ルミナルタイプの乳がんの治療法についての概略

ルミナルタイプの乳癌(ホルモン受容体陽性乳癌)は、エストロゲン受容体(ER)やプロゲステロン受容体(PR)が陽性であるタイプの乳癌で、ホルモン依存性の腫瘍です。このタイプの乳癌は、ホルモン療法が治療の中心となりますが、病期や個々の症例に応じて化学療法や分子標的療法も併用されることがあります。本稿では、ルミナルタイプの乳癌に対する治療法について、詳細にまとめます。

1. ルミナルタイプの分類と特徴

ルミナルタイプの乳癌は、一般的に以下の2つのサブタイプに分類されます。

  • ルミナルA型: ホルモン受容体(ER、PR)が強く陽性で、HER2が陰性、かつKi-67(細胞増殖マーカー)の発現が低いタイプです。このタイプは、予後が比較的良好で、ホルモン療法の効果が高いです。
  • ルミナルB型: ホルモン受容体は陽性ですが、HER2が陽性であるか、またはKi-67の発現が高い場合が含まれます。ルミナルA型よりも進行が早く、再発リスクが高いため、ホルモン療法に加えて化学療法や抗HER2療法が考慮されます。

これらのサブタイプに基づいて、治療方針が異なります。

2. ホルモン療法

ホルモン療法は、ルミナルタイプ乳癌の治療において中心的な役割を果たします。ホルモン療法は、エストロゲンの作用をブロックし、ホルモン依存性の癌細胞の増殖を抑制する治療法です。患者の閉経状態によって治療のアプローチが異なります。

2.1 閉経前患者に対するホルモン療法

閉経前の患者では、エストロゲンが主に卵巣から分泌されるため、その抑制が重要です。以下の治療法が一般的に使用されます。

  • タモキシフェン: タモキシフェンは選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM)で、エストロゲンが乳腺の受容体に結合するのを阻害します。タモキシフェンは閉経前後問わず使用されますが、特に閉経前の患者に広く使われます。5年間の投与が標準ですが、再発リスクが高い場合には10年間に延長されることもあります。
  • 卵巣抑制療法: ゴセレリンやリュープロレリンなどのLHRHアゴニストを使用して、卵巣の機能を抑制し、エストロゲンの分泌を低下させます。高リスク患者では、タモキシフェンに加えて卵巣抑制療法を併用することが推奨される場合があります。手術によって卵巣を摘出する方法もありますが、これは一時的な薬物療法よりも恒久的な解決策です。

2.2 閉経後患者に対するホルモン療法

閉経後は、エストロゲンが主に脂肪組織で生成されるため、アロマターゼという酵素を阻害することでエストロゲンの産生を抑制します。以下の治療法が一般的です。

  • アロマターゼ阻害薬(AI): アロマターゼ阻害薬には、アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタンなどがあります。これらの薬は、閉経後の女性においてエストロゲンの生成を抑制し、再発リスクを低下させる効果があります。タモキシフェンよりも再発抑制効果が高いことが示されていますが、骨密度低下などの副作用が問題となることがあります。
  • タモキシフェン: 閉経後の患者でも、タモキシフェンは有効です。特に骨に対して保護的な効果があり、骨粗鬆症のリスクが高い患者には有利です。

ホルモン療法の投与期間は通常5年ですが、再発リスクが高い患者には10年間の治療が推奨されることもあります。また、治療期間中にタモキシフェンからアロマターゼ阻害薬に切り替える方法や、逆にアロマターゼ阻害薬からタモキシフェンに変更することもあります。

3. 化学療法

ルミナルタイプ乳癌の治療において、ホルモン療法が中心となるものの、高リスク群には化学療法が併用されることがあります。特に、ルミナルB型や再発リスクが高い場合には、ホルモン療法単独では不十分とされるため、化学療法が検討されます。

