頭皮冷却による脱毛軽減のご案内(乳がん化学療法・虎の門病院)
PAXMAN頭皮冷却システム使用開始のお知らせ(抗がん剤による脱毛の軽減目的・虎の門病院) 外来での実施が原則です
虎の門病院の化学療法室で2021年8月末からPAXMAN頭皮冷却システムを導入いたしました(当院では田村宜子乳腺内分泌外科医長が導入・オペレーションを担当)。化学療法が必要な方は、是非このような選択肢があることを御承知おきください。こちらもご参照ください

虎の門病院化学療法室(42床) 青い装置がPAXMAN頭皮冷却装置の本体です
1)化学療法投与開始30分前から、投与終了後60分まで、頭皮冷却キャップを用いて頭皮を冷却し、化学療法施行中の頭皮の血流を低下させることで、毛根に対する薬剤のダメージを減少し、脱毛を予防する方法です。TC、ACの4サイクル化学療法では脱毛が30~50%程度に軽減されることが観察されています(頭皮冷却を行わない場合は100%に近い脱毛となります)。かつらが不要になる場合も十分期待でき、かつらが必要になった方もダメージの回復が早く、元通りに回復できる確率が高いと期待されています。

化学療法中の方です。この状態はAC療法が終了し、パクリタキセル療法が始まった時点での頭皮です
2)2019年3月27日、がん薬物療法に伴う脱毛の軽減を目的としたPAXMAN頭部冷却装置が、国内で初めて医療機器として承認されました。全額自費での扱いでTC、AC(計4回点滴)=¥168,850円、AC→毎週PTX(計16回点滴)¥393,250円、AC→3週毎DTX (計8回点滴)¥233,650円の負担が必要です(虎の門病院の価格設定2024.6~)。現時点で都内でこの療法が選択できるのは十数施設程度、全国では数十施設程度であり、提供できている施設はまだ多くありません。数多くの患者さんに当院を選んでいただいている現状があり、2021年夏の導入以降2024年4月末まで、のべ215人、2007回の頭皮冷却実績を積ませていただいています(2023年度 都内シェアの33%)。
3)虎の門病院では乳癌の術前・術後の補助化学療法の方を対象としております(他のがん治療にも適応拡大する計画あり)。虎の門病院ではさらにこの技術に注力し、患者さんたちが本当に必要なら安心して化学療法の選択ができる環境を整えていきたいと思います。実施件数により脱毛や副作用の程度も施設間差が大きいことは海外でも報告されており、今後患者さんからいただきました経験として、当院での結果を発表していきたいと考えています。
【コラム1】PAXMAN社(イギリス)はビールサーバーを製造していた会社で、そのビールサーバーの冷却技術を応用して頭皮冷却装置を製造しています。この領域のトップメーカーで、日本でもそのシェアの大半を占めています。
「医」の最前線 抗がん剤による脱毛を防ぐ「頭皮冷却療法」 時事通信社のサイトより

時事通信社のサイトより転載

PAXMAN頭皮冷却システム
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乳がん薬物療法の最新の情報について
トリプルネガティブ乳がんの術前療法後に腫瘍が遺残した場合、カペシタビン(ゼローダ)を追加するべきである
トリプルネガティブの患者さん、特に手術前に化学療法を行ったにもかかわらず残存病変がある患者さんは再発のリスクが高く、追加治療が必要かどうかは多くの治療医の悩みでした。
数年前、CREATE-X試験(日本・韓国)の結果が示されたとき多くの専門家は驚きました。ホルモン受容体陽性またはトリプルネガティブの患者さんに関わらず腫瘍が術前化学療法によって遺残した場合、ゼローダを追加することで再発率が低下することが有意に示されたからです。この結果は当初懐疑的にみられていましたが、その後に発表された2つの欧米での研究により、追加のゼローダの有効性が示され現在はこのゼローダの追加がトリプルネガティブ乳がんにおいて推奨されるようになりました。次もこれに関する話題(データ)です。
トリプルネガティブ乳癌における術前補助化学療法後にプラチナ製剤をルーチンに使用することのメリットはない
プラチナ製剤は、ベーサルサブタイプのトリプルネガティブ乳癌の術前化学療法後(腫瘍の遺残がある場合でも)の転帰を改善せず、カペシタビン(ゼローダ)と比較して重篤な毒性を伴う。本試験の参加者は、治療法にかかわらず3年間の浸潤性無再発生存率が予想よりも低く、この高リスク集団に対するプラチナ製剤の追加は解決策にならないことが示された。(ECOG-ACRIN EA1131試験 2021年6月26日号JCO)
<コメント>ベーサルサブタイプのトリプルネガティブ乳癌に対するプラチナ製剤の有効性への期待はこれまで高かったわけですが、現在のところ追加効果は否定的なようです。術前療法で腫瘍が遺残した場合の選択肢はカペシタビンというこれまでの実臨床に変更はないと理解されています。
OlympiA試験の結果(PARP阻害剤:オラパリブの効果を評価した第三相臨床試験の結果)
標準的な補助療法に1年間のオラパリブを追加することで、高リスクのBRCA関連早期乳がんにおける3年間の浸潤性無病生存率と遠隔無病生存率が改善されました。この研究は臨床を変え得る結果であり、より長いフォローアップで全生存率も改善される可能性があります。 2021年6月アメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)から
対象患者
BRCA1/2生殖細胞系遺伝子変異を伴う高リスクの早期HER2陰性乳がん患者さん
主な試験結果と治療の毒性
主要な結果については、プラセボと比較して、術後補助療法として追加されたオラパリブは、プラセボと比較して、浸潤性無病再発(すなわち、局所再発、転移性再発、他の新しい癌)のリスクを42%減少させました(P <.0001)。 3年後の浸潤性無病生存率は、オラパリブで85.9%、プラセボで77.1%であり、絶対差は8.8%でした。
副作用はオラパリブの安全性プロファイルと一致しており、試験中に新たな安全性に関する徴候は現れませんでした。 オラパリブは、入院、白血病、または他の癌を含む重篤な有害事象の発生率を増加させませんでした。 オラパリブでより一般的なグレード3以上の有害事象には、貧血、白血球数の減少、倦怠感などがありましたが、その発生率は低かったと報告されています。
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トリプルネガティブ乳がんについて Q and A
トリプルネガティブ乳癌(TNBC)特徴について教えてください
1. ホルモン受容体の欠如
TNBCは、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PR)、およびHER2タンパク質のいずれも発現していないため「トリプルネガティブ」と呼ばれます。これにより、ホルモン療法やHER2に対する標的療法が効果を示さず、他の乳癌タイプとは異なる治療が必要です。
2. 進行の速さ
TNBCは一般的に増殖が早く、診断時には進行していることが多いため、他の乳癌に比べて悪性度が高いとされています。また、早期に転移するリスクがあり、再発率も比較的高いです。
3. 予後の厳しさ
TNBCは再発率が高く、特に治療後5年以内の再発リスクが他のタイプの乳癌より高いです。ただし、化学療法には比較的感受性があるため、早期発見と適切な治療により予後を改善することができます。
4. 若年女性に多い
TNBCは他の乳癌に比べて、若年女性(40歳以下)に発症しやすい特徴があります。また、アフリカ系やヒスパニック系の女性に多く見られます。
5. BRCA1遺伝子との関連
TNBCは、特にBRCA1遺伝子変異を持つ患者に多く発症します。この変異を持つ女性はTNBCのリスクが高く、遺伝的要因が重要な役割を果たしています
6. 治療の選択肢
TNBCはホルモン療法やHER2ターゲット療法が使えないため、主に化学療法が治療の中心となります。近年では、免疫療法(ペンブロリズマブなど)や抗体薬物複合体(ADC)といった新しい治療法が進行期や再発リスクの高いTNBCに対して効果を示しています
まとめ
トリプルネガティブ乳癌は、特定の受容体の欠如や悪性度の高さ、若年女性への発症が多いことが特徴です。治療の選択肢が限られているため、新しい治療法の研究が活発に行われており、今後も予後改善が期待されています。
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Q: トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の最新の術前・術後化学療法について教えてください
A: 国際的に最も参照されている治療ガイドラインの一つであるNCCNガイドラインによれば、HER2陰性乳がんの望ましい治療法として以下が記載されています。
■Dose-dense AC →2週毎パクリタキセル
■Dose-dense AC →毎週パクリタキセル
■TC(ドセタキセル+シクロホスファミド)
■もしgermline BRCA1/2に変異があればオラパリブ(日本は2022年秋に認可?)の適応
■高リスクのTNBC 術前キートルーダ+カルボプラチン+パクリタキセル→術前キートルーダ+AC(またはEC)→術後キートルーダ(日本は2022年秋に認可?)
■TNBCで術前療法ACTベースの化学療法で腫瘍の遺残あり→ゼローダ内服を追加
比較的低リスクのTNBCにはTC療法x4サイクル、再発の中リスク以上のTNBCにはDose-dense AC →毎週パクリタキセル(2週毎パクリタキセル)が現在用いられており、2022年秋以降にキートルーダ、オラパリブが周術期乳がんに承認(保険適応)されれば、これらが治療に組み込まれることになると思います。現在(2022年4月)に治療を始めた方には、術後の補助療法の段階で、これらの治療が追加されるかもしれません。
Q: トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の特徴、共通点について教えてください
A:トリプルネガティブ乳がんの3つの共通点について
1)トリプルネガティブ乳がんは、他のタイプの乳がんに比べて進行が速く、予後が悪いと考えられています。これは、トリプルネガティブ乳がんを治療する標的薬が少ないことも大きく関与しています。トリプルネガティブ乳がんは、乳房以外にも広がりやすく、治療後に再発する可能性が高いことがこれまでの研究で示されています。
2)また、他のタイプの乳がんよりも悪性度(グレード)が高い傾向にあります。グレードが高いほど、がん細胞の外観や増殖パターンが、正常で健康な乳腺細胞に似ていないことを意味します。トリプルネガティブ乳がんのグレードは、多くの場合3段階のうちのグレード3です。
3)また、”基底細胞様 “と呼ばれる細胞タイプであることが多いことが知られています。”基底細胞様 “とは、乳管に並ぶ基底細胞に似た細胞であることを意味します。基底細胞様乳がんは、トリプルネガティブ乳がんと同様に、より攻撃的で悪性度の高いがんになる傾向があります。基底細胞様乳がんの多くがトリプルネガティブであり、トリプルネガティブ乳がんの多くが基底細胞様乳がんです。

トリプルネガティブ乳がん
Q: 私はトリプルネガティブ乳がん(TNBC)と診断され、1人の医師からは用量の多い化学療法を勧められ、もう1人の医師からはACと呼ばれるレジメンで治療可能との説明を受けました。このため少し混乱しています。先生の病院では、どのような治療が推奨されていますか?また、ステージⅡの乳がんの治療に用量の多い化学療法は有効でしょうか?
A: 一般的にトリプルネガティブ乳がん(TNBC)と呼ばれるHER2陰性、ER陰性、PR陰性の乳がん患者さんの場合(2021年現在)化学療法が全身治療の中心となります。このタイプの乳がんに対する理解を深め、よりターゲットを絞った他の治療法を研究することは、この分野の多くの人々にとって最優先事項です。ステージⅡのTNBC患者で、心臓やその他の深刻な健康問題がない場合、高用量設定されたドキソルビシン/シクロホスファミド(2週毎)にパクリタキセルを投与するレジメン、すなわちddAC-Tが標準的な治療法です。あなたの状況や選択肢について、担当医とよく話し合うことが重要です。
Q: 他の乳がんといろいろな面で違うと伺いました。何か再発のパターンに特徴があるのでしょうか?
トリプルネガティブ乳がんは、独特の病理学的、分子生物学的、臨床的な特徴を持つ乳がんです。人種の面では若い黒人女性に多く発症し、再発までの期間が短いことが知られています。転移・再発の部位としては、肺が最も多く、次いで脳、骨、肝臓の順で転移が多いと言われています。適切な局所治療がされていれば、領域リンパ節の再発は比較的少ないと言われています。
Q: トリプルネガティブ乳がんについていろいろ教えてください(雑学的な知識で構いません)
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)とは、エストロゲンおよびプロゲステロン受容体の発現も、ヒト上皮成長因子受容体(HER)の過剰発現や増幅も認められない乳がんで、乳がんの約15%を占めます。TNBCは、疾患経過の早期に転移することが多く、予後の悪い内臓や中枢神経系への転移が発生しやすい傾向にあります。BRCA遺伝子の病的変異はTNBC患者の約20%に認められます。TNBCは、アジア人や非ヒスパニック系の白人女性よりも、黒人やヒスパニック系の女性に多く発症していることが知られています。
遺伝子発現解析を用いて、腫瘍に特異的な4つのTNBCサブタイプが同定されています。すなわち、2つの基底様サブタイプ(BL1、BL2)、腫瘍浸潤リンパ球と腫瘍関連間葉系細胞を特徴とするサブタイプ(M)、アンドロゲン受容体(LAR)を介して制御されていると考えられるルミナルサブタイプです。中でもBL1-TNBCが最も多く、TNBC患者の約35%を占めます。これらのTNBCサブタイプは、診断時の年齢、悪性度、局所および遠隔の病勢進行、病理組織学的所見の違いに加えて、利用可能な治療法への反応にも関連しています。例えば、BL1サブタイプの患者さんは、BL2サブタイプやLARサブタイプの患者さんと比較して、同様のネオアジュバント化学療法による病理学的完全奏効率が高いことが示されています。LAR-TNBCサブタイプは、4つのサブタイプの中で最も少ないサブタイプですが、診断時に閉経後であった女性TNBC患者に最も多く見られます。
Atezolizumabとnab-パクリタキセルの併用療法は、腫瘍がPD-L1を発現している切除不能な局所進行性または転移性TNBC患者に使用することができます。サシツズマブ・ゴビテカンは、転移性疾患に対して2種類以上の前治療を受けたことのある患者の転移性TNBCの治療に適応されます。BRCA遺伝子変異を有する転移性TNBC患者は、ドセタキセルよりもカルボプラチンを用いた治療に反応する可能性が高いという研究結果が示されています。PARP阻害剤は、BRCA遺伝子変異を有する進行性TNBC患者において明確な効果を示します。
早期で切除可能なTNBCや化学療法に感受性の高い他の乳癌の患者には、ネオアジュバントアプローチが望ましいと考えられています。術前化学療法にカルボプラチンを追加することで、早期TNBC患者の病理学的完全奏効を改善することが示されています。しかし、アジュバントにおけるTNBCへの白金製剤(シスプラチンおよびカルボプラチン)の使用に関するデータは不足しており、したがって、この設定では白金製剤を推奨することはできません。白金製剤は、生殖細胞系BRCA 1/2遺伝子変異を有する再発またはステージIVのTNBC患者の治療に推奨されます。再発のファーストライン治療で免疫チェックポイント阻害剤と化学療法を併用すると、高い奏効率が得られます。

