乳房温存療法

乳房温存療法(breast-conserving therapy, BCT)は、乳がん治療において乳房全体を切除することなく、がん病変のみを摘出する治療法です。この方法は、乳房の外観を維持しながら、がんを根治することを目的としています。乳房温存療法は、手術と放射線療法の組み合わせで行われ、患者の生活の質(QOL)を高めるための重要な治療法の一つとされています。ここでは、乳房温存療法の基本的な概念、適応基準、治療の流れ、利点とリスク、さらには予後やフォローアップについてまとめます。

1. 乳房温存療法の概要

1.1 乳房温存療法とは

乳房温存療法とは、乳房のがんを外科的に切除する際、がんの病変部位だけを取り除き、乳房自体はできるだけ温存することを目指す治療法です。乳房部分切除術(lumpectomy)や広範囲部分切除術(quadrantectomy)とも呼ばれ、これに加えて、術後に放射線療法を行い、残存する可能性のあるがん細胞を根絶することが標準的なプロトコルとなっています。

この治療法は、1960年代から1970年代にかけて広く研究され、乳房全摘出術と同等の治療効果を持ちながら、患者の乳房を温存できることが証明されました。以来、早期乳がんの治療として広く採用されてきました。

1.2 乳房温存療法の目的

乳房温存療法の主な目的は、がんを完全に取り除き、乳がんの再発リスクを最小限に抑えながら、乳房の外観や形状を保つことです。これにより、患者の心理的なストレスや術後の生活の質が向上することが期待されます。乳房全摘出に比べて、身体的な負担が少なく、患者が自分の乳房を維持できるため、心理的な満足度も高いとされています。

2. 乳房温存療法の適応基準

乳房温存療法は、すべての乳がん患者に適用できるわけではなく、いくつかの適応基準が存在します。治療の成功には、がんの進行具合や乳房の大きさ、患者の全体的な健康状態などが影響します。

2.1 腫瘍の大きさと位置

乳房温存療法の最も重要な適応基準の一つは、腫瘍の大きさ位置です。通常、腫瘍が乳房に局所的に存在し、乳房内に限局している場合に適応されます。腫瘍が小さい場合や、乳房の一部に局在している場合は、がんを十分に切除しながらも乳房の形状を維持できる可能性が高くなります。

腫瘍が大きい場合や乳房内に広範に広がっている場合は、乳房温存療法が困難になることがありますが、化学療法を先行して行い、腫瘍を縮小させることによって温存療法が可能になることもあります。

2.2 多発性腫瘍

乳房内に複数の腫瘍が存在する場合、温存療法は困難になることがあります。しかし、腫瘍が同じ乳房の限られた範囲にある場合は、適切な外科的切除が可能なケースもあります。

2.3 患者の年齢と全身状態

乳房温存療法は、患者の年齢や健康状態も考慮されます。高齢者で全身状態が悪い場合、手術や放射線療法による合併症のリスクが高まるため、他の治療法が検討されることがあります。一方で、比較的若い患者や健康状態が良好な患者は、乳房温存療法を選択することが一般的です。

2.4 放射線療法の適応

乳房温存療法では、手術後に放射線療法を行うことが標準治療です。放射線療法は、乳房に残っているかもしれない微小ながん細胞を破壊し、再発リスクを抑えるために行われます。しかし、何らかの理由で放射線療法が受けられない患者(例えば、妊娠中の患者や以前に放射線治療を受けた患者など)には、乳房温存療法が適さないことがあります。

2.5 遺伝性乳がんのリスク

BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異を持つ患者など、遺伝的に乳がんリスクが高い場合、乳房温存療法ではなく、乳房全摘出術が推奨されることがあります。これにより、将来的な再発リスクを大幅に減少させることが期待されます。

3. 乳房温存療法の手術と治療の流れ

3.1 外科的切除(乳房部分切除)

乳房温存療法の基本は、腫瘍とその周囲の正常組織の一部を外科的に切除することです。がんが完全に取り除かれるためには、がん組織の**周囲に十分なマージン(余白)**を持って切除することが求められます。このマージンが不十分な場合、再手術が必要となることがあります。

外科的には、腫瘍の位置や大きさに応じて切開が行われ、できるだけ乳房の形を損なわないように配慮されます。乳房の形状が大きく変わる場合には、形成外科的な技術を用いて乳房の形を整えることもあります。

3.2 センチネルリンパ節生検

乳がん手術では、がんの転移を評価するために、センチネルリンパ節生検が行われます。センチネルリンパ節とは、がんが最初に到達するリンパ節のことで、このリンパ節にがん細胞が転移しているかどうかを確認することで、がんの広がりを評価します。

