乳がんの治療を始める前に考えておきたいこと
乳がん治療を始める前に考えておきたいことについての要点を記載します。乳がんの診断を受けた際、治療の選択肢や進め方を理解し、自分自身や家族にとって最良の決定を下すためには、様々な要素を考慮する必要があります。以下に、治療を始める前に考慮すべき主要なポイントを詳述します。
1. 乳がんの種類とステージ
乳がんは多様な種類があり、診断されたがんのタイプによって治療法が大きく異なります。たとえば、浸潤性乳管がん(IDC)や浸潤性小葉がん(ILC)などがあり、さらに、ホルモン受容体の有無(エストロゲン受容体陽性やHER2陽性など)も治療方針に影響を与えます。また、がんのステージ(0期~IV期)は、腫瘍の大きさやリンパ節転移、遠隔転移の有無を基に決定されます。ステージが進むにつれて、治療選択肢や目的も異なり、手術、化学療法、放射線療法、ホルモン療法、標的療法などが組み合わせられることが多いです。
2. 医師や医療チームとのコミュニケーション
乳がんの治療には、外科医、腫瘍内科医、放射線腫瘍医、病理医、看護師、精神科医など多くの専門家が関わります。信頼できる医師や医療チームとオープンなコミュニケーションを持つことが、治療の成功に欠かせません。疑問点や不安な点があれば、遠慮せずに質問し、しっかりとした説明を受けることが重要です。また、セカンドオピニオンを求めることも推奨されており、異なる視点から治療計画を確認することは、安心感を得るための一助となります。
3. 治療の目的と生活の質
乳がんの治療目的は、がんを完全に取り除く「根治治療」と、症状を軽減して生活の質を向上させる「緩和治療」に分けられます。治療の選択は、がんの進行具合や患者の体力、年齢、全身状態によって異なります。特に進行した乳がんの場合、がんの進行を遅らせたり、症状をコントロールすることを重視するケースがあります。治療を進めるにあたり、治療によって生活の質がどのように変わるか、仕事や日常生活への影響も事前に把握しておくべきです。
4. 治療法の選択肢
乳がんの治療には、多くの選択肢がありますが、それぞれの治療法には長所と短所があります。主な治療法には以下のものがあります。
- 手術:乳房温存手術と乳房全摘手術があり、がんの進行度や患者の希望によって選ばれます。乳房再建術を考慮するかどうかも重要な決断です。
- 化学療法:がん細胞を攻撃するための薬物療法ですが、同時に健康な細胞にも影響を与え、副作用が現れることがあります。治療期間や副作用の程度を理解しておくことが大切です。
- 放射線療法:がん細胞を局所的に破壊するために使われる放射線を使用します。特に乳房温存手術後によく行われますが、照射部位の皮膚や組織に影響が及ぶ可能性があります。
- ホルモン療法:エストロゲン受容体陽性の乳がんに有効な治療法で、ホルモンの作用を抑制する薬が使用されます。
- 標的療法:HER2陽性の乳がんに対して、がん細胞の増殖を特異的に阻害する薬物が使われます。これにより、従来の化学療法よりも特定のがん細胞に焦点を当てた治療が可能です。
5. 副作用とその管理
治療を選択する際に考慮すべき重要な点は、副作用とその影響です。化学療法や放射線療法には、脱毛、疲労、吐き気、免疫力低下などの副作用が伴うことが一般的です。ホルモン療法や標的療法でも、骨粗鬆症、体重増加、心臓への負担などの副作用が発生する可能性があります。これらの副作用を軽減するための対策や、日常生活をできるだけ支障なく送るためのサポート体制についても、事前に医療チームと話し合い、理解しておくことが重要です。
6. 患者のライフスタイルと治療計画のバランス
治療中や治療後の生活をどのように送るかは、患者それぞれのライフスタイルや価値観に基づいて決定されます。仕事を続けるか、家族や介護の役割をどのように果たすかなど、乳がん治療が日常生活に及ぼす影響を見据えた計画が必要です。例えば、治療によって長期的に疲労が残る可能性がある場合、仕事や家庭での役割分担を再調整する必要が生じるかもしれません。乳がん患者の支援グループや家族との協力を得ながら、精神的・肉体的な負担を軽減することが治療中の生活の質を向上させるポイントです。
7. 経済的な負担と支援体制
乳がん治療には高額な費用がかかることが多く、手術や薬物療法、放射線療法、さらには再建手術などの費用を事前に把握しておくことが重要です。健康保険の適用範囲や医療費助成制度、自治体の支援策などを活用し、経済的負担を軽減する方法を探ることが求められます。また、家族の生活費や自分自身の将来の生活設計についても、事前に計画しておくことが必要です。
8. 精神的なケアとサポート
乳がん治療は、身体的な負担に加えて精神的なストレスも伴うものです。不安や恐れ、うつ状態など、感情的な波が生じることは少なくありません。そのため、精神的なサポートが重要です。専門のカウンセラーや精神科医と相談すること、患者同士の交流を持つこと、リラクゼーションやマインドフルネスなどのストレス管理法を取り入れることが、治療を円滑に進める助けとなるでしょう。
9. 長期的な見通しとフォローアップ
乳がんの治療が終了した後も、再発のリスクや長期的な合併症に対するフォローアップが欠かせません。定期的な検診や自己検診を行うことは、早期に再発を発見するための有効な手段です。また、治療後の生活習慣、特に食事や運動、ストレス管理が、再発予防において重要な役割を果たします。
まとめ
乳がん治療を始める前には、乳がんの種類や進行度、治療法の選択肢、副作用や生活への影響、経済的な負担、精神的サポートなど、さまざまな要素を総合的に考慮することが重要です。医師や家族、支援者と十分に話し合い、自分にとって最良の治療方針を見つけることが、治療の成功と生活の質の向上に繋がります。
以上、2024年10月
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考える時間はあります
乳がんという診断を受けた直後は、頭の中が真っ白になってしまうかもしれませんが、これから考えなくてはならないことがいろいろ出てきます。
仕事や家事も休まなければならないので、その手当ても必要です。入院中に必要なものもそろえなければなりません。そして、何より大切なのは、自分自身が納得できる治療法を選択することです。もちろん、がんの進行病期や乳がんの性質などによって、治療選択肢はしぼられてきますが、患者さんの価値観や人生観、置かれた環境や経済的な背景など、個人的な条件もまた大切な選択基準になります。
「そんなに考えている時間なんてあるの?」「検査を受けた病院で治療のレールに乗るだけではないの?」と思っている人も多いと思います。
しかし、乳がんは比較的進行のゆっくりしたがんです。一週間の間に答えを出さなくてはならない、というものでもありません。
生検や細胞診のためにシコリに針をさすと、がん細胞が飛んだり、血液に乗って転移をする恐れがあるので、すぐに手術をした方がいいと思っている人もいるかもしれません。しかし、この説には科学的な根拠も医学的な合理性もないようです。特に早期がんの場合、1月程度治療開始が遅れたからといって、大きな違いはないはずです。
ただ、診断結果がわかったら、できるだけ早く治療を開始したいと思うのも人情です。それなりのレベルの病院は治療の順番待ちで混んでいます。そう考えると、もし検査結果が悪性だったらどうしようという心準備は検査の途中で必要と思います
治療のスケジュール
治療のために、仕事や家事、育児をどのくらい休まなければならないのでしょうか。
乳がんの治療は、入院・手術が基本ですが、その後も通院治療を行います。ケースによっては、手術の前に抗がん剤による治療を行うこともあります。いずれにしても、手術検体の病理検査の結果をベースに治療法を確定させるため、この結果が判明するまで、治療法のタイムテーブルを決めることができません。病理結果は通常手術後1~2週間程度かかります。
そのあと、放射線治療やホルモン療法、抗がん剤治療などが必要になるのが一般的ですが、こうした治療もほとんど通院で行われます。抗がん剤の副作用には個人差があり、投与後倦怠感<けんたいかん>や悪心<おしん>で数日寝込んでしまう人もいれば、あまり副作用の出ない人もいます。
仕事は、事務的な仕事ならば、多くの人は退院後すぐにでも復帰することが可能です。ただ、ラッシュ時や長距離の通勤はつらいかもしれません。こうしたことを考えると、入院も含めて1カ月ぐらいの休暇を取り、通院治療の必要性や、治療計画の変更の可能性もあらかじめ勤め先に話しておくことが理想的です。
家事も、ほとんどの人は退院後すぐに可能ですが、最初から以前どおりに動かないで、初めは家族や姉妹など気の置けない人に手を貸してもらい、徐々に体を慣らしていくようにできれば楽でしょう。
治療費用の問題
入院費用は、治療の方法や、使う抗がん剤の種類、入院日数、差額ベッド代が必要な部屋に入るかどうかなどによって変わってきます。平均的なところでは、差額ベッド代がない場合、手術をして1週間ほど入院すると60~70万円かかります。実際には健康保険が適応されるため、3割負担ならば20万円前後が患者さんの負担となります。
さらに、高額医療費制度で、自己負担限度額を越える医療費は還付されます。事前に手続きをすれば、最初から自己負担限度額を越える費用は補助を受けられます。ただし、高額医療費は月単位で計算されるので、入院が月をまたぐと高額医療費に該当しなくなる場合もあります。
また、最近は分子標的治療薬など、高額な薬剤が増えているのも事実です。万一に備えて、一般の医療保険やがん保険に加入している人も多いと思いますが、通院治療が支払いの対象になるかどうかも確認しておくとよいでしょう。
病院と医師の選択
どの病院で、どのような医師に治療してもらうかは最初に考えなければならない重要な問題です。国によって事情は違いますが、日本の現状からすると乳腺外科医が診断、手術およびその他の治療計画を立てることになります。日本乳癌学会が乳腺専門医の認定を行っているので、こうした医師が常勤している病院での手術が基本になります。
乳がんは、放射線治療や抗がん剤などの薬物療法も行うことが多いので、放射線治療の専門医や、薬物療法の専門医(腫瘍内科医)も必要です。再建手術には形成外科医の協力、さらに診断のため病理の専門医、放射線診断の専門医も必要になってきます。乳がんに限った話ではありませんが、近年治療内容が複雑化し、専門性が高まってきたため、乳がんに関しては年間手術件数200例以上の施設が一般的には望ましいでしょう。
その上で、「こちらが疑問に思ったこと、不安に思うこと、質問に対してきちんと説明してくれること」が、医師との信頼関係を築くためには重要です。
どんな治療法があり、その長所と短所はどんなところか、現在の標準治療はどういう方法なのか、先生はどの治療法をベストだと思うのか、など、気になることはあらかじめメモにしておいて聞いてみましょう。セカンド・オピニオンを認めてくれるかどうかも重要なポイントです。
とはいえ病院を渡り歩いて、病院や医師を吟味していくことは時間的なことを考えただけでも現実的ではないと思います。経験者に聞いてみてあの病院がいいよ、とかあの先生がいいよといってくれる病院なり、医師なりを受診するのがいい出会いの近道であることは言うまでもありません。
病院スタッフも強い見方
最近の病院には、医師や看護師など直接治療にたずさわる人だけではなく、ソーシャルワーカーや心理療法士など、患者のサポートを専門にするスタッフもいます。こうしたスタッフは、患者の目線で治療の不安や医師との関係、職場復帰の問題、入院中の家族のこと、経済的な問題などの心配事の相談にのったり、活用できるシステムの紹介などをしてくれます。困ったことがあれば、何でも相談してみましょう。
なお、入院に必要なものは、どこの病院でもたいてい一覧表にして渡してくれます。また、病院内の売店でも一応のものはそろえてありますから、あまり神経質にならなくてもだいじょうぶです。
[コラム] 標準治療とは
乳がんの治療を受ける前に、ぜひ知っておきたいのが「標準治療」です。
がんの治療は日進月歩です。手術方法も変われば、ホルモン剤や抗がん剤も次々に新しいものが開発されています。その中で、どの治療が一番効果的なのか。以前は、権威といわれる人の説など、あまり科学的とはいえない根拠で治療法が選ばれることもありました。しかし、いまは世界的なレベルで大規模な臨床試験を行い、どの治療法の効果が一番高いのか科学的に検証されています。こうした科学的根拠に基づいて生まれたのが標準治療なのです。