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乳がん手術についての解説文書(手術承諾書)
乳がん手術についての解説文書 (虎の門病院 ブレストセンター 2020年10月4日更新)
(本文は手術承諾書を補足する内容として、虎の門病院で手術を受けられる方にお渡ししている書類です)
(1)病名、病期
乳がん(なお正式な病名・病期は手術承諾書に記載します)
(2)本診療行為の必要性
乳がんを切除し、確実な局所制御(乳房、腋窩に再発が起きないようする)が得られるようにします。外科的な手術は放射線治療を適切に併用することも含めて、局所制御のために最も優れた方法と考えられています。なお手術以外の方法として放射線単独、薬物療法、ラジオ波による焼灼、凍結療法などがあり、手術以外の方法と手術を(直接科学的な方法で)比較したデータはありませんが、これまでの臨床から得られた知見から、手術ほど十分な局所制御が得られないと考えられています。また他の侵襲の大きな手術と違い、患者さんの体力的な観点から手術が不可能ということはまずないと思われます。
(3)無施行の場合の予後
乳がんの性質によって進行のスピードは様々ですが、腫瘤の増大・皮膚の炎症や潰瘍、血管やリンパ管に入り込んでリンパ節や遠隔臓器(肺、肝、骨、脳など)に転移し、最終的に死に至ります。
(4) 診療行為の選択肢、推奨する選択肢
選択肢についてはこの解説書の本文をご参照ください。(推奨する選択肢は手術承諾書に記載します)
(5) 主な乳がんの術式
■乳房の手術:Ⓐ乳腺部分切除術 Ⓑ乳房切除術 Ⓒ乳房切除術+再建術 Ⓓ皮下乳腺全摘術(乳頭・乳輪温存)+再建術
■腋窩リンパ節の手術:Ⓔセンチネルリンパ節生検 Ⓕ腋窩リンパ節郭清
(6) 手術の重篤なリスク、その他のリスク、その頻度について
乳がんの手術に重篤なリスクは極めて少ないと一般的に考えられています。全身麻酔に伴う術中の予想外のトラブル、薬剤性のショック、術後出血に伴うショックなどが生命に関わる重篤なリスクとして想定されますがこれらの頻度はすべてを含め0.1%以下と思われます。エキスパンダー(組織拡張器)を挿入する乳房再建手術の場合は感染によりエキスパンダーの抜去を余儀なくされるようなリスクが1-2%程度あります。その他、創部皮弁の血流障害(皮弁壊死)や、最終的な結果に影響を与えないが、退院が遅れる等の影響のあるものとして、出血、感染などのリスクが数%あります。詳細は次頁以降で説明します。
(7) 緊急時の対応・処置
担当医が緊急の合併症と判断した場合、事態の改善にむけて全力を尽くします。
(8) 説明内容の理解と自由意思による同意承諾およびその取り消しについて
説明を十分に理解した上で、手術についての同意をご自分の意思で決めていただきます。いったん同意をされた場合でも、いつでも撤回することができます。やめる場合は、その旨を担当者へ連絡してください。この手術に同意されるかどうかは、患者さんの意思が尊重されます。同意されない場合でも、病院の対応において不利益を受けることはありません。現在の患者さんの病状や治療方針について、他の専門医の意見を聞くことも可能です(セカンドオピニオン)ので、その際はご相談ください。必要な資料をご提供いたします。
(9) 臨床データ等の学術利用について
当院において手術を受けられた患者さんの治療成績等が、学会発表や論文発表になどに利用されることになります。これらは医学・医療・教育の発展を目的とするものであるため、御理解、御協力をお願い致します。なおこれらの発表には、患者さんの個人が特定されるような内容はありません。なお個人情報に配慮した上で個人の経過に焦点を当てた発表(症例報告)等を行う場合は、別途ご本人に説明し、同意をいただくことになります。
(10)当院に手術に関する問い合わせ先
虎の門病院 乳腺内分泌外科 電話番号:03-3588-1111(代表) 担当医(まず50番共通外来受付にご連絡ください)
乳がん手術についての解説
乳房の手術; 乳がんの手術には乳房を部分的に切除して乳房を残す乳房温存手術と乳房を全摘する乳房切除手術があります。
Ⓐ乳腺部分切除術
乳房温存手術は乳房を部分的に切除して、残された乳房に放射線を照射することで再発を予防し、整容性を保つ方法です。
乳がんの手術の目的は、がんを確実にとり除くことです。そのためには乳房切除手術(全摘)のほうが理にかなっているともいえますが、たとえ、乳房内に微小な顕微鏡レベルのがん細胞が残っていたとしても、手術後に放射線を照射することでがん細胞を殺すことが多くの場合できると考えられています。乳房を温存した場合と切除した場合の比較試験がこれまで行われ、一定の条件を満たせばどちらの方法でもその後の局所制御率、生存率に差がないことが明らかになりました。
乳房温存療法が適切ではない幾つかの条件
次のような場合には乳房温存療法は好ましくないと考えられています。
- 乳房内にがんの石灰化が広汎にひろがっている、あるいは腫瘍が離れて二つ以上ある。
- 手術でとり除いた組織の断端にがん細胞があり、10年以内の局所再発率が高いと判断される。
- 妊娠している。
- 皮膚筋炎や多発性筋炎などのような膠原病(放射線を照射すると皮膚の反応が強く出る)がある。
- 乳房に対して腫瘍が大きい。
- 遺伝性乳がん卵巣がん症候群の方、あるいはその可能性が高い方。
- 本人が乳房温存療法を望まない。
乳房温存手術の切除範囲
乳房を温存する場合でも、腫瘍を中心に1 cm程度の安全域をとりながら比較的小さく切除する方法(腫瘤切除術/ランペクトミー)と乳房の4分の1程度を取る方法(4分の1切除術)では術後の外見的な印象は大きく違ってきます。切除範囲が広ければがんを取り残すリスクは小さくなり、局所再発のリスクも小さくなりますが外見的な印象が悪くなるので、実際には前述した2つの方法の中間的な手術が多くの場合行われています。どちらに近い手術をするかは、がんのひろがりなどの条件とともに、患者さん側の希望も重要ですから、希望事項はあらかじめ担当医にお伝えください。
乳房温存療法では放射線照射が原則
前述したとおり、乳がんの手術の目的はがんを確実にとり除くことです。そのために、乳房温存療法ではしこりの部分に安全域をつけて切除するわけですが、それでも、がんを完全に取り除けたかどうか、手術の時点ではわかりません。マンモグラフィーやエコー、MRIなどの術前検査では発見できない微細ながんが残っている可能性がありうるのです。
そこで、切除した組織の断端を、顕微鏡でがんがないかどうか調べます。そこにがんがなければ、がんをとりきれている可能性は高くなりますが、がんのすべてが連続して広がっているわけではありません。細かく検査をすれば見落としは減らせますがゼロにはなりません。断端にがんがあった場合は、手術後の乳房内の局所再発率が高くなりますが、がんがないと判断された場合でも、手術だけでは20~40%くらいの確率で局所再発するというデータもあります。
乳がんは放射線に対する感受性が高いので、乳房に放射線をかけることで微細ながんを死滅させることができます。放射線照射により、局所再発率はかけない時の4分の1にまで低下するといわれています。このため乳房温存療法は放射線照射とセットの治療法であると考えるのが一般的です。
取り残しがあるときは再手術
手術によって切除した組織の断端にがんが見つかった場合、原則として再手術をすることになります。その際、乳腺に余裕があればもう1度乳房を温存する方法も可能です。この場合も、再度切除した断端にがんがあるかどうかの病理検査を行い、それでがんがみつからなければOKということになります。乳房をかなり大きく切除し、これ以上取ると美容的に乳房を残す意味が薄れる程度まで切除したにも関わらずがんが断端に残ってしまうような場合は乳房の全摘が勧められます。ただ断端陽性でも放射線をかけることで案外再発しないこともあり、リスクを承知で乳房を残すこともひとつの選択肢にはなりますが、その場合は全摘、乳房再建という別のアプローチとの優劣の比較検討がなされます。
がんは局所再発しても生命予後は変わらない?
誰だって、手術を受けた乳房内に乳がんが再発して平然としていられるわけはありません。たとえ局所であっても、再発=命とりと考えてしまいがちです。ただ、局所再発については、その後の生命には影響しないという考え方もあります。がんで死亡するのは、ほとんどが遠隔転移によるものです。乳がんには早い段階から遠隔転移するものがありますが、遠隔転移するかしないかは、がんとその患者さん個人の免疫の力関係で決まることで、局所再発は生命を左右しないというのです。そして、がんが発見された時点では、遠隔転移するようながんはすでに転移を起こしているので手術方法は予後を左右しないという考え方も成り立ちます(乳がんの全身病説)。一方局所再発した乳がんが新たに転移する能力を獲得することもないとはいえません。最初はおとなしい乳がんだったのに時間的な経過とともに悪性度を増す可能性を否定することはできません。ですから、局所再発を過剰に恐れるのもこれまでのデータからみて適切ではありませんが、極力局所再発を防ぐ努力をしたほうが無難だと考えられています。
Ⓑ乳房切除術 Ⓒ乳房切除術+再建
乳房を全摘した方が望ましいと判断された場合は、乳房切除手術が行われます。この場合は切除のみが行われる場合と、同時に再建手術が行われる場合があります。同時に再建する場合は組織拡張器(エキスパンダー)が多くの場合用いられますが、自家組織(筋肉+脂肪組織)を用いて同時再建を行う場合もあります。
Ⓓ皮下乳腺全摘術(乳頭・乳輪温存)+再建
乳頭、乳輪の近傍に病変が及んでおらず、さらに皮膚近傍に腫瘍の浸潤がないと判断される場合は、乳頭・乳輪を温存した形の乳房全摘(正確には乳腺全摘)手術が行われます。この手術はより整容的な手術ですが、術前のエコー、マンモグラフィー、乳房造影MRI検査などで、腫瘍の広がりを見極め、この手術で安全と判断される場合に行われることになります。手術中に病理迅速診断を行い、腫瘍が乳頭近傍に及んでないことを確認し、疑われた場合は乳頭と乳輪を切除する方法に術中に変更します。
下の写真は有茎皮弁法と呼ばれる、皮膚、脂肪、筋肉に血管をつけたまま別の部位に移植する方法で乳房再建(広背筋皮弁法)を二期的に行った方の写真です。
自家組織による再建
乳房再建には自家組織による再建と、人工乳房による再建の2つの選択肢があります。どちらが適しているかは、患者さんの元々の体型とがんの手術内容が決め手となります。
自家組織による再建は、患者さん自身の体の一部を使って乳房を再建する方法です。 実際には、腹部の組織を使う「腹(ふく)直筋皮(ちょくきんひ)弁(べん)法」と、背中の組織を使う「広(こう)背筋皮(はいきんひ)弁(べん)法」があります。
腋窩リンパ節の手術
乳腺の組織にはリンパ管がネットワーク状に張りめぐらされており、乳腺内に発生した異物などはこうしたリンパ管を通じて、腋窩にある見張りリンパ節(センチネルリンパ節)に注ぎこまれ
ます。ここからさらにリンパ節がネットワーク状に分布されており(腋窩リンパ節)、生体にとっての異物が処理されていきます。このため乳房に発生したがん細胞もリンパ管を通じてセンチネルリンパ節に集められ、さらにそこから周囲のリンパ節にも運ばれ処理されます。リンパ節ががん細胞を処理できれば問題ありませんが、処理しきれなければ転移が成立します(リンパ節転移)。このためセンチネルリンパ節に転移があれば他のリンパ節にも転移がある可能性が高く、センチネルリンパ節に転移がなければ他のリンパ節はまず大丈夫と考えられます。このような考え方は、【センチネルリンパ節の仮説】と呼ばれ、かなり真実に近いと思われています。今日の乳がん治療の論点のひとつに腋窩リンパ節をどのように取り扱うかという問題があります。
Ⓔセンチネル(見張り)リンパ節生検法
色素や放射性物質を腫瘍の周囲または乳輪部に注入し、その物質が最初に注がれるリンパ節(センチネルリンパ節/通常1~2個=最も転移がみつかる可能性の高いリンパ節)だけを見つけ切除する方法。術中の迅速病理診断で転移が見られれば、腋窩リンパ節郭清に多くの場合切りかえます。後遺症が非常に少ない方法です。腕のむくみはまず起きないとされています。術前の画像検査で少なくとも明らかな腋窩リンパ節転移を認めない患者さんが対象となります。
Ⓕ腋窩リンパ節郭清法
転移の可能性のある腋窩リンパ節(小胸筋の内縁まで)を完全に(系統的に)切除する方法で通常10~30個程度のリンパ節が切除されます。術前の画像診断などで、明らかな腋窩リンパ節転移を認める患者さんがこの手術の適応となります。
○腋窩リンパ節転移の有無の診断および治療(局所コントロール)のためには最も確実な伝統的方法です。
×合併症として、上肢のむくみ、腋の違和感、感覚低下などが一定の頻度で起こります。他覚的な上肢のむくみの発生頻度は20%程度とされています。
乳房内に注入されたアイソトープと同定されたセンチネルリンパ節(リンフォシンチグラフィー)
【コラム】 リンパ節は有害物をとり除くフィルター
人体には血管とは別に、体液の流れであるリンパ管のルートがあります。リンパ管も血管と同様に全身に張りめぐらされていますが、体の要所要所にあるリンパ節で細菌やウイルスなどの有害物や老廃物質をキャッチして排除しています。リンパ節はフィルターの役目をしているわけです。乳房内にもリンパ管が網の目のようにはりめぐらされています。がん細胞も有害物の一つで、リンパの流れにのって、リンパ節へ運ばれていきますが、ここでキャッチされて排除されます。しかし、排除しきれないと、リンパ節ががんに乗っ取られた状態になり、この状態がリンパ節転移だと考えられています。乳がんでは、その多くが乳房に隣接する腋窩リンパ節へ最初に転移しますが、一部は胸の中央にある胸骨傍リンパ節へ転移します。

