乳房切除術

基本は胸筋温存乳房切除術

 乳房温存療法ができない場合(○ページ参照)に行われるのが、乳房切除術(乳房全摘術)です。
 乳房切除術では、乳房をすべて切除しますが、現在では筋肉は特別な理由がなければ切除しません。腋窩リンパ節をどう扱うかでいくつかの術式に分類されます。
 乳房の下には、腕を動かすときに使う大胸筋@だいきようきん@と肩甲骨@けんこうこつ@の動きなどに関連する小胸筋があります。この両方の筋肉あるいは一方を切除する手術がかつては行われていましたが、今は両方を温存することが原則で、その上で腋窩をいじらない手術が①単純乳房切除術と呼ばれます。これに対して腋窩リンパ節を郭清する手術が②胸筋温存乳房切除術と呼ばれ、センチネルリンパ節の転移の有無で手術法を変えるのが③乳房切除+センチネルリンパ節生検法と呼ばれています。
 明らかなリンパ節転移がある場合は②の胸筋温存乳房切除が行われ、それ以外は③の手術、すなわちリンパ節生検法が主流となっています。

乳首や皮膚を残す手術法も

 乳房温存療法ができないとなると、ほとんどの女性は大きなショックを受けると思います。しかし、今は乳房再建術(○ページ参照)が進歩し、乳房を切除してもかなり上手に乳房の再建ができるようになっています。
 特に、美容的な面で注目されているのが、皮膚や乳頭、乳輪部分を残して中身の乳腺組織だけを切除する「皮下全乳腺切除術(乳頭乳輪温存乳房切除術)」です。
 これは、皮膚や乳輪、乳首を残して乳腺組織を切除する方法です。乳房の表面を残して、がんができた中身の乳腺組織だけを取ってしまうわけです。一つの乳房の中に小さながんが多発していたり、広範囲に広がっているケースなどに行われます。
 切開の部位も、乳房の下線に沿って入れられるので、傷口も目立ちません。乳輪の縁に切開を入れて内視鏡を挿入し、乳腺組織を切除する方法もあります。
 この場合は、手術後乳房の中身がなくなるので、乳腺組織の摘出と同時に人工物を挿入して乳房のふくらみをつくります。手術から目覚めたときには、乳房もすでに再建されているわけです。乳首や乳輪が残り、皮膚もそのままなので、美容的には美しく再建されます。脇の下のリンパ節郭清が必要ならば、別に腋の下のシワと平行に切開を入れて、リンパ節郭清を行います。
 この方法の問題点は乳頭、乳輪部や、がんの直上部の皮下にがんが遺残してしまう危険があることです。このため手術前の画像評価が重要であり、また術中の乳頭側断端の迅速病理検査により、こうした危険を最小にすることができます。いずれにせよ、そのメリットとデメリットをよく理解した上で、治療法を選択する必要があります。
 (胸筋温存乳房切除術の図)

[コラム] 腋窩リンパ節と郭清範囲

 リンパ節は、リンパ管の途中にあって病原菌や老廃物をとらえて排除する関所のようなものです。
 リンパ節は直径数ミリから1センチぐらいの大きさで、大豆のような形をしています。数には個人差がありますが、脇の下には20~50個ぐらいのリンパ節があります。
 リンパ節郭清では、これを脂肪ごと切除するわけですが、大事なのは取ってくる数ではなく、その領域です。乳腺でつくられたリンパ液の9割程度が腋窩リンパ節に流れます。腋窩リンパ節は、脇の下から鎖骨に向かってレベル1からⅢまでの領域があります。この順番でリンパ節転移の確率が減っていきます。そこで、リンパ節郭清は、転移の確率が高い、レベル1とⅡを郭清します。郭清の場合、重要視するのは取れたリンパ節の数ではなく、ⅠとⅡの領域のリンパ節が脂肪組織とともに確実に取りきれていることです。
 以前は、1からⅢの領域まで郭清するのがふつうで、ときにはさらに遠いリンパ節まで郭清しました。しかし、リンパ浮腫など合併症が増えるだけで、再発率には差がないことがわかりました。そのため、いまはレベル1と2まで郭清し、リンパ節転移が疑われる時だけレベル3の郭清をします。
 (リンパ節のイラスト)