したがって、標準治療は現時点で最も効果が高いと思われる治療法です。新たな臨床試験の結果によって、標準治療も変わっていきますので、治療を受けるときには標準治療を基準に医師と相談します。日本の標準治療は、『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』(日本乳癌学会編、金原出版)に説明されていますので、医師と話し合う前に読んでおくと役立つでしょう。
なおこうした出版物によるガイドラインは内容の更新が遅れ、実情にあっていないという欠陥がありました。今後はオンライン版に変更され、定期的に更新される予定になっています。(2011年5月時点では海外のものしかありません)
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セカンド・オピニオンとは
最善の治療法を選ぶために
セカンド・オピニオンとは、患者さんが納得できる治療法を選択するために、担当医(がんの診断をした医師)以外の医師から、意見や情報提供を受けることです。
以前は、乳がんの治療法も病院や医師の考え方でかなり幅がありました。特に、乳房温存療法が導入されたころは、まだ日本では乳房全摘術が一般的で、受診する病院や医師の考え方で、乳房が温存されることもあれば全摘されることもあるという時代があったのです。
しかし、現在では各種ガイドラインが公開され、情報へのアクセスは容易になり、一般の方でも各病院の手術件数、治療内容、スタッフの陣容、専門性などを知ることも容易になってきました。
医師の立場からしても自分の専門分野での世界、日本の動向を把握することが以前に比べると容易になってきています。このため、病院や医師によって治療法が全く異なるということはなくなってきたと思います。
それでも医師の説明が十分でなかったり、別の治療法について知りたい、あるいはもう少しほかの医師の意見も聞きたいというときには、セカンドオピニオンが役立ちます。同じ治療法でも、説明する医師によって情報提供の仕方が異なることもあります。あとで後悔しないためにも、複数の医師の意見を聞くことは決して無駄ではありません。
セカンドオピニオンを求めるためには、担当医に紹介状を書いてもらい、検査データを借りて持参します。現在は、セカンドオピニオンを求めることが一般的になっているので、医師の側も露骨に嫌な顔をすることはないはずです。もし、ここで不機嫌な態度をとるようならば、むしろ治療を受ける前に病院をかえた方がいいかもしれません。セカンドオピニオンを求めることは患者さんの基本的な権利だからです。
ただし、セカンドオピニオンは決してドクターショッピング(次々と医師をかえること)ではありません。情報を提供してもらって、患者さんの不安を除くことが目的であり、気の合う医師を探すことが目的ではありません。治療内容、治療レベルに明らかな差がある場合を除き、納得できたら元の病院で治療を受けるのが原則です。
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乳がんの進行期と性質
乳がんの病期分類(ステージング)について
乳がんの病期分類(ステージング)は、がんの進行度や広がりを評価し、適切な治療計画を立てるための重要なプロセスです。乳がんの病期は、国際的に使用される「TNM分類」に基づいています。TNM分類では、腫瘍の大きさ(T: Tumor)、リンパ節への転移(N: Node)、遠隔転移の有無(M: Metastasis)の3つの要素に基づいて乳がんの進行度が決定されます。この病期分類により、0期からIV期までの5つのステージに分類され、各ステージごとに異なる特徴や治療方針が定められます。
以下に、乳がんの病期分類とその特徴を解説します。
1. TNM分類の概要
TNM分類は、乳がんの進行度を評価するために使用される主要な基準です。それぞれの要素について詳しく見てみましょう。
1.1 T(Tumor):腫瘍の大きさと広がり
Tは腫瘍の大きさや乳房内での広がりを示します。Tは以下のように分類されます。
- Tis(Carcinoma in situ):非浸潤性のがん、すなわち乳管内や小葉内にとどまり、周囲の組織には広がっていない状態です。これには、乳管内がん(DCIS: Ductal Carcinoma In Situ)や小葉内がん(LCIS: Lobular Carcinoma In Situ)が含まれます。
- T1:腫瘍の大きさが2cm以下である場合。T1はさらに細かく以下に分類されます。
- T1a:腫瘍が0.1cm以上、0.5cm以下
- T1b:腫瘍が0.5cmを超え、1cm以下
- T1c:腫瘍が1cmを超え、2cm以下
- T2:腫瘍の大きさが2cmを超え、5cm以下
- T3:腫瘍の大きさが5cmを超える
- T4:腫瘍が胸壁や皮膚に浸潤している場合。これには、炎症性乳がん(T4d)も含まれます。
1.2 N(Node):リンパ節転移の有無
Nは、がん細胞が近くのリンパ節に転移しているかどうかを示します。乳がんでは主に腋窩(わきの下)のリンパ節への転移が問題となります。Nは以下のように分類されます。
- N0:リンパ節への転移が認められない場合
- N1:腋窩リンパ節に転移があるが、リンパ節は癒着していない場合
- N2:腋窩リンパ節が癒着している、または内胸リンパ節(胸骨の近く)に転移がある場合
- N3:鎖骨上リンパ節または胸骨の周囲のリンパ節に転移がある場合
1.3 M(Metastasis):遠隔転移の有無
Mは、がんが乳房やリンパ節以外の臓器や組織に転移しているかどうかを示します。
- M0:遠隔転移が認められない場合
- M1:がんが骨、肺、肝臓、脳などの他の臓器に転移している場合
2. 乳がんの病期分類
TNM分類をもとに、乳がんは以下の5つのステージに分類されます。各ステージはがんの進行度を反映しており、それぞれの治療方針や予後に影響を与えます。
2.1 0期(ステージ0)
0期乳がんは、がんが乳管内や小葉内にとどまっており、周囲の乳腺組織には浸潤していない非浸潤性乳がんです。この段階のがんは、まだリンパ節や他の臓器には転移しておらず、比較的予後が良好です。
- 乳管内がん(DCIS: Ductal Carcinoma In Situ):乳管内で発生する非浸潤性がんです。早期に発見されると、乳房温存手術や全摘手術で完治する可能性が高いです。
- 小葉内がん(LCIS: Lobular Carcinoma In Situ):乳腺の小葉内で発生する非浸潤性がんで、がんというよりは乳がんのリスクが高い状態を示すものです。LCIS自体が進行して浸潤がんになることは少ないですが、将来的な乳がんのリスクが高いため、定期的なフォローアップが推奨されます。
2.2 I期(ステージI)
I期乳がんは、腫瘍が2cm以下で、リンパ節への転移がない、または少数の転移がある段階です。このステージではがんが早期であるため、治療によって高い確率で治癒が期待できます。
- 特徴:腫瘍は小さく、がんは乳房内に局限されています。治療には、乳房温存手術や全摘手術、放射線療法、ホルモン療法、化学療法が含まれます。
- 予後:ステージIの乳がんは、早期発見されることで治癒率が非常に高く、適切な治療を受けることで再発リスクも低減します。
2.3 II期(ステージII)
II期乳がんは、腫瘍がやや大きくなり、または腫瘍が小さいが近くのリンパ節に転移している段階です。がんがまだ局所的であり、手術や補助療法による治療が可能です。
- 特徴:腫瘍が2cmを超え、5cm以下である(T2)、または腫瘍が2cm以下でも腋窩リンパ節に少数の転移が見られる場合(N1)が含まれます。
- 治療:乳房温存手術または全摘手術に加え、化学療法やホルモン療法、HER2陽性の場合は分子標的療法が行われます。リンパ節転移がある場合には、腋窩リンパ節の郭清や放射線療法も併用されます。
2.4 III期(ステージIII)
III期乳がんは、局所的に進行したがんで、腫瘍が5cmを超えるか、リンパ節への大規模な転移が認められる段階です。また、胸壁や皮膚に浸潤した場合もこのステージに含まれます。
- 特徴:腫瘍が大きく、腋窩リンパ節や鎖骨上リンパ節に転移が広がっている(N2またはN3)。がんはまだ遠隔転移はしていないが、局所的に高度に進行しています。
- 治療:III期乳がんでは、通常、手術前に化学療法(ネオアジュバント化学療法)を行って腫瘍を縮小させ、その後、手術や放射線療法を実施します。化学療法に加え、ホルモン療法や分子標的療法が行われることが多いです。
- 予後:治療によって局所的な制御が可能ですが、再発や遠隔転移のリスクが高いため、集中的な治療とフォローアップが必要です。
2.5 IV期(ステージIV)
IV期乳がんは、がんが乳房やリンパ節を越えて、遠隔転移を起こしている段階です。遠隔転移は、骨、肺、肝臓、脳などの臓器に広がることが多く、全身性の病気として扱われます。
- 特徴:がんが乳房や近くのリンパ節を超えて、体の他の部位に転移している(M1)。この段階では、がんは治癒不可能とされ、主に症状の緩和や生存期間の延長を目指した治療が行われます。
- 治療:IV期乳がんの治療は、がんのタイプや転移の場所に応じて個別化されます。ホルモン受容体陽性であればホルモン療法、HER2陽性であれば分子標的療法が用いられ、これに加えて化学療法や放射線療法も行われます。治療の主な目的は、がんの進行を遅らせ、生活の質を維持することです。
- 予後:IV期乳がんは完全な治癒は難しいですが、近年の治療法の進歩により、生存期間の延長や生活の質の向上が期待できるようになっています。
3. 病期分類に基づく治療方針
乳がんの病期分類に基づいて、個別化された治療が行われます。早期の病期では、手術や局所療法が中心となり、進行した病期では、全身療法が重要な役割を果たします。どの病期においても、治療後のフォローアップが重要であり、再発リスクの管理や患者の生活の質の向上を目指して継続的なケアが行われます。
4. まとめ
乳がんの病期分類は、がんの進行度や広がりを評価し、適切な治療計画を立てるための重要な手段です。病期によって治療方針は大きく異なり、個別化されたアプローチが求められます。早期発見と適切な治療により、乳がんの治癒率は向上しており、進行がんに対しても新しい治療法の開発が進んでいます。
以上、2024年11月作成

虎の門病院
早期がんはⅠ期まで
乳がんの治療法は、がんの進行期と乳がんの性質によって決まってきます。
以前は、進行期が治療法を決める要@かなめ@でしたが、現在は乳がんの個別化治療が進み、乳がんの性質がより重視されるようになっています。
表のように、乳がんはシコリの大きさとリンパ節転移の有無、遠隔臓器への転移があるかどうかで、8つのステージに分類されています。
0期は乳腺内にとどまるがんで、「非浸潤がん」と呼ばれます。シコリが2センチ以下でリンパ節転移がないのがⅠ期です。ここまでを早期がんということもあります。
Ⅱ期は、シコリの大きさとリンパ節転移の有無でⅡA期とⅡB期に分かれます。Ⅲ期は局所進行がんです。シコリの大きさが5・1センチ以上で、脇の下のリンパ節に転移があるのがⅢA期です。B、C期は、シコリの大きさと関係なく、どの部位のリンパ節に転移があるか、がんが皮膚などに食い込んでいるかどうかで決まります。
Ⅳ期は、肺や骨など遠くの臓器に転移している状態です。
個別化治療とがんのサブタイプ
一方、現在、治療の上で注目されているのは、がんの性質をあらわすサブタイプという分類です。
分子レベルでがんの研究が進んだ結果、乳がんは遺伝子レベルで5つのタイプ(型)に分かれることがわかりました。ただ遺伝子検査は煩雑で実用的でないため免疫染色を用いて簡便に5つのサブタイプに分類することが一般的になっています。この分類により薬物療法の効果を予測できるようになりました。
ホルモン療法は、エストロゲン受容体が陽性ならば、効果があります。分子標的治療薬のトラスツズマブは、HER2@ハーツー@受容体が陽性ならば効果があります。
ルミナルA型は、ホルモン療法は効くのですが、HER2受容体が陰性なので、分子標的治療薬のトラスツズマブは効かないタイプです。がんは、元の細胞に近い顔をしている(高分化型)ほどタチがよいといわれます。ルミナルA型は分化度も高く、全般的にがんとしてはおとなしいタイプといわれています。乳がん患者さんの約5割はこのルミナルA型に分類されます。
