非浸潤性乳がんの診断と治療の概略

非浸潤性乳がん(Ductal Carcinoma in Situ、DCIS)は、乳管の内部に限局している段階の乳がんで、周囲の乳腺組織や他の臓器に広がっていない初期のがんです。DCISは乳がんの一種ですが、非浸潤性であるため転移のリスクはなく、適切な治療を受ければ予後が非常に良好です。しかし、治療せずに放置すると、浸潤性乳がんへ進展し、より治療が難しくなる可能性があります。このような非浸潤性乳がんの診断と治療の詳細について、診断方法から治療法、予後までを詳述します。

1. 非浸潤性乳がん(DCIS)の概要

1.1 DCISとは何か

DCISは、乳管の内側に存在する癌細胞が乳管内に限局している状態を指します。通常、乳がんは乳管や乳腺小葉の細胞が異常に増殖することで発生しますが、DCISの場合、これらの癌細胞は乳管内にとどまり、周囲の乳腺組織に浸潤していません。そのため、DCISは「非浸潤性乳がん」と呼ばれます。

浸潤性乳がんと異なり、DCISはリンパ節や他の臓器への転移のリスクがありません。しかし、未治療の場合、DCISの一部は時間の経過とともに浸潤性乳がんに進展する可能性があり、適切な診断と治療が重要です。

1.2 DCISの疫学

マンモグラフィーによる乳がん検診が普及したことで、DCISの発見率は増加しています。乳がん全体の中でDCISは約20%を占めており、主に40~60歳の女性に多く見られます。特に、閉経前後の女性に発症することが多いです。DCISは、早期に発見されることが多く、浸潤性乳がんに比べて予後が非常に良好です。

2. 非浸潤性乳がんの診断

2.1 マンモグラフィーによる診断

DCISの診断において最も重要な検査はマンモグラフィーです。マンモグラフィーは乳房のX線撮影であり、DCISの初期段階で見られる微小石灰化を検出することができます。微小石灰化は、乳管内で癌細胞が増殖する際に形成される小さなカルシウム沈着物で、これはマンモグラフィー上で白い点として現れます。

DCISはしばしば無症状であり、触診では発見されないことが多いため、マンモグラフィー検診が早期発見に役立ちます。特に、症状のない女性でもマンモグラフィーで異常が検出された場合、DCISが発見される可能性があります。

2.2 超音波検査(エコー)

乳房超音波検査(エコー)は、乳腺の密度が高い若年層の女性において、マンモグラフィーで不明瞭な場合に追加で使用されることがあります。しかし、DCIS自体は乳管内に限局しているため、超音波で明確に映らないことが多く、マンモグラフィーほど有用ではないことが一般的です。それでも、腫瘤を伴うDCISや、診断が難しい症例においてはエコーが役立つ場合があります。

2.3 MRI(磁気共鳴画像)検査

MRIは、特にDCISが広範囲に及んでいる可能性がある場合や、乳房温存手術を予定している場合に用いられることがあります。MRIは軟部組織の詳細な画像を提供するため、DCISの病変範囲を正確に評価できる利点があります。特に、マンモグラフィーやエコーで異常が見つからない場合でも、MRIで病変が検出されることがあります。

2.4 生検(バイオプシー)

マンモグラフィーやMRIなどの画像検査で異常が見つかった場合、最終的な診断のために生検が行われます。生検では、乳房の病変部から組織を採取し、顕微鏡で癌細胞の有無や性質を確認します。コアニードル生検やステレオタクティック生検(画像ガイド下での生検)が一般的に用いられます。

病理学的に、DCISは異常な細胞が乳管内に限局しているかどうかを確認し、さらに、腫瘍のグレード(高、中、低)やホルモン受容体の状態(ER、PR陽性か陰性か)などの特徴も評価されます。これにより、今後の治療方針が決定されます。

2.5 グレード分類

病理学的な検査では、DCISのグレードも評価されます。グレードは、癌細胞がどれほど異常か(未分化度)を示す指標で、以下の3段階に分類されます。

  • 低グレード(G1): 比較的正常に近い細胞構造を持ち、進行が遅い。
  • 中グレード(G2): 正常細胞と比べて異常だが、低グレードより進行が早い。
  • 高グレード(G3): 非常に異常な形態を持ち、進行が早い。

高グレードのDCISは、より浸潤性乳がんに進展するリスクが高いため、治療方針に大きく影響を与えます。

3. 非浸潤性乳がんの治療

非浸潤性乳がんの治療は、再発や浸潤性乳がんへの進行を防ぐことが主な目的です。治療選択肢には、手術、放射線療法、ホルモン療法などがあり、個々の患者の状況に応じて最適な治療法が選択されます。

3.1 手術

手術はDCISの治療において中心的な役割を果たします。手術には、乳房温存手術(部分切除)と乳房全摘術の2つの主要な選択肢があります。どちらを選ぶかは、腫瘍の大きさ、位置、広がり、患者の希望などによって決定されます。

3.1.1 乳房温存手術(部分切除術、乳腺腫瘍摘出術)

乳房温存手術は、乳房の外観を維持しながら腫瘍を取り除く手術で、多くの患者が希望する方法です。手術では、腫瘍とその周囲の正常組織の一部を切除し、癌細胞が完全に取り除かれたことを確認します。手術後、残存する微小な癌細胞の排除や再発防止のため、通常は放射線療法が行われます。

