HER2陽性タイプの非浸潤がんの治療について
HER2陽性タイプの非浸潤がん(DCIS: Ductal Carcinoma in Situ)に関する診断と治療について以下にまとめます。
1. HER2陽性非浸潤がんとは
HER2陽性非浸潤がんとは、乳管の内側でがん細胞が増殖しているものの、乳管の外に浸潤していない状態の乳がんです。HER2(Human Epidermal growth factor Receptor 2)は細胞表面にあるタンパク質の一種で、この受容体が過剰に発現することにより、がん細胞の増殖が促進されます。HER2が陽性の乳がんは、一般的に増殖が早く、再発リスクが高いとされていますが、早期の非浸潤がんであれば治療により予後が良好になる可能性が高まります。
2. HER2陽性非浸潤がんの診断
HER2陽性非浸潤がんは主に画像検査や病理診断により特定されます。
2.1. 画像検査
- マンモグラフィー:乳腺の状態を調べる基本的な検査で、特に石灰化を伴う乳管内の異常を発見することが可能です。非浸潤がんは小さな石灰化として現れることが多く、早期発見に重要な役割を果たします。
- 超音波検査(エコー):乳腺の厚みや腫瘤の有無を確認するために行われます。マンモグラフィーと併用することで診断の精度が向上します。
- MRI検査:より詳細な乳腺の画像を得るために行われることがあり、特に高リスク患者や非典型的な症例で使用されます。
2.2. 生検と病理診断
疑わしい病変が発見された場合、組織生検が行われ、病理診断が確定します。HER2陽性かどうかを確認するためには、以下の方法でHER2発現の評価が行われます。
- 免疫組織化学染色(IHC):HER2タンパクの発現レベルを評価する方法で、スコアが3+であればHER2陽性と診断されます。スコアが2+の場合は、追加検査が必要です。
- FISH(蛍光in situハイブリダイゼーション)法:IHCスコアが2+であった場合に、HER2遺伝子の増幅があるかどうかを確認するための検査で、これによりHER2の陽性を確定します。
2.3. その他の診断検査
- ホルモン受容体の検査:HER2陽性であってもホルモン受容体の発現があるかどうかを確認することで、治療方針の決定に役立ちます。ホルモン受容体陽性のDCISは、ホルモン療法も考慮されることがあります。
3. HER2陽性非浸潤がんの治療
HER2陽性非浸潤がんの治療は、主に外科的手術、放射線治療、そして一部の症例で分子標的治療が考慮されます。
3.1. 外科的手術
- 乳房温存手術:乳房全体の摘出を避け、腫瘍部分のみを切除する手術です。HER2陽性非浸潤がんでも、周囲の正常組織とともに腫瘍を完全に摘出することで治癒が期待できます。
- 乳房全摘手術:広範囲にDCISが広がっている場合や再発リスクが高いと判断される場合、乳房全摘が選択されることもあります。乳房全摘術後の再発リスクは非常に低くなりますが、患者の生活の質も考慮して選択されるべきです。
3.2. 放射線治療
乳房温存手術後には通常、放射線治療が行われます。放射線治療により残存する可能性のあるがん細胞を破壊し、再発リスクを低減させます。DCISでは、放射線治療の有無によって再発率が大きく変わるため、標準治療の一部として位置づけられています。
3.3. 分子標的治療(抗HER2療法)
非浸潤がんにおける抗HER2療法の有効性については、現在も研究が続いていますが、治療効果が期待されるケースもあります。抗HER2療法には、主にトラスツズマブやペルツズマブが用いられますが、非浸潤がんの場合、必ずしも標準治療として推奨されるわけではありません。
- トラスツズマブ:HER2陽性乳がんの治療に使用される抗体薬で、HER2受容体に結合してがん細胞の増殖を抑制します。浸潤がんでは有効性が確立されていますが、DCISでは適応外であり、臨床試験などでの使用が主です。
- 臨床試験の現状:現在、HER2陽性の非浸潤がんに対する抗HER2療法の有効性や安全性についての研究が進んでおり、今後の結果次第では標準治療に組み込まれる可能性もあります。
3.4. ホルモン療法
HER2陽性であってもホルモン受容体も陽性の場合、タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬といったホルモン療法が補助療法として考慮されることがあります。特に閉経後の女性に対しては、ホルモン療法を併用することで再発リスクの低減が期待されます。
4. 再発予防と経過観察
HER2陽性非浸潤がんの治療後は、再発リスクが比較的高いため、経過観察が重要です。以下のような方法で再発リスクの軽減や早期発見に努めます。
4.1. 定期的な画像検査
治療後の再発や新たな病変の発生を早期に発見するために、定期的なマンモグラフィーや超音波検査が推奨されます。また、乳房再建術を受けた場合でも定期的な検査は必要です。
4.2. 生活習慣の改善
再発リスクを下げるために、食生活や運動習慣を見直すことが有効です。特に肥満や飲酒、喫煙は乳がんリスクを増加させる可能性があるため、生活習慣の改善が推奨されます。
4.3. サポート体制の活用
心理的なサポートや医療チームとの連携も再発予防には重要です。治療後の不安や生活の質に関する問題を解決するため、医療スタッフやカウンセラー、サポートグループの支援を受けることが推奨されます。
5. まとめ
HER2陽性の非浸潤がんは、乳がんの中でも比較的再発リスクが高いタイプとされていますが、早期発見と適切な治療により良好な予後が期待できます。HER2陽性非浸潤がんの診断には画像検査や病理検査が必要であり、治療には外科的手術や放射線治療が行われます。抗HER2療法やホルモン療法は、症例によって考慮されることもあり、今後の研究により新たな治療法が導入される可能性もあります。また、治療後の経過観察や生活習慣の改善により、再発リスクの低減が期待されます。