般的です。これは再発を防ぐための治療であり、通常5~10年にわたり服用が続けられます。しかし、ホルモン療法には副作用が伴うことがあり、更年期症状(ホットフラッシュ、発汗、気分の変動など)や関節痛骨密度の低下などがよく報告されます。

これらの副作用に対する対策として、生活習慣の見直しや、症状を和らげるための薬物療法が行われることがあります。また、カルシウムやビタミンDの補給、定期的な運動を通じて骨密度を保つことも重要です。

2. 精神的・心理的な影響

2.1 心理的なストレスと不安

乳がん治療後の生活において、患者が最も悩むのは心理的な問題です。がん診断を受けること自体が大きなショックであり、治療が終わった後も再発の不安や、治療の影響による身体の変化に対するストレスを感じることが多いです。また、治療が終わっても「がんサバイバー」としての生活は続くため、心のケアが非常に重要です。

心理的なサポートを得るために、カウンセリング心理療法を受けることは有効です。特に、乳がん経験者のサポートグループに参加することで、同じ経験を共有する仲間と話すことが、孤独感や不安を和らげる助けになります。

2.2 うつ症状と精神的健康

がん治療後には、精神的な健康が揺らぐことが多く、特にうつ病を発症するリスクが高まります。身体的な疲労や痛み、再発への恐怖、外見の変化などが、精神的な負担を引き起こす要因です。うつ症状が長引くと、日常生活や社会生活に支障をきたすこともあるため、早期に対処することが重要です。

うつ症状の軽減には、適切な医療的対応が必要であり、抗うつ薬やカウンセリングが効果的です。また、心身のリラックスを促すヨガ瞑想といった活動も、精神的な健康を維持するために役立つとされています。

2.3 自己イメージと自尊心

乳がん治療後、特に乳房切除を受けた患者は、自分の外見の変化に対して強い感情的な影響を受けることがあります。乳房は女性にとってアイデンティティの一部であることが多いため、乳房の喪失や変形が自尊心に影響を与えることがあります。

再建手術や補助具の利用は、この問題に対する解決策の一つですが、自己イメージを回復するためには時間がかかることもあります。心理的支援を受けながら、外見の変化を受け入れる過程をサポートすることが重要です。

3. 社会生活と職場復帰

3.1 社会復帰と対人関係

乳がん治療後、多くの患者が職場や家庭での役割に戻ることを目指します。しかし、体力や精神的なストレスが回復するには時間がかかるため、すぐに元の生活に戻ることが難しい場合もあります。職場復帰に際しては、柔軟な働き方短時間勤務などの調整が必要な場合があります。

また、乳がんを経験したことで、対人関係が変わることもあります。周囲の理解を得るためには、コミュニケーションが重要です。特に、家族や友人とのオープンな対話を通じて、治療後の生活に関するサポートを受けることが奨励されます。

3.2 経済的な影響

乳がん治療には高額な医療費がかかることが多く、長期的な経済的負担が患者やその家族にのしかかることがあります。治療後も、フォローアップのための検査や、ホルモン療法、再建手術などにかかる費用が続く場合があります。これに対処するためには、医療保険公的支援、場合によっては福祉サービスを利用することが必要です。

また、職場復帰が遅れることや、治療のために仕事を辞めざるを得なかった場合、収入の減少も問題となります。これらの経済的な課題に対するサポートを早期に計画し、利用できるリソースを把握しておくことが重要です。

4. 再発防止と長期的なフォローアップ

4.1 定期検査とフォローアップ

乳がん治療後、再発や新たながんの発症を防ぐために、定期検査を受けることが重要です。再発リスクが最も高いのは治療後の最初の5年間であり、この期間中は特に慎重なフォローアップが必要とされます。乳房やリンパ節、骨、肺などへの転移の兆候を早期に発見するために、定期的な画像検査(マンモグラフィーや超音波検査)や血液検査が行われます。

4.2 生活習慣の改善

再発リスクを減らすためには、治療後の生活習慣が大きく影響します。特に、食事運動体重管理が重要な要素となります。脂肪分の少ないバランスの取れた食事を心がけ、アルコールや喫煙を避けることが推奨されます。また、適度な運動を続けることで、体重を適正に保ち、全身の健康を維持することが再発リスクの低減に寄与します。

4.3 メンタルヘルスの維持

長期的な乳がん治療後の生活において、メンタルヘルスの維持も重要な課題です。日常生活の中でのストレスや不安をコントロールするためには、定期的なカウンセリングやリラクゼーションの実践が役立ちます。家族や友人との強いつながりを保ち、自己ケアに努めることが、精神的な健康の維持に寄与します。

5. まとめ

乳がん治療後の生活は、身体的、心理的、社会的な課題に満ちていますが、適切なサポートとケアを受けることで、より良い生活の質を保つことが可能です。治療後の長期的なフォローアップと自己管理が、再発防止と健康維持に不可欠であり、患者が新たな日常生活を築いていくための重要な要素となります。


乳がん治療後の生活について

定期検診の頻度は?

