HER2陽性早期乳がん(周術期乳がん)の薬物療法について
HER2陽性早期乳がんの薬物療法について
虎の門病院乳腺内分泌外科 川端英孝
1.はじめに
浸潤性乳癌の15~20%でHER2の遺伝子増幅または蛋白過剰発現が認められ、局所治療のみではこれらの乳癌患者の予後は不良である。しかしHER2標的療法の開発により、HER2陽性患者の予後は劇的に改善した。Trastuzumabは最初に承認された抗HER2治療薬であり、Trastuzumabを化学療法のバックボーンに追加することで、HER2陽性早期乳癌患者の予後を改善することが示され、2006年にTrastuzumabの術後補助療法がFDAに承認され、1年間のTrastuzumabを追加することが標準治療として確立された。現在周術期の標準治療に組み込まれているその他の抗HER2療法薬には、抗体Pertuzumab、抗体薬物複合体T-DM1、海外ではチロシンキナーゼ阻害剤Neratinibがある。多くのHER2陽性早期乳癌患者に対して、術後療法から術前療法へのパラダイムシフトが起こり、腫瘍のダウンステージング、薬物療法の腫瘍感受性の評価が容易になっている。術前療法に対する病理学的奏効の程度は、HER2陽性早期患者の長期予後の強力な代替指標であり、術後補助療法の個別化に用いられている。
HER2陽性早期乳癌の治療における大きな進歩にもかかわらず、まだ改善すべき点は多く実際に再発を経験することも少なくない。このリスクはpCR(浸潤病変の消失)が得られなかった患者で大きい。しかしpCRが得られた患者にも再発リスクは存在し、主に初回診断時の腫瘍量が多かった場合に再発が起きやすい。HER2陽性早期乳癌患者における中枢神経系再発の可能性は、もう一つの問題であり、抗HER2治療の大部分は中枢神経系転移予防には役立っていない。一方で初回診断時の腫瘍量の少ないHER2陽性患者の多くは、現在の標準的なアプローチで十分治癒すると思われ、多剤併用化学療法レジメンを使用しなくてもその多くが治癒可能であることが推測されており、不必要なコストや毒性を回避するために、治療を軽減する適切な戦略が求められている1),2),3)。
2.HER2検査のタイミングについて
前述のように抗HER2療法は、HER2陽性乳癌の治療の骨格であり、術前療法としてその多くが用いられる。このため初回診断時のバイオマーカー検査としてすべての浸潤癌患者にHER2検査を行うことが必須である。腫瘍内のheterogeneity や検査自体の何らかのエラーも生じうるため、手術検体においても再度検査を行うことが望ましい。術前療法を行った場合も一定の割合でバイオマーカーの変化が予想されるのでHER2検査を再度行う。地域によっては保険診療上二度のHER2検査が認められないこともあり得るが、この場合は初回診断時のタイミングでこの検査を実施する。
HER2検査は適切な方法(ASCO/CAP HER2 testing ガイドライン、乳癌学会取扱い規約などに添った方法)で行う必要がある。なお明らかに予後が良好な組織型(組織学的グレード1, pure mucinous, pure tubular, pure cribriform carcinoma)でHER2検査が陽性になった場合は再検査、コンサルテーションなどを含め、再検討を行うことが推奨される。最終的な判断でもHER2検査結果に確信が持てない場合は陽性と考えて対応した方が、患者の不利益は少ないと思われる。
局所再発の場合もその都度HER2検査を実施して薬物療法の選択に生かすことが重要である。結果が陽性に転じた場合、以前の検査にエラーがあった可能性も考えられるが、真の意味で陽性転化することもあると報告されている。初回治療時のHER2検査結果が陽性で、遠隔転移を伴わない局所再発検体でHER2陰性と診断した場合には、陰性と考えてその後の薬物治療が行われる。
3.術前薬物療法か、手術先行かの選択
大まかな原則として、ステージⅡ期またはⅢ期のHER2陽性患者は術前薬物療法を行い、手術病理結果でpCR(浸潤病変の消失)が得られたかどうかを基準にして術後補助療法を行う。ステージ I の cT1a/b N0 の患者は手術を先行させ、手術病理結果に基づき術後補助療法の内容を判断する。リンパ節転移が陰性であればAPT試験(Paclitaxel+Trastuzumab併用の単群第2相試験)の結果に従い、その後はPaclitaxelとTrastuzumabによる術後補助療法を行う。
ステージI期のcT1cN0の患者には、手術先行と術前薬物療法の両方が有効な選択肢である。臨床的腫瘍径が1~2cmの場合、術前薬物療法と術後薬物療法のどちらが最適かについては明確なコンセンサスは得られていない。手術を先行させれば、病状の全体像をより正確に評価して薬物療法を選択できるが、一方で薬物療法による効果がどうだったかという情報を得ることができない。一方で、術前薬物療法を行う場合、どのようなレジメンを行うかという選択が難しくなり、治療強度を上げてpCRが得られた場合は過剰治療の可能性があり、治療強度を下げてpCRが得られなかった場合はその後の薬物選択が難しくなる。このためそれぞれのアプローチに一長一短があるが、2㎝に近い病変で、より完治させることに重点を置く場合は、術前薬物療法が選択されていると思われる。
4.周術期薬物療法のレジメン
1)術前薬物療法について