乳房・腋窩の位置(虎の門病院・乳腺内分泌外科)
乳がん手術の合併症について
① 出血
手術は出血を伴います。多量出血することはほぼありませんが、全身麻酔中のなにかあった時に備えて、念のため手術を受ける患者さん全員に輸血同意書をいただいています。手術中は、麻酔により血圧は低く保たれています。術後、血圧がいつもの値に戻った際や、動いた際に、手術中には止血されていた部分から再出血することがあります(後出血)。圧迫による保存的加療を第一に行いますが、場合によっては、再度手術室や外来にて血腫除去・洗浄・止血術を行うことがあり、当院では年間約400件の乳がん手術を行ったうち、1~2件生じています。
② 感染
創部を十分に消毒して清潔操作で手術を行い、術中・術後に予防的に抗生剤を投与しますが、それでも術後感染を起こすことがあります。術後に創部に痛みを伴う発赤や熱感・発熱があらわれた場合には、抗生剤治療が必要になります。
エキスパンダー再建している場合、感染のコントロールが不十分であれば一時的にエキスパンダーを抜去し、感染コントロールできた後に再度エキスパンダー挿入術を行う場合もあります。退院後も、退院前と変化がないかを創部をよく確認してください。
③ 感覚障害
皮下の細かい神経を切断することによって、創部周囲の感覚は鈍くなります(感覚鈍麻)。腋窩リンパ節郭清を行った場合には上腕内側に感覚鈍麻が起こりえます。また、術後には創部に痛みが生じる可能性があるので、鎮痛剤を積極的に使用し、リハビリを行ってください。
④ 熱傷
手術の際には電気メスを使用します。電気メスの熱によって、皮膚の裏側からやけどをきたすことがあります。かなり軽微な熱傷ではありますが、程度によっては術後に軟膏をぬって対応することがあります。
⑤ 皮弁壊死、創縁壊死
皮膚の血流不良があると、皮膚の一部が壊死してしまい、傷の治りが悪くなることがあります。軽微であればほとんどがそのまま、かさぶたとなり(痂皮化)治癒しますが、広範囲の場合は壊死した部分を切除して再縫合する必要があります。当院では年間約400件の乳がん手術を行ったうち、数年に1件生じています。
⑥ 液貯留
手術部位に、術後より浸出液・リンパ液がたまります。
- 全摘術や腋窩リンパ節郭清を行った場合
脇の下と前胸部にドレーンといわれる管をいれ、たまる浸出液やリンパ液を体外に出します。排液量が減少した後(術後1週間ほど)、管を抜きますが、その後も浸出液やリンパ液がたまることがあります。
- 乳房部分切除を行った場合
ドレーンは基本的には入れませんが、手術部位に浸出液やリンパ液がたまることがあります。液貯留した場合は、外来で針をさして、たまった液を抜きます。術後経過とともに、浸出液やリンパ液は産生されなくなるため、徐々に液貯留しなくなってきます。
⑦ リンパ浮腫
センチネルリンパ節生検や腋窩リンパ節郭清の操作によって、腕からのリンパの流れが分断され、腕が浮腫むことがあります。腋窩リンパ節郭清によるリンパ浮腫のリスクは約30%という報告があります。術前・術後に外来で腕の太さ・可動域を計測し、浮腫みがないか診察します。浮腫みが起きた場合は(二の腕の外側のだるさ、硬さで発症することが多いです)、すぐに担当医にご相談ください。保湿やマッサージ、着圧スリーブなど、対応していきます。予防のためのリンパマッサージは不要ですが、術後のリハビリは重要ですので積極的に行ってください。
⑧ 運動障害
傷のひきつれや痛み、恐怖により、筋肉が硬くなり、腕を動かしにくく感じます。術後は鎮痛薬を適宜使用しながら、段階的にリハビリをすすめていきましょう。

TOKYO 2020
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HER2陽性の乳がん治療
HER2陽性乳がんとは
HER2陽性乳がん(HER2-positive breast cancer)は、乳がんのサブタイプの一つで、がん細胞が「ヒト上皮成長因子受容体2」(HER2)というタンパク質を過剰に発現していることが特徴です。HER2は細胞の成長や分裂に関与するタンパク質で、通常は体内の細胞表面に存在し、正常な細胞成長を調節します。しかし、HER2が過剰に発現している場合、がん細胞が制御不能に増殖し、より攻撃的な性質を持つ乳がんとなります。
HER2陽性乳がんは、乳がん全体の約15~20%を占めており、他のサブタイプに比べて増殖が早く、転移のリスクも高いとされています。ただし、現在ではHER2に対する効果的な標的療法が開発されており、治療成績は劇的に改善されました。これにより、かつて予後不良とされていたHER2陽性乳がんも、適切な治療により良好な予後を得られることが多くなっています。
HER2陽性乳がんの診断
HER2陽性乳がんの診断には、がん組織に対して特定の検査が行われます。通常、以下の2つの方法が用いられます:
- 免疫組織化学染色法(IHC)
この方法では、HER2タンパク質の発現レベルを測定します。結果はスコア(0、1+、2+、3+)で表され、3+の場合はHER2陽性と診断されます。スコア2+の場合は、曖昧な結果とされ、さらにFISH検査が行われます。 - 蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(FISH)
FISH検査は、HER2遺伝子の増幅の有無を確認するための検査です。この検査でHER2遺伝子が増幅している場合、HER2陽性と診断されます。FISH検査は、IHC結果が不明確な場合に特に有用です。HER2 陽性乳がんの組織像(免疫染色)
HER2陽性乳がんの治療法
HER2陽性乳がんの治療には、HER2を標的とした治療が不可欠です。以下に、主要な治療法を説明します。
1. HER2標的療法
HER2陽性乳がんに対する治療の中心は、HER2タンパク質を標的とする分子標的薬です。これにより、がん細胞の成長と増殖が抑制されます。主なHER2標的薬は以下の通りです:
- トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)
トラスツズマブは、HER2受容体に結合してその機能を阻害する抗体医薬品です。1998年に承認されて以来、HER2陽性乳がんの治療に大きな進展をもたらしました。トラスツズマブは、がん細胞の増殖を抑え、免疫系によるがん細胞の破壊を促進します。手術後の補助療法(術後補助療法)として使用されることが一般的で、化学療法と併用されることが多いです。 - ペルツズマブ(商品名:パージェタ)
ペルツズマブは、HER2の異なる部位に結合する抗体医薬品で、トラスツズマブと併用されることが多いです。ペルツズマブはHER2の二量体化(細胞膜上での結合)を阻止し、がん細胞の増殖を一層抑制します。術前治療や進行・再発したHER2陽性乳がんに対して使われることが一般的です。 - T-DM1(商品名:カドサイラ)
T-DM1は、トラスツズマブに抗がん剤(エムタンシン)が結合した薬剤で、HER2陽性の進行乳がんや再発乳がんの治療に用いられます。この薬はHER2陽性がん細胞に選択的に抗がん剤を届けることができ、がん細胞に対して高い殺傷効果を発揮します。 - ラパチニブ(商品名:タイケルブ)
ラパチニブは、HER2受容体の内側のチロシンキナーゼ領域に結合し、がん細胞内の信号伝達を阻害する小分子チロシンキナーゼ阻害薬です。トラスツズマブやペルツズマブとは異なり、内服薬として使用され、通常は他の治療に耐性を示した進行・転移性乳がんに対して使用されます。
2. 化学療法
HER2陽性乳がんでは、HER2標的療法に加えて化学療法も併用されることが一般的です。化学療法は、がん細胞の分裂や成長を阻害する薬剤を使用し、がんの増殖を抑える治療法です。術前(ネオアジュバント療法)や術後(アジュバント療法)の補助療法として、また進行乳がんに対して使用されます。ドセタキセルやカルボプラチンなどの薬剤がよく使われます。
3. 放射線療法
手術後に放射線療法が行われることもあります。特に、乳房温存術を受けた患者では、再発リスクを下げるために乳房全体やリンパ節に対して放射線を照射します。HER2陽性乳がんの場合、再発リスクが高いため、放射線療法が併用されることが多いです。
4. ホルモン療法
HER2陽性乳がんの一部にはエストロゲン受容体(ER)やプロゲステロン受容体(PR)も陽性であるケースがあります。これらのホルモン受容体陽性のがんには、ホルモン療法が効果的です。ホルモン療法は、がん細胞の成長を促進するエストロゲンの作用を阻害する治療法です。タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬などが一般的に使用されます。
HER2陽性乳がんの治療効果と予後
HER2陽性乳がんは、HER2タンパク質の過剰発現によって進行が早く、治療しない場合の予後は他のサブタイプよりも悪いとされています。しかし、HER2を標的とした治療が確立されて以来、予後は劇的に改善されました。特に、トラスツズマブの登場によって、術後補助療法や進行乳がんに対する治療成績は大きく向上しました。
早期HER2陽性乳がんの場合、適切な治療を受けることで、再発リスクは大幅に低減され、長期的な生存率も高くなります。術後の補助療法としてトラスツズマブを1年間投与するのが標準的な治療法であり、これによって再発率が半減することが報告されています。
進行・再発HER2陽性乳がんの場合でも、HER2標的療法の進歩によって治療効果が向上し、生存期間の延長が期待できます。特にペルツズマブやT-DM1の併用によって、従来の化学療法単独よりも優れた治療成績が得られています。
HER2陽性乳がんにおける治療の課題
HER2陽性乳がんの治療成績は向上しているものの、いくつかの課題も残されています。一部の患者では、HER2標的薬に対して耐性が生じることがあり、再発や進行がみられる場合があります。HER2陽性乳がん治療の課題については以下にまとめます。
HER2陽性乳がんにおける治療の課題について
HER2陽性乳がんの治療は、過去数十年で劇的に進展し、トラスツズマブ(ハーセプチン)をはじめとするHER2を標的とした薬剤により、生存率や再発リスクが大幅に改善されました。しかしながら、依然としていくつかの課題が残されています。以下に、HER2陽性乳がん治療の今後の主要な課題を挙げて解説します。
1. 治療耐性の問題
HER2陽性乳がんに対する分子標的薬は大きな効果を示しますが、一部の患者ではこれらの薬剤に対する耐性が生じることがあります。特に、トラスツズマブやペルツズマブの治療においては、時間が経つにつれて効果が低下し、がんが再発・進行することが確認されています。この耐性の発生メカニズムは完全には解明されていないものの、がん細胞がHER2に依存しない経路を利用して増殖することや、HER2の発現が変化することが一因と考えられています。
解決策の方向性:耐性に対応するため、HER2を標的にした治療薬の新たな組み合わせや、HER2以外の分子経路(PI3K/AKT/mTOR経路など)を同時に阻害する新薬が開発されています。また、T-DM1(カドサイラ)のような抗体薬物複合体(ADC)は、HER2陽性がん細胞に直接毒性を持つ薬剤を届け、耐性克服に寄与していますが、さらに新しいADCや免疫療法の研究が進んでいます。
2. 薬剤の副作用
HER2陽性乳がんに対する治療薬は非常に効果的ですが、薬剤による副作用の問題が依然として課題です。特にトラスツズマブは、心臓毒性(心不全や心筋機能の低下)を引き起こすことがあるため、治療中および治療後も定期的に心機能を監視する必要があります。また、化学療法と併用する場合、骨髄抑制や疲労感、消化器系の問題などの副作用も患者にとって負担となります。
解決策の方向性:薬剤の副作用を軽減するため、新しい薬剤や投与方法が研究されています。たとえば、経口薬や皮下投与の薬剤が開発され、より便利で副作用の少ない治療法が模索されています。また、副作用の予防や軽減を目的とした補助療法も進化しており、心機能保護薬の使用なども検討されています。
3. 個別化医療の推進
HER2陽性乳がん患者の全員が同じ治療に同じように反応するわけではありません。がん細胞の遺伝的背景や個々の患者の体質によって、治療効果や副作用の発現が異なるため、より個別化された治療が求められています。現在、HER2に対する標的療法が広く適用されていますが、治療効果を最大化するためには、各患者に最適な治療法を見極めることが必要です。
解決策の方向性:遺伝子解析やバイオマーカーを活用して、治療の効果や耐性のリスクを予測する「個別化医療」の研究が進んでいます。がんの遺伝子プロファイリングに基づいて、HER2標的療法に加え、他の分子標的薬や免疫療法を組み合わせる治療法が開発されており、より効果的かつ安全な治療法が期待されています。
4. 再発リスクの管理
HER2陽性乳がんは標的療法によって再発リスクが低減されましたが、一部の患者では治療終了後も再発の可能性が残ります。特に、進行期の患者やがんが多くのリンパ節に転移していた場合、治療後も再発リスクが高いことが知られています。再発した場合、治療選択肢は限定され、治療効果も限られることが多いため、再発予防は重要な課題です。
解決策の方向性:再発リスクをより正確に予測し、長期的なフォローアップが必要です。また、再発リスクが高い患者に対しては、治療期間を延長することで再発リスクをさらに低減できるかどうかが研究されています。現在、標的療法の使用期間に関する研究が進められており、治療の延長や中断の最適なタイミングが検討されています。
5. 治療費とアクセスの問題
HER2陽性乳がんに対する標的治療薬は非常に高価であり、患者や医療システムにとって大きな経済的負担となります。特に、先進国と比べて医療資源が限られている地域では、トラスツズマブやペルツズマブといった最新の治療法にアクセスすることが難しい状況です。これにより、治療の不平等が生じることが懸念されています。
解決策の方向性:治療費の軽減とアクセス向上のため、バイオシミラー(生物学的製剤の同等品)の開発が進んでいます。トラスツズマブのバイオシミラーはすでに市場に出ており、費用負担の軽減が期待されています。また、国際的な支援プログラムや製薬会社による支援を通じて、低所得国でも最新の治療にアクセスできるような取り組みが求められています。
6. 新しい治療法の開発
現在のHER2陽性乳がんの治療は、トラスツズマブやペルツズマブ、T-DM1などが中心ですが、今後の治療法のさらなる進化が期待されています。特に免疫療法や新しい抗体薬物複合体、さらにはHER2以外の分子経路を標的とした薬剤の開発が進んでいます。
解決策の方向性:免疫療法は、患者自身の免疫システムを活性化してがんを攻撃する治療法で、HER2陽性乳がんにおいても臨床試験が進行中です。また、HER2以外の分子を標的とする薬剤や、複数の分子経路を同時に抑制する新しい治療法が開発されています。これにより、さらに効果的かつ耐性を克服できる治療が期待されています。
まとめ
HER2陽性乳がん治療は、標的療法の導入によって大きな進歩を遂げましたが、依然として治療耐性や副作用、個別化医療の実現、再発リスクの管理、治療費やアクセスの問題といった課題が残されています。これらの課題を克服するためには、新しい治療法の開発と個別化治療のさらなる進展が必要です。引き続き、研究と臨床試験が進められ、HER2陽性乳がん患者にとってより効果的で安全な治療法が提供されることが期待されています。
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HER2陽性乳がん

