ホルモン療法の効果

女性ホルモンの働きを阻害

 乳がんの7割は、ホルモン依存性で、エストロゲンという女性ホルモンの影響で増殖します。
 そこで、体内のエストロゲンの量を減らしたり、エストロゲンの働きを阻害して、がんの増殖を止めて萎縮させてしまうのが、ホルモン療法です。
 実際には、ホルモン依存性の乳がんには、「ホルモン受容体」という目印があります。女性ホルモンとホルモン受容体は、鍵と鍵穴のような関係にあり、女性ホルモンはこの受容体に結合することで、細胞にさまざまな命令を下し、ホルモンとしての作用を発揮します。
 そこで、手術後に摘出したがんの組織を検査して、ホルモン受容体の有無を見ます。ホルモン受容体には、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体という2種類があります。この両者がある場合、あるいはどちらか一方でもある場合には、積極的にホルモン療法が行われます(実際にはエストロゲン受容体が陰性で、プロゲステロン受容体が陽性ということはまれとされています)。これを、エストロゲン受容体陽性、あるいはエストロゲン感受性あり、といったいい方をします。
 逆に、どちらのホルモン受容体もなければ、エストロゲン受容体陰性、エストロゲン感受性なし、といいます。受容体がなければ、そのがんは女性ホルモンの影響とは関係なく増大するがんなので、ホルモン療法は効かないと考えます。
 ホルモン剤は、抗がん剤のような強い副作用がないのが大きな利点ですが、受容体がない人に投与しても、副作用はあってもがんに対する効果はほとんどないのです。
 ホルモン感受性がある人に、術後補助療法としてホルモン療法を行うと、転移や再発がほぼ半分に減ることがわかっています。

ホルモン剤には4種類ある

 ホルモン剤には、体内のエストロゲンの量を減らす薬と、エストロゲンの働きを阻止するものがあります。さらに、閉経前と閉経後ではホルモン環境が大きく異なるので、これに合わせてホルモン剤を選択します。

抗エストロゲン薬

 エストロゲンの働きを阻止する薬です。
 エストロゲンは、細胞表面にあるエストロゲン受容体に結合することで、細胞にさまざまな命令を下しています。この受容体に結合して、エストロゲンが結合するのをブロックするのが、抗エストロゲン薬です。それによって、エストロゲンの作用が阻止され、がんの増殖を抑えます。
 術後補助療法に使われる代表的なホルモン剤に「タモキシフェン」がありますが、これも抗エストロゲン薬の一つです。タモキシフェンは、20世紀の乳がん治療における最大の発見の一つともいわれ、Ⅰ~Ⅱ期の乳がんでは、術後補助療法にタモキシフエンを使うと、生存率が絶対値で6~10%向上するというデータが出ています。
 タモキシフェンは、乳がんの再発率を下げるだけではなく、反対側の乳房にがんが発生する率を2.4%から1.6%に減らす、コレステロールを低下させ心血管系の障害を予防する、骨粗鬆症@こつそしようしよう@を予防する、といった作用もあります。閉経前、閉経後どちらにも効果があります。内服薬で、毎日1回、通常5年間服用します。
 ほかに同系統の薬として「トレミフェン」というホルモン剤もあり、こちらは閉経後に使われます。

LH-RHアゴニスト

 閉経前の女性に投与して、エストロゲンの量を減らすホルモン剤です。
 エストロゲンは卵巣でつくられますが、それまでに脳から次々に指令が送られています。まず、脳の視床下部@ししようかぶ@という部位から性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH-RH)が分泌されて、下垂体@かすいたい@を刺激します。その刺激で、下垂体からは性腺刺激ホルモンが分泌されて卵巣を刺激。その結果、卵巣からエストロゲンが分泌されるのです。
 LH-RHアゴニストは、この最初の段階で作用する薬です。性腺刺激ホルモン放出ホルモンも、下垂体の受容体に結合して、性腺刺激ホルモンを分泌させます。LH-RHアゴニストは、性腺刺激ホルモン放出ホルモンが下垂体の受容体に結合するのを邪魔して、下垂体から卵巣にエストロゲンの分泌命令が出されるのを阻止するのです。
 タモキシフェンと併用することもよくあります。通常は2年~5年間使います。その間は生理が止まりますが、投与をやめると、卵巣機能が回復して生理が戻るのも特徴です。この薬は注射薬で、月に1度打つタイプと、3カ月に1度打つタイプがあります。
 ゴセレリンやリュープロレリンというホルモン剤がこのタイプです。