センチネルリンパ節ががん陰性であれば、追加のリンパ節摘出は不要です。一方、転移が確認された場合は、さらなるリンパ節の切除が検討されます。

3.3 放射線療法

乳房温存療法の手術後には、必ず放射線療法が行われます。放射線療法は、手術で取り除けなかったかもしれないがん細胞を破壊し、局所再発のリスクを大幅に減少させます。

通常、外部照射という方法で、放射線が乳房全体または部分的に照射されます。治療期間は数週間から6週間程度が一般的です。放射線の照射は、日常生活に大きな影響を与えないことが多いですが、照射部位の皮膚に軽い火傷や赤みが生じることがあります。

4. 乳房温存療法の利点とリスク

4.1 乳房温存療法の利点

乳房温存療法の最大の利点は、乳房を失わずにがん治療を行える点です。多くの女性にとって、乳房は身体的な外見の一部であり、温存できることで心理的な満足感が得られます。加えて、全摘出術に比べて手術の侵襲が少なく、回復も早い傾向があります。

また、乳房温存療法を受けた患者の多くが、乳房全摘出術を受けた患者と同等の生存率を得ていることが、複数の臨床試験で確認されています。このため、早期乳がんの治療においては、乳房温存療法が第一選択となることが多いです。

4.2 乳房温存療法のリスクとデメリット

一方で、乳房温存療法にはいくつかのリスクやデメリットも存在します。

  • 再発のリスク:乳房温存療法では、乳房が温存されるため、残存する乳腺組織にがんが再発する可能性があります。そのため、再発リスクを最小限に抑えるために、放射線療法が不可欠です。
  • 放射線療法の副作用:放射線療法によって、皮膚の炎症、疲労感、乳房の変形や硬化が起こることがあります。特に、乳房の形が変わることで、左右のバランスが崩れることがあります。
  • 再手術の可能性:腫瘍切除後にマージンが不十分と判断された場合、再手術が必要になることがあります。この再手術は、患者に追加の負担をもたらす可能性があります。

5. 乳房温存療法の予後とフォローアップ

5.1 予後

乳房温存療法を受けた患者の予後は、乳房全摘出術を受けた患者とほぼ同等です。特に、早期乳がんの患者では、適切な放射線療法を併用することで、10年生存率は非常に高く、再発リスクも低く抑えられます。

しかし、乳房温存療法では、術後も乳房に残る乳腺組織に再発が生じる可能性があるため、再発を早期に発見するための定期検診が重要です。

5.2 フォローアップ

乳房温存療法後のフォローアップは、がん再発や新たな乳がんの発生を監視するために行われます。通常、以下のようなフォローアップが推奨されます。

  • 定期的なマンモグラフィー:乳房温存療法を受けた患者は、年に1回のマンモグラフィー検査が推奨されます。これにより、乳房内に再発があるかどうかを早期に発見することができます。
  • 臨床診察:医師による定期的な乳房の診察が行われ、乳房やリンパ節に異常がないか確認されます。

6. まとめ

乳房温存療法は、乳房を温存しながら乳がんを治療できる効果的な手術法であり、早期乳がんの治療において第一選択となることが多いです。この療法は、乳房の外見を保つことができるため、患者の心理的な満足度や生活の質を向上させるという点で非常に重要です。

しかし、放射線療法との併用が必要であり、再発のリスクを常に考慮する必要があります。患者は、医師と十分に相談し、自分に最適な治療法を選ぶことが大切です。また、術後のフォローアップをしっかりと行うことで、再発のリスクを最小限に抑えることができます。


乳房温存療法

大切な断端検査

乳房温存療法は、乳房を残してがんの病巣とその周囲だけを切除する方法で、現在の乳がん手術の中心になっています。
最近は、乳輪@にゅうりん@に沿って切開し、そこからがんを摘出@てきしゆつ@するなど、外見的にほとんど傷痕がわからない工夫も進んでいます。実際には、安全域を見込んで、周囲に1~2センチほどのゆとりをもってがんの病巣をくり抜くように切除します。乳頭部を中心に、扇型に乳房を部分切除する方法(乳房扇状部分切除術)が行われることもあります。
乳房温存療法の目的は、第一に、まずがんを取りきること、そして乳房を元の形に近い状態で残すことです。当初、特に日本では、がんの取り残しと局所再発を危ぶむ声もありましたが、現在は、放射線療法と併用すれば、治療成績は乳房切除術と変わらないことが認められています。
しかし、乳腺を部分的に切除する手術なので、取り残しを防ぐためには、がんの広がりを正確に把握することが必要です。そのため、超音波検査やマンモグラフィ、造影剤を使ったMRI検査(ガドリニウム造影MRI検査)などを行います。検査機器の性能も向上しているので、かなり内部の状況を把握できるようになりました。
しかし、それでもがんの広がりを外から正確にとらえることは困難です。そのため、手術で摘出した組織の端(切り口)を顕微鏡で調べ、がん組織の遺残の有無を調べる「断端@だんたん@検査」を行います。断端検査では、切除した組織の断面やその周辺にがんがないかどうかをチェックします。がんが見つかれば、断端陽性といい、乳房にがんが残っている可能性が高いと考えられます。