これに対して、ルミナルB(HER2陽性)型はどの治療も効果が期待できます。といえば、非常に治りやすくみえますが、薬物治療がなければ成績の悪いタイプですが適切な治療で成績は良くなりました。ルミナルB(HER2陰性)型はルミナルA型に似ていますが、がんの増殖能が高く、再発率が高く、抗がん剤が有効という特徴を持ちます。ルミナルAとBはKi67という増殖マーカーのスコアで分類します。14%以下がA型、14%より高値をB型と分類しています。(2011年3月ザンクトガレン国際会議)
HER2陽性のタイプは、以前は非常にタチが悪いといわれていましたが、いまはこのタイプに効くトラスツズマブができたので、かなり治療成績がよくなりました。
問題は、どの受容体も持たないトリプルネガティブ型です。このタイプは、ホルモン剤もトラスツズマブも効かないため、治療がむずかしい乳がんといわれています。しかし、現在、世界中でこのトリプルネガティブの乳がんを何とかしようと研究が進んでいます(●ページ)。
進む個別化治療
前述の細胞増殖に関与するKi67というタンパクの発現量は、乳がんの悪性度を見る指標になるとともに、抗がん剤の効果予測に役立ちます。がん細胞の分化度なども、がんの性質を知る大きな手がかかりです。閉経前か閉経後か、リンパ管や血管に浸潤しているかいないか、脇の下のリンパ節転移があるかどうか、などもがんの性質を知る重要なポイントです。
こうした性格から、乳がんをこまかく分類し、それぞれに合った治療法や治療薬を選択するのが、乳がんの個別化治療です。特に、遺伝子によるがんの解析が進み、今後ますます細分化されていくものと思われます。
自分のがんはどのタイプなのか、治療を受けるにあたってきちんと理解しておきましょう。
(乳がん進行期、サブタイプ図表)
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乳がん治療の基本と変遷
乳がん治療の基本と変遷について
乳がん治療の基本とその変遷は、時代とともに科学技術や医学の進歩に伴って大きく変わってきました。これにより患者の予後は劇的に改善され、治療の選択肢も広がりました。ここでは、乳がん治療の基礎から歴史的な変遷、そして現在の主な治療方法について詳述します。
1. 乳がん治療の基本
乳がんは、乳腺組織に発生する悪性腫瘍で、世界的に女性に最も多く見られるがんの一つです。治療の基本は、がんの大きさ、広がり具合(ステージ)、細胞の種類、ホルモン受容体やHER2の発現状況など、さまざまな要因に基づいて決定されます。
1.1 外科的治療
乳がんの外科的治療は、がん組織を手術で取り除くことが主な目的です。標準的な外科的治療には、以下の2つが含まれます。
- 乳房部分切除術(乳房温存手術):がんとその周囲の少量の健康な組織を除去し、乳房全体を残す手術です。乳房を保存することにより、術後の生活の質が向上するという利点があります。通常は術後に放射線療法を併用します。
- 乳房全摘出術(乳房切除術):乳房全体を取り除く手術です。がんが乳房の大部分に広がっている場合や、再発のリスクが高い場合に選択されます。近年では乳房再建術と組み合わせて行うことも一般的です。
1.2 放射線療法
放射線療法は、高エネルギーの放射線を使ってがん細胞を破壊する治療法です。乳房温存手術後に再発リスクを減らすために行われることが多いです。また、局所進行がんに対しても使用され、手術後や手術が不可能な場合に適用されることもあります。放射線療法の進歩により、照射の精度が向上し、健康な組織への影響を最小限に抑えることが可能になっています。
1.3 薬物療法
薬物療法には、化学療法、ホルモン療法、分子標的療法、免疫療法の4つの主要な種類があります。
- 化学療法:がん細胞の増殖を阻害する薬剤を使用し、術前に行う場合(術前化学療法)と術後に行う場合(術後化学療法)があります。化学療法は全身に作用するため、転移が疑われる場合や、がんが進行している場合に有効です。
- ホルモン療法:エストロゲンやプロゲステロンといったホルモンががんの増殖を助ける場合に使用される治療法で、ホルモン受容体陽性のがんに効果があります。タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬がよく使われます。
- 分子標的療法:がん細胞の特定の分子を標的にして攻撃する治療法です。特にHER2陽性の乳がんに対しては、トラスツズマブ(ハーセプチン)などが効果的です。
- 免疫療法:免疫系を活性化させてがん細胞を攻撃させる新しい治療法です。現在、免疫チェックポイント阻害剤などが乳がんの治療で用いられ始めています。
2. 乳がん治療の歴史的変遷
乳がん治療の歴史は、外科手術に端を発し、近年の分子生物学の発展により、個別化医療へと大きく進化してきました。以下にその主な変遷を概観します。
2.1 19世紀から20世紀初頭:外科的切除の時代
乳がん治療の歴史は主に外科手術に始まります。19世紀末、ウィリアム・ハルステッドによって**「根治的乳房切除術」**が導入されました。これは、乳房全体とともに、胸筋やリンパ節を広範に切除する手術です。この手術は長らく標準治療として広く行われ、乳がん治療における革命的な進展とされました。しかし、この術式は体への負担が大きく、患者の生活の質が大幅に低下するという問題点もありました。
2.2 1970年代:乳房温存療法の導入
1970年代に入ると、手術の代替法として乳房温存療法が登場しました。この治療法は、がんが限局している場合に乳房を残しながらがんを取り除くことができるため、患者のQOL(生活の質)を向上させる画期的なものでした。この時代、臨床試験が行われ、乳房温存手術と放射線療法の併用が根治的乳房切除と同等の治療成績を示すことが証明されました。この結果、乳房温存療法は急速に普及していきました。
2.3 1990年代以降:個別化治療の時代
1990年代以降、分子生物学の進歩により乳がんの個別化治療が可能になりました。特に、HER2陽性乳がんに対するトラスツズマブの登場は大きなブレークスルーとなりました。HER2は乳がん細胞の表面に過剰発現しているタンパク質で、このタンパク質を標的にする薬剤により、患者の生存率が大幅に改善されました。また、ホルモン受容体陽性の乳がんに対するホルモン療法も進化し、患者ごとのがんの特性に応じた治療が行えるようになりました。
近年では、次世代シークエンシング技術や遺伝子解析を利用した精密医療が進化しており、がんの遺伝的特性に基づいた治療戦略が組まれるようになっています。
3. 現在の乳がん治療の進展
21世紀に入ってからの乳がん治療は、分子生物学的知見に基づいた「個別化医療」の時代に突入しています。現在の乳がん治療の方向性について以下にまとめます。
3.1 免疫療法の進展
免疫療法は、患者自身の免疫系を利用してがんを攻撃する治療法です。乳がん治療においては、免疫チェックポイント阻害剤の導入が注目されています。これにより、がん細胞が免疫系の攻撃を逃れるのを防ぐことができ、従来の治療法と組み合わせることで治療効果が期待されています。トリプルネガティブ乳がん(ホルモン受容体およびHER2が陰性の乳がん)に対しては、免疫療法の効果が示されており、今後さらなる研究が進むことが期待されています。
3.2 遺伝子パネル検査の活用
遺伝子パネル検査を用いた精密医療が乳がん治療の新たな基準となりつつあります。この検査により、がんの遺伝子変異を特定し、それに応じた治療薬を選択することが可能です。例えば、BRCA1やBRCA2といった遺伝子変異を持つ患者に対しては、PARP阻害剤が有効であることが確認されています。また、リキッドバイオプシー(血液を用いたがんの遺伝子解析)も注目されており、治療効果のモニタリングや再発の早期発見に役立つ可能性があります。
3.3 ナノテクノロジーの応用
ナノテクノロジーを利用した新しい薬剤送達システムが開発されており、がん細胞に対してより効果的に薬剤を届けることができるようになっています。この技術により、副作用を抑えながらも、がん細胞に高濃度の治療薬を集中させることが可能となり、乳がん治療の効率がさらに向上することが期待されています。
3.4 治療後のフォローアップとサバイバーシップ
乳がん治療後のフォローアップやサバイバーシップ(がんを経験した人々の長期的な健康と生活の質を支援する取り組み)も重要です。がんの再発防止だけでなく、治療に伴う副作用や心理的影響に対処するための支援が強化されています。特に、治療後のホルモン療法や、患者の生活習慣の改善が、再発リスクの軽減に寄与しています。
4. まとめ
乳がん治療は、外科手術を中心に始まり、放射線療法や薬物療法の導入、さらに分子標的療法や免疫療法の進展を経て、今日の個別化医療の時代に至っています。治療法の選択は、がんの性質や患者個人の状況に応じて複雑で多岐にわたるため、医師と患者が協力して最適な治療法を見つけることが求められています。今後も、遺伝子解析や免疫療法の進展により、乳がん治療はさらに進化し、より多くの患者が治癒や長期生存を実現できる時代が来ることが期待されています。
多様な治療の組み合わせ
乳がんは、がんの中でも治療法の多いがんです。
手術が基本であることはほかのがんと同じですが、これに放射線療法や、ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬による薬物療法を組み合わせて治療を行います。
男性の前立腺がんには男性ホルモンが関係していますが、乳がんには女性ホルモンが深くかかわっています。こうした女性ホルモン依存性のがんが、乳がんの7割前後を占めています。このタイプのがんは、女性ホルモンの働きを薬によってブロックすることで、がんの勢いを止めることが可能となります。
また、分子標的治療薬は、がんの特徴的な目印に的をしぼって攻撃する薬で、HER2受容体に的を絞ったトラスツヅマブやラパチニブなどがあります。
このように、乳がんは薬物療法だけでも、ホルモン剤、抗がん剤、そして分子標的治療薬と3種類もあります。
その一方で、乳がんは割合早くから転移をする可能性があります。乳管から発生したがんが、その外側に浸潤するようになると、早くも転移の危険が出てきます。早くから血液やリンパ液の流れに乗って、がんの芽が全身をめぐっている可能性があるので、その意味で乳がんは「全身病」と呼ばれています。
そのため、手術でがんを摘出しただけでは十分とはいいきれません。そこで、こうした芽をつぶして再発や転移の危険を抑えるために、手術後はホルモン療法や化学療法(抗がん剤治療)を併用して治療を行います。つまり、乳がん治療は、手術というがんの「局所療法」と、薬物療法という全身に効果のある「全身療法」が組み合わされて成立します。手術だけで治療が終わることは、0期以外の乳がんの場合ほとんどないといっていいでしょう。
放射線療法も、乳がんにはよく効きます。放射線療法は、効果のあるがんとないがんがあるのですが、乳がんは効果のあるがんに入ります。そこで、手術でがんを摘出したあと、局所療法として放射線療法を組み合わせます。特に乳房温存療法は、放射線療法と組み合わせることではじめて完成する治療法です。
乳がん治療は、手術のあと、必要な薬物療法を継続するとともに、きちんと定期的に検査を受けて経過を観察することが大切です。
進歩する手術療法
乳がんの手術方法も、ここ20年ほどの間に日本で大きく変化しました。
わずか20年前まで、乳がんの手術といえば、胸の大胸筋と小胸筋まで切除するハルステッド法がまだあたりまえに行われていました。ハルステッド法は「定型手術」と呼ばれ、代表的な手術法のひとつでした。
これは、「がんを根こそぎ取る」「リンパ節転移があっても、取ってしまえば安心」といった考えに基づくものでした。しかし、筋肉まで切除した結果、あばら骨が浮き上がり、女性にとってはかなりつらい手術でした。
乳がん手術は1970年代~80年代に、欧米で激しい論争を伴いながら改良、縮小されていきました。まずはハルステッド法から、大胸筋だけを残す、あるいは大胸筋と小胸筋の両方を残す胸筋温存乳房切除術へ、手術法がシフトしていきました。そしてそれほど時間をおかず、乳房温存手術へのシフトが起きたのです。
そして限局した乳がんであれば、乳房をすべて切除した場合と、乳房を残して乳房を部分的に切除した場合とで治療成績に差がないことがわかりました。これを契機に、乳がん治療の考え方は大きく変わり、日本でも乳房温存手術が急速に普及していきました。