レジメンに関してはAC or Dose-Dense AC followed by Paclitaxel + Trastuzumab(+ Pertuzumab)が現時点で最も選択されるレジメンと思われるが、NCCNのガイドラインでは既にアントラサイクリンを省略するDocetaxel+Carboplatin+Trastuzumab(+ Pertuzumab)が望ましい治療法と記載されている。レジメン選択においてはアントラサイクリンを省略するかどうか、Pertuzumabを追加するかどうかが現時点の論点と思われる。心臓の合併症がある場合や比較的高齢者にはアントラサイクリンを省略することに異論はないと思われるが、そのような問題がない場合にアントラサイクリンを省略するかどうかは必ずしもコンセンサスは得られていない。またACを選択する場合のdose-denseレジメンの有効性も必ずしも明らかではない。ステージⅡB以上であればPertuzumabを併用することが標準的と思われるが、臨床的にリンパ節転移を認めない場合にPertuzumabを併用することの有用性は必ずしも明らかではない。しかしながらPertuzumabを併用せずにpCRが得られなかった場合に術後療法としてT-DM1に移行するとPertuzumabの使いどころがなくなるという問題が出てくるところが悩ましい。以上のような問題点を承知した上で、我々の施設ではDose-Dense AC followed by Paclitaxel + Trastuzumab+ Pertuzumabを標準的なレジメンとして考え、症例毎にアレンジを加えている。
高齢者や合併症を持った患者の場合は手術先行の方が管理しやすいと思われるが、局所進行乳癌で術前薬物療法が望まれる場合もある。そのような場合はPaclitaxel + Trastuzumab + Pertuzumabを術前療法として行うことが現実的な対処方法と思われる。
2)術前薬物療法後の術後療法について
pCRが得られた患者の術後療法について
HERA試験の結果に基づき、抗HER2療法は合計1年間投与される。術前に3か月投与されている場合が多いので、術後は9か月間(14サイクル)追加される。術後は術前に用いた抗HER2療法と同じ薬剤を用いる。
pCRが得られなかった患者の術後療法について
術前療法にて浸潤病変の遺残がある場合(乳房、又はリンパ節)はKATHERINE試験の結果に基づき、術後にT-DM1 を投与する。T-DM1は9か月間、14サイクル投与される。pCRには至らなかったが、わずかな浸潤病変の遺残しかなかった場合(例えばypTmic,ypN0)にどうするかは議論のあるところである。KATHERINE試験のサブグループ解析では、このような群にもT-DM1の効果があると考えられている。
なおT-DM1と放射線治療の併用についてであるが、KATHERINE試験ではT-DM1は放射線治療と併用することが選択されていた。併用による有害事象の増加は示唆されているが、併用は許容されるというのが現在の標準的な扱いと思われる。ホルモン受容体が陽性の症例ではホルモン療法も術後に併用される。海外では高リスクのHER2陽性、ホルモン受容体陽性患者には、Neratinibによる術後補助療法を1年間追加することが選択肢としてあるが、日本では保険適応外である。
3)手術先行の場合の術後補助療法について
StageⅡB以上の場合
AC or Dose-dense AC followed by Paclitaxel + Trastuzumab + Pertuzumab
Docetaxel+Carboplatin+Trastuzumab + Pertuzumab
StageⅡAの場合
AC or Dose-dense AC followed by Paclitaxel + Trastuzumab
Docetaxel+Carboplatin+Trastuzumab
StageⅠの場合 Paclitaxel + Trastuzumab
以上が、主なレジメンになりT-DM1の使い処がないという問題を生じる。このため手術診断にてStageⅡA以上なるような症例を術前診断の段階で的確に見い出し、術前薬物療法にもっていくことが重要と言える。

HER2 陽性乳がん
5.治療をより強化する戦略について
現在、術前薬物療法後にpCRが得られなかった患者は術後にT-DM1療法を受ける。KATHERINE試験では、T-DM1はトラスツズマブに対して3年iDFS(invasive disease free survival)を0.5のハザード比と11%の絶対値で改善することが示されている4)。逆にこの治療にもかかわらず、10%以上が3年後までにiDFSのイベントを経験する。従って術前療法後に残存病変を有する患者に対しては、他の強化戦略が検討されている。Trastuzumab deruxtecanの術後療法は、Destiny-Breast05試験でT-DM1と比較検討されており、T-DM1療法にTucatinibを追加する試みはCompassHER2-RD試験で、またT-DM1にAtezolizumabを追加する試みはASTEFANIA試験で検討されている。