術後の放射線治療が必須

もう一つ、重要なのが放射線治療です。乳房温存療法は、放射線治療とセットで行われる治療法です。
1970年代から80年代にかけて世界で行われた大規模な臨床試験では、断端検査が陰性、つまり手術で一応がんが取りきれたと判断できるケースでも、放射線照射を行わないと、約40%もの人に乳房内の局所再発が起こると報告されています。これでは、乳房全摘術と同等の手術とはいえません。しかし、手術後に乳房に放射線を照射すると、乳房内再発率は約10%にまで減少しました。
放射線の照射で、再発を100%抑えることはできませんが、再発率を約3分の1に減らすことができます。これは、検査ではとらえ切れない乳房に遺残したがん病巣を放射線がたたいてくれるからです。
したがって、乳房温存手術後には放射線治療が必須なのです。放射線照射は、外来通院で行われます。温存した乳房だけではなく、脇の下のリンパ節に転移がたくさんあった場合には、胸壁や鎖骨の上、頸の付け根部分にも放射線を照射します。詳細は、放射線治療のページを参照してください。
高齢者の場合には、比較的乳房内への再発が少ないこと、また放射線治療による合併症のリスクと余命を秤@はかり@にかけ、放射線照射が省かれることもあります。しかし、ふつうは放射線照射が必須と考えてください。乳房内の局所再発率が低下することで、生存率も高まると考えられています。

乳房温存療法の方法

乳房温存療法の適応

大きさより乳房とのバランス

では、どの程度の乳がんまでならば、乳房温存療法が受けられるのでしょうか。
日本では乳房温存療法の導入初期に3センチ以下のがんまでが適応とされた時期もありました。経験が増えるにつれこの枠組みは一応参考程度となり、がんを確実に取りきった後に、美容的な乳房が残せるかどうかが、乳房温存療法適応の基準とされるようになりました。
同じ4センチのがんといっても、乳房の大きさや、しこりのできた場所などによって術後の変形の程度が大きく異なるからです。

がんを小さくして乳房温存

また、現在は術前化学療法という方法も用いられるようになりました。術前抗がん剤には薬剤の効果判定などのいくつかの目的がありますが、がんが大きすぎて乳房温存療法の対象として難しい人に対して行い、乳房温存が可能にすることもその目的の一つです(化学療法の項参照)。
適応を選べば抗がん剤を投与することで、80~90%の人はがんが半分以下に縮小します。特にHER2陽性タイプ、トリプルネガティブタイプ、ルミナルBタイプには効果が期待できます。一方ルミナルAタイプには術前抗がん剤の有用性が明らかではないため通常は行われず、術前ホルモン療法が注目されています。
術前ホルモン療法は閉経後の患者さんには臨床現場でもケースバイケースで行われるようになりまし。ただ閉経前の患者さんに対しては臨床試験ベースで行うべき実験段階にあると現在はまだ考えられています。
術前療法は大きなしこりを小さくすることは可能ですが、乳房の中にがんの病巣が広範囲に広がっていたり、多発している場合は、結局乳房切除が必要になります。この場合は乳房温存を目的とした術前療法は避け、乳房切除を行い、美容的な観点からは乳房再建手術の方が望ましいと考えられています。

乳房温存に不向きな人

乳房温存療法が不向きなケースというのはどういう場合か、あらためて整理してみましょう。これをまとめたのが上の表です。
●片側の乳房に複数のがんがある
●がんが広範囲に広がっている
● 妊娠中の人
● 皮膚筋炎、多発筋炎などの膠原病の人
● 以前に、手術をする側の乳房や胸郭に放射線照射を受けたことがある人
また、患者さん自身が放射線照射を希望しない場合や、乳房とがんの大きさのバランスが悪い場合にも、乳房温存療法は適応となりません。