いまでは、乳がんの手術を行う場合、まず乳房温存療法が可能かどうかを考えます。それが無理ならば、胸筋温存乳房切除術を行うのが一般的です。そして日本の主要な病院では、乳がん手術の約6割が乳房温存療法によって行われています。
一方、脇の下のリンパ節(腋窩@えきか@リンパ節)郭清@かくせい@も、リンパ浮腫@ふしゅ@や炎症など、さまざまな後遺症や合併症を起こして女性を苦しませる原因となっていました。これも、いまではセンチネルリンパ節生検(○ページ参照)という検査法が開発され、それによってリンパ節を取るか取らないかを決めるようになり、転移のない患者さんはこの郭清手術の後遺症から解放されることになりました。
乳がん治療の流れ
以前は一律に乳房を切除されていた乳がんも、現在は乳房温存療法を中心に、がんの進行度や性質に合わせた治療が行われるようになっています。
ここで、おおまかに治療の流れを説明しておきましょう。基本的には、乳がんという診断がつき、手術が適応となれば、乳房温存療法が可能かどうかを検討します。場合によっては、抗がん剤を使った術前化学療法を行い、がんを小さくしてから乳房温存手術を行います。乳房温存療法の適応にならない場合には、乳房切除術が行われます。この場合、患者さんの希望と病状に基づいて、乳房再建手術を同時に行う場合もあります。
手術前にあきらかな転移があれば別ですが、転移がないようであれば、手術中、場合により手術前にセンチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に転移がないとわかれば、腋窩リンパ節の郭清は行われず、手術は終了です。
その後、手術で摘出したがん細胞の組織を調べ、その検査結果によって、再発予防のためにホルモン療法や、抗がん剤による術後補助療法を行います。また放射線の適応のある方は通院で放射線治療を受けます。術後10年経てば、再発の可能性は少なくなりますが、乳がんは極端に進行が遅いタイプもあるため、「もう、だいじょうぶ。転移や再発の危険はもうありません」とお墨付を出すのは20年後を経ても困難です。
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乳房温存療法
乳房温存療法(breast-conserving therapy, BCT)は、乳がん治療において乳房全体を切除することなく、がん病変のみを摘出する治療法です。この方法は、乳房の外観を維持しながら、がんを根治することを目的としています。乳房温存療法は、手術と放射線療法の組み合わせで行われ、患者の生活の質(QOL)を高めるための重要な治療法の一つとされています。ここでは、乳房温存療法の基本的な概念、適応基準、治療の流れ、利点とリスク、さらには予後やフォローアップについてまとめます。
1. 乳房温存療法の概要
1.1 乳房温存療法とは
乳房温存療法とは、乳房のがんを外科的に切除する際、がんの病変部位だけを取り除き、乳房自体はできるだけ温存することを目指す治療法です。乳房部分切除術(lumpectomy)や広範囲部分切除術(quadrantectomy)とも呼ばれ、これに加えて、術後に放射線療法を行い、残存する可能性のあるがん細胞を根絶することが標準的なプロトコルとなっています。
この治療法は、1960年代から1970年代にかけて広く研究され、乳房全摘出術と同等の治療効果を持ちながら、患者の乳房を温存できることが証明されました。以来、早期乳がんの治療として広く採用されてきました。
1.2 乳房温存療法の目的
乳房温存療法の主な目的は、がんを完全に取り除き、乳がんの再発リスクを最小限に抑えながら、乳房の外観や形状を保つことです。これにより、患者の心理的なストレスや術後の生活の質が向上することが期待されます。乳房全摘出に比べて、身体的な負担が少なく、患者が自分の乳房を維持できるため、心理的な満足度も高いとされています。
2. 乳房温存療法の適応基準
乳房温存療法は、すべての乳がん患者に適用できるわけではなく、いくつかの適応基準が存在します。治療の成功には、がんの進行具合や乳房の大きさ、患者の全体的な健康状態などが影響します。
2.1 腫瘍の大きさと位置
乳房温存療法の最も重要な適応基準の一つは、腫瘍の大きさと位置です。通常、腫瘍が乳房に局所的に存在し、乳房内に限局している場合に適応されます。腫瘍が小さい場合や、乳房の一部に局在している場合は、がんを十分に切除しながらも乳房の形状を維持できる可能性が高くなります。
腫瘍が大きい場合や乳房内に広範に広がっている場合は、乳房温存療法が困難になることがありますが、化学療法を先行して行い、腫瘍を縮小させることによって温存療法が可能になることもあります。
2.2 多発性腫瘍
乳房内に複数の腫瘍が存在する場合、温存療法は困難になることがあります。しかし、腫瘍が同じ乳房の限られた範囲にある場合は、適切な外科的切除が可能なケースもあります。
2.3 患者の年齢と全身状態
乳房温存療法は、患者の年齢や健康状態も考慮されます。高齢者で全身状態が悪い場合、手術や放射線療法による合併症のリスクが高まるため、他の治療法が検討されることがあります。一方で、比較的若い患者や健康状態が良好な患者は、乳房温存療法を選択することが一般的です。
2.4 放射線療法の適応
乳房温存療法では、手術後に放射線療法を行うことが標準治療です。放射線療法は、乳房に残っているかもしれない微小ながん細胞を破壊し、再発リスクを抑えるために行われます。しかし、何らかの理由で放射線療法が受けられない患者(例えば、妊娠中の患者や以前に放射線治療を受けた患者など)には、乳房温存療法が適さないことがあります。
2.5 遺伝性乳がんのリスク
BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異を持つ患者など、遺伝的に乳がんリスクが高い場合、乳房温存療法ではなく、乳房全摘出術が推奨されることがあります。これにより、将来的な再発リスクを大幅に減少させることが期待されます。
3. 乳房温存療法の手術と治療の流れ
3.1 外科的切除(乳房部分切除)
乳房温存療法の基本は、腫瘍とその周囲の正常組織の一部を外科的に切除することです。がんが完全に取り除かれるためには、がん組織の**周囲に十分なマージン(余白)**を持って切除することが求められます。このマージンが不十分な場合、再手術が必要となることがあります。
外科的には、腫瘍の位置や大きさに応じて切開が行われ、できるだけ乳房の形を損なわないように配慮されます。乳房の形状が大きく変わる場合には、形成外科的な技術を用いて乳房の形を整えることもあります。
3.2 センチネルリンパ節生検
乳がん手術では、がんの転移を評価するために、センチネルリンパ節生検が行われます。センチネルリンパ節とは、がんが最初に到達するリンパ節のことで、このリンパ節にがん細胞が転移しているかどうかを確認することで、がんの広がりを評価します。
センチネルリンパ節ががん陰性であれば、追加のリンパ節摘出は不要です。一方、転移が確認された場合は、さらなるリンパ節の切除が検討されます。
3.3 放射線療法
乳房温存療法の手術後には、必ず放射線療法が行われます。放射線療法は、手術で取り除けなかったかもしれないがん細胞を破壊し、局所再発のリスクを大幅に減少させます。
通常、外部照射という方法で、放射線が乳房全体または部分的に照射されます。治療期間は数週間から6週間程度が一般的です。放射線の照射は、日常生活に大きな影響を与えないことが多いですが、照射部位の皮膚に軽い火傷や赤みが生じることがあります。
4. 乳房温存療法の利点とリスク
4.1 乳房温存療法の利点
乳房温存療法の最大の利点は、乳房を失わずにがん治療を行える点です。多くの女性にとって、乳房は身体的な外見の一部であり、温存できることで心理的な満足感が得られます。加えて、全摘出術に比べて手術の侵襲が少なく、回復も早い傾向があります。
また、乳房温存療法を受けた患者の多くが、乳房全摘出術を受けた患者と同等の生存率を得ていることが、複数の臨床試験で確認されています。このため、早期乳がんの治療においては、乳房温存療法が第一選択となることが多いです。
4.2 乳房温存療法のリスクとデメリット
一方で、乳房温存療法にはいくつかのリスクやデメリットも存在します。
- 再発のリスク:乳房温存療法では、乳房が温存されるため、残存する乳腺組織にがんが再発する可能性があります。そのため、再発リスクを最小限に抑えるために、放射線療法が不可欠です。
- 放射線療法の副作用:放射線療法によって、皮膚の炎症、疲労感、乳房の変形や硬化が起こることがあります。特に、乳房の形が変わることで、左右のバランスが崩れることがあります。
- 再手術の可能性:腫瘍切除後にマージンが不十分と判断された場合、再手術が必要になることがあります。この再手術は、患者に追加の負担をもたらす可能性があります。
5. 乳房温存療法の予後とフォローアップ
5.1 予後
乳房温存療法を受けた患者の予後は、乳房全摘出術を受けた患者とほぼ同等です。特に、早期乳がんの患者では、適切な放射線療法を併用することで、10年生存率は非常に高く、再発リスクも低く抑えられます。
しかし、乳房温存療法では、術後も乳房に残る乳腺組織に再発が生じる可能性があるため、再発を早期に発見するための定期検診が重要です。
5.2 フォローアップ
乳房温存療法後のフォローアップは、がん再発や新たな乳がんの発生を監視するために行われます。通常、以下のようなフォローアップが推奨されます。
- 定期的なマンモグラフィー:乳房温存療法を受けた患者は、年に1回のマンモグラフィー検査が推奨されます。これにより、乳房内に再発があるかどうかを早期に発見することができます。
- 臨床診察:医師による定期的な乳房の診察が行われ、乳房やリンパ節に異常がないか確認されます。
6. まとめ
乳房温存療法は、乳房を温存しながら乳がんを治療できる効果的な手術法であり、早期乳がんの治療において第一選択となることが多いです。この療法は、乳房の外見を保つことができるため、患者の心理的な満足度や生活の質を向上させるという点で非常に重要です。
しかし、放射線療法との併用が必要であり、再発のリスクを常に考慮する必要があります。患者は、医師と十分に相談し、自分に最適な治療法を選ぶことが大切です。また、術後のフォローアップをしっかりと行うことで、再発のリスクを最小限に抑えることができます。
乳房温存療法
大切な断端検査
乳房温存療法は、乳房を残してがんの病巣とその周囲だけを切除する方法で、現在の乳がん手術の中心になっています。
最近は、乳輪@にゅうりん@に沿って切開し、そこからがんを摘出@てきしゆつ@するなど、外見的にほとんど傷痕がわからない工夫も進んでいます。実際には、安全域を見込んで、周囲に1~2センチほどのゆとりをもってがんの病巣をくり抜くように切除します。乳頭部を中心に、扇型に乳房を部分切除する方法(乳房扇状部分切除術)が行われることもあります。
乳房温存療法の目的は、第一に、まずがんを取りきること、そして乳房を元の形に近い状態で残すことです。当初、特に日本では、がんの取り残しと局所再発を危ぶむ声もありましたが、現在は、放射線療法と併用すれば、治療成績は乳房切除術と変わらないことが認められています。
しかし、乳腺を部分的に切除する手術なので、取り残しを防ぐためには、がんの広がりを正確に把握することが必要です。そのため、超音波検査やマンモグラフィ、造影剤を使ったMRI検査(ガドリニウム造影MRI検査)などを行います。検査機器の性能も向上しているので、かなり内部の状況を把握できるようになりました。
しかし、それでもがんの広がりを外から正確にとらえることは困難です。そのため、手術で摘出した組織の端(切り口)を顕微鏡で調べ、がん組織の遺残の有無を調べる「断端@だんたん@検査」を行います。断端検査では、切除した組織の断面やその周辺にがんがないかどうかをチェックします。がんが見つかれば、断端陽性といい、乳房にがんが残っている可能性が高いと考えられます。
術後の放射線治療が必須
もう一つ、重要なのが放射線治療です。乳房温存療法は、放射線治療とセットで行われる治療法です。
1970年代から80年代にかけて世界で行われた大規模な臨床試験では、断端検査が陰性、つまり手術で一応がんが取りきれたと判断できるケースでも、放射線照射を行わないと、約40%もの人に乳房内の局所再発が起こると報告されています。これでは、乳房全摘術と同等の手術とはいえません。しかし、手術後に乳房に放射線を照射すると、乳房内再発率は約10%にまで減少しました。