HER2 陽性乳がん(免疫染色) 強い全周性の染色が細胞膜に認められる
HER2 (human epidermal growth factor receptor 2) は乳がんの進展に関わる糖タンパクで、細胞表面に存在します。病理レポートには必ずHER2の結果が記載されており、HER2が個別の患者さんの乳がんにおいて重要な役割を担っているかどうかを知ることができます。乳がんに関わるこのタンパクの発現とそれに対応する遺伝子の増幅状況を知ることにより、乳がんがどのように振る舞い、特定の薬剤にどのように反応するか予想することが可能となります。
20年以上前にトラスツズマブが臨床導入されたことで(1998年FDAが認可、2001年日本で認可)、HER2陽性乳がん患者の予後は劇的に改善されました。特に早期乳がんについては予後が大きく改善され、大部分の症例に対して化学療法と抗HER2療法の併用が実施されています。抗HER2療法を2剤用いる併用療法(dual-HER2 blockade)は、リンパ節転移陽性例の予後を改善することが示され、トラスツズマブとペルツズマブの併用療法が行われています。また術前化学療法において浸潤癌が遺残し場合はT-DM1を追加することの効果がKATHERINE試験で示され、現在の標準治療となっています。一方治療のデ・エスカレーション(減量)も重要なテーマで、早期がんあるいは高齢者にはより副作用の少ないパクリタキセルとトラスツズマブの併用療法が用いられています。(下記は明らかな遠隔転移:6㎝の肝転移にも関わらず、化学療法+抗HER2療法で完治したと考えられる当院のケースで、HER2陽性乳がんではこのような事例が決して稀でないことが知られています)

