乳がんの治療を始める前に考えておきたいこと
乳がん治療を始める前に考えておきたいことについての要点を記載します。乳がんの診断を受けた際、治療の選択肢や進め方を理解し、自分自身や家族にとって最良の決定を下すためには、様々な要素を考慮する必要があります。以下に、治療を始める前に考慮すべき主要なポイントを詳述します。
1. 乳がんの種類とステージ
乳がんは多様な種類があり、診断されたがんのタイプによって治療法が大きく異なります。たとえば、浸潤性乳管がん(IDC)や浸潤性小葉がん(ILC)などがあり、さらに、ホルモン受容体の有無(エストロゲン受容体陽性やHER2陽性など)も治療方針に影響を与えます。また、がんのステージ(0期~IV期)は、腫瘍の大きさやリンパ節転移、遠隔転移の有無を基に決定されます。ステージが進むにつれて、治療選択肢や目的も異なり、手術、化学療法、放射線療法、ホルモン療法、標的療法などが組み合わせられることが多いです。
2. 医師や医療チームとのコミュニケーション
乳がんの治療には、外科医、腫瘍内科医、放射線腫瘍医、病理医、看護師、精神科医など多くの専門家が関わります。信頼できる医師や医療チームとオープンなコミュニケーションを持つことが、治療の成功に欠かせません。疑問点や不安な点があれば、遠慮せずに質問し、しっかりとした説明を受けることが重要です。また、セカンドオピニオンを求めることも推奨されており、異なる視点から治療計画を確認することは、安心感を得るための一助となります。
3. 治療の目的と生活の質
乳がんの治療目的は、がんを完全に取り除く「根治治療」と、症状を軽減して生活の質を向上させる「緩和治療」に分けられます。治療の選択は、がんの進行具合や患者の体力、年齢、全身状態によって異なります。特に進行した乳がんの場合、がんの進行を遅らせたり、症状をコントロールすることを重視するケースがあります。治療を進めるにあたり、治療によって生活の質がどのように変わるか、仕事や日常生活への影響も事前に把握しておくべきです。
4. 治療法の選択肢
乳がんの治療には、多くの選択肢がありますが、それぞれの治療法には長所と短所があります。主な治療法には以下のものがあります。
- 手術:乳房温存手術と乳房全摘手術があり、がんの進行度や患者の希望によって選ばれます。乳房再建術を考慮するかどうかも重要な決断です。
- 化学療法:がん細胞を攻撃するための薬物療法ですが、同時に健康な細胞にも影響を与え、副作用が現れることがあります。治療期間や副作用の程度を理解しておくことが大切です。
- 放射線療法:がん細胞を局所的に破壊するために使われる放射線を使用します。特に乳房温存手術後によく行われますが、照射部位の皮膚や組織に影響が及ぶ可能性があります。
- ホルモン療法:エストロゲン受容体陽性の乳がんに有効な治療法で、ホルモンの作用を抑制する薬が使用されます。
- 標的療法:HER2陽性の乳がんに対して、がん細胞の増殖を特異的に阻害する薬物が使われます。これにより、従来の化学療法よりも特定のがん細胞に焦点を当てた治療が可能です。
5. 副作用とその管理
治療を選択する際に考慮すべき重要な点は、副作用とその影響です。化学療法や放射線療法には、脱毛、疲労、吐き気、免疫力低下などの副作用が伴うことが一般的です。ホルモン療法や標的療法でも、骨粗鬆症、体重増加、心臓への負担などの副作用が発生する可能性があります。これらの副作用を軽減するための対策や、日常生活をできるだけ支障なく送るためのサポート体制についても、事前に医療チームと話し合い、理解しておくことが重要です。
6. 患者のライフスタイルと治療計画のバランス
治療中や治療後の生活をどのように送るかは、患者それぞれのライフスタイルや価値観に基づいて決定されます。仕事を続けるか、家族や介護の役割をどのように果たすかなど、乳がん治療が日常生活に及ぼす影響を見据えた計画が必要です。例えば、治療によって長期的に疲労が残る可能性がある場合、仕事や家庭での役割分担を再調整する必要が生じるかもしれません。乳がん患者の支援グループや家族との協力を得ながら、精神的・肉体的な負担を軽減することが治療中の生活の質を向上させるポイントです。
7. 経済的な負担と支援体制
乳がん治療には高額な費用がかかることが多く、手術や薬物療法、放射線療法、さらには再建手術などの費用を事前に把握しておくことが重要です。健康保険の適用範囲や医療費助成制度、自治体の支援策などを活用し、経済的負担を軽減する方法を探ることが求められます。また、家族の生活費や自分自身の将来の生活設計についても、事前に計画しておくことが必要です。