放射線の照射で、再発を100%抑えることはできませんが、再発率を約3分の1に減らすことができます。これは、検査ではとらえ切れない乳房に遺残したがん病巣を放射線がたたいてくれるからです。
したがって、乳房温存手術後には放射線治療が必須なのです。放射線照射は、外来通院で行われます。温存した乳房だけではなく、脇の下のリンパ節に転移がたくさんあった場合には、胸壁や鎖骨の上、頸の付け根部分にも放射線を照射します。詳細は、放射線治療のページを参照してください。
高齢者の場合には、比較的乳房内への再発が少ないこと、また放射線治療による合併症のリスクと余命を秤@はかり@にかけ、放射線照射が省かれることもあります。しかし、ふつうは放射線照射が必須と考えてください。乳房内の局所再発率が低下することで、生存率も高まると考えられています。
乳房温存療法の方法
乳房温存療法の適応
大きさより乳房とのバランス
では、どの程度の乳がんまでならば、乳房温存療法が受けられるのでしょうか。
日本では乳房温存療法の導入初期に3センチ以下のがんまでが適応とされた時期もありました。経験が増えるにつれこの枠組みは一応参考程度となり、がんを確実に取りきった後に、美容的な乳房が残せるかどうかが、乳房温存療法適応の基準とされるようになりました。
同じ4センチのがんといっても、乳房の大きさや、しこりのできた場所などによって術後の変形の程度が大きく異なるからです。
がんを小さくして乳房温存
また、現在は術前化学療法という方法も用いられるようになりました。術前抗がん剤には薬剤の効果判定などのいくつかの目的がありますが、がんが大きすぎて乳房温存療法の対象として難しい人に対して行い、乳房温存が可能にすることもその目的の一つです(化学療法の項参照)。
適応を選べば抗がん剤を投与することで、80~90%の人はがんが半分以下に縮小します。特にHER2陽性タイプ、トリプルネガティブタイプ、ルミナルBタイプには効果が期待できます。一方ルミナルAタイプには術前抗がん剤の有用性が明らかではないため通常は行われず、術前ホルモン療法が注目されています。
術前ホルモン療法は閉経後の患者さんには臨床現場でもケースバイケースで行われるようになりまし。ただ閉経前の患者さんに対しては臨床試験ベースで行うべき実験段階にあると現在はまだ考えられています。
術前療法は大きなしこりを小さくすることは可能ですが、乳房の中にがんの病巣が広範囲に広がっていたり、多発している場合は、結局乳房切除が必要になります。この場合は乳房温存を目的とした術前療法は避け、乳房切除を行い、美容的な観点からは乳房再建手術の方が望ましいと考えられています。
乳房温存に不向きな人
乳房温存療法が不向きなケースというのはどういう場合か、あらためて整理してみましょう。これをまとめたのが上の表です。
●片側の乳房に複数のがんがある
●がんが広範囲に広がっている
● 妊娠中の人
● 皮膚筋炎、多発筋炎などの膠原病の人
● 以前に、手術をする側の乳房や胸郭に放射線照射を受けたことがある人
また、患者さん自身が放射線照射を希望しない場合や、乳房とがんの大きさのバランスが悪い場合にも、乳房温存療法は適応となりません。
乳房温存療法後の再切除と術後補助療法
断端陽性は再手術
乳房温存療法では、がんが取りきれたかどうかを判断するために、断端検査を行います。
切除した組織の端や、その周辺にがん病巣がないかどうかをチェックします。断端検査は、乳房内再発、つまり残した乳房にがんが再発する可能性を見る重要な検査です。この検査で陽性と出た場合は、もう一度手術を行い、断端陰性を目指します。
断端陽性で追加の切除が乳房全摘になってしまう場合は、通常行われる放射線治療に、さらに放射線照射を追加する(ブースト照射)場合もあります。
無理な乳房温存手術をするよりは、乳房再建手術を選択した方が、美容的でより安全と考えられます。このような判断は個別の患者さんベースでの検討が重要で、なかなか一般論では語れません。こういう問題こそ担当の医師とよく相談する必要があります(乳房切除の項参照)。
余談ですが断端の評価方法もさまざまで、断端陽性の定義もさまざまです。がんが露出していなければ陰性とするのが国際的には最も受け入れられていますが、日本では5mm以上離れていないと陰性としないという基準を採用している施設が多数です。臨床医学データを解釈する際、どういう基準(プラットホーム)で集められたデータかが重要になります。
病理検査で術後補助療法を決定
一方、手術で摘出した組織は、ホルマリン固定された後、薄くスライスされて顕微鏡による病理検査が行われます。その結果によって、手術後の治療方針が決まります。
最近は術前に針生検を行うことが多いので、術前にがんの組織タイプ、異型度、ホルモン受容体の有無、HER2結果などがすでに分かっています。
手術後の病理検査で、これらの因子の再確認とともに、がんの大きさ、リンパ節転移の有無や個数、がんが取りきれているかどうかなどさまざまなことを調べます。
術後補助療法を決める上で特に重要なのが、ホルモン受容体の有無と、HER2蛋白の過剰発現の有無です。ホルモン受容体が陽性ならばホルモン療法が、HER2蛋白が過剰発現していれば分子標的治療薬のトラスツズマブが有効ということを意味しています。
がんの再発のリスク評価と前述したサブタイプに応じて治療法が決められます。すなわちホルモン療法、抗がん剤、分子標的治療薬、のうちどの治療法が効果的か、あるいは具体的にどの薬剤をどの順番でどれだけの期間投与するのかが決められます。
これが術後補助療法です。0期以外の乳がんの場合、ほとんどの人が手術だけではなく、補助薬物療法を受けることになります。それによって、あきらかに再発率が下がることが証明されているからです(詳細は薬物療法を参照)。
[コラム] 切らずに治す・乳がんの最新治療法
乳房温存療法は、乳がん手術に画期的な変化をもたらしました。しかし、できれば小さながんは乳房を傷つけずに治したい、というのが女性の願いです。これを実現する試みが行われています。
それが、MRガイド下集束超音波療法や、ラジオ波熱凝固療法、凍結療法などの治療法です。
MRガイド下集束超音波療法
虫メガネの要領で超音波のエネルギーを一点に集中させ、熱でがん細胞を殺す治療法です。MRIという画像診断装置を使ってがんをねらうので、MRIガイド下と呼ばれています。
すでに子宮筋腫の治療で使われている治療法で、まったく目新しい治療法というわけではありません。MRIの画像から、がんの温度がどのくらいまで上がっているかとか、焼け残りの有無などもわかるので、世界的に研究が進んでいます。焼け残りがあれば、もう一度焼くこともできます。
日本では宮崎のブレストピアなんば病院で実施されています。
ラジオ波熱凝固療法
画像で確認しながら、がんの病巣に外から針を刺し、高周波で焼き飛ばす方法です。すでに早期の肝臓がんなどでは一般的に行われています。
乳がんの場合、アメリカで2センチ以下の早期がんを対象に行われた臨床試験では、87%で効果があったと報告されています。ただ、乳がんの場合、早期と診断されても、実際には広範囲に広がっているケースもあるので、肝がんとはまた違った注意が必要です。
凍結療法
がんの病巣に針を刺して急速冷凍し、いったん解凍して再び冷凍する方法です。舌がんなどで行われている方法ですが、乳がんの細胞も同じように凍結することで死滅するのかどうか、検討がつづけられている段階です。
いずれもまだ研究段階の治療として行われており、標準治療としては認められていません。このためすべて臨床研究として実施される必要があります。治療のプロトコール、期待される効果と不利益に関する書類に目を通し、説明を受けた上で文書にサインして研究に参加することになります。
乳がんは主病巣だけではなく、周囲の乳管内にどれだけ病変の広がりがあるかが、局所コントロールのため重要です。また主病変の組織検査から得られる、各種バイオマーカー、遺伝子レベルの情報が将来ますます重要になると思います。このため手術が縮小されていくとは考えますが、手術をしないということの意義はあまりないと個人的には考えています。
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センチネルリンパ節生検
乳がんにおけるセンチネルリンパ節生検 (SLNB) 概要
センチネルリンパ節生検(Sentinel Lymph Node Biopsy, SLNB)は、乳がんの外科的治療において、がんがリンパ節に転移しているかどうかを評価するための重要な手技です。センチネルリンパ節(SLN)は、がん細胞が最初に到達する可能性が高いリンパ節であり、通常、乳がん手術の一環として行われます。この手技は、リンパ節郭清(Axillary Lymph Node Dissection, ALND)の代替として登場し、侵襲が少ない方法で、術後の合併症を軽減するために広く利用されています。以下では、センチネルリンパ節生検の手順、利点、欠点、適応症、ならびに関連する最新の知見について詳述します。
1. センチネルリンパ節生検の原理
SLNBは、腫瘍からリンパ系に流れる最初のリンパ節である「センチネルリンパ節」を特定し、生検する手技です。SLNががん細胞に侵されていない場合、他のリンパ節にも転移している可能性は低く、広範なリンパ節郭清を避けられると考えられています。このため、乳がん手術において、リンパ節転移の有無を迅速かつ正確に判断する手段として重要です。
センチネルリンパ節の同定方法
SLNBでは、通常、放射性コロイドと青色染料の2種類が使用されます。手術前に放射性コロイドを注射し、これにより放射線を発するセンチネルリンパ節を検出します。同時に、青色染料も使用されることが多く、リンパ系を通じてSLNが青く染まるため、視覚的に確認できます。これにより、最も早くがん細胞が到達するリンパ節(すなわちセンチネルリンパ節)を外科的に特定し、生検することが可能になります。
2. SLNBの手順
SLNBは乳がん手術中に行われることが一般的です。手技は以下の手順で行われます。
- 色素および放射性トレーサーの注入: 手術の数時間前または直前に、腫瘍周囲または乳房皮膚内に放射性同位元素(通常はテクネチウム99m)を含むトレーサーが注入されます。また、青色染料(インジゴカルミンやメチレンブルー)も同時に使用される場合があります。
- センチネルリンパ節の特定: トレーサーがリンパ管を通って最初に到達するリンパ節(センチネルリンパ節)を、放射線検出器を用いて探します。また、青色染料がリンパ節に移動すると、リンパ節が青く染まり、視覚的に確認できます。
- リンパ節の摘出: 特定されたセンチネルリンパ節を数個摘出し、病理検査に送ります。これにより、がん細胞がリンパ節に存在するかどうかが評価されます。
- 病理検査: 摘出されたセンチネルリンパ節は、迅速病理診断(術中迅速診断)や最終的な病理組織診断により検査されます。迅速診断で転移が認められない場合、手術は終了し、追加のリンパ節郭清は行わないのが一般的です。一方で、転移が認められた場合には、追加のリンパ節郭清を行うかどうかが判断されます。
3. SLNBの利点と欠点
利点
- 低侵襲性: SLNBは、従来のリンパ節郭清よりもはるかに侵襲が少なく、術後の合併症リスクが低いです。具体的には、リンパ浮腫(腕や胸にリンパ液が溜まる症状)や神経損傷のリスクが低減されます。
- 精度の向上: SLNBは、がんのリンパ節転移の評価において非常に高い精度を持っており、不要なリンパ節郭清を避けることができます。SLNが陰性の場合、他のリンパ節にもがんが広がっている可能性は極めて低いです。
- 術後回復の短縮: SLNBは従来のリンパ節郭清と比較して手術時間が短く、入院期間も短縮されることが多いです。また、術後の回復も早いため、患者の生活の質が向上します。
欠点
- 偽陰性の可能性: SLNBは非常に高い精度を持っていますが、100%ではありません。稀に、センチネルリンパ節に転移がないにもかかわらず、他のリンパ節に転移がある場合があります。これを「偽陰性」と呼びます。
- 特定が難しい場合: 一部の患者では、放射性コロイドや青色染料の効果が十分に発揮されず、センチネルリンパ節を正確に特定できない場合があります。特に、腫瘍が大きい場合や以前に放射線治療を受けたことがある患者では、リンパ系が変化している可能性があり、SLNBの成功率が低下することがあります。