HER2陽性早期乳癌に対するもう一つの治療強化戦略は、Trastuzumab投与後のNeratinibの追加である。ExteNET試験ではTrastuzumabをベースとした療法後にNeratinibを1年間追加投与することで、プラセボと比較して5年DFS(disease free survival)が有意に改善することが特にホルモン受容体陽性患者で示された5)。CNS(中枢神経系)再発は、Trastuzumab終了後1年以内にNeratinibを投与されたホルモン受容体陽性患者では、プラセボと比較して改善した 。このことはpCRを達成した患者であってもHER2陽性乳癌患者ではCNS再発の頻度が高いことから特に重要である。ExteNET試験の結果の限界は、PertuzumabまたはT-DM1の投与を受けたことのある試験参加者がいなかったことである。このことはHER2陽性早期乳癌患者の最近の集団におけるNeratinib術後補助療法の有効性を推定することを困難にしている。
6.治療をより軽減する戦略について
化学療法と抗HER2療法を受けたHER2陽性早期乳癌患者の多くが予後良好であることも事実である。このため毒性とコストを低減する目的で、治療強度を軽減する様々な試みがなされている。
1)アントラサイクリンの省略について
アンスラサイクリンはHER2陽性早期乳癌治療の多剤併用化学療法の骨格として用いられてきた。しかしながらこれらの患者の予後が改善するにつれ、その有害事象である心不全の増加や白血病などの二次癌の発生などが問題視されるようになり,近年アンスラサイクリンを省略した化学療法の開発が進められている。これまでに、Carboplatin +Docetaxel+Trastuzumab(BCIRG 006試験6)),Paclitaxel + Trastuzumab(APT試験7)),Docetaxel+Cyclophosphamide + Trastuzumab(US Oncology NCT00493649試験8))の3レジメンについて報告がある。
これらはアンスラサイクリンを含むレジメンに対して,アンスラサイクリンを省略したタキサンとTrastuzumabの併用療法の優越性や非劣性を検証した臨床試験ではないが,いずれも予後を悪化させることなく心疾患や二次癌などの有害事象を減少させる可能性が示唆されており、一定の条件下では使用可能であるが、結論はまだ得られていない。
2)抗HER2療法の投与期間の短縮について
抗HER2療法の期間について1年間という期間が元々設定されたが、この期間には明確な科学的根拠があるわけではなかった。その後HERA試験で2年間と1年間に効果の差がなかったことから、1年間投与が標準となり9)、その後は期間を短縮する第3相臨床試験がいくつか実施された。しかしながらこれら5試験の複合解析では、期間短縮による有害事象は有意に減少したもののは証明されておらず、抗HER2療法の至適期間が1年間という認識に現在まで変化はない。再発の低リスクが予想される症例や、高齢・合併症により抗HER2療法の忍容性が低下していると考えられる症例には短縮が可能と考えられている。
結語
HER2陽性早期乳癌はHER2標的療法の開発によりその予後が大きく改善したがそれでも再発する患者は存在し、一方で治癒が得られた多くの患者には過剰治療の懸念がある。現在のHER2陽性早期乳癌の薬物療法の諸問題について言及した。
1) Martínez-Sáez O. Adrienne G.W. Individualizing Curative-Intent Therapy in HER2-Positive Early-Stage Breast Cancer Curr Treat Options Oncol 24(5):479-495. 2023
2) Garutti M. Cucciniello L. et al: Risk-Based Therapeutic Strategies for HER2-Positive Early Breast Cancer: A Consensus Paper Clin Breast Cancer S1526-8209(23) 2023
3) Dowling G.P. Keelan S. et al: Review of the status of neoadjuvant therapy in HER2-positive breast cancer Front Oncol. PMID: 36793602 2023
4) Hurvitz SA, Martin M et al; Neoadjuvant trastuzumab, pertuzumab, and chemotherapy versus trastuzumab emtansine plus pertuzumab in patients with HER2-positive breast cancer (KRISTINE): a randomised, open-label, multicentre, phase 3 trial. Lancet Oncol. 19(1):115-126. 2018
5) Martin M. Holmes F.A. et al: Neratinib after trastuzumab-based adjuvant therapy in HER2-positive breast cancer (ExteNET): 5-year analysis of a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial Lancet Oncol. 18(12):1688-1700 ,2017