ルミナルHER2タイプの乳癌 この方は6㎝の肝転移を認めたがゼローダ+ハーセプチン(化学療法+抗HER2療法)のみで腫瘍は完全消失し、その後15年経過した現在も再燃なく健康に暮らしておられます。
HER2陽性乳がんの最新動向について(進行再発乳がん治療 )
HER2陽性乳がんの領域では2020年に4つの新薬がアメリカFDAに承認されるなど、大きな進歩を遂げています。
1987年にHER2受容体が注目された当初、HER2受容体は、他の乳がんのサブタイプと比較して、予後が最も悪いとされていました。現在では、トラスツズマブに続き、ラパチニブ、ペルツズマブ、アド・トラスツズマブ・エムタンシン(T-DM1)、ネラチニブが登場したことで、HER2陽性乳がんの予後はかなり良好なものとなっています。
術後補助療法で化学療法にトラスツズマブを追加することで、全生存率が37%相対的に改善し、10年生存率は75.2%から84%に上昇しました。同様の効果は、転移性の治療においても認められています。2020年、FDAはHER2陽性乳がんに対する4つの新しいHER2治療薬(トラスツズマブ デルクステカン (DS-8201)、ツカチニブ、ネラチニブ、マルゲツキシマブ)を承認しました。
トラスツズマブ・デルクステカン(DS-8201:商品名エンハーツ)は、新規の抗HER2薬の中では最も有望であり、新しいカテゴリーのHER2低値の乳がんにも、使えるようになるかもしれないと期待されています。 ツカチニブとネラチニブは、HER2-陽性乳がんで脳神経系に転移した患者のための、最新かつ有望な治療薬です。免疫療法と CDK4/6 阻害剤は、 HER2 陽性乳がんの治療への導入は遅れましたが、今後は使用されていくと期待されています。
トラスツズマブ デルクステカン (日本で認可済み)
トラスツズマブ デルクステカンは、HER2を標的とするトラスツズマブと細胞障害性のトポイソメラーゼ阻害薬のデルクステカンを結合させた抗体薬物複合体です。HER2 陽性の再発・転移性乳がん患者への二次治療を対象としたトラスツズマブ デルクステカンの第3相臨床試験(DESTINY-Breast03)の中間解析において、主要評価項目が達成されたと発表されました。この試験は、トラスツズマブとタキサン系薬剤による前治療を受けたHER2陽性の再発・転移性乳がん患者約500名を対象としたグローバル第3相臨床試験であり、本剤投与群がT-DM1(トラスツズマブ エムタンシン)に対し、統計学的に有意かつ臨床的意義のある改善を示したと結論付けられました。
マルゲツキシマブ(日本で未認可)
トラスツズマブと同じHER2エピトープ(エピトープは、抗原決定基とも呼ばれ、免疫系によって認識される抗原の一部である)に対する新規の抗体であるが、トラスツズマブとの違いは、ナチュラルキラー細胞やマクロファージに存在するCD16A Fc受容体への親和性が向上していることと、トラスツズマブに比べて抑制性のCD32B受容体への親和性が低下していることである。この設計は、自然免疫の強化を目的としています。
2020年12月16日、米国食品医薬品局(FDA)は、化学療法と併用するマルゲツキシマブを、2種類以上の抗HER2レジメンの前治療を受け、そのうち少なくとも1種類が転移性疾患に対する治療であった転移性HER2陽性乳がんの治療薬として承認しました。根拠となったSOPHIA試験は無作為化臨床試験で、患者は、マルゲツキシマブと化学療法を併用する群と、トラスツズマブと化学療法を併用する群に割り付けられました。統計的には有意であったものの、PFSの改善が少なかったことから、本試験は現時点では標準治療を変えるものではないとされています。
ネラチニブ(日本で未認可)
ネラチニブは不可逆的な汎HER(HER1、HER2、HER4)チロシンキナーゼ阻害剤で、初期の試験ではカペシタビンとの併用で有効性を示し、特に中枢神経系の転移に対する治療に有効であることが示されました。これを受けてNALA試験が開始されました。NALA試験は、過去にHER2をターゲットにした転移性乳がんレジメンで少なくとも2回治療を受けた、HER2陽性の転移性乳がん患者を対象に、ネラチニブ+カペシタビンと、可逆的デュアルTKIであるラパチニブ+カペシタビンを比較する、無作為化第III相試験でした。この結果が有意だったため、neratinibは2020年2月にFDAより、2種類以上の抗HER2ベースのレジメンを受けたことのある進行・転移性のHER2陽性乳がん患者の治療薬として、カペシタビンとの併用で承認されました。
ツカチニブ(日本で未認可)
強力かつ選択的なATP競合型の経口投与可能なHER2阻害剤であり、in vitroではEGFRに対してHER2に対して約500倍の選択性がある。これにより、ネラチニブのような特異性の低いHER2 TKIよりも良好な毒性プロファイルが得られることが期待された。ONT-380とも呼ばれる本剤は、HER2+乳がんにおけるトラスツズマブ抵抗性に関連すると考えられている切断型HER2(p110/p95)のリン酸化も有意に阻害する。
第III相HER2CLIMB試験(トラスツズマブ+カペシタビン±ツカチニブの比較)が実施されました。脳転移のある患者では、1年後の進行のない生存率は、ツカチニブ併用群で24.9%、プラセボ併用群で0%であった。
これらの素晴らしいデータの結果、2020年4月、アメリカFDAは、脳転移を有する患者を含む、切除不能または転移性の進行したHER2陽性乳がんで、転移期に1つ以上の抗HER2ベースのレジメンを投与された患者を対象に、トラスツズマブおよびカペシタビンとツカチニブの併用療法を承認しました。
HER2陽性乳がんに対する術前療法について
手術可能なHER2陽性乳がんを対象とした術前療法の初期研究では、化学療法にトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)を追加することでpCR率(がんが顕微鏡レベルで消失する割合)が有意に上昇することが示されました。 その後、HER2を標的とした治療法を単独または化学療法と組み合わせて評価した結果、化学療法との併用が依然として重要であることが示され、HER2を標的とした治療法と化学療法の併用で最も高いpCR率が得られました。
HER2療法が標準治療として取り入れられるようになると、アントラサイクリン系薬剤の必要性が疑問視されるようになりました。 さらに、低リスクのHER2陽性乳がん患者に対する治療強度を落とす戦略や、術前療法後に残存病変がある患者に対する補助療法の追加についても評価しています。
HER2陽性・転移性乳がんの治療(その2)
はじめに
ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)陽性の乳がんは従来、全身転移や脳転移のリスクが高く、全生存率が低いとされてきました。トラスツズマブ(商品名ハーセプチン:2001年日本で承認)の導入により、HER2陽性の患者さんの治療成績は劇的に改善し、多くの患者さんがルミナルタイプ(ホルモン受容体陽性・HER2陰性)の患者さんと同様の治療成績を示すようになりました。現在、HER2陽性の転移性乳がん患者さんの第一選択の標準治療は、ペルツズマブ/トラスツズマブとタキサン系薬剤の併用によるHER2抗体療法です。この治療が効かなくなった場合はトラスツズマブ・エムタンシン(T-DM1)が標準治療(セカンドライン:2014年4月日本で承認)となります。さらに進行した場合はより限られたものになりますが、最近、米国食品医薬品局から承認されたツカチニブ(日本で未承認)やトラスツズマブ・デルクステカン(2020年5月に日本で承認)など、有望な新薬が有効な選択肢として登場しています。
一次治療 ペルツズマブ/トラスツズマブ/ドセタキセル(又は パクリタキセル)
二次治療 T-DM1(商品名カドサイラ)
三次治療 トラスツズマブ・デルクステカン(商品名エンハーツ)など
抗HER2薬の登場により、この20年間でHER2陽性乳がんの治療パラダイムは大きく変化し、多くの薬剤の開発により、これまでにない生存率の向上が実現しました。モノクローナル抗体、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)、抗体薬物複合体(ADC)は、現在、HER2陽性転移性乳がん(MBC)の治療の骨格になっています。
トラスツズマブ、ペルツズマブ、タキサン系抗がん剤によるファーストライン治療
2000年代初頭、トラスツズマブと化学療法の併用により、HER2陽性の転移性乳がん患者の無増悪生存期間と全生存期間が有意に改善された。日本では2001年4月承認にこの薬剤は承認されています。トラスツズマブは、HER2の細胞外ドメインのサブドメインIVに結合し、細胞内シグナル伝達経路を活性化するホモ二量化を阻害し、細胞の増殖と生存を阻止します。トラスツズマブの追加に伴う最も重大な毒性は心機能障害です。なお、アントラサイクリン系抗がん剤とトラスツズマブの併用療法では、心機能障害の発生率が高かったため、ACとトラスツズマブの併用療法は中止され、転移性の治療においては、アントラサイクリン系以外の単剤化学療法と抗HER2療法の併用療法が広く採用されています。
第二世代の抗HER2抗体であるペルツズマブ(商品名;パージェタ)は、HER2の膜貫通型受容体のサブドメインIIに結合します。 クレオパトラ試験では、トラスツズマブとタキサン系抗がん剤にペルツズマブを追加投与することが検討されました。ペルツズマブの追加により、16.3カ月の全生存期間の延長が認められました。ペルツズマブの副作用は比較的許容できるものでしたが、下痢,発疹,頭痛,筋痙攣の発生率は,トラスツズマブ単独群よりも高いことが示されています。 これらのデータにより、HER2陽性の転移性患者において、トラスツズマブ、ペルツズマブ、タキサン系薬剤を用いた標準的な第一選択治療が確立されました。
チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)
TKIは、細胞内で作用し、伝達カスケードを停止させることで細胞の成長を阻害する、もう一つのクラスの抗HER2薬です。現在、米国食品医薬品局(FDA)は、HER2陽性のMBCの治療薬として、ラパチニブ、ネラチニブ、ツカチニブの3つのTKIを承認しています。(日本ではラパチニブのみが承認されています)。
ネラチニブ
ネラチニブは、不可逆的な汎 HER 阻害剤(HER1、HER2、HER4)であり、当初は EXTENET 試験の結果に基づいて FDA から術後補助療法として承認されました。最近、FDAはNALA試験の結果に基づいて、転移性治療のサードラインの治療薬(ペシタビン+ネラチニブの併用)としてネラチニブの使用を承認しました。
ツカチニブ
ツカチニブ(日本では未承認)は、HER2 のキナーゼドメインに高い選択性を持ち、EGFR の阻害を最小限に抑えることができる新しい TKI です。In vitro試験では、ツカチニブのHER2に対する選択性がEGFRの約500倍であることが示されており、その良好な毒性プロファイルを説明しています。さらに、分子サイズが小さいため、脳血液関門を通過しやすく、中枢神経系(CNS)の疾患に直接作用することができます。
HER2CLIMB試験は、トラスツズマブ、ペルツズマブ、トラスツズマブ T-DM1による前治療歴のある患者の3次治療として、トラスツズマブおよびカペシタビンとtucatinibの併用を評価した第3相試験です。患者は、トラスツズマブとカペシタビンを併用して、ツカチニブまたはプラセボを投与するよう無作為に割り付けられた。注目すべきは活動性があり治療を受けた脳転移を有する患者が試験に含まれ(両群で約45%)、専ら局所療法後に進行した後に治療を継続することが認められました。この試験では、カペシタビン+ツカチニブ+トラスツズマブの併用療法は、脳転移を含む重度の前治療を受けた患者において、OSが4カ月間増加するという素晴らしい結果が得られ、非常に有効な選択肢であることが示唆されました。この結果を受けて、FDAは、転移性疾患で1つ以上の抗HER2薬ベースのレジメンを受けたことのある進行性HER2陽性疾患患者の治療薬として承認しました。
抗体薬物複合体(ADC)
ADCは、特定の標的抗体と結合することにより、細胞傷害性化学療法を腫瘍細胞に直接投与する新しいクラスの抗がん剤です。
T-DM1
T-DM1は、トラスツズマブと、細胞障害性薬剤であるDM1(エムタンシン:強力な微小管阻害剤)とを、切断不可能なリンカーを介して共有結合させたもので、トラスツズマブの抗腫瘍活性を維持したまま、DM1を腫瘍細胞に送り込むことを目的としています。第3相EMILIA試験8では、トラスツズマブとタキサン系抗がん剤による前治療歴のあるHER2陽性乳がん患者の二次治療として、T-DM1とラパチニブおよびカペシタビンを比較しました。T-DM1は、ラパチニブとカペシタビンの併用療法と比較して、PFSの中央値を改善し、35%の患者で死亡または病勢進行の可能性を減少させました。
別の第3相試験であるTH3RESA試験でも、トラスツズマブとラパチニブを含む2種類の抗HER2療法を受けたことのあるHER2陽性乳がん患者において、医師が選択した治療法と比較して、T-DM1によるPFSおよびOSの改善が示されています。これらの知見により、T-DM1は、トラスツズマブとタキサン系薬剤の投与を受けたことのある患者の二次治療および三次治療としてFDAに承認されました。
MARIANNE試験では、T-DM1が治療歴のない患者の良い選択肢であることを証明できませんでした。本試験では、トラスツズマブとタキサン系薬剤を併用する群(第1群)、T-DM1とプラセボを併用する群(第2群)、T-DM1とペルツズマブを併用する群(第3群)に患者を無作為に割り付けましが、これら各群にPFSにおいて有意な差を認めませんでした。これらのデータに基づき、T-DM1は、トラスツズマブとペルツズマブによる二重ブロック療法に加え、タキサン系薬剤による治療で進行したHER2陽性患者の標準的な二次治療と考えられます。
トラスツズマブ・デラクステカン(商品名エンハーツ、日本の第一三共が開発した薬剤)は、HER2を特異的に阻害するヒト化モノクローナル抗体に、切断可能なリンカーを介してトポイソメラーゼI阻害剤を結合させたもので、T-DM1と比較して薬物対抗体比が8倍になっている。興味深いことに、血漿中に遊離した状態では高い安定性を示すが、腫瘍細胞表面に過剰に発現している酵素によって容易に切断されてしまうという組成になっている。トラスツズマブ・デルクテカンは、細胞膜透過性が高いため、HER2の発現レベルが低い細胞に対しても活性を示し、この細胞毒性要素が細胞膜を通過して、HER2の発現レベルにかかわらず近隣の細胞に直接作用する、バイスタンダー効果と呼ばれる現象が見られる。
DESTINY-Breast01試験は、T-DM1で進行した後のHER2陽性MBC患者に対するトラスツズマブ・デルクステカンのFDA承認につながった、重要な多施設共同非盲検第2相試験です。脳疾患の活動性または未治療の患者は除外されました。全身治療の前歴の中央値は6(範囲、2~27)で、すべての患者がトラスツズマブとT-DM1の投与を受けたことがあり、65%がペルツズマブの投与を受けたことがありました。トラスツズマブ・デルクステカンの投与を受けた184名の患者では、60.9%の奏効率が認められました(完全奏効が6%、部分奏効が54.9%)。また、病勢コントロール率は97.3%と素晴らしい結果でした。消化器系および血液系の有害事象が最も一般的で管理可能な有害事象でしたが、ILDの発生率が高いことが確認されました(13.6%[0.5%グレード4])。ILDの潜在的なリスクを考慮すると、トラスツズマブ・デルクステカンの投与を受けているすべての患者には慎重なモニタリングが推奨され、グレード2以上の毒性が認められた人には薬剤の中止が推奨されます。
特別な条件
脳への転移
HER2陽性のMBC患者の治療が大きく進歩したにもかかわらず、30%から55%の患者にCNS転移が見られます。このような状況下では、血液脳関門を通過する新薬の開発と、活動性CNS転移患者を含む臨床試験のデザインが、依然として重要です。
ツカチニブは、 HER2 陽性 MBC の活動性脳転移に対する最新の治療戦略です。
また、ネラチニブは脳転移にも活性を示しています。NALA 試験の患者6のうち、 16% が無症候性または安定した CNS 脳転移 (治療済みまたは未治療) を有しており、 ネラチニブ群では CNS 転移に新たな介入を必要とする患者が少なかったのです。
抗体医薬の中枢神経系への浸透は限られていると思われるが、T-DM1に関する最近のデータでは、脳転移に対する活性が示されています。
HER2陽性/エストロゲン受容体陽性の腫瘍
HER2陽性乳がんの約50%は、ホルモン受容体も発現している。前臨床試験では、乳がんにおけるHER2とエストロゲン受容体(ER)のシグナル伝達経路のクロストークが、ホルモン療法への抵抗性に寄与することが示唆されている。臨床試験では、トラスツズマブとタモキシフェンまたはフルベストラントを併用することで、これらのホルモン剤に対する腫瘍の感受性が回復することが確認されている。ELECTRAおよびTANDEMの第3相試験では、トラスツズマブとアロマターゼ阻害剤の併用は残念な結果となりましたが、抗HER2療法とアロマターゼ阻害剤の二重療法の併用は、より満足のいく生存率の向上が得られるようです。
HER2陽性乳がんと免疫チェックポイント阻害薬
PD-1/PD-L1 を標的とした免疫チェックポイント阻害剤は、化学療法との併用により、PD-L1 陽性のトリプルネガティブ乳癌患者において臨床効果が認められています。前臨床データでは、HER2陽性の腫瘍は免疫力が高く、トラスツズマブは腫瘍に対する免疫反応を高めることが示されています。HER2陽性腫瘍では、腫瘍浸潤リンパ球の発生率が高いだけでなく、PD-L1の発現量も多いことが一貫したデータで示されており、両者は良好な転帰と相関しています。しかし、抗PD-L1剤とHER2ブロックを併用した場合のデータはまだ少ないのが現状です。
まとめ
過去30年においてHER2陽性の転移性乳がんの治療は大きな進歩を遂げました。この膜タンパク質の過剰発現は、当初は予後不良のバイオマーカーとして認識されていましたが、現在では標的となる分子変化と認められており、その治療薬によって患者さんの予後とQOLが大幅に改善しています。ツカチニブやトラスツズマブ・デルクステカンなど、効果の高い薬剤の登場により、治療の順序付けが(いい意味で)難しくなってきており、患者さんごとに最適な治療法を決定するためには、有用なバイオマーカーを特定することも重要になっています。
(参考文献)
Evolving concepts in HER2 evaluation in breast cancer: Heterogeneity, HER2-low carcinomas and beyond. Marchiò C et al Semin Cancer Biol. 2021 Jul;72:123-135.
HER2-positive metastatic breast cancer: a comprehensive review. Exman P et al Clin Adv Hematol Oncol. 2021 Jan;19(1):40-50.
HER2-positive breast cancer and tyrosine kinase inhibitors: the time is now. Schlam I et al NPJ Breast Cancer. 2021 May 20;7(1):56. doi: 10.1038/s41523-021-00265-1.
Treatment strategies for breast cancer brain metastases. Bailleux C et al Br J Cancer. 2021 Jan;124(1):142-155.
New therapeutic strategies in HER2-positive breast cancer Mery B et al Bull Cancer. 2021 Jun 15:S0007-4551(21)00215-0.
The changing treatment of metastatic her2-positive breast cancer. Mitsogianni M et al Oncol Lett. 2021 Apr;21(4):287