- 手技に依存する: SLNBの成功率や正確性は、施術者の経験や技術に大きく依存します。経験豊富な外科医によって行われる場合、成功率は高いですが、経験の少ない医師が行う場合、精度が低下する可能性があります。
4. 適応症と禁忌
適応症
SLNBは、早期乳がん患者においてリンパ節転移の評価を行うための標準的な手技として確立されています。特に以下のような患者に適応されます。
- 臨床的にリンパ節が陰性の患者: 触診や画像検査でリンパ節転移が疑われない患者に対して行われます。
- 初期段階の乳がん患者: 特にステージIやステージIIの乳がん患者に対して適用されます。
- 乳房温存手術を受ける患者: 乳房温存手術の際には、センチネルリンパ節生検が広く行われています。
禁忌
一方で、SLNBが適さない場合も存在します。以下の条件に該当する患者には、リンパ節郭清が推奨される場合があります。
- 明らかなリンパ節転移がある患者: 触診や画像診断でリンパ節転移が明らかな場合、SLNBは適用されません。
- 炎症性乳がん患者: 炎症性乳がんは進行が速く、広範なリンパ節転移を伴うことが多いため、SLNBの代わりにリンパ節郭清が行われます。
- 前治療歴のある患者: 特に、以前に放射線治療や外科的治療を受けた部位に対しては、SLNBの効果が十分に得られないことがあります。
5. SLNBの最新動向と研究
近年、SLNBの適応範囲や技術向上に関する研究が進展しています。例えば、ACOSOG Z0011試験は、SLNBのみでリンパ節転移が少数である場合、追加のリンパ節郭清を行わずに経過観察を行っても、治療成績に差がないことを示しました。これにより、SLNBがより広範な乳がん患者に対して適用される可能性が広がりました。
また、新しい技術として、超音波を用いたSLNBの補助診断や、分子診断技術による迅速な病理診断が導入されつつあります。これらの進展により、SLNBの精度がさらに向上し、患者の負担が一層軽減されることが期待されています。
結論
センチネルリンパ節生検は、乳がんのリンパ節転移を評価するための標準的な手技として確立されており、その低侵襲性と高精度な診断能力により、多くの患者にとって大きな利益をもたらしています。適切な患者に対して行われることで、手術後の合併症リスクを最小限に抑え、生活の質の向上に寄与する重要な手法です。今後も技術の進歩とともに、さらに効果的で安全な方法が確立されていくことが期待されます。
乳がんにおけるセンチネルリンパ節生検(SLNB)は、腋窩リンパ節の状態を評価するために行われる標準的な手術手技であり、これにより腋窩リンパ節郭清(ALND)の必要性を減少させ、患者の生活の質を向上させることが目的です。SLNBは、腋窩リンパ節への転移が最初に起こる「センチネル(番人)」となるリンパ節を特定し、そのリンパ節のみを摘出・病理診断する手法です。ここでは、SLNBに関する最新の動向と研究を、技術的進歩や臨床的な適応、予後予測、合併症リスク、関連する臨床試験を中心にまとめます。
1. センチネルリンパ節生検の技術的進歩
SLNBの標準的な方法は、青色染料および放射性コロイドを使用してセンチネルリンパ節を可視化し、これに基づいて外科的に摘出するものです。しかし、近年の技術的進歩により、これに代わる新しい技術が開発されています。
1.1 蛍光イメージング技術
蛍光色素(インドシアニングリーン:ICG)を用いた蛍光イメージング技術が注目されています。この技術は、従来の放射性物質や青色染料と比較して安全性が高く、またリアルタイムでの視覚的フィードバックが得られるため、手術の精度を向上させます。さらに、放射性物質を使用しないため、放射線防護の問題を回避できます。近年の研究では、蛍光イメージングは特に早期乳がん患者に対して効果的であり、高いセンチネルリンパ節の検出率と正確性が報告されています。
1.2 超音波ガイド下センチネルリンパ節生検
術前に超音波を用いて腋窩リンパ節を詳細に評価し、疑わしいリンパ節を標的にして生検を行う「超音波ガイド下SLNB」も注目されています。この方法は特に、腫瘍が小さくリンパ節転移のリスクが低い患者に適しています。超音波の進歩により、リンパ節の特徴をより詳細に評価できるため、腋窩リンパ節転移の有無をより精度高く判断できます。
1.3 磁性マーカーを用いたSLNB
放射性物質に代わる技術として、磁性マーカーを用いたセンチネルリンパ節の検出技術も開発されています。特に、磁性ナノ粒子を注射してその分布を検出する技術は、放射線被曝を伴わないため、施設や患者にとって負担が軽減されます。英国を中心とした欧州のいくつかの施設では、磁性マーカーを用いたSLNBが臨床で広く使用され始めており、今後さらなる普及が期待されています。
2. センチネルリンパ節生検の臨床的適応と変化
SLNBは、リンパ節転移のリスクが低い早期乳がん患者に対して標準治療として確立されていますが、その適応範囲は近年拡大しています。
2.1 腋窩リンパ節転移陽性患者への適応
以前は、センチネルリンパ節に転移が確認された場合には、腋窩リンパ節郭清が推奨されていました。しかし、ACOSOG Z0011試験やAMAROS試験の結果により、少数の転移があったとしても、追加のALNDを省略しても局所制御および生存率に大きな差はないことが示されました。これにより、リンパ節転移陽性の患者でも、特定の条件下ではSLNBのみで治療を完結させることが可能となっています。
2.2 化学療法後のSLNB
新たな研究では、術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy, NAC)を受けた患者においても、SLNBが有用であることが示されています。従来、NAC後の患者では、腋窩リンパ節の評価のためにALNDが行われていましたが、近年の研究は、NAC後に腫瘍の縮小が確認された患者においてもSLNBが高い精度で腋窩の状態を評価できることを示しています。特に、腋窩リンパ節転移が術前に存在したが、NAC後に縮小した患者において、SLNBによって追加のALNDを回避することが可能です。
3. 予後予測とSLNBの役割
SLNBの結果は、患者の予後を予測するために重要な役割を果たします。センチネルリンパ節に転移がない場合、追加の治療は不要となることが多く、腋窩リンパ節に転移がある場合には、追加の治療が検討されます。
3.1 微小転移と孤立細胞
SLNBで検出される転移の大きさは、予後に影響を与えます。微小転移(2mm以下の転移)や孤立細胞(0.2mm以下の集簇)は、従来のマクロ転移(2mm以上の転移)とは異なる予後を持つことが分かっており、これに基づいて治療方針が変更されることがあります。最近の研究では、微小転移や孤立細胞のみが検出された場合、ALNDや追加の放射線治療を省略しても生存率に影響がないことが示されています。
3.2 腋窩放射線治療の併用
SLNBで転移が確認された場合、ALNDを回避しつつ、腋窩放射線治療を併用するアプローチが試みられています。AMAROS試験では、SLNB陽性患者に対してALNDの代わりに腋窩放射線を行った場合でも、局所再発率や全生存率に大きな差はなく、放射線治療によって手術の侵襲を減らすことができる可能性が示唆されています。
4. 合併症リスクの低減
SLNBはALNDに比べて侵襲が少なく、術後の合併症リスクが低いことが知られています。特に、術後のリンパ浮腫や腕の運動制限といった合併症は、ALNDに比べて大幅に減少します。しかし、SLNBにおいても一定の合併症リスクは存在します。
4.1 リンパ浮腫の発生リスク
SLNBでも少数の患者にはリンパ浮腫が発生しますが、そのリスクはALNDに比べて非常に低く抑えられています。近年の研究では、SLNB後のリンパ浮腫発生率は約5~7%と報告されており、ALNDの20~30%に比べると有意に低いです。リンパ浮腫のリスクをさらに低減するために、患者教育や予防的な運動療法が推奨されています。
4.2 感覚障害や疼痛
SLNB後の感覚障害や術後疼痛もALNDよりは軽度ですが、一部の患者では長期的な感覚異常が残ることがあります。これに対して、術後のリハビリテーションや疼痛管理が重要です。
5. 関連する臨床試験と今後の展望
乳がんにおけるSLNBの役割をさらに確立するため、いくつかの臨床試験が進行中です。これにより、より少ない侵襲で高精度な腋窩リンパ節評価を可能にし、患者の生活の質を向上させることが期待されています。
5.1 Z0011試験の影響
前述の通り、Z0011試験はSLNB陽性患者に対してALNDを省略できる条件を明らかにしました。この試験の結果は、乳がん治療に大きな影響を与え、国際的なガイドラインの改訂にも寄与しました。この試験に基づいて、リンパ節転移が少数であればSLNBのみで治療が完了するケースが増加しています。
5.2 新たなバイオマーカーの研究
SLNBの精度をさらに向上させるために、センチネルリンパ節の病理診断に新たなバイオマーカーを導入する研究も進行中です。遺伝子発現解析や免疫組織化学的な手法を用いて、微小転移や孤立細胞の存在をより正確に検出し、予後予測や治療方針決定に役立てる試みが進められています。
まとめ
乳がん治療におけるセンチネルリンパ節生検は、技術的な進歩や新しい治療戦略の導入により、従来よりも安全で効果的な手法として確立されつつあります。特に、腋窩リンパ節郭清を回避しつつ正確なリンパ節評価を行うための技術が進展しており、患者の生活の質を向上させることが期待されます。今後の研究により、さらに侵襲が少なく、より精度の高いSLNBが可能となり、乳がん患者の予後改善に貢献していくでしょう。
以上、2024年10月
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変わる腋窩リンパ節郭清の意味
なぜリンパ節郭清が必要か
2000年頃まで、乳がん手術では、脇の下のリンパ節を郭清するのが標準的な治療でした。
乳がんの場合、病巣からこぼれ落ちたがん細胞は、最初に脇の下の腋窩@えきか@リンパ節にたどりつきます。腕のケガや虫刺されで炎症が起きると、脇の下のグリグリがはれることがあります。それがリンパ節で、病原菌を駆逐する免疫の重要拠点の一つです。がん細胞もリンパ節で処理されるのですが、その能力を上回ると、がん細胞にリンパ節が占拠されて「リンパ節転移」になるのです。
そこで、乳がん手術では、①リンパ節転移の有無と、転移したリンパ節の数を調べる②再発予防、という2つの意味でリンパ節郭清が行われてきました。
しかし、リンパ節は脂肪にくるまれるように存在しているので、それだけを取ろうとすると確実には取りきれません。そこで、リンパ節を取りきるために、リンパ節が含まれる脂肪組織をすべて切除します。これが、リンパ節郭清です。
その際、その部位を通る細かい神経を切断するため、違和感や痛みの原因になり、またリンパの流れが阻害されてリンパ浮腫を起こすリスクも高くなります。その結果腕が太くなり、ひどくなると腕がパンパンにむくんで動かしにくい、感覚が低下するなど、さまざまな後遺症に苦しめられることになります。リンパ節は細菌やウイルスなどの感染を防御しているところなので、それを郭清すると、手術したほうの腕や手にケガなどをしないように気をつけなければなりません。
リンパ浮腫は、乳がん手術後に起こる後遺症の中で患者さんをもっとも悩ませるものの一つです。
リンパ節を郭清しても転移は防げない
手術前から、画像診断などであきらかに腋窩リンパ節に転移があった場合は、治療の意味でリンパ節の郭清が必要です。
ところが、時代とともに早期がんが増え、腋窩リンパ節を郭清して調べても転移が見られない人が増えてきました。こうした人は無駄にリンパ節郭清を行い、合併症のリスクを背負ったことになります。
一方、リンパ節転移に対する考え方も変わってきました。乳房でつくられたリンパ液の90%程度は、腋窩リンパ節に流れ込みます。以前は、乳がんは一番近い腋窩リンパ節から順番に遠くのリンパ節に転移して、それから血管に入り全身に転移すると考えられていました。したがって、腋窩リンパ節を郭清しておけば、全身への転移を予防できると考えられていたのです。