乳がん治療を受けた人にとって、一番気になるのが再発です。手術をした乳房付近に発生した局所再発は、自己検診でも発見できるので、月に一度の自己検診はつづけましょう。また、反対側の乳房の状態も、ふだんから気をつけて見てください。
病院では、手術後3年間は、問診と視触診を3~6カ月に1回、4年目から5年目は6カ月から1年に1回、それ以降は年に1回行うことが勧められています。
ほかの検査で有効性が認められているのは、年に1度のマンモグラフィだけです。
いろいろな画像診断、特にPET-CTなどの高額の検査もありますが、遠隔転移の場合は、早期発見しても治療成績は同じなので、むしろいろいろな検査を受けるよりは、症状が出てから検査を受けたほうが、精神的な負担も少ない。またそれ以上の検査は税金の無駄遣いだから保険でカバーすべきでないという考え方が現代の乳がん診療の根本にあります。前述したように(●●ページ)こうした考えた方への疑問はもちろんあります。
しかし、たとえば骨シンチグラム検査は偽陽性@ぎようせい@が多く、スクリーニング検査で転移が疑われてもほんとうに転移がある人は10%程度だったという報告もあります。偽陽性の人は大丈夫という結果がわかるまで、何カ月もの間大きなストレスをかかえながら生活しなければならないことも少なからずあるのです。
検査を受けて、安心を得たいという心情も非常によくわかるのですが、結局検査では安心が得られないというのも一面の真実なのです。それよりも、患者会やサポートグループなどに入り、精神的な支えを得ることのほうが意味が大きいかもしれません。
乳がんの患者会やサポート団体は数も多く、活発に活動しているところも多いので、インターネットなどで調べて、自分に合いそうなグループに相談してみるといいと思います。

仕事や家事はつづけていい?

自分の体調に合わせて、仕事や家事をするのはまったく問題ありません。どんな病気でも、過労はよくありませんが、医師から特別な指導がないかぎり、仕事も家事も旅行も楽しくつづけてください。悪いものは取ってしまったのですし、また何をしなければ再発しないというわけでもないのです。
ただ、仕事の場合は、体調や術後の治療とのかねあいもありますので、復帰の前に、上司に体調や今後の治療予定などを話して、どの程度の仕事から始めるかを話し合っておくと、スムーズに復帰ができます。特に、最初はラッシュの通勤などは体に負担がかかるのでなるべく避け、体を慣らしながら、ゆっくりと元の生活に戻るようにしましょう。

食事や健康食品は?

食事とがんの関係は研究が進んでいますが、現在のところ、科学的に予防効果が認められているものはありません。ただ、高脂肪・高カロリーの食事と、多量の飲酒、運動不足などは、健康の面も含めて避けるべきでしょう。
緑黄色野菜や果物は、がんを防ぐ働きがあるともいわれているので、積極的にとりたい食品です。大切なのは、乳がんに限らず、バランスのよい食事を規則正しくとることです。体によいとすすめられても、それで食事のバランスが崩れては何にもなりません。また、肥満は閉経後乳がんのリスク要因であることを覚えておきましょう。
健康食品に関しても同じで、直接がんを治したり、予防する効果は認められていません。しかし、抗がん剤の副作用や、臥床による体の痛み、精神的な不安などには効果のあるものもあります。健康食品を試すときは、主治医や看護師の意見を聞いてからにしましょう。
気功やマッサージ、鍼、リラクゼーション、適度な運動、心理療法などは、精神的な面で助けになることがあります。健康保険で認可されていない免疫療法なども、大学をはじめ様々な施設で熱心に研究されています。しかし、いかにもそれらしい名前でまったく根拠のない治療を行っているところもあるので、こうした民間療法や代替療法を受ける場合には、主治医とよく相談することが大切です。

治療後の性生活について

乳がんは、女性ホルモンと関係の深いがんです。しかし、性行為によって女性ホルモンの分泌が増えたり、がんが促進されることはないので、安心してください。乳がんの治療によって、性生活が制限されることはありません。
ただ、体の状態が以前と同じではないかもしれませんので、手術後、傷の状態がある程度よくなった段階で、パートナーときちんと話し合うことが大切です。リンパ節の郭清や手術の傷で腕をあげるのがつらかったり、姿勢にも制限があるかもしれません。圧迫されると、不安感があるという人もいます。触れられると、違和感があって気持ちが悪いという人もいます。正直な気持ちを伝えることが必要です。
また、ホルモン療法や抗がん剤の影響で、膣からの分泌物が減ったり、膣が萎縮することもあるので、うるおいを補うゼリーなどが必要になることもあります。
なお、避妊が必要な期間は、生理が止まっていたとしてもコンドームによる避妊が必要です。排卵があることもあるからです。ピルは、乳がんを促進することがあるので使えないことも覚えておきましょう。
性生活は、お互いの理解やいたわりが大切です。よく話し合って、パートナーとの新しい関係をつくっていきましょう。

車の運転やスポーツ

スポーツに関しても、特にしてはいけないというものはありません。手術した傷あとが痛まないか、翌日まで残るほど疲れないか、といったことを考えてスポーツの種類を選びましょう。腕が伸びにくかったり、脇がつっても、特にそれが悪いということはありませんが、楽しくできることが大切です。
手術後は、体のバランスが崩れたり、動作が遅くなったりするので、車の運転などは、体が十分日常生活に慣れてからのほうが安心です。