The Okura Tokyo at Toranomon Aug. 2021
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トリプルネガティブ乳がん
トリプルネガティブ乳がんの特徴と治療法
1. トリプルネガティブ乳がんの概要
トリプルネガティブ乳がん(Triple Negative Breast Cancer: TNBC)は、乳がんの中でも特に治療が困難なタイプの一つです。乳がんには様々な亜型が存在し、それぞれのがん細胞は異なる生物学的特徴を持っています。その中でも、TNBCはホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)とHER2(ヒト上皮成長因子受容体2)という三つの主要な分子マーカーが陰性であるため、他の乳がんと比べて治療選択肢が限られるのが特徴です。
ホルモン療法やHER2を標的とした治療が効かないため、化学療法が治療の主軸となるケースが多いです。トリプルネガティブ乳がんは全体の乳がん症例の約10~20%を占め、特に若年層やアフリカ系アメリカ人女性に多く見られます。加えて、進行が早く、再発リスクが高いという特徴があり、他のタイプの乳がんと比べて予後が悪いことが知られています。
2. トリプルネガティブ乳がんの生物学的特徴
トリプルネガティブ乳がんの特性は、ホルモン受容体やHER2に依存しないことに起因しています。具体的には、以下の三つの受容体が陰性であるという点で診断されます。
- エストロゲン受容体陰性:エストロゲンによる増殖シグナルがトリガーされないため、ホルモン療法の効果が期待できません。
- プロゲステロン受容体陰性:プロゲステロンががん細胞の増殖に関与しないため、こちらもホルモン療法の対象外となります。
- HER2陰性:HER2は、細胞の増殖や生存に関わる受容体ですが、これが陰性であるため、HER2を標的とする薬剤(トラスツズマブなど)は効果がありません。
これらの特徴により、TNBCは一般的に他の乳がんと比べて治療が難しく、化学療法に頼らざるを得ない場合が多くなります。また、遺伝子レベルでの特徴として、BRCA1やBRCA2遺伝子に変異がある場合が多いことも知られており、この場合は特に若年層に発症する傾向があります。BRCA変異はDNA修復機構に影響を与え、がんの発生リスクを高める要因となります。
3. トリプルネガティブ乳がんの治療法
トリプルネガティブ乳がんの治療は、他のタイプの乳がんと異なり、ホルモン療法やHER2標的治療が使えないため、主に化学療法が中心となります。ここでは、主要な治療法について詳述します。
a. 化学療法
化学療法は、TNBCに対する主要な治療法の一つです。特に、手術前に行う術前化学療法(ネオアジュバント療法)は、腫瘍を縮小させ、手術をより効果的に行うために使用されます。手術後には、術後化学療法(アジュバント療法)として再発リスクを低減させるためにも用いられます。使用される薬剤は以下のようなものが一般的です。
- アントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシンなど):がん細胞のDNAを破壊し、増殖を抑える薬剤です。
- タキサン系薬剤(パクリタキセル、ドセタキセルなど):細胞分裂を阻害し、がん細胞の増殖を止めます。
- プラチナ系薬剤(シスプラチン、カルボプラチンなど):特にBRCA1/2遺伝子変異を有するTNBC患者に効果的とされ、DNAの修復を阻害してがん細胞を死滅させます。
これらの化学療法は、腫瘍の縮小や進行抑制に効果的ですが、副作用も強く、治療中の生活の質が低下することも少なくありません。
b. 免疫療法
近年、TNBCに対する治療として免疫療法が注目されています。特に、PD-1/PD-L1阻害薬と呼ばれる免疫チェックポイント阻害剤が効果を示しています。これらの薬剤は、がん細胞が免疫系から逃れるために使うメカニズムを妨害し、免疫系ががん細胞を認識して攻撃するように働きかけます。
代表的な薬剤には、**アテゾリズマブ(商品名:テセントリク)やペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)**があります。これらの薬剤は、特にPD-L1陽性のTNBC患者に効果があるとされており、化学療法と併用されることが多いです。
c. PARP阻害薬
PARP(ポリADPリボースポリメラーゼ)は、DNA修復に関わる酵素です。TNBC患者の中でも、特にBRCA1/2遺伝子に変異がある患者に対しては、PARP阻害薬が有効とされています。PARP阻害薬は、がん細胞のDNA修復を阻害し、がん細胞を死滅させる働きがあります。
代表的なPARP阻害薬には、**オラパリブ(商品名:リムパーザ)やタラゾパリブ(商品名:タラゼンカ)**があります。これらの薬剤は、遺伝子変異を持つTNBC患者に対しては有望な治療選択肢となっています。
d. 新たな治療法と臨床試験
TNBCは新しい治療法が求められている領域であり、現在も様々な臨床試験が進行中です。その中で注目されているのが、抗体薬物複合体(ADC)や新しい免疫療法薬です。
- 抗体薬物複合体(ADC):抗体に化学療法薬を結合させた薬剤で、がん細胞を特異的に攻撃することが可能です。現在、いくつかのADCがTNBCに対して臨床試験中です。
- 新しい免疫療法薬:従来の免疫チェックポイント阻害薬に加え、新しい免疫療法薬の開発も進んでいます。これにより、免疫系がより効果的にがん細胞を排除する可能性が期待されています。
4. トリプルネガティブ乳がんの予後と生活の質
トリプルネガティブ乳がんの予後は他のタイプの乳がんに比べて厳しいことが多いですが、早期発見や適切な治療により、生存率を向上させることは可能です。特に、術前化学療法で完全寛解が得られた場合、予後が良好となるケースもあります。
一方で、TNBC患者は治療の過程で身体的・精神的な負担が大きく、生活の質(Quality of Life: QOL)が低下しがちです。治療中は副作用への対策や心理的サポートが重要であり、家族や医療スタッフとの連携も必要です。
5. まとめ
トリプルネガティブ乳がんは、治療の選択肢が限られ、予後が悪いタイプの乳がんですが、近年の免疫療法やPARP阻害薬などの新しい治療法の登場により、治療成績の改善が期待されています。依然として多くの課題が残る一方で、臨床試験や新薬の開発が進むことで、今後の治療法がさらに多様化し、患者のQOL向上につながることが期待されます。
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トリプルネガティブ乳がんの生物学的特徴
**トリプルネガティブ乳がん(Triple-Negative Breast Cancer: TNBC)**は、乳がんの一形態で、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PR)、およびヒト上皮成長因子受容体2型(HER2)の発現がいずれも陰性であることから「トリプルネガティブ」と呼ばれます。この3つの受容体は、他のタイプの乳がんでは治療ーゲットとして使用されることが多いのですが、TNBCではこれらの標的がないため、治療の選択肢が限られていることが特徴です。TNBCは全乳がんの約15%を占め、のタ他の乳がんサブタイプと比べて予後が不良であり、再発や転移のリスクが高いことが知られています。
1. 分子生物学的特徴
TNBCの最も顕著な特徴は、ホルモン受容体(ER、PR)およびHER2がいずれも陰性であることです。このため、ホルモン療法やHER2に対する標的治療が効果的でないという問題があります。TNBCは異質性が高く、分子生物学的にはいくつかのサブタイプに分類されます。代表的なサブタイプとしては、基底様(Basal-like)TNBCが挙げられます。基底様TNBCは、基底細胞に関連する遺伝子(例えば、細胞骨格タンパク質であるケラチン5やケラチン6)を高発現することが特徴です。
基底様TNBCは、全TNBCの約70-80%を占め、分子レベルで他の乳がんとは異なる特徴を持っています。基底様TNBCは、通常高い細胞増殖能を示し、Ki-67という増殖指標も高値を示します。さらに、p53遺伝子の変異が高頻度で認められ、DNA修復機構に関与するBRCA1遺伝子の欠失や変異がある場合も多いです。これらの遺伝子変異は、細胞の分裂や増殖の異常を引き起こし、がんの進展に寄与すると考えられています。
2. 悪性度と進行の速さ
TNBCは他の乳がんサブタイプと比較して悪性度が高く、進行が速いとされています。特に、再発や遠隔転移のリスクが高いことが大きな問題です。TNBC患者は、診断後の最初の2〜3年間に再発や転移が集中する傾向がありますが、その後の5年間の生存率は比較的安定します。このため、早期に治療を行うことが極めて重要です。
再発リスクが高い理由の一つに、腫瘍の浸潤性があります。TNBCの腫瘍は、周囲の正常組織への浸潤性が強く、リンパ節や血管に侵入して転移する能力が高いことが示されています。特に、肺や脳、肝臓などへの転移が多く見られます。これらの遠隔転移は、治療が困難であり、予後を大きく悪化させる要因となります。
3. 遺伝的特徴とBRCA1/2遺伝子
TNBCの発症には遺伝的要因が関与している場合が多く、特にBRCA1/2遺伝子の変異が強く関連しています。BRCA1遺伝子に変異を持つ患者は、TNBCを発症するリスクが高く、全体の15〜20%を占めるとされています。BRCA1遺伝子変異を持つTNBC患者は、PARP阻害剤という特定の化学療法に対して感受性が高いことが知られており、これが治療の一つの選択肢となっています。
BRCA1はDNA修復に関与する重要な遺伝子であり、これが変異するとDNA損傷が修復されず、がんの発生リスクが高まります。特に、BRCA1変異によるTNBCは、若年女性に多く見られ、侵襲性が強く、予後も悪い傾向があります。このように、BRCA1/2遺伝子変異は、TNBCの発症リスクだけでなく、治療選択にも影響を与える重要な因子となっています。
4. 免疫微小環境と免疫療法の可能性
TNBCは、他の乳がんサブタイプと比較して、免疫系との相互作用が強いことが知られています。具体的には、TNBC腫瘍の周囲には、腫瘍浸潤リンパ球(Tumor-Infiltrating Lymphocytes: TILs)が多く見られます。これらのTILsは、腫瘍に対する自然免疫応答を示しており、免疫療法が効果的に働く可能性が示唆されています。
免疫療法の一つであるPD-1/PD-L1阻害薬は、最近の臨床試験でTNBCに対して一定の効果を示しており、特に進行性のTNBC患者において有望な治療法とされています。PD-L1は、がん細胞が免疫系からの攻撃を回避するために使用するタンパク質であり、この経路を遮断することで免疫系が腫瘍を攻撃しやすくなります。PD-1/PD-L1阻害薬は、再発性または転移性のTNBCに対して効果を示しており、今後の治療の選択肢として期待されています。
5. 治療選択肢の限界と新たなアプローチ
TNBCはホルモン療法やHER2に対する標的治療が利用できないため、主な治療は化学療法に依存しています。しかし、化学療法に対する反応が良好である一方で、化学療法後の再発リスクが高いため、より効果的な治療法の開発が求められています。
最近の研究では、分子標的薬や免疫療法、**抗体薬物複合体(ADC)**などの新たな治療法が開発されています。例えば、ADCの一つであるサシツズマブ・ゴビテカンは、TNBCに対する有望な治療薬として注目されています。この薬剤は、がん細胞に結合する抗体と化学療法薬を結合させたもので、がん細胞に直接薬剤を届けることで副作用を最小限に抑えつつ効果を高めることが期待されています。
また、PARP阻害薬やDNA修復機構を標的とした治療も、特にBRCA1/2変異を有する患者に対して有効とされています。これらの新たな治療アプローチは、今後のTNBC治療の進展に寄与することが期待されています。
まとめ
トリプルネガティブ乳がんは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2が陰性であることから治療選択肢が限られ、再発や転移のリスクが高い乳がんサブタイプです。特に、基底様サブタイプやBRCA1/2遺伝子変異が関与するケースが多く、進行が速く予後不良であることが特徴です。現在、化学療法が主な治療法となっていますが、免疫療法や分子標的薬など新しい治療アプローチが開発されており、今後の治療の可能性が期待されています。
以上、2024年10月
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<トリプルネガティブ乳がんに関連するニュース>
EA1131試験の意義について(ECOG-ACRIN EA1131)
術前化学療法後にトリプルネガティブ乳がん(TNBC)が残存する患者を対象としたプラチナベースの化学療法とカペシタビンの術後無作為化第III相試験 J Clin Oncol. 2021 Aug 10;39(23):2539-2551
【結論】 プラチナ系製剤(カルボプラチン)は、BasalサブタイプのTNBCが術前化学療法後に遺残した患者の転帰を改善せず、カペシタビンと比較してより重篤な毒性を伴うことが明らかになった。
【意義・解釈について】BasalサブタイプのTNBCにプラチナ系製剤が有効であるとの前臨床モデルの結果からこの研究は行われたが、プラチナ製剤はカペシタビンの成績を改善することなく、毒性のみが有意に強く、その使用は勧められないと結論付けた(カペシタビンが標準治療)。
<早期トリプルネガティブ乳がんの治療のまとめ>
1)腫瘍の大きさが2㎝以上あるトリプルネガティブ乳がんには術前化学療法を(第一選択として)考慮する。
2)大多数の患者さんにはアントラサイクリン系とタキサン系の逐次レジメンが推奨される。
3)術前化学療法において週1回のナブパクリタキセルがパクリタキセルに代わる可能性がある。
4)術前化学療法においてプラチナ製剤(通常はカルボプラチン)の追加が考慮される。
5)アントラサイクリンが適合しない患者さんに対しては、カルボプラチン+ドセタキセルが代替レジメントして考慮される。
6)標準的な術前化学療法でpCR(病理的な腫瘍の消失)が得られないハイリスクの患者さんには、術後にカペシタビンを6~8サイクル追加することが考慮される。
7)近い将来、デュルバルマブ、アテゾリズマブ、ペムブロリズマブなどの免疫療法剤を術前療法として考慮する必要がある。
8)TILが30%以上のステージ1乳癌のような特殊な症例では、レトロスペクティブのデータをもとに化学療法を省略することも考慮される。
9)Luminal androgenサブタイプに対する抗アンドロゲン剤、BRCA1/2病的変異例に対するPARP阻害剤を用いた新しい臨床試験が必要である。