8. 精神的なケアとサポート
乳がん治療は、身体的な負担に加えて精神的なストレスも伴うものです。不安や恐れ、うつ状態など、感情的な波が生じることは少なくありません。そのため、精神的なサポートが重要です。専門のカウンセラーや精神科医と相談すること、患者同士の交流を持つこと、リラクゼーションやマインドフルネスなどのストレス管理法を取り入れることが、治療を円滑に進める助けとなるでしょう。
9. 長期的な見通しとフォローアップ
乳がんの治療が終了した後も、再発のリスクや長期的な合併症に対するフォローアップが欠かせません。定期的な検診や自己検診を行うことは、早期に再発を発見するための有効な手段です。また、治療後の生活習慣、特に食事や運動、ストレス管理が、再発予防において重要な役割を果たします。
まとめ
乳がん治療を始める前には、乳がんの種類や進行度、治療法の選択肢、副作用や生活への影響、経済的な負担、精神的サポートなど、さまざまな要素を総合的に考慮することが重要です。医師や家族、支援者と十分に話し合い、自分にとって最良の治療方針を見つけることが、治療の成功と生活の質の向上に繋がります。
以上、2024年10月
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考える時間はあります
乳がんという診断を受けた直後は、頭の中が真っ白になってしまうかもしれませんが、これから考えなくてはならないことがいろいろ出てきます。
仕事や家事も休まなければならないので、その手当ても必要です。入院中に必要なものもそろえなければなりません。そして、何より大切なのは、自分自身が納得できる治療法を選択することです。もちろん、がんの進行病期や乳がんの性質などによって、治療選択肢はしぼられてきますが、患者さんの価値観や人生観、置かれた環境や経済的な背景など、個人的な条件もまた大切な選択基準になります。
「そんなに考えている時間なんてあるの?」「検査を受けた病院で治療のレールに乗るだけではないの?」と思っている人も多いと思います。
しかし、乳がんは比較的進行のゆっくりしたがんです。一週間の間に答えを出さなくてはならない、というものでもありません。
生検や細胞診のためにシコリに針をさすと、がん細胞が飛んだり、血液に乗って転移をする恐れがあるので、すぐに手術をした方がいいと思っている人もいるかもしれません。しかし、この説には科学的な根拠も医学的な合理性もないようです。特に早期がんの場合、1月程度治療開始が遅れたからといって、大きな違いはないはずです。
ただ、診断結果がわかったら、できるだけ早く治療を開始したいと思うのも人情です。それなりのレベルの病院は治療の順番待ちで混んでいます。そう考えると、もし検査結果が悪性だったらどうしようという心準備は検査の途中で必要と思います
治療のスケジュール
治療のために、仕事や家事、育児をどのくらい休まなければならないのでしょうか。
乳がんの治療は、入院・手術が基本ですが、その後も通院治療を行います。ケースによっては、手術の前に抗がん剤による治療を行うこともあります。いずれにしても、手術検体の病理検査の結果をベースに治療法を確定させるため、この結果が判明するまで、治療法のタイムテーブルを決めることができません。病理結果は通常手術後1~2週間程度かかります。
そのあと、放射線治療やホルモン療法、抗がん剤治療などが必要になるのが一般的ですが、こうした治療もほとんど通院で行われます。抗がん剤の副作用には個人差があり、投与後倦怠感<けんたいかん>や悪心<おしん>で数日寝込んでしまう人もいれば、あまり副作用の出ない人もいます。
仕事は、事務的な仕事ならば、多くの人は退院後すぐにでも復帰することが可能です。ただ、ラッシュ時や長距離の通勤はつらいかもしれません。こうしたことを考えると、入院も含めて1カ月ぐらいの休暇を取り、通院治療の必要性や、治療計画の変更の可能性もあらかじめ勤め先に話しておくことが理想的です。
家事も、ほとんどの人は退院後すぐに可能ですが、最初から以前どおりに動かないで、初めは家族や姉妹など気の置けない人に手を貸してもらい、徐々に体を慣らしていくようにできれば楽でしょう。
治療費用の問題