6) Slamon D, Eiermann W et al: Adjuvant trastuzumab in HER2-positive breast cancer. N Engl J Med. 365:1273-83. 2011
7) Tolaney SM, Barry WT et al: Adjuvant paclitaxel and trastuzumab for node-negative, HER2-positive breast cancer. N Engl J Med. 372(2):134-41. 2015
8) Jones SE, Collea R. et al: Adjuvant docetaxel and cyclophosphamide plus trastuzumab in patients with HER2-amplified early stage breast cancer:a single-group, open-label, phase 2 study. Lancet Oncol. 14(11):1121-8. 2013
9) Goldhirsch A, Gelber RD. et al: 2 years versus 1 year of adjuvant trastuzumab for HER2-positive breast cancer (HERA): an open-label, randomised controlled trial. Lancet 382: 1021–1028, 2013

虎の門病院
月別アーカイブ:
- 2024年11月
- 2024年10月
- 2023年9月
- 2023年6月
- 2022年3月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年1月
- 2020年10月
- 2020年6月
- 2018年9月
- 2018年8月
年別アーカイブ:
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの最新治療
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療
ER(エストロゲン受容体)陽性、HER2(ヒト上皮成長因子受容体2)陰性の転移性乳がん(MBC)は、乳がんの中でも最も一般的なサブタイプであり、ホルモン受容体に依存したがんの進行が特徴です。このがんはエストロゲンの作用に依存して増殖しますが、HER2は過剰に発現していません。そのため、治療方針としてはホルモン療法(内分泌療法)が中心に据えられ、必要に応じて分子標的治療や化学療法が追加されます。
治療戦略の目標は、腫瘍の増殖を抑え、患者の生活の質(QOL)を維持しながら、生存期間を延ばすことです。本稿では、ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療に関して、ホルモン療法、分子標的療法、化学療法、ならびに個別化治療と今後の展望について詳細に述べます。
1. ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの基本治療戦略
治療の第一選択としてはホルモン療法が採用され、これはがん細胞がエストロゲンに依存して成長するために効果的です。ホルモン療法は、がん細胞がエストロゲンの作用を受けないようにすることで、腫瘍の増殖を抑制します。しかし、ホルモン療法は永続的に効果を発揮するわけではなく、長期間使用していると耐性が生じることがあります。耐性が生じた場合や進行がんに対しては、分子標的薬や化学療法が選択肢に加わります。
1.1 ホルモン療法
ホルモン療法は、ER(+)乳がんの第一選択治療です。この治療では、エストロゲンの産生や作用を抑制することでがん細胞の成長を制御します。主に3つのタイプのホルモン療法が使用されます。
- アロマターゼ阻害薬(AI):閉経後の女性においてエストロゲンの産生を抑える薬です。代表的な薬剤にはアナストロゾール(Anastrozole)、レトロゾール(Letrozole)、エキセメスタン(Exemestane)があります。これらは、閉経後の女性にとっての標準的な治療薬です。
- 選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM):タモキシフェン(Tamoxifen)は、閉経前および閉経後の女性で使用され、エストロゲン受容体に結合してエストロゲンの作用をブロックします。
- エストロゲン受容体分解薬(SERD):フルベストラント(Fulvestrant)は、エストロゲン受容体を標的とし、受容体の分解を促すことでエストロゲンの作用をさらに完全に阻害します。これは特にホルモン療法耐性の転移性乳がんに対して有効です。
ホルモン療法は、比較的副作用が少なく、QOLを維持しながら治療を行えることが大きな利点です。しかし、治療の進行に伴い、多くの患者で耐性が発生します。耐性を獲得した場合には、分子標的治療を併用するか、他のホルモン療法に切り替えることが推奨されます。
1.2 分子標的治療