トリプルネガティブ乳がんの免疫染色パターン ER(-) PgR(-) HER2(-) 高Ki67
初めに
トリプルネガティブ乳がんはエストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2蛋白の過剰発現をいずれも認めないがんのことです。これらはがんの増殖がホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)やHER2蛋白に依存していないことを示しています。そしてトリプルネガティブ乳がんはホルモン剤、HER2蛋白受容体をターゲットにした薬剤には効果がありません。トリプルネガティブ乳がんは乳がん全体の15%程度を占めています(日本)。
トリプルネガティブ乳がんとは?
細胞の受容体は細胞内や、細胞表面にある特殊な蛋白であり、これらの受容体蛋白は細胞のいわば目や耳に相当するものです。正常の乳腺細胞の内部や表面にあるホルモン受容体はエストロゲンやプロゲステロンなどのホルモンから情報を受け取ります。ホルモンから見ると、これらは細胞にある受容体と結合し、細胞が増殖などの機能を果たす指令を提供することになります。70%程度の乳がんがホルモン受容体が陽性であり、ホルモンが増殖に関与しています。
一方で、15%くらいの乳がんにおいてHER2蛋白が過剰発現しています。正常の乳腺細胞においては、HER2は細胞の増殖を刺激する働きがあります。乳がん細胞においてHER2蛋白が過剰にある時は、細胞は非常に早く増殖し、分裂することになります。ホルモンの働きやHER2を標的にした治療(標的療法)では、エストロゲン、プロゲステロン、HER2蛋白の効果を減弱させ、乳がん細胞の増殖を遅らせ、停止させます。
トリプルネガティブ乳がんの特徴
トリプルネガティブ乳がんのは他の乳がんに比較してよりアグレッシブで、予後不良であり、これらはトリプルネガティブ乳がんを標的とする治療薬が少ないことが関与しています。トリプルネガティブ乳がんは転移を起こす確率、再発する確率が他の乳がんより高いことが知られています。
トリプルネガティブ乳がんはがんのグレードが高く、多くはグレード3です。また多くがベーサル様細胞(これは乳管の基底膜細胞様という意味)と言われており、ベーサルタイプ乳がんは進行が早く、より悪性度が高い乳がんです。ベーサルタイプの乳がんの多くが、トリプルネガティブ乳がんで、またトリプルネガティブ乳がんの多くがベーサルタイプという関係になっています。
どういう人がトリプルネガティブ乳がんに罹る傾向があるか?
誰でも罹る可能性はありますが、以下のような特徴があります。
1) 若い方~50歳以下の方
2) 黒人、ヒスパニック系の方~アジア人は比較的少ないとされています
3) BRCA1遺伝子に変異がある方(遺伝性乳癌卵巣癌)
トリプルネガティブ乳がんと診断された場合
乳がんの中でもより悪性度が高く、治療標的(ホルモン受容体、HER2蛋白)が限られていると告げられるとより衝撃は大きいと思います。しかしながら冷静にこの二つの標的が欠けている(ホルモン受容体とHER2蛋白)だけだというように、冷静に捉える必要があります。病期(ステージ)やがんのグレードも一方で重要な要素になります。また、ホルモン療法と抗HER2療法以外にもいくつかの治療法があることを理解しておくことが重要です。
トリプルネガティブ乳がんの治療について
トリプルネガティブ乳がんの治療は通常、手術、放射線治療、抗がん剤治療で行われます。がん剤治療は、しばしば手術の前に行われます(数か月間の外来治療)。抗がん剤が先に行われ、手術の結果がんの組織が完全に消失する場合が30~50%に見られ(pCRという言い方をされます)、このような効果が得られた場合は完治できる可能性が高いと期待できます。
PARP inhibitors(商品名リムパーザなど)
HER2蛋白の過剰発現がなく、遺伝性乳がん(BRCA1またはBRCA2に病的変異あり)の場合はこの系統の薬剤が期待できます(相同組換え修復関連遺伝子変異を有する患者さんに効果が期待できると表現されます)。
免疫療法(商品名テセントリックなど)
免疫療法(テセントリック:アテゾリズマブ)が進行再発乳がんでPD-L1陽性のトリプルネガティブ乳がんに適応となっています。テセントリックは化学療法薬であるアブラキサンと併用して用いられます。
免疫チェックポイント阻害剤であるこの薬剤は、がんが免疫システムを回避するのを助けるPD-L1蛋白を標的にした薬剤です。PD-L1を阻害することでテセントリックは免疫システムががん細胞を見出し、排除することを可能にする薬剤です。
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)
乳がんの約10%〜15%を占めるTNBCは、依然として最も悪性度の高いサブタイプであり、一部の患者の早期の再発を特徴としている。ホルモン受容体陽性乳がんやHER2陽性の乳がんと異なり、明らかな標的治療がないため、TNBCはしばしば臨床的に治療が困難となる。 TNBCは細胞分裂が速く、ゲノムが不安定な高悪性度の腫瘍という特徴があり、化学療法のみの治療で、病理学的完全奏効(pCR)率が30%から40%に達する。しかしながらpCR率が高いにもかかわらず、TNBC患者の再発リスクは全体ではかなり高いという特徴を認めるた。DNA修復メカニズム、PI3K / mTOR阻害、アンドロゲン枯渇など、多くの分子経路が創薬に応用される可能性があるとして探究されている。最近、TNBC患者に2つの分子標的薬剤、即ちPARP阻害剤(オラパリブ)と免疫チェックポイント阻害剤(アテゾリズマブ)が利用可能になっているが、これらは現時点では進行再発例への適応にとどまっている。
トリプルネガティブ乳がんの術前療法後に腫瘍が遺残した場合、カペシタビン(ゼローダ)を追加するべきである
トリプルネガティブの患者さん、特に手術前に化学療法を行ったにもかかわらず残存病変がある患者さんは再発のリスクが高く、追加治療が必要かどうかは多くの治療医の悩みでした。
数年前、CREATE-X試験(日本・韓国)の結果が示されたとき多くの専門家は驚きました。ホルモン受容体陽性またはトリプルネガティブの患者さんに関わらず腫瘍が術前化学療法によって遺残した場合、ゼローダを追加することで再発率が低下することが有意に示されたからです。この結果は当初懐疑的にみられていましたが、その後に発表された2つの欧米での研究により、追加のゼローダの有効性が示され現在はこのゼローダの追加がトリプルネガティブ乳がんにおいて推奨されるようになりました。次もこれに関する話題(データ)です。
<トリプルネガティブ乳がんの分子生物学的な分類と治療法の進歩の展望> 以下は作成中
トリプルネガティブ乳がん治療の展望(2020年)
他の乳がんサブタイプと比較して、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の患者は、病期に関わらず予後が不良と考えられている。しかしながらこの数年で多くの画期的なゲノムおよび分子生物学的な発見があり、TNBCの生物学的な複雑さの理解を劇的に改善させる可能性が出てきた。ゲノム分析に基づくと、TNBCは多種多様な分子生物学的な異常を有する多様性のあるがんグループを構成していることが明らかになってきた。そしてそのような新しいターゲットに対して向けられた、多くの革新的な治療法を使用した新世代の臨床試験のためのプラットフォームを提供することになった。現在、2つのPARP阻害剤と1つの抗PD-L1モノクローナル抗体(化学療法との併用)が転移性TNBC患者の特定のサブグループで承認されており、この疾患も個別化医療の時代になってきた。TNBCのゲノムの全景を探索し、多くの実用的なターゲットについて議論したいと考える。また、主要な臨床を変えることになる臨床試験の結果、および転移性TNBC患者のための今後臨床導入される可能性がある個別化治療オプションについても議論していきたい。
他の乳がんサブタイプと比べて、TNBCは侵襲性が高く、早期の再発リスクが高い。患者はしばしば術後5年以内に再発し、その後の予後も不良である。 ER、PR、HER2の発現が陰性であるため、TNBCは内分泌療法および標的療法への反応が乏しい。非常に限られた治療レジメンのみがTNBCで利用可能であり、また有効性が低く、新しい治療法の開発が早急に必要である。
LAR(ルミナル・アンドロゲン受容体)サブタイプのTNBCはAR発現が陽性ですが、TNBCにおけるARのメカニズムと臨床的意義はまだ議論の余地があり、ARがTNBCの予後指標として使用できるかどうかについては、さらに検討する必要があります。 LARサブタイプの遺伝子変異の量が多く、主にPI3Kシグナル伝達遺伝子のPIK3CA、CDH1、PTEN、およびTP53遺伝子の遺伝子変異であることは注目に値します。したがって、PI3Kシグナル伝達経路をターゲットにすると、LARサブタイプTNBCの新しい治療標的になる可能性があります。
Mサブタイプ(間葉系サブタイプ)のTNBCサンプルにはPDGFRの高い発現がありますが、このサブタイプは対応する標的療法に感受性がありません。 MサブタイプTNBCが薬剤耐性を引き起こす他の調節メカニズムを持っているかどうかは、深く理解できていない。 MSL(mesenchymal stem-like)サブタイプは、血管新生関連の受容体PDGFRおよびVEGFRを過剰発現するため、抗血管新生療法を受けやすくなる可能性があります。免疫関連マーカーと免疫チェックポイント阻害遺伝子の高発現は、IM (immunomodulatory)サブタイプと他のTNBCサブタイプの主な違いです。したがって、IMサブタイプは、免疫チェックポイント阻害剤による治療の恩恵を受ける可能性があります。
MSL以外のすべてのTNBCサブタイプは、MYC遺伝子増幅の頻度が高く、BL1 (basal-like 1)およびMサブタイプも対応するmRNAの過剰発現を示します。 CDK1 / 2と制限酵素のコアコンポーネントBUD31の選択的阻害は、MYCを過剰発現するTNBC腫瘍細胞のアポトーシスを誘発する可能性があり、TNBC、特にBL1とMサブタイプは、CDK1 / 2と制限酵素阻害剤による治療の恩恵を受ける可能性があることを示唆しています。
さらに、異なる標的化治療法は、異なるTNBCサブタイプおよび異常な遺伝子コピー数を持つタイプの変異に基づいて開発することが可能です。たとえば、BL1サブタイプはゲノムの不安定性が高く、TP53、BRCA1 / 2、およびRB1遺伝子の欠損とPPAR1遺伝子の増幅があるため、BL1サブタイプはPARP阻害剤に感受性がある可能性があります。 RB1、CDK4、およびCDK6の発現レベルは、CDK4 / 6阻害剤の感度に関連しています。 CDK4およびCDK6 mRNAの発現は低いがRB1の発現が高いLARおよびMSLサブタイプは、CDK4 / 6阻害剤に感受性がある可能性があります。
BLIA (basal-like immune-activated)とBLIS (basal-like immunosuppressed)は、予後が逆のTNBCサブタイプです。 BLISが最も予後不良ですが、BLIAはLAR、MES、およびBLISよりも予後が良好です。この違いは、TNBC腫瘍細胞における免疫シグナルの発現と薬剤耐性および予後との間の相関を示唆しているものと思われる。 BLIAタイプでは、NK細胞経路、B細胞受容体経路、DC経路、T細胞受容体シグナル経路、IL-12およびIL-7経路など、免疫細胞に関連するシグナル伝達経路が優位に増強されており、またSTAT、CTLA4、CXCL9、IDO1、CXCL11、RARRES1、GBP5、CXCL10 / 13の発現レベルも増加している。CXCL10は創薬可能ゲノムに属しているため、医薬品のターゲットになると期待されています。さらに、STAT阻害剤、サイトカインまたはサイトカイン受容体抗体、およびイピリムマブ(最近FDA承認のCTLA4阻害剤)が、BLIAサブタイプTNBCの治療に使用される可能性があります。 BLISタイプでは、ほとんどすべての免疫細胞シグナル伝達経路が抑制されていますが、ELF5、HOHMAD1、FOXC1、VTCN1、SOX6、およびSOX10遺伝子の発現レベルは優位に上昇しています。 PD-1またはVTCN1抗体は標的免疫チェックポイント治療に使用できると予想されています。 4つの異なるサブタイプ、LAR、MES、BLIA、およびBLISからのTNBC患者サンプルのDNAおよびmRNA発現データの統合分析は、CDK1が4つのTNBCサブタイプすべてで増幅されたことを示しました(BLIAサブタイプが最も高い発現を示しました)。したがって、CDK1はTNBC治療標的となる可能性があります。
同時に、TNBCサブタイプの改良により、古い薬の新しい使用はTNBCの有効性を改善するための重要な研究の方向性を示した。臨床試験の結果は、BL1およびBL2 TNBC患者はMSLおよびARサブタイプよりもタキサンの臨床的な奏効率が高いことを示しています。これらの薬剤をアントラサイクリンと組み合わせると、TNBCのBL1サブタイプの患者はより高いpCR率を達成できます。さらに、BL1サブタイプTNBCの患者はプラチナ薬に対してより感受性がある。タキサン、アントラサイクリン、およびプラチナ薬と組み合わせた療法によりBL1 TNBC患者は、より優れた臨床効果を得る可能性があることが示唆されています。もちろん、特定の薬物選択と投与法は、検証するためにより多くの臨床試験結果を必要とします。私たちはさまざまな種類の化学療法薬と抗体薬を分類し、それらがTNBCサブタイプに適していると推測しました。
新しい治療レジメンとして、免疫療法のさまざまなTNBCサブタイプへの効果は不明で、前臨床的な研究データが必要である。PD1 / PDL-1をターゲットとするTNBC免疫療法では、新しい標的抗体の研究開発に加えて、末梢血単核細胞に由来する腫瘍関連マクロファージ(TAM)がTNBC微小環境に動員されることが明らかにされてきています。抑制性サイトカインを分泌することにより、腫瘍浸潤リンパ球の機能的影響が弱まり、制御性T細胞が増加して腫瘍の成長と発達を促進します。興味深いことに、TAMは腫瘍環境でPD-1とPD-L1の発現を同時にアップレギュレートできます。したがって、TAMをターゲットにしてPD1 / PDL-1ターゲティング薬の有効性を改善することは、実現可能な新しいアイデアかもしれません。さらに、関連するCAR-T免疫細胞療法のターゲットの変更とそのような療法の安全性評価は、より多くの臨床データによって明らかにされる必要があります。
TNBCを内因性の様々な分子サブタイプと免疫学的多様性を持つ疾患として理解し、さまざまな臨床表現型(フェノタイプ)を認識する最近の進歩がありました。この新しいシナリオでは、よりターゲットを絞った効果的な治療のために、免疫分子シグネチャを組み込んだ早急な包括的サブ分類が必要です。対象となる標的阻害剤とチェックポイント阻害剤が最近いくつかの設定に組み込まれていますが、細胞毒性化学療法は依然としてTNBCに対する基幹の療法であり、同様の臨床病理学的特徴を持つ患者に異なった結果をもたらしている。
免疫組織化学的分子サブタイプのより完全なアクセス可能なパネルは、TNBCの治療における決定を改善しました。さらに、多くの場合、化学療法の生存と反応を予測するために腫瘍のより正確な分子分類が提案されており、標準的なレジメンへの用量漸増や新しい抗腫瘍薬の組み込み、新しい治療の必要性など、CAR-T免疫細胞療法、チェックポイント阻害剤、分子標的阻害剤などのオプションを加えた個別のアプローチが必要です。
以前は分子療法では近づき難い病気と考えられていたTNBCは、最近、固有の分子TNBCサブタイピングと正確な分類と予後予測のために、新しい標的療法を組み込むための最も研究が活性化している分野となりました。特定のバイオマーカーによって分類されたサブタイプ・分子生物学的なバリエーションと、現在の化学療法、免疫療法、および標的療法の組み合わせにより、TNBCの治療に大きな進歩が達成されようとしている。
いくつかのREVIEW文献をまとめて、現在のトリプルネガティブ乳がんの治療動向を整理していきたいと思います。