アロマターゼ阻害薬

 エストロゲンの量を減らすホルモン剤で、閉経後の女性に効果があります。
 閉経後は、卵巣でのエストロゲンの分泌は停止しますが、副腎でつくられるアンドロゲンという男性ホルモンが、脂肪細胞などでエストロゲンにつくり変えられます。このとき働くのが、アロマターゼという酵素@こうそ@です。そこで、アロマターゼの働きを阻害して、男性ホルモンからエストロゲンがつくられないようにするのが、アロマターゼ阻害薬です。
 アロマターゼ阻害薬には、アナストロゾール、エキセメスタン、レトロゾールなどがあります。

プロゲステロン製剤(黄体ホルモン製剤)

 間接的にエストロゲンの量を減らしますが、その作用はよくわかっていない部分も多く、ほかのホルモン剤が効かないときに使われます。
(タモキシフェンの再発率低下などのデータ、ホルモン剤の一覧表)

閉経とホルモン療法の進め方

抗がん剤と効果は同等

 術後に行われるホルモン療法には、現在3種類のホルモン剤が用いられますが、閉経前か閉経後かによって、選ばれる薬は異なります。閉経とは、60歳以上であるか、45歳以上で過去1年以上生理がない場合、または両側の卵巣を2個とも摘出している場合、と定義されています。子宮摘出を受けている場合は血中のホルモン値を参考にして決めます。E2(エストラジオール)が低値で、FSH(卵胞刺激ホルモン)が高値の場合は閉経と考えます。
 タモキシフェンは、閉経前か閉経後かにかかわらず使われますが、LH—RHアゴニストは閉経前、アロマターゼ阻害薬は閉経後に使われるホルモン剤です。

閉経前

 LH—RHアゴニストは、1カ月に1回か3カ月に1回、皮下注射で投与します。2~5年間継続するのが一般的です。CMF(シクロホスファミド、メトトレキサート、5-FUの3剤を併用)という組み合わせの抗がん剤を6カ月投与した場合と、2年間LH—RHアゴニストを注射した場合で効果を比較すると、再発を抑える効果は同等です。タモキシフェンと併用すると、AC(アドリアマイシンとシクロフォスファミドの2剤を併用)やCAF(シクロホスファミド、アドリアマイシン、5-FUの3剤を併用)という抗がん剤治療と同等の再発抑制効果があります。抗がん剤よりは副作用が少なく、同じ程度の効果が得られるのが大きな利点です。

《より効果が高いホルモン剤へ》

 閉経後乳がんの術後補助療法は、タモキシフェンがかつては標準治療でしたが、アロマターゼ阻害薬の方が効果が高いことがわかり、こちらが標準治療となっています。

閉経後

 アロマターゼ阻害薬には、現在3種類ありますが、どれも効果は同じ程度です。
 以前は、閉経後もタモキシフェンによる再発予防効果が最も高いとされていました。ところが、タモキシフェンを5年間服用するより、アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール)を5年間服用したほうが再発率が13%低く、副作用も少ないことが報告され、大きな反響を呼びました。
 またその後、タモキシフェンを2~3年服用したあとでアロマターゼ阻害薬(エキセメスタン)に切りかえて、計5年間治療をつづけると、5年間タモキシフェンをつづけるより再発率が32%も低下すること、さらにタモキシフェンを5年間服用したあとでアロマターゼ阻害薬(レトロゾール)を5年間つづけると、再発率がさらに40%も低くなるなど、次々にアロマターゼ阻害薬の効果が報告されています。
 蓄積されたデータから、現在は閉経後乳がんの術後補助療法にアロマターゼ阻害薬を最初から使うことが標準となっています。

ホルモン剤の副作用

 ホルモン療法は、抗がん剤にくらべて副作用が少なく、それでいて高い効果があるのが大きなメリットです。とはいえ、ホルモン療法にもまったく副作用がないわけではありません。