乳房温存療法後の再切除と術後補助療法

断端陽性は再手術

乳房温存療法では、がんが取りきれたかどうかを判断するために、断端検査を行います。
切除した組織の端や、その周辺にがん病巣がないかどうかをチェックします。断端検査は、乳房内再発、つまり残した乳房にがんが再発する可能性を見る重要な検査です。この検査で陽性と出た場合は、もう一度手術を行い、断端陰性を目指します。
断端陽性で追加の切除が乳房全摘になってしまう場合は、通常行われる放射線治療に、さらに放射線照射を追加する(ブースト照射)場合もあります。
無理な乳房温存手術をするよりは、乳房再建手術を選択した方が、美容的でより安全と考えられます。このような判断は個別の患者さんベースでの検討が重要で、なかなか一般論では語れません。こういう問題こそ担当の医師とよく相談する必要があります(乳房切除の項参照)。
余談ですが断端の評価方法もさまざまで、断端陽性の定義もさまざまです。がんが露出していなければ陰性とするのが国際的には最も受け入れられていますが、日本では5mm以上離れていないと陰性としないという基準を採用している施設が多数です。臨床医学データを解釈する際、どういう基準(プラットホーム)で集められたデータかが重要になります。

病理検査で術後補助療法を決定

一方、手術で摘出した組織は、ホルマリン固定された後、薄くスライスされて顕微鏡による病理検査が行われます。その結果によって、手術後の治療方針が決まります。
最近は術前に針生検を行うことが多いので、術前にがんの組織タイプ、異型度、ホルモン受容体の有無、HER2結果などがすでに分かっています。
手術後の病理検査で、これらの因子の再確認とともに、がんの大きさ、リンパ節転移の有無や個数、がんが取りきれているかどうかなどさまざまなことを調べます。

術後補助療法を決める上で特に重要なのが、ホルモン受容体の有無と、HER2蛋白の過剰発現の有無です。ホルモン受容体が陽性ならばホルモン療法が、HER2蛋白が過剰発現していれば分子標的治療薬のトラスツズマブが有効ということを意味しています。
がんの再発のリスク評価と前述したサブタイプに応じて治療法が決められます。すなわちホルモン療法、抗がん剤、分子標的治療薬、のうちどの治療法が効果的か、あるいは具体的にどの薬剤をどの順番でどれだけの期間投与するのかが決められます。
これが術後補助療法です。0期以外の乳がんの場合、ほとんどの人が手術だけではなく、補助薬物療法を受けることになります。それによって、あきらかに再発率が下がることが証明されているからです(詳細は薬物療法を参照)。

[コラム] 切らずに治す・乳がんの最新治療法

乳房温存療法は、乳がん手術に画期的な変化をもたらしました。しかし、できれば小さながんは乳房を傷つけずに治したい、というのが女性の願いです。これを実現する試みが行われています。
それが、MRガイド下集束超音波療法や、ラジオ波熱凝固療法、凍結療法などの治療法です。

MRガイド下集束超音波療法

虫メガネの要領で超音波のエネルギーを一点に集中させ、熱でがん細胞を殺す治療法です。MRIという画像診断装置を使ってがんをねらうので、MRIガイド下と呼ばれています。
すでに子宮筋腫の治療で使われている治療法で、まったく目新しい治療法というわけではありません。MRIの画像から、がんの温度がどのくらいまで上がっているかとか、焼け残りの有無などもわかるので、世界的に研究が進んでいます。焼け残りがあれば、もう一度焼くこともできます。
日本では宮崎のブレストピアなんば病院で実施されています。

ラジオ波熱凝固療法

画像で確認しながら、がんの病巣に外から針を刺し、高周波で焼き飛ばす方法です。すでに早期の肝臓がんなどでは一般的に行われています。
乳がんの場合、アメリカで2センチ以下の早期がんを対象に行われた臨床試験では、87%で効果があったと報告されています。ただ、乳がんの場合、早期と診断されても、実際には広範囲に広がっているケースもあるので、肝がんとはまた違った注意が必要です。

凍結療法

がんの病巣に針を刺して急速冷凍し、いったん解凍して再び冷凍する方法です。舌がんなどで行われている方法ですが、乳がんの細胞も同じように凍結することで死滅するのかどうか、検討がつづけられている段階です。

いずれもまだ研究段階の治療として行われており、標準治療としては認められていません。このためすべて臨床研究として実施される必要があります。治療のプロトコール、期待される効果と不利益に関する書類に目を通し、説明を受けた上で文書にサインして研究に参加することになります。

乳がんは主病巣だけではなく、周囲の乳管内にどれだけ病変の広がりがあるかが、局所コントロールのため重要です。また主病変の組織検査から得られる、各種バイオマーカー、遺伝子レベルの情報が将来ますます重要になると思います。このため手術が縮小されていくとは考えますが、手術をしないということの意義はあまりないと個人的には考えています。