ところが、実際は、がん細胞は近くのリンパ節から順番に転移して血管に入るのではなく、乳管の外に浸潤したとたんに、リンパ管にも血管にも入って全身に散らばるのだと考えられるようになりました。それが、乳がんが全身病といわれるゆえんです。そうであれば、腋窩リンパ節を切除しても、全身への転移を防ぐことはできないわけです。実際に、腋窩リンパ節を郭清してもしなくても、遠隔転移や生存率に差がないことが統計であきらかになってきました。
そこで登場したのが、センチネルリンパ節生検でした。
※乳房周囲のリンパ節
無駄なリンパ節郭清を防ぐセンチネルリンパ節生検
がんが最初に流れ着くリンパ節
手術前の検査で、脇の下のリンパ節(腋窩リンパ節)に転移がない、あるいはなさそうに思われる人にまでリンパ節郭清を行う必要があるのだろうかという疑問が生じました。リンパ節転移のない人は、ないことを証明するためだけに後遺症の大きいリンパ節郭清をすることになってしまうからです。
こうした疑問が出たとき、注目されたのがセンチネルリンパ節でした。センチネルリンパ節は、「見張りリンパ節」とか「前哨@ぜんしよう@リンパ節」といわれ、病巣からこぼれ落ちたがん細胞が一番最初に流れ着くリンパ節です。
このリンパ節に転移がなければ、ほかのリンパ節にも転移がない、したがって腋窩リンパ節の郭清は必要ないと考えるのが、センチネルリンパ節生検の考え方です。具体的には手術中にセンチネルリンパ節を見つけて取り出し、転移の有無を調べます。
センチネルリンパ節生検が始まったのは、海外でも1990年代の中頃からのことですが、実際にリンパ節再発が少なく、急速に世界中に普及していきました。現在では科学的な臨床試験の結果でも安全性が証明され、センチネルリンパ節生検は標準的手術と理解されています。このためリンパ節の転移を確認せずに、リンパ節郭清を行うことは限られた場合のみになりました。
色素とアイソトープで
センチネルリンパ節を見つけるには、アイソトープ(放射性同位元素)を使う方法と青い色素を使う方法の併用が標準的です。さらに第三の方法としてICG蛍光法という方法もあります。
具体的な方法ですが、まずアイソトープと色素を乳がんの近くや、乳輪部に注射します。すると、リンパの流れに乗ってアイソトープと色素が移動します。そこで、まず皮膚にガンマプローブという器具をあてて、アイソトープから放出される放射線を追跡します。ガンマプローブが反応した部位がアイソトープが最初に流れ着いた先、つまりセンチネルリンパ節です。ここに、皮膚の上から印をつけておきます。
その印の上を2~3センチ切開して、色素で青く染まったリンパ節を取り出します。センチネルリンパ節は通常1~3個程度同定され、これを切除します。ときには、腋窩以外のリンパ節にあることもあります。これを病理検査で調べ、転移の有無を見ます。転移がなければ、腋窩リンパ節郭清は不要、転移があれば腋窩リンパ節の郭清を行います。ただこの場合の郭清の必要性が現在の論点になっています。
議論を呼んだACOSOG- Z0011試験について
通称、Z-11試験と呼ばれているこの試験結果は2010年6月、アメリカ臨床腫瘍学会で発表されました。結果の概要はセンチネルリンパ゚節生検で1~2個の転移を認めた患者さん(乳房温存手術+放射線照射例)のリンパ節郭清を行っても再発率、生存率の改善に貢献しないというものでした。
しかしながらこの試験は1900例の症例登録と500例の再発が見込まれて開始されましたが、症例が891例しか集まらず、また再発も94例にとどまり、途中で打ち切りになりました。
試験自体の欠陥は誰もが認めるところですが、試験の追試が難しいためこの結果の解釈が論点となっています。リンパ節の微小転移の場合の郭清省略は比較的受け入れられていますが、明らかなリンパ転移があった場合、郭清を本当に省略していいのかということが論点になっています。
欧米の専門家の間でもこの試験結果を疑問視する声が強く、ただちに腋窩郭清を省略できるという流れにはならないようです。腋窩リンパ節転移があった患者さんの安全と後遺症にかかわる問題のため、今後動向が注目されています。
(センチネルリンパ節生検の方法)
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乳房切除術
基本は胸筋温存乳房切除術
乳房温存療法ができない場合(○ページ参照)に行われるのが、乳房切除術(乳房全摘術)です。
乳房切除術では、乳房をすべて切除しますが、現在では筋肉は特別な理由がなければ切除しません。腋窩リンパ節をどう扱うかでいくつかの術式に分類されます。
乳房の下には、腕を動かすときに使う大胸筋@だいきようきん@と肩甲骨@けんこうこつ@の動きなどに関連する小胸筋があります。この両方の筋肉あるいは一方を切除する手術がかつては行われていましたが、今は両方を温存することが原則で、その上で腋窩をいじらない手術が①単純乳房切除術と呼ばれます。これに対して腋窩リンパ節を郭清する手術が②胸筋温存乳房切除術と呼ばれ、センチネルリンパ節の転移の有無で手術法を変えるのが③乳房切除+センチネルリンパ節生検法と呼ばれています。
明らかなリンパ節転移がある場合は②の胸筋温存乳房切除が行われ、それ以外は③の手術、すなわちリンパ節生検法が主流となっています。
乳首や皮膚を残す手術法も
乳房温存療法ができないとなると、ほとんどの女性は大きなショックを受けると思います。しかし、今は乳房再建術(○ページ参照)が進歩し、乳房を切除してもかなり上手に乳房の再建ができるようになっています。
特に、美容的な面で注目されているのが、皮膚や乳頭、乳輪部分を残して中身の乳腺組織だけを切除する「皮下全乳腺切除術(乳頭乳輪温存乳房切除術)」です。
これは、皮膚や乳輪、乳首を残して乳腺組織を切除する方法です。乳房の表面を残して、がんができた中身の乳腺組織だけを取ってしまうわけです。一つの乳房の中に小さながんが多発していたり、広範囲に広がっているケースなどに行われます。
切開の部位も、乳房の下線に沿って入れられるので、傷口も目立ちません。乳輪の縁に切開を入れて内視鏡を挿入し、乳腺組織を切除する方法もあります。
この場合は、手術後乳房の中身がなくなるので、乳腺組織の摘出と同時に人工物を挿入して乳房のふくらみをつくります。手術から目覚めたときには、乳房もすでに再建されているわけです。乳首や乳輪が残り、皮膚もそのままなので、美容的には美しく再建されます。脇の下のリンパ節郭清が必要ならば、別に腋の下のシワと平行に切開を入れて、リンパ節郭清を行います。
この方法の問題点は乳頭、乳輪部や、がんの直上部の皮下にがんが遺残してしまう危険があることです。このため手術前の画像評価が重要であり、また術中の乳頭側断端の迅速病理検査により、こうした危険を最小にすることができます。いずれにせよ、そのメリットとデメリットをよく理解した上で、治療法を選択する必要があります。
(胸筋温存乳房切除術の図)
[コラム] 腋窩リンパ節と郭清範囲
リンパ節は、リンパ管の途中にあって病原菌や老廃物をとらえて排除する関所のようなものです。
リンパ節は直径数ミリから1センチぐらいの大きさで、大豆のような形をしています。数には個人差がありますが、脇の下には20~50個ぐらいのリンパ節があります。
リンパ節郭清では、これを脂肪ごと切除するわけですが、大事なのは取ってくる数ではなく、その領域です。乳腺でつくられたリンパ液の9割程度が腋窩リンパ節に流れます。腋窩リンパ節は、脇の下から鎖骨に向かってレベル1からⅢまでの領域があります。この順番でリンパ節転移の確率が減っていきます。そこで、リンパ節郭清は、転移の確率が高い、レベル1とⅡを郭清します。郭清の場合、重要視するのは取れたリンパ節の数ではなく、ⅠとⅡの領域のリンパ節が脂肪組織とともに確実に取りきれていることです。
以前は、1からⅢの領域まで郭清するのがふつうで、ときにはさらに遠いリンパ節まで郭清しました。しかし、リンパ浮腫など合併症が増えるだけで、再発率には差がないことがわかりました。そのため、いまはレベル1と2まで郭清し、リンパ節転移が疑われる時だけレベル3の郭清をします。
(リンパ節のイラスト)
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放射線療法
高エネルギーの放射線で遺伝子を傷害
放射線治療は、高いエネルギーのX線でがん細胞の遺伝子を傷つけ、死滅させる方法です。
乳がんの場合は、X線を中心に、ガンマ線や電子線も使われています。治療に使われるX線は、レントゲン検査に使われるX線よりはるかにエネルギーが高く、体を通過するときに細胞の遺伝子を傷つけます。がん細胞は、正常細胞より放射線に弱く、また正常細胞は遺伝子が傷ついても修復することができるので、同じようにX線による攻撃を受けても、がん細胞の方のダメージが大きいのです。そこで、正常細胞が耐えられる範囲でがん細胞が死滅する線量の放射線を照射します。
がんの中にも、放射線治療が効くがんと効かないがんがありますが、幸い乳がんは放射線が効くほうのがんに入ります。また、腸など部位によっては放射線によるダメージを受けやすい臓器もあるので、内臓のがんの場合は、こうした臓器をできるだけ避けて放射線照射を行う必要があります。最近、陽子線や重粒子線などの放射線が注目されたり、さまざまな照射装置が開発されているのも、がん病巣に放射線を集中させることが目的です。その点、乳がんは体表近くにあるがんなので、放射線をあてやすいのも利点です。
乳がん治療では、放射線は、乳房温存療法との併用、手術後の補助療法として使われるほか、そのままでは手術できない乳がんに照射して縮小させる術前療法、さらに、転移再発したがんによる症状緩和を目的に行われます。
温存療法の放射線照射
乳房温存療法の場合、手術後の放射線照射は治療の一部です。放射線を照射することによって、乳房の局所再発率を3分の1に減らすことができます。
例外として、70歳以上のステージ1でホルモン療法が効く場合は、放射線を省略しても再発の危険が比較的低いため、放射線照射を省くこともあります。
ふつうは、乳房の手術が終わって病理検査結果が確認でき、傷口もだいたい落ちついた時期に照射が始まります。遅くとも手術後2カ月以内に放射線治療を開始します。無駄に治療が遅れると、その間に乳房に残ったがんの芽(微小病変)が成長してくる恐れもあるからです。したがって、治療計画が決まったら、できるだけ予定にしたがって治療を受けるようにしましょう。
手術後、抗がん剤による薬物療法と放射線治療の両方が必要な場合もすくなくありません。このとき、同時に行うと副作用が出やすいため通常避けます。放射線治療と抗がん剤とどちらを先にすればよいのかは議論のあるところです。放射線療法は放射線をあてた局所の再発を防ぐ局所治療であるのに対し、抗がん剤は全身に効果のある治療法です。そこで、まず3~6カ月間にわたる抗がん剤治療で全身的な効果を狙い、その後で放射線治療を行うことが多くなっています。
放射線の照射量は、1回1・8~2グレイ(Gy)ずつ、合計45~50グレイ照射します。標準治療は、乳房全体に放射線を照射する全乳房照射です。実際には、放射線治療が始まる初日に、照射計画にもとづいたシュミレーションを行います。仰向けに寝て腕を上げた状態で患者さんの乳房にマジックで印をつけ、次回から目印を目標に放射線を照射します。土日は休んで週に5日、計25日ほどかけて放射線を照射するのが一般的です。一回の治療時間は1~2分です。
乳房温存療法では、断端@だんたん@検査(○ページ参照)を行いますが、この検査でわずかながん細胞が見つかり、追加切除が困難な場合には、通常の放射線治療に加えて、さらに腫瘍床(がん病巣のあった周囲)に追加照射をします。これをブースト照射といいます。断端陰性の場合でも、閉経前の人には海外のガイドラインではブースト照射が推奨されています。
乳房切除でも放射線治療が必要なことも
乳房切除術の場合、がんが発生した乳房をすでに切除してしまったので、取り残しを放射線でたたく必要はない、と思われるかもしれません。
しかし、再発のリスクが高い場合は放射線治療も行ったほうがよいことが判明しています。乳房切除の場合も、抗がん剤やホルモン剤による術後治療だけでなく、病状がある程度進行して、胸壁@きようへき@やリンパ節などからの再発リスクが高い人は、放射線療法も行います。
具体的には、乳房のがんが5センチ以上ある、あるいは脇の下のリンパ節に4個以上転移があった場合は、薬物療法に加えて放射線治療も適応とされます。これで、再発のリスクを3分の1に減らせるというデータもあります。
この場合は、手術した側の胸壁と鎖骨の上の部分に、通常の放射線照射と同じように合計45~50グレイを照射します。