半数に更年期障害が

 ホルモン療法は、簡単にいえば、エストロゲンの量を下げる治療法です。その結果、ちょうど閉経と似た状態になり、更年期障害のような症状を訴える人が少なくありません。
 ホットフラッシュが起きて冬でも汗が吹き出たり、動悸@どうき@や不安、睡眠障害、イライラ、抑うつ症状などを訴える人もいます。ホットフラッシュは、軽いものも含めると、ホルモン療法を行った人の半数以上にあらわれます。
 しかし、ここで更年期障害の治療のためにホルモン補充療法をしたのでは、ホルモン療法の意味がなくなってしまいます。ほんとうの更年期と同じで、少しがまんしていれば、体がエストロゲンの低い状態に慣れて楽になってくるはずです。がまんできないほどつらければ、更年期障害に使われる漢方薬を使ったり、うつ状態には抗うつ薬を使うこともあります。
 また、アロマターゼ阻害薬はタモキシフェンよりホットフラッシュが出る率が低いので、閉経と判断できれば早めにアロマターゼ阻害薬にかえるのも一つの方法です。

生殖器の症状と子宮体がん

 タモキシフェンには、子宮内膜の増殖作用があるため、不正出血が起こることがあります。それ自体はあまり心配ありませんが、タモキシフェンは、子宮体がんのリスクを高めることがわかっています。といっても、800人に1人の割合だった発生率が800人に2~3人に増えるという程度です。その鑑別のために、不正出血がつづくようならば、検査を受けましょう。
 一方で、タモキシフェンは、10年間で乳がんの再発を相対的に45%抑えることができます。再発予防効果が副作用のデメリットを超えるからこそ、タモキシフェンが使われるのです。子宮体がんは、不正出血により早期発見が可能です。またタモキシフェンに誘発される子宮体がんは比較的悪性度が低く、早期に見つかれば手術で治る可能性が高いとされています。しかし、乳がんは再発してしまえば、完治は困難です。

骨粗鬆症

 アロマターゼ阻害薬やLH—RHアゴニスト製剤は、エストロゲンの量を減らすため、更年期以降と同じように骨量が減少し、骨粗鬆症になりやすくなることがわかっています。反対に、タモキシフェンは骨量を増やして骨をじょうぶにする作用があります。
 骨量が低下してきた場合には、骨量を増やす薬を併用します。
 アロマターゼ阻害薬で、関節の痛みやこわばりが出ることがありますが、これも時間経過で軽快する場合が多いようです。

その他

 このほか、タモキシフェンではまれに下肢@かし@に血栓(血の固まり)ができたり、それが肺に詰まって肺動脈塞栓症を起こすことがあるため、静脈血栓症の既往@きおう@がある人へのタモキシフェンの使用は特に注意が必要です。

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化学療法(抗がん剤治療)

抗がん剤の作用とは

 ホルモン剤が、エストロゲンという、いわばがんの増殖に必要な栄養源を断ち切って再発や転移を防ぐのに対し、抗がん剤はその毒性でがん細胞を殺傷する薬です。
 抗がん剤は、がん細胞の遺伝子や細胞増殖機能などを障害して、死に至らしめます。手術や放射線治療などの局所治療を行うと、残ったがん細胞に増殖の刺激をあたえる可能性が考えられています。この刺激によって、全身に散ったがんの芽、つまり微小転移したがん細胞が活性化し、増殖すると考えられているのです。
 しかし、細胞が分裂・増殖するためには、さまざまなシステムが機能し、外からもいろいろな材料を補充する必要があります。細胞としては不安定なこの時期に、毒性を持った抗がん剤を投与して、がんの芽をつぶしてしまおうというのが、抗がん剤による術後補助療法の考え方です。
 一方で、抗がん剤の毒性は正常細胞にも同じように作用します。そのために、抗がん剤によるさまざまな副作用が起こります。特に、がんと同じように分裂スピードの早い毛髪をつくる細胞や骨髄細胞、粘膜細胞、生殖細胞などはダメージを受けやすいことがわかっています。脱毛や吐き気、嘔吐、下痢、白血球数の減少など、抗がん剤に多い副作用はこうして起こるのです。
 それでも、正常細胞はがん細胞より毒性に対する抵抗力があり、回復力も強いので、治療では正常細胞が耐えられる範囲内で、がん細胞が死ぬ量の抗がん剤が投与されます。

