粘液がん(乳がん)の診断と治療
粘液がん(粘液産生がんとも呼ばれます)は、乳がんの一種であり、比較的珍しいタイプのがんです。他の乳がんと異なる特徴や治療法があるため、理解と管理が重要です。以下に粘液がんの診断と治療について、要点をまとめてお伝えします。
1. 粘液がんの概要
粘液がんは、乳腺内に粘液を多く含む腫瘍として形成されるタイプの乳がんです。全乳がんの1-5%程度と珍しいものの、一般に予後が良好とされます。粘液がんはがん細胞が多量の粘液を産生するため、顕微鏡で観察するとがん細胞が粘液に浮いているように見えることが特徴です。
粘液がんには、以下の2つのタイプがあります。
- 純粋型の粘液がん:がん細胞がほぼ粘液で覆われているタイプで、他の組織成分が少ないため、比較的進行が遅く、予後が良いとされます。
- 混合型の粘液がん:粘液のほかに通常の乳がん組織も含むタイプで、より一般的な乳がんに近い性質を持ち、治療に際しても通常の乳がんと同様の管理が求められます。
2. 粘液がんの診断
粘液がんの診断には、以下のような検査が使用されます。
2.1. 画像検査
- マンモグラフィー:乳房のX線画像を取得し、異常な影を発見しますが、粘液がんの場合は一般的な乳がんとは異なる画像が見られることがあります。
- 超音波検査:腫瘤が粘液により低エコーの塊として観察されやすく、粘液がんの診断に有用です。マンモグラフィーよりも正確な情報が得られる場合が多いです。
- MRI検査:がんの広がりや他の部位への転移を詳細に調べるために使用されることがあります。特に粘液がんは粘液成分が多いため、MRIでの確認が有効です。
2.2. 病理検査(生検)
粘液がんの確定診断には、針生検などで採取した組織を顕微鏡で観察し、がん細胞と粘液成分を確認する病理検査が行われます。生検は超音波やマンモグラフィーによる画像ガイド下で実施され、腫瘍組織の粘液成分とがん細胞の形態を観察します。
2.3. ホルモン受容体およびHER2検査
乳がんの治療方針を決定するために、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PR)、およびHER2タンパクの有無が調べられます。粘液がんはホルモン受容体陽性であることが多く、HER2陰性であるケースが多いため、ホルモン療法が適応されやすい傾向にあります。
3. 粘液がんの治療
粘液がんの治療法は、他の乳がんと同様に、手術、放射線療法、化学療法、ホルモン療法、そして必要に応じた標的療法などの方法が検討されますが、治療の選択はがんの進行度、患者の年齢、体力などを考慮して行われます。
3.1. 手術
手術は粘液がんの主要な治療法で、がんの範囲や位置に応じて乳房温存手術や乳房切除術が選択されます。
- 乳房温存手術:腫瘍の周囲の正常な組織を少し残して、腫瘍部分のみを切除します。早期の粘液がんにおいて有効な治療法で、手術後には再発防止のために放射線療法が併用されることが一般的です。
- 乳房切除術:がんが広範囲に広がっている場合や複数の病変がある場合、乳房全体を切除する乳房切除術が選択されることがあります。また、乳房再建手術が併用される場合もあります。
3.2. 放射線療法
手術後の再発を予防するため、乳房温存手術後に放射線療法が行われることが一般的です。特に乳房温存手術を受けた患者に対して、再発率を低下させる効果が確認されています。粘液がんの場合、再発のリスクが低いことが多いため、放射線療法が省略されるケースもありますが、患者の病状や医師の判断に基づいて適応が決定されます。
3.3. ホルモン療法
粘液がんの多くはホルモン受容体陽性であるため、エストロゲンの作用を抑えるホルモン療法が推奨されます。一般的なホルモン療法には以下の薬剤が使用されます。
- タモキシフェン:エストロゲン受容体をブロックする薬剤で、閉経前後問わず使用されます。
- アロマターゼ阻害薬:閉経後の患者に使用される薬剤で、エストロゲンの生成を抑制します。アナストロゾールやレトロゾールなどが代表的です。
ホルモン療法は、手術後に行うアジュバント療法として長期にわたって継続することが多く、再発予防のために5~10年の服用が推奨されることがあります。
3.4. 化学療法
粘液がんは一般に進行が遅く、再発リスクも低いため、化学療法が必ずしも必要とは限りません。しかし、がんの進行度が高い場合や、混合粘液がんなど再発リスクが高いと判断されるケースでは化学療法が検討されることがあります。一般的には、アジュバント(補助療法)として手術後に実施され、薬剤としてはアントラサイクリン系やタキサン系が使用されます。
3.5. 免疫療法・分子標的療法
粘液がんの治療において分子標的療法の適応は限られていますが、HER2陽性の粘液がんの場合は、トラスツズマブ(ハーセプチン)などのHER2を標的とする薬剤が使用されることがあります。ただし、粘液がんはHER2陰性が多いため、分子標的療法の適応は限られます。現在、乳がんに対する新たな治療法として免疫療法も研究されていますが、粘液がんへの効果に関するエビデンスはまだ十分ではありません。
4. 治療後のフォローアップ
粘液がんの治療後は、定期的なフォローアップが重要です。再発リスクが低いとはいえ、乳がんの再発や他の部位への転移の可能性を考慮して、定期的な画像検査や血液検査が行われます。フォローアップの頻度は患者の状況により異なりますが、一般的には最初の数年間は3~6か月ごと、その後は年1回の検査が推奨されます。
また、ホルモン療法を受けている場合は、副作用の管理も含めて定期的な医療者との相談が重要です。骨密度の低下や血栓リスクなど、長期的なホルモン療法による健康リスクがあるため、生活習慣の改善やサポートが必要となる場合もあります。
5. まとめ
粘液がんは乳がんの中でも予後が比較的良好なタイプで、適切な診断と治療が行われることで高い治療効果が期待されます。しかし、治療法や経過観察の方針は患者の年齢や体調、がんの進行度に応じて異なるため、個別の治療計画が求められます。