いずれの場合でも、放射線治療の効果を得るためには、計画通り休まずにつづけることが大切です。
[コラム] 放射線治療中の注意
放射線治療中は、皮膚が敏感になっているので、低刺激のマイルドな石鹸を使い、あまり強く皮膚をこすらないようにします。もし、放射線照射のためにつけたマジックの目印が消えてしまったら、自分で書かないで、担当技師に告げてください。
服も皮膚を刺激しないように、柔らかい素材でゆとりのあるものにしましょう。治療中は、脇の下の消臭剤もやめます。配合されているアルミニウムが放射線と相互作用を起こすことがあります。腋毛@わきげ@の処理が必要な場合はカミソリではなく、電気カミソリにしましょう。皮膚の感覚が鈍っているのでケガをしやすく、ケガをすると感染の原因にもなります。照射部位を日光にあてるのも禁止です。
放射線治療による副作用
副作用には急性と晩期障害が
放射線治療というと、日本人は特に副作用を恐れる傾向が強いようです。
しかし、乳がんの放射線治療で起こる副作用で、それほど重いものはまれです。副作用があらわれるのは、放射線を照射した部分だけなので、髪の毛が抜けたり、めまいや吐き気が起こることもありません。 ただ、覚えておいていただきたいのは、乳房を温存しても、乳房としての働きは失われてしまうことです。放射線治療によって、手術で残った微小ながん細胞は増殖能力を失い、消滅していきます。しかし、同時に乳腺の正常細胞もその機能を失います。したがって、妊娠しても、手術した側の乳房は大きくなることもなく、乳汁もあまり分泌されません。汗もほとんどかきません。
乳房温存療法は、がんを取り除いて乳房の外見を維持することが目的で、乳房としての機能まで残すことはできないのです。ただし、手術をしていない側の乳房からは乳汁が出ますから、育児には問題ありません。
放射線治療そのものの副作用には、急性の副作用と、あとになってあらわれる晩期の副作用とがあります。放射線の照射自体は、痛みも何も感じませんが、治療も後半になってくると、夏に海岸でたっぷり紫外線を浴びたあとのような疲労感が出てくることがあります。これも副作用の一つですが、治療が終わって数週間もすれば治ります。
また、放射線を照射した部位が強く日焼けをしたように赤くなってヒリヒリしたり、圧痛やかゆみ、水ぶくれができることもありますが、こうした症状は治療が終われば1~2カ月で治まります。治療後、皮膚が黒ずんだり、毛穴が開いてカサカサすることもありますが、ほとんどの人は時間の経過とともに改善していきます。
一方、治療が終了して数カ月から数年後にあらわれるのが、晩期障害です。治療後しばらくして乳房の組織が繊維化して厚くなり、乳房がかたくなることがあります。ふつうは数カ月から1年ぐらいで軽快していくのですが、中には繊維化が進んで乳房がかたくなってしまうこともあります。見た目にはきれいな乳房でも、患者さん本人の違和感が強いこともあります。
また、乳房に放射線を照射すると、どうしてもその奥にある肺の一部に放射線がかかってしまいます。その結果、放射線性の肺炎を起こすことがあります。実際には100人に1~2人程度でまれなことですが、治療後数カ月から2年ほどの間に起こることがあります。この間に、セキや微熱がつづくときには、医療機関を受診するようにしましょう。
この場合は、肺転移との鑑別も重要になります。CT検査を行えば、肺転移か放射線性の肺炎かはほとんど区別がつきます。 また、放射線治療を行うことで、照射した部位からがんが発生するのではないかと心配される人もいますが、放射線治療によって二次がんが発生する可能性は非常に低いといっていいでしょう。
なお、照射中皮膚が赤くなってヒリヒリしてきたら、担当医にいって軟膏@なんこう@を処方してもらいましょう。色素沈着には、ビタミンCの内服を試みることもあります。
[コラム] 新しい放射線の照射法
放射線照射は、1日1・8~2グレイずつ、25回に別けて照射するのが標準です。そのため、治療には5週間ほどかかります。最近、時間を短縮する目的で、カナダやイギリスでは、1回の照射量を増やして回数を減らす治療も行われています。1日2・66グレイを16回、あるいは15回で照射するという方法です。治療成績は変わらないと報告され、日本でも一部の施設で行われるようになっています。
また加速乳房部分照射(小線源照射の一種)や術中乳房部分照射の効果が従来の25回の全乳房照射と遜色ないというデータが海外で出され、注目されています。乳がんの局所再発や放射線の晩期障害をみるためには長期間のフォローアップが必要ですが、日本の一部の施設では研究ベースで治療がスタートしています。
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手術前の薬物療法
がんの性質で使い分け
手術や放射線療法が、がんの部位だけを治療する局所療法であるのに対し、薬物療法は血液に乗って全身に作用する全身療法です。
そこで、乳がんでは、
①がんの病巣を小さくして、乳房温存療法など手術に持ち込むための「術前療法」
②乳がん手術後、再発を防ぐために行われる「術後補助療法」
③転移、再発などで手術できないがんに対する治療
という3つの目的で薬物療法が行われます。また、乳がんは薬物療法の効果が高く、ホルモン療法、抗がん剤療法、がんの特性に的をしぼって開発された分子標的治療薬と、3種類の薬物が使われています。
こうした薬を、それぞれのがんの特性ごとに使い分けて、治療を行います。
高い術前療法の効果
術前療法には、主として抗がん剤が使われます。ふつうは術後に再発予防のために使われるのと同じ抗がん剤を使います。
乳がんの場合、手術後には、ほとんどの人が再発予防のために術後補助療法を受けます。しかし、術後補助療法は、再発の「予防」なので、実際にその抗がん剤が効いて再発がないのか、あるいは薬とは関係なく再発がないのか、ほんとうのところはよくわかりません。しかし、術前化学療法は、がんの縮小というはっきりした効果が見えるので、抗がん剤の効果がわかるというのは大きなメリットです。
術前化学療法の効果は、かなり高率です。80%以上の人でがんの病巣が小さくなり(面積で50%以下)、臨床的に奏功したと表現されます。それどころか、がんが顕微鏡的にも完全に消失してしまう人も少なからずいるのです。HER2陽性の人に抗がん剤と分子標的治療薬・トラスツズマブを併用した術前化学療法を用いると、50%前後の方でがんが完全に消失します。
術前化学療法によってがんが消失した場合には、再発の危険も、がんが消えなかった人にくらべて大幅に低くなります。特にトリプルネガティブ(ホルモン受容体、HER2受容体がともに陰性)の人の場合、この関係が明瞭になります。
最近は、閉経後でホルモン療法の効果がある人には、術前にホルモン療法が行われるケースもありますが、抗がん剤ほどきちんとしたデータはまだありません。
(捨てカット)
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乳がんの再発予防治療(術後補助療法)
薬物療法の選択基準
術後補助療法(アジュバント療法)は、再発予防のために、手術後に行われる治療です。
乳がんは、発生した乳管の壁から外に浸潤@しんじゅん@(食い込んで広がること)したとたん、がん細胞が血液やリンパの流れに乗って全身に散らばる危険があります。そこで、手術でがんを摘出したあと、全身に散らばったがんの芽(微小転移)を摘み取り、再発を防ぐために、術後補助療法を行います。
0期の非浸潤がん以外は、目に見えない転移の危険があるので、乳房温存手術や乳房切除術を受けたときでも、手術後には術後補助療法を行うのが一般的です。
これにも、ホルモン剤、抗がん剤、トラスツズマブなどの分子標的治療薬の3種類があります。各種のガイドラインや2年に1度、スイスのザンクトガレンに世界の専門家が集まって開かれる国際会議で決められた合意などを基本にしながら、個々の患者さんの病状を考慮して薬物療法が決められます。
重要ながんの性格
ここで、選択基準の第一に考えられているのは、乳がんの性格です。特に、ホルモン受容体の有無と、HER2受容体の発
現強度(強くあらわれているかどうか)が重要視されます。
左の表のように、
●がんにエストロゲン(女性ホルモンのひとつ)受容体が少しでも認められれば、ホルモン療法を行う。
●HER2受容体が強く発現していれば、トラスツズマブなどの分子標的治療薬を使う。
●HER2受容体が陽性の場合は、抗がん剤と分子標的治療薬を併用する。
●ホルモン受容体もHER2受容体もともに陰性で、効果がないと判定されたトリプルネガティブの場合は、抗がん剤を使う。
●ホルモン受容体が陽性で、HER2受容体が陰性の場合は、ほかのリスク因子を考えて、それにあった薬物療法を行う。
というのが、その概要です。
ホルモン剤単独か抗がん剤と併用か
最後の、「ホルモン受容体が陽性でHER2受容体が陰性」の場合の選択基準が、別表です。抗がん剤(化学療法)とホルモン療法を併用するか、あるいはホルモン療法単独で治療するか、その選択基準が示されています。
これによると、女性ホルモンの受容体があっても、レベルが低い、がんの「顔つき」が悪い(組織学的グレードが3)、増殖能力が高い、腋窩リンパ節に4個以上の転移がある、がん周辺の血管やリンパ管にがんの浸潤傾向が強い、がんの大きさが5センチ以上ある、といった場合には、抗がん剤とホルモン療法を併用します。
これに対し、ホルモン受容体がより高いレベルで出現している、がんの「顔つき」がおとなしい、増殖能力も低い、腋窩リンパ節転移がない、がん周辺の血管やリンパ管にがんの浸潤傾向があまりない、がんの大きさが2センチ以下である、といった場合には、ホルモン療法単独で治療を行うことになります。
いずれの場合も、ここに患者の希望が加わることはいうまでもありません。ごく簡単にいえば、ホルモン受容体が強く発現していて、がんの性格も割合おとなしそうな場合はホルモン療法、ホルモン受容体の出方があまり多くなく、がんとして悪性度が高く再発のリスクが高そうな場合は、ホルモン療法と抗がん剤を併用する、といってもよいでしょう。なおこの説明は2009年3月のザンクトガレンの合意事項がベースになっていますが、2011年3月の同会議では、その考え方がより明確になり、乳がんをまずホルモン受容体、HER2受容体、組織異型度、Ki67に基づいて5つのサブタイプに分類し、それぞれの治療法を決める流れになりました。ホルモン受容体とHER2受容体については、ホルモン療法と分子標的治療薬の項で詳しく説明します。
(ザンクトガレン図表2点)
乳がん組織の遺伝子検査について
乳がんの組織の遺伝子検査を行い、その結果に基づき抗がん剤を行うかどうか決めるという方法もあります。オンコタイプDX(Oncotype DX)とマンマプリント(MammaPrint)という2種類の遺伝子検査がその代表的な方法です。
オンコタイプDXは21の遺伝子を調べます。マンマプリントは70の遺伝子を調べます。これら乳がんの再発と抗がん剤の有効性について関連の強い遺伝子の発現レベルをスコア化し、例えばオンコタイプDXであれば再発スコアという形で結果を出します。
このスコアを用いて、ホルモン療法のみを行った場合の10年以内の遠隔再発率を予測し、それに抗がん剤を上乗せした場合の再発率の低下をシュミレーションし、この予測に基づいて抗がん剤を行うかどうかを決めていきます。
このような検査方法自体は他にもいくつも考えられていますが、オンコタイプDXやマンマプリントが重要なのは、過去の無作為化臨床試験の検体を用いて、こうした検査が有効に機能するかどうかを検証している点です。
ホルモン受容体陽性、HER2受容体陰性の患者さんの治療方針決定に有用ですが、例えばオンコタイプDXの場合、アメリカ、イスラエルなど一部の国と地域を除くと保険の適応とされていません。このため日本では自費で50万円近い費用がかかり、また検体をカリフォルニアに送るため、結果が出るまでに3週間程度の日数がかかります。
これまで虎の門病院で50名あまりの患者さんが検査を受けられていますが、抗がん剤を受けるかどうかの判断に有用なツールであることは間違いないと思います。組織異型度、プロゲステロン受容体の発現レベル、Ki67の値でオンコタイプDXが必要な人はある程度絞り込めると個人的には考えています。
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