抗がん剤は組み合わせて使う

 抗がん剤を使う場合に重要なのが、その組み合わせです。
 抗がん剤には毒性があるので、一種類の抗がん剤を多量に使うと、特定の副作用だけが強く出てしまう危険があります。そこで、効果のある抗がん剤を数種類(ふつうは2~3種類)組み合わせて使うのが、多剤併用療法の考え方です。薬を組み合わせることで副作用の危険を減らし、複合的な効果が高まると考えられています。
 どの抗がん剤の組み合わせや使用法が一番効果的なのか、そしてその副作用は許容できるものなのか、患者さんの協力を得て大規模な臨床試験が行われています。その結果、現在の時点で一番効果的な薬の組み合わせと投与法が「標準治療」となります。
 こうした抗がん剤の組み合わせは、抗がん剤の英語の頭文字をとって、AC(Aはアドリアマイシン、Cはシクロフォスファミド)とか、TC、CEFといった呼び方をされます。「(○ページ参照)。
 乳がんの領域ではアドリアマイシン系の抗がん剤と、タキサン系の抗がん剤が骨格となっていくつかの標準的な治療法が確立されています。

抗がん剤治療の進め方

休薬期間をおいて治療

 抗がん剤は複数の薬を組み合わせて使いますが、もう一つ大切なポイントは、休薬期間をおいて治療をくり返すということです。
 1週間に1回、あるいは3週間に1回投与し、その間は休んでこのサイクルを何回かくり返します。
 抗がん剤すると、がん細胞も障害されますが、正常細胞もダメージを受けます。ここで休薬期間をおくと、正常細胞は回復して元気になりますが、がん細胞は回復能力が欠けているため、十分回復しません。そこで、1~3週間休んで正常細胞が元気になったころに、また抗がん剤治療をくり返してがん細胞をたたくわけです。
 抗がん剤の種類によって、投与のしかたは様々ですが、1回の治療を1クールとか1サイクルというふうにいいます。6サイクルといえば、休薬期間をおきながら6回抗がん剤治療をくり返すという意味です。

術後治療でよく使われる抗がん剤

 では、抗がん剤にはどのような種類があり、どのような使われ方をするのでしょうか。
 抗がん剤には、点滴などで体内に入れる注射薬と飲み薬があります。乳がんの術後補助療法では、ACやTCという組み合わせによる併用法、あるいはAC4サイクルに引き続き、タキサン系の4サイクル(AC→T療法)というような連続投与法が、よく行われています(表参照)。

<JNCCN2011年3月号より>

アメリカでHer2陰性の患者さんに用いられている抗がん剤治療法の頻度を図にしたものです。TC療法とAC→T療法が治療法を2分しており、その他をTAC療法、AC療法、CMFが占めています。

アンスラサイクリン系

 乳がん治療に古くから使われている抗がん剤で、直接遺伝子を破壊してがん細胞を殺傷します。アドリアマイシン、エピルビシンなどの薬があり、アドリアマイシンを含む併用療法には、ACやFAC、エピルビシンを含む併用療法には、EC、FECといった治療法があります。

タキサン系

 細胞の分裂過程を阻害する薬で、パクリタキセルとドセタキセルがあります。これらの薬は単独で使ったり、ほかの薬と併用して用います。

アルキル化薬

 遺伝子に作用する薬で、シクロフォスファミドはアンスラサイクリン系の薬などと組み合わせて使われます。

その他

  細胞の分裂過程を阻害するビノレルビン、遺伝子合成を抑える5−FU(フルオロウラシル)やメトトレキサートなどがあります。

期待される再発抑制効果

 抗がん剤を投与すると少なくとも多くの患者さんに一時的な効果を認めるため、なるべく多くの患者さんに行われた時期もありました。しかし現在では抗がん剤を行うことによる生存率の改善効果は限られた患者さんに大きく、一方あまり効果がない患者さんも分かってきたため、副作用とのバランスを考え、効果が期待できる患者さんに対象が絞られるようになってきました。

 やや専門的な話で恐縮ですが、抗がん剤の効果は次のようにして考えられています。①抗がん剤が