虎の門病院
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)について (作成中)
はじめに
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、乳がん全体の15%程度を占めています。TNBCは、エストロゲンとプロゲステロンの受容体の免疫組織化学(IHC)による発現が1%以下で、HER2の過剰発現や増幅がないことが標準的な定義となっています。さらに、TNBCは通常、組織学的悪性度、増殖能が高く、増殖し、多くの壊死組織を伴っています。このタイプのがんは、40歳未満の女性、アフリカ系、ラテン系の女性、またはBRCA遺伝子(主にBRCA1遺伝子)の変異を有する女性に多く見られます。
TNBCの生物学的特性は、他の乳がんと比較して、たちが悪く、早期に再発し、遠隔転移を起こす傾向があります。TNBCの予後が悪いのは、主に標的治療法が確立されていないためです。化学療法に対する高い奏効率は、早期に耐性メカニズムが発現するため、時間的に長続きしません。早期のTNBCの相対的5年生存率は91%、局所進行期では65%、転移期では11%と報告されています。
<本文>
局所または局所進行TNBCの治療戦略は、CT(化学療法)、手術、放射線治療で構成される。治療法の選択は、原発巣の大きさ、位置、病変の数、リンパ節転移の有無、さらに年齢、閉経状態、一般的な健康状態、そして患者さんの希望に基づいて行われます。
閉経前の患者、特に若い患者さんでは、全身治療を開始する前に妊孕性温存技術(受精卵凍結など)の適応を考慮する必要があり、また患者の遺伝的な希望を考慮し、BRCA1/2検査も実施する必要がある。疾患の初期から、TNBCは全身性疾患であると考えるべきである。従来の画像診断技術では見えない微小転移の存在が乳がんの初期段階から存在すると考え、CTを用いて潜在的な病変の治癒を試みる必要がある。TNBCに効果があるとされている化学療法剤には、アントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシンなど)、シクロホスファミド、タキサン系薬剤、プラチナ製剤、5-FU系薬剤、エリブリン、ゲムシタビンなどがあります。治療戦略としては、手術前に化学療法を投与する方法(NACT)と、手術後に化学療法を投与する二つの方法があります。
<化学療法は術前と術後のどちらが良いかという問題>
局所進行乳がんでは、術前化学療法(NACT)が標準的な治療法です。NACTの概念は、日常的な癌治療で採用されている抗腫瘍薬戦略に新たに加わったものです。NACTは、腫瘍の大きさ(特に2cm以上)を小さくすることで切除率を高め、乳房温存手術を可能にすること、微小転移を早期に制御すること、生体内での腫瘍の化学療法感受性や抵抗性を調べること、などの重要かつユニークな目的を持っています。NACTに対する反応は、長期的な反応の予測因子であり、5~10年の追跡調査で結果が得られる術後療法の研究とは異なり、短期間の追跡調査で予後の情報が得られます。NACTの欠点は、この治療法で腫瘍が進行した患者が外科手術が遅れるという問題です。
<続く>
Triple-negative breast cancer molecular subtyping and treatment progress. Yin L, Duan JJ, Bian XW, Yu SC. Breast Cancer Res. 2020 Jun 9;22(1):61. doi: 10.1186/s13058-020-01296-5. PMID: 32517735

The Okura Tokyo 2021年8月

The Okura Tokyo 9PM August 2021
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こんな症状があったら要注意です
乳がん、こんな症状があったら要注意です
乳がんは早期には自覚症状がないことが多いため、定期的な自己検診や医療機関での検診が非常に重要です。しかし、次のような症状が現れた場合、乳がんの可能性があるため、注意が必要です。以下は、乳がんの典型的な警戒すべき症状です。
1. しこり(腫瘤)
最も一般的な乳がんの症状は、しこりの発生です。特に痛みのないしこりが発見されることが多く、乳房や脇の下にしこりを感じた場合には、医師の診察を受けることが推奨されます。しこりは硬く、不規則な形をしていることが多いですが、必ずしもがんであるとは限りません。しかし、自己検診で異常を感じた場合には早めに検査を受けることが重要です。
2. 乳房や乳頭の変形
乳がんが進行すると、乳房の形状の変化や、左右の乳房の大きさが不均等に感じることがあります。また、**乳頭の陥没(ひっこむ)**や、乳頭の向きが変わることも乳がんの可能性を示す症状です。これらの変形が一時的ではなく、持続する場合は専門医による診断が必要です。
3. 乳房の皮膚の変化
乳房の皮膚が、以下のように異常な状態になることがあります:
- くぼみや引きつれ:乳房の皮膚が一部でくぼんだり、引きつれたように見える場合、がんが皮膚下に浸潤している可能性があります。
- オレンジの皮のような質感:皮膚が厚くなり、オレンジの皮のように凹凸が現れることがあります。この状態は、進行した乳がんで見られることがあり、早急な対応が必要です。
- 発赤や腫れ:乳房の皮膚が赤くなったり、熱感を伴って腫れる場合、乳腺炎などの感染症とも似た症状ですが、乳がんの一種である炎症性乳がんの可能性もあります。
4. 乳頭からの分泌物
乳頭からの異常な分泌物が見られた場合も注意が必要です。特に、血液が混ざった分泌物や、透明で粘り気のある液体が出る場合、乳がんが疑われます。乳頭からの分泌物はホルモンの変動や他の良性の病変で起こることもありますが、異常が続く場合は検査を受けるべきです。
5. 乳房や乳頭の痛み
乳がんは初期段階では痛みを伴わないことが多いですが、乳房や乳頭に持続的な痛みを感じる場合も乳がんの可能性があります。特に、片方の乳房に限定された痛みが長期間続く場合には、がんの疑いがあるため、医師に相談することが推奨されます。
6. 脇の下のしこりや腫れ
乳がんが進行すると、がん細胞がリンパ節に転移することがあります。特に**脇の下(腋窩)**にしこりや腫れを感じる場合、リンパ節に異常が生じている可能性があります。このようなしこりが持続する場合、乳がんの転移が疑われるため、早急な検査が必要です。
7. 乳房の厚みや硬さ
乳房の一部に異常な厚みや硬さを感じた場合も、乳がんの初期症状である可能性があります。この変化はしこりとして明確に感じないこともありますが、通常とは異なる感触が持続する場合には検査を考慮すべきです。
8. 全身症状
乳がんが進行すると、体全体に影響が現れることがあります。例えば、極度の疲労感や体重減少、食欲不振などの全身症状が見られる場合、がんが全身に影響を及ぼしている可能性があります。これらの症状は他の病気でも見られることがありますが、乳房の異常と併せて現れた場合には注意が必要です。
まとめ
乳がんの症状は、初期には見逃されがちですが、乳房や乳頭の形状の変化、皮膚の異常、しこり、分泌物など、日常的に自己チェックを行うことで早期に発見できる可能性があります。これらの症状が一つでも見られた場合は、すぐに専門医の診察を受けることが重要です。また、乳がんは早期発見・早期治療が予後に大きく影響するため、定期的な検診を受けることも乳がん予防の一環として不可欠です。
以上、2024年10月
小さな変化を見逃さない
乳がんを早期に発見するためには、日ごろから自分の乳房をよく見て、さわって、小さな変化も見逃さないことが大切です。気になる症状があったら、「たぶん、だいじょうぶ」と自分で勝手に判断しないで、乳腺を専門にしたクリニックや病院などを受診しましょう。
シコリ
乳がんの症状としてもっとも多くみられるものです。乳がんのシコリは、表面がでこぼこしていてかたく、周辺に根が張ったようで動かない、という特徴があります。1~2cmの大きさになれば結構わかると思います。シコリには良性のものが多いのですが、自己判断せずに医師の診察を受けることが重要です。
皮膚のへこみ、ひきつれ
乳がんのシコリが皮膚の近くにあると、皮膚が引っ張られてえくぼ状のへこみができます(えくぼ症状)。へこんでいる部分をさわると、シコリに触れます。また、すじ状のひきつれが生じることもあります。乳頭(乳首)部分が陥没してくることもあります。これらはいずれも乳がんを疑わせる重要な症状です。
皮膚の色の変化
炎症性乳がんの場合は、皮膚が赤っぽくなります。これは乳がん細胞が皮下のリンパ管に浸潤するためです。細菌感染による炎症とは違い、赤みや熱感は少ないのですが、皮膚が厚くむくんだようになり、毛穴が目立つようになる特徴があります。
乳頭からの分泌物
乳がんがあると、乳頭(乳首)から血のまじったような茶褐色の分泌液が出ることがあります。特に、異常な分泌液が片側の乳頭の一か所の乳管からだけ出る場合は検査が必要です。
乳頭部分の湿疹、びらん、かさぶた
パジェット病という特殊なタイプの乳がんは、乳頭、乳輪部の湿疹やびらんを特徴としています。皮膚科で湿疹の治療を続けていてなかなか治らない時、このまれな病気のことを念頭におく必要があります。
自己検診の方法
閉経後の人なら月に一度決まった日に、生理のある方なら月経の終わった数日後の胸の張りのない時に自己検診を行いましょう。入浴したときに、鏡を見て、まず左右の乳房の大きさや形に違いがないかどうかを調べます。また、不自然なひきつれやへこみがないか、乳頭をつまんで異常な分泌液が出ないかをチェックします。次に乳房を触診しますが、触診の仕方は、手にせっけんをつけ、指先をそろえてまっすぐ伸ばし、乳房をまんべんなく触っていきます。せっけんをつけることですべりがよくなり、シコリを見つけやすくなります。
[コラム] こんな症状の乳がんもあります…タチの悪い炎症性乳がん
乳がんの症状といえば、シコリ、乳首からの分泌物、皮膚の陥没やえくぼ、ただれなどがよく知られています。
ところが、中にはまったく違う症状の乳がんもあります。たとえば、パジェット病。この場合は、乳頭部に湿疹やただれができて広がっていくのが特徴で、乳頭部がわからなくなることもあります。一見皮膚病のように見えることもあります。日本人にはそれほど多いがんではありませんが、わりあいタチがよく、治りやすいがんです。
気をつけなくてはならないのは、炎症性乳がんです。炎症性乳がんは、その名のとおり、炎症に似た症状が特徴です。乳房の皮膚が橙@だいだい@の皮のような厚みと色合いになり、熱っぽく痛みます。これは、皮下のリンパ管に浸潤したがんが増殖してリンパの流れが詰まり、リンパ液のうっ滞を起こすことが原因です。シコリにならず、乳房全体の腫れを特徴にするため、がんとは思わない人が多いので、要注意です。
炎症性乳がんは、進行が早くタチの悪いがんです。気になる症状があれば、すぐに乳腺を専門にしたクリニックなどを受診しましょう。
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