ER(+) HER2(-)の転移性乳がんでは、ホルモン療法の耐性が生じた場合、分子標的薬を併用することが効果的です。分子標的治療は、がん細胞の増殖に関与する特定の分子経路を標的にして、治療効果を高めます。
- CDK4/6阻害薬:リボシクリブ(Ribociclib)、パルボシクリブ(Palbociclib)、アベマシクリブ(Abemaciclib)は、細胞周期の進行を制御するCDK4/6を阻害し、がん細胞の分裂を停止させます。これらの薬剤は、ホルモン療法と併用されることが多く、無増悪生存期間(PFS)を大幅に延長することが示されています。現在、CDK4/6阻害薬は、転移性乳がんの治療において標準治療の一つとなっています。
- mTOR阻害薬:エベロリムス(Everolimus)は、mTOR経路を阻害することでがん細胞の成長を抑制します。これは特に、アロマターゼ阻害薬と併用することで、ホルモン療法耐性の乳がんに効果があることが示されています。
- PI3K阻害薬:アルペリシブ(Alpelisib)は、PIK3CA遺伝子変異を有する乳がんに対して使用される薬剤で、PI3K経路を阻害することでがんの進行を抑えます。この治療は、遺伝子変異を特定するためのバイオマーカー検査と組み合わせて使用されることが一般的です。
これらの分子標的薬は、ホルモン療法に耐性が生じた場合に使用され、治療効果を高めることができます。特に、CDK4/6阻害薬は、転移性乳がん治療において大きな進展をもたらしています。
1.3 化学療法
ホルモン療法や分子標的療法が無効となった場合、またはがんの進行が急速である場合には、化学療法が選択肢となります。化学療法は、がん細胞を直接攻撃することで、腫瘍の成長を抑制します。
- アントラサイクリン系薬剤やタキサン系薬剤は、乳がんの治療において広く使用されており、特に再発性または進行性の乳がんに対して効果的です。
- カペシタビンやビノレルビンなどの経口または静脈投与の薬剤も、進行がんに対して使用されます。これらの薬剤は、他の治療法に効果が見られない場合に、治療の選択肢となります。
化学療法は、速やかな治療効果をもたらすことが多い一方で、骨髄抑制や脱毛、疲労、神経障害などの副作用が強く出ることがあります。そのため、患者の全身状態や生活の質を考慮して、慎重に選択されるべきです。
2. 治療の個別化
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療では、個別化治療が重要な要素となります。治療の選択は、腫瘍の生物学的特性、患者の年齢、全身状態、過去の治療歴、患者の希望に基づいて行われます。特に、ホルモン療法の耐性や治療の進行具合に応じて、適切な時期に分子標的治療や化学療法に切り替えることが重要です。
2.1 ホルモン療法の耐性
ER(+)乳がんの多くは、初期段階ではホルモン療法に良好に反応しますが、時間が経つと耐性が生じることがあります。ホルモン耐性がんに対しては、CDK4/6阻害薬やmTOR阻害薬の併用が有効です。また、PI3K阻害薬は、特定の遺伝子変異を有する患者に対して効果を発揮します。このため、治療選択を行う前に、バイオマーカー検査や遺伝子検査を実施することが推奨されています。
2.2 高齢者や併存疾患のある患者
高齢者や併存疾患を持つ患者においては、化学療法などの侵襲的な治療法を避け、ホルモン療法や分子標的治療を優先することが多いです。これにより、副作用を最小限に抑えながら、がんの進行をコントロールすることが可能です。また、患者のQOLを重視した治療計画が求められます。
3. 治療の今後の展望
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療は、ホルモン療法と分子標的治療の併用が主流となりつつありますが、今後も新しい治療法が開発されていくことが期待されています。
3.1 免疫療法
現在、免疫療法は主にトリプルネガティブ乳がん(TNBC)での研究が進められていますが、ER(+) HER2(-)乳がんでも免疫療法の可能性が検討されています。免疫チェックポイント阻害薬やT細胞療法が、転移性乳がんにおいて効果を示す可能性があり、将来的にはこれらの治療法が治療選択肢に加わることが期待されます。
3.2 新しい分子標的薬
PI3K経路以外にも、がんの進行に関与する新しい分子経路が発見されつつあり、これらを標的とした新薬の開発が進められています。例えば、AKT阻害薬やHDAC阻害薬などが、今後の治療の選択肢として期待されています。
まとめ
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療は、ホルモン療法を中心に行われ、治療の進行に応じて分子標的薬や化学療法が追加されます。特に、CDK4/6阻害薬やPI3K阻害薬の併用によって治療効果が向上しており、個別化治療が進展しています。今後も新しい分子標的薬や免疫療法の導入が期待されており、患者のQOLを重視しながら効果的な治療が提供されることが求められます。
月別アーカイブ:
- 2024年11月
- 2024年10月
- 2023年9月
- 2023年6月
- 2022年3月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年1月
- 2020年10月
- 2020年6月
- 2018年9月
- 2018年8月