化学療法には、アンスラサイクリン系薬剤(エピルビシン、ドキソルビシン)やタキサン系薬剤(パクリタキセル、ドセタキセル)が一般的に使用されます。これらの薬剤は、癌細胞のDNAを損傷させたり、細胞分裂を妨げることで、腫瘍の増殖を抑えます。

化学療法は、通常、術前(ネオアジュバント療法)または術後(アジュバント療法)に行われます。ネオアジュバント療法は、腫瘍を縮小させて手術を容易にする目的で行われ、アジュバント療法は術後に残存する可能性のある微小転移を排除するために行われます。

4. 分子標的療法

ルミナルB型乳癌の一部では、HER2受容体が陽性であるため、抗HER2療法が考慮されます。この場合、トラスツズマブ(ハーセプチン)やペルツズマブ(パージェタ)などの抗HER2薬を併用することが効果的です。これにより、再発リスクが大幅に低減します。

また、近年では、ホルモン療法抵抗性の乳癌に対する新しい分子標的薬も登場しています。例えば、CDK4/6阻害薬(パルボシクリブ、リボシクリブ、アベマシクリブ)は、細胞周期を制御するタンパク質を阻害し、ホルモン療法との併用で治療効果を高めます。これらの薬は、特に進行性または転移性乳癌に対して有効です。

5. 治療の選択と個別化

ルミナルタイプ乳癌の治療は、患者個々のリスクや予後因子に基づいて決定されます。具体的には、以下のような要素が考慮されます。

  • 腫瘍の大きさやリンパ節転移の有無: 大きな腫瘍やリンパ節転移がある場合、再発リスクが高くなるため、化学療法や分子標的療法が推奨されることがあります。
  • Ki-67の発現レベル: 細胞増殖を示すKi-67の値が高い場合、より積極的な治療が必要とされます。
  • 患者の年齢や健康状態: 高齢者や併存疾患がある場合、治療の副作用に対するリスクが高くなるため、より慎重な治療選択が求められます。

また、最近では、遺伝子発現プロファイル解析(Oncotype DX、MammaPrintなど)を使用して、再発リスクをより正確に評価し、それに基づいて治療を個別化する試みも行われています。このような解析により、化学療法の必要性を判断することが可能となり、過剰治療を避けることが期待されています。

6. ホルモン療法に対する抵抗性

ホルモン療法は多くのルミナルタイプ乳癌患者に効果的ですが、一部の患者では時間とともに薬に対する抵抗性が生じ、再発や進行のリスクが高まることがあります。ホルモン療法に対する抵抗性には、エストロゲン受容体の変異やエストロゲンシグナルの代替経路の活性化が関与しているとされています。

このような抵抗性を克服するために、ホルモン療法に加えてmTOR阻害薬(エベロリムス)やPI3K阻害薬(アルペリシブ)などが併用されることがあります。これらの薬剤は、癌細胞の増殖や生存に関与するシグナル伝達経路を阻害し、ホルモン療法の効果を強化します。

7. 再発予防とフォローアップ

ルミナルタイプ乳癌は、再発が比較的遅い時期に起こることが多いため、長期間にわたるフォローアップが必要です。ホルモン療法の副作用や骨密度の低下などにも注意が必要であり、定期的な検査や診察が推奨されます。

特に閉経後の女性では、アロマターゼ阻害薬による骨量減少に対して、ビスホスホネートやデノスマブなどの骨保護薬が使用されることがあります。また、適度な運動や栄養管理も骨の健康を維持するために重要です。

8. 治療の新展開と臨床試験

乳癌治療は進化を続けており、新しい治療法が開発されています。例えば、免疫療法や新しいホルモン療法、さらにはナノテクノロジーを応用したドラッグデリバリーシステムなどが研究されています。また、臨床試験に参加することで、最新の治療を受ける機会が広がります。


以上が、ルミナルタイプ乳癌の治療法についての包括的な解説です。治療の選択は、患者の状態や病期、リスク因子に基づいて個別化されるべきであり、患者と医療チームが協力して最適な治療方針を決定することが重要です。