炎症乳がんの初期治療について

炎症乳がん(IBC: Inflammatory Breast Cancer)は、乳がんの中でも特に進行が速く、積極的な治療が求められるタイプのがんです。従来の乳がんとは異なる発症の仕方をするため、診断から治療までの流れや治療法も独自のアプローチが求められます。以下に、炎症乳がんの初期治療について解説します。

1. 炎症乳がんの特徴と診断

炎症乳がんは、乳房が赤く腫れる、皮膚が熱を持つ、硬くなるといった症状を特徴とします。これらの症状は乳房の感染症と似ているため、誤診されることも少なくありません。皮膚がオレンジの皮のように見える「オレンジ皮膚症状」も一般的な特徴です。

通常、炎症乳がんはステージⅢB以上の進行がんとして診断されることが多く、他の乳がんと比較してリンパ節への転移や遠隔転移が早期に見られる傾向があります。診断には以下の方法が用いられます。

  • 視診と触診:乳房の赤みや硬さ、腫れなどの視覚的な変化を確認します。
  • マンモグラフィー:乳房の内部構造を把握するためのX線検査です。
  • 超音波検査:腫瘍の大きさや範囲、リンパ節の状態を評価するために使われます。
  • MRI:より詳細な画像診断で、特に腫瘍の広がりやリンパ節への転移の有無を確認します。
  • 組織生検:病変部から組織を採取し、病理診断を行うことで確定診断を下します。

2. 炎症乳がんの初期治療の目的

炎症乳がんの治療は、根治を目指すとともに、がんの進行を抑え、転移のリスクを減らすことが目的です。治療は以下の3つのステップに大きく分けられます。

  1. 術前化学療法:腫瘍の縮小や転移リスクの軽減を図ります。
  2. 外科手術:乳房全摘術やリンパ節郭清を行い、がんの根治を目指します。
  3. 術後放射線療法:局所再発の防止を目的とします。

3. 初期治療の詳細

術前化学療法(ネオアジュバント化学療法)

術前化学療法は、炎症乳がんの初期治療において重要な役割を果たします。この治療により腫瘍を縮小し、がん細胞を減少させることで、手術の成功率を高めます。術前化学療法には、通常以下のような薬剤が使用されます。

  • アンスラサイクリン系薬剤:ドキソルビシンやエピルビシンなどの薬剤が用いられ、がん細胞の増殖を抑制します。
  • タキサン系薬剤:パクリタキセルやドセタキセルが代表的で、がん細胞の分裂を阻害します。
  • 分子標的治療薬:HER2陽性の炎症乳がんに対しては、トラスツズマブ(ハーセプチン)やパートゥズマブなどが併用されることがあります。これにより、HER2タンパクを標的にがん細胞を抑制します。

これらの化学療法を組み合わせて行うことで、効果を高め、腫瘍を最大限に縮小させることを目指します。一般的には4~6サイクルの化学療法が行われ、治療の効果が現れた段階で次の治療ステップに移行します。

外科手術

術前化学療法後、腫瘍の縮小が確認できた場合、外科手術に移行します。炎症乳がんにおいては、乳房全摘術(乳房切除術)が選択されることが一般的です。この手術には以下の特徴があります。

  • 乳房全摘術:乳房全体を切除することで、がん細胞が残らないようにすることを目指します。
  • 腋窩リンパ節郭清:炎症乳がんは早期にリンパ節へ転移しやすいため、腋窩リンパ節も併せて切除することが推奨されます。

一部のケースでは、再建手術も考慮されますが、炎症乳がんでは局所再発のリスクが高いため、再建のタイミングは慎重に検討されます。

術後放射線療法

術後放射線療法は、乳房やリンパ節領域への局所再発を防ぐために行われます。炎症乳がんの場合、放射線療法は以下の特徴があります。

  • 局所領域への高線量照射:乳房全体および腋窩リンパ節、鎖骨上リンパ節に高線量の放射線を照射します。
  • 治療回数と期間:通常、1日1回の照射を週5回、6~7週間にわたって行います。

放射線療法の副作用としては、皮膚の炎症や痛みが挙げられますが、これらは時間とともに改善することが多いです。

4. 治療後のフォローアップ

炎症乳がんは再発のリスクが高いため、治療後のフォローアップが重要です。一般的なフォローアップとしては、以下のような検査が定期的に行われます。

  • 画像検査:マンモグラフィーや超音波検査、MRIなどにより、再発や新たながんの発生を確認します。
  • 血液検査:腫瘍マーカーの測定や、全身状態を評価するために血液検査を行います。
  • 診察:視診や触診で局所再発の有無を確認します。

5. 炎症乳がん治療の課題と今後の展望

炎症乳がんは治療が難しく、再発や転移のリスクが高いため、新しい治療法の研究が進められています。例えば、免疫療法や新しい分子標的治療薬の導入が期待されており、これらの治療が今後の標準治療に加わる可能性があります。

また、遺伝子解析技術の進歩により、炎症乳がんに関連する遺伝子の変異を解析し、個別化医療を行うことも可能となってきました。これにより、患者一人ひとりに適した治療が提供されることが期待されています。

まとめ

炎症乳がんは進行が早く、他の乳がんと比較しても予後が悪いとされています。しかし、術前化学療法、外科手術、術後放射線療法を組み合わせた集学的治療を行うことで、治療成績は向上してきています。また、治療後のフォローアップを継続的に行うことで、再発の早期発見や適切な対応が可能となります。