乳房温存手術は、DCISが比較的小さい場合に有効であり、局所再発のリスクは放射線療法を併用することで大幅に低下します。

3.1.2 乳房全摘術

DCISが広範囲に及んでいる場合や、多発性の病変が認められる場合には、乳房全摘術が選択されることがあります。この手術では、乳房全体を切除するため、乳房温存手術と比べて再発リスクは非常に低いです。全摘術を行った場合、放射線療法を追加する必要は通常ありません。

また、乳房全摘術を選択した患者には、乳房再建手術のオプションが提供されることが多く、身体の外観を回復するためのさまざまな方法が存在します。再建は、手術と同時に行う即時再建と、後日行う遅延再建のいずれかが選ばれます。

3.2 放射線療法

放射線療法は、乳房温存手術後に行われ、局所再発のリスクを減少させるために重要な役割を果たします。放射線は、手術で取り残された可能性のある微小な癌細胞を殺し、再発リスクを約50%低減します。放射線療法は、通常1日1回、5日間を1週間として、約5~6週間にわたって行われます。

また、放射線療法には短期間で集中的に行う部分乳房照射や、1週間程度で治療を完了する短期集中療法も検討されることがあります。これらは、従来の放射線療法よりも治療期間が短く、患者の生活の質を向上させる可能性があります。

3.3 ホルモン療法

ホルモン受容体陽性(ER陽性、PR陽性)のDCISの場合、ホルモン療法が推奨されることがあります。ホルモン療法は、エストロゲンの作用を抑制し、再発リスクを低減するために使用されます。特に、乳房温存手術を行った患者では、放射線療法に加えてホルモン療法が行われることが一般的です。

ホルモン療法に使用される薬剤には、以下のものがあります。

  • タモキシフェン: タモキシフェンはエストロゲン受容体に結合し、エストロゲンの作用をブロックする薬剤です。閉経前後の女性に広く使用され、5年間の投与が標準です。
  • アロマターゼ阻害薬: アロマターゼ阻害薬は閉経後の女性に使用され、エストロゲンの生成を抑える効果があります。レトロゾール、アナストロゾール、エキセメスタンなどの薬剤があり、タモキシフェンと同様に再発リスクを減少させる効果が期待されています。

ホルモン療法は再発の防止だけでなく、将来的な浸潤性乳がんの発症リスクを低減する効果もあるため、長期的な治療効果が期待されます。

4. 非浸潤性乳がんの予後とフォローアップ

4.1 予後

非浸潤性乳がん(DCIS)は、早期に発見され適切に治療されれば、非常に良好な予後を持つ疾患です。治療を受けた患者の多くは再発せず、浸潤性乳がんへの進展も防ぐことができます。特に、手術と放射線療法を組み合わせた治療を受けた場合、局所再発率は非常に低く抑えられます。

ただし、再発のリスクは完全には排除されないため、治療後のフォローアップが重要です。再発した場合、DCISとして再発することもあれば、浸潤性乳がんに進行して再発することもあります。再発した場合には、再度手術や放射線療法が行われることが一般的です。

4.2 フォローアップ

DCISの治療後は、定期的なフォローアップが推奨されます。フォローアップの目的は、再発や新たな病変の早期発見と、治療に伴う副作用の管理です。以下のような定期的な検査や診察が行われます。

  • マンモグラフィー: 乳房の再発を早期に発見するために、マンモグラフィー検査が年1回行われます。特に乳房温存手術を受けた患者においては、残存乳腺組織での再発を防ぐために、定期的な検査が重要です。
  • 診察: 乳房やリンパ節の状態を確認するため、定期的な医師の診察が行われます。治療の経過や副作用の確認、再発の徴候をチェックします。

また、ホルモン療法を受けている患者の場合、治療中の副作用(骨密度の低下、血栓リスクなど)を管理するため、追加の検査や治療が行われることがあります。

5. 非浸潤性乳がんの治療選択の個別化

非浸潤性乳がんの治療は、個々の患者の状態やリスクに応じてカスタマイズされます。腫瘍の大きさ、位置、グレード、ホルモン受容体の状態、患者の年齢、合併症の有無などが治療方針の決定に影響します。

特に、乳房温存手術を希望する患者においては、再発リスクを考慮して放射線療法やホルモン療法の併用が慎重に検討されます。また、DCISの広がりや患者の体力、全身状態に応じて、手術の侵襲を最小限に抑えるための治療選択が行われることもあります。

6. DCIS治療の新展開と研究

近年、非浸潤性乳がんの治療において、より個別化されたアプローチが模索されています。たとえば、遺伝子発現プロファイルを用いた再発リスクの評価や、特定のリスクを持つ患者に対して過剰治療を避けるための研究が進んでいます。また、ホルモン療法の新たな薬剤や、治療の副作用を最小限に抑えるための技術も開発されています。

さらに、**アクティブサーベイランス(経過観察)**というアプローチも一部で検討されています。これは、低リスクのDCIS患者に対して積極的な治療を行わず、定期的な検査と診察で経過を観察し、必要な場合にのみ治療を行う方法です。これは、過剰治療のリスクを避け、患者の生活の質を維持するための新たなアプローチとして注目されています。


非浸潤性乳がん(DCIS)の診断と治療は、患者の予後を大きく左右する重要なプロセスです。早期発見と適切な治療により、非常に良好な予後が期待できます。治療の選択は、個々の患者の状態に応じて慎重に行われるべきであり、治療後も定期的なフォローアップが不可欠です。