入院費用は、治療の方法や、使う抗がん剤の種類、入院日数、差額ベッド代が必要な部屋に入るかどうかなどによって変わってきます。平均的なところでは、差額ベッド代がない場合、手術をして1週間ほど入院すると60~70万円かかります。実際には健康保険が適応されるため、3割負担ならば20万円前後が患者さんの負担となります。
さらに、高額医療費制度で、自己負担限度額を越える医療費は還付されます。事前に手続きをすれば、最初から自己負担限度額を越える費用は補助を受けられます。ただし、高額医療費は月単位で計算されるので、入院が月をまたぐと高額医療費に該当しなくなる場合もあります。
また、最近は分子標的治療薬など、高額な薬剤が増えているのも事実です。万一に備えて、一般の医療保険やがん保険に加入している人も多いと思いますが、通院治療が支払いの対象になるかどうかも確認しておくとよいでしょう。
病院と医師の選択
どの病院で、どのような医師に治療してもらうかは最初に考えなければならない重要な問題です。国によって事情は違いますが、日本の現状からすると乳腺外科医が診断、手術およびその他の治療計画を立てることになります。日本乳癌学会が乳腺専門医の認定を行っているので、こうした医師が常勤している病院での手術が基本になります。
乳がんは、放射線治療や抗がん剤などの薬物療法も行うことが多いので、放射線治療の専門医や、薬物療法の専門医(腫瘍内科医)も必要です。再建手術には形成外科医の協力、さらに診断のため病理の専門医、放射線診断の専門医も必要になってきます。乳がんに限った話ではありませんが、近年治療内容が複雑化し、専門性が高まってきたため、乳がんに関しては年間手術件数200例以上の施設が一般的には望ましいでしょう。
その上で、「こちらが疑問に思ったこと、不安に思うこと、質問に対してきちんと説明してくれること」が、医師との信頼関係を築くためには重要です。
どんな治療法があり、その長所と短所はどんなところか、現在の標準治療はどういう方法なのか、先生はどの治療法をベストだと思うのか、など、気になることはあらかじめメモにしておいて聞いてみましょう。セカンド・オピニオンを認めてくれるかどうかも重要なポイントです。
とはいえ病院を渡り歩いて、病院や医師を吟味していくことは時間的なことを考えただけでも現実的ではないと思います。経験者に聞いてみてあの病院がいいよ、とかあの先生がいいよといってくれる病院なり、医師なりを受診するのがいい出会いの近道であることは言うまでもありません。
病院スタッフも強い見方
最近の病院には、医師や看護師など直接治療にたずさわる人だけではなく、ソーシャルワーカーや心理療法士など、患者のサポートを専門にするスタッフもいます。こうしたスタッフは、患者の目線で治療の不安や医師との関係、職場復帰の問題、入院中の家族のこと、経済的な問題などの心配事の相談にのったり、活用できるシステムの紹介などをしてくれます。困ったことがあれば、何でも相談してみましょう。
なお、入院に必要なものは、どこの病院でもたいてい一覧表にして渡してくれます。また、病院内の売店でも一応のものはそろえてありますから、あまり神経質にならなくてもだいじょうぶです。
[コラム] 標準治療とは
乳がんの治療を受ける前に、ぜひ知っておきたいのが「標準治療」です。
がんの治療は日進月歩です。手術方法も変われば、ホルモン剤や抗がん剤も次々に新しいものが開発されています。その中で、どの治療が一番効果的なのか。以前は、権威といわれる人の説など、あまり科学的とはいえない根拠で治療法が選ばれることもありました。しかし、いまは世界的なレベルで大規模な臨床試験を行い、どの治療法の効果が一番高いのか科学的に検証されています。こうした科学的根拠に基づいて生まれたのが標準治療なのです。
したがって、標準治療は現時点で最も効果が高いと思われる治療法です。新たな臨床試験の結果によって、標準治療も変わっていきますので、治療を受けるときには標準治療を基準に医師と相談します。日本の標準治療は、『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』(日本乳癌学会編、金原出版)に説明されていますので、医師と話し合う前に読んでおくと役立つでしょう。
なおこうした出版物によるガイドラインは内容の更新が遅れ、実情にあっていないという欠陥がありました。今後はオンライン版に変更され、定期的に更新される予定になっています。(2011年5月時点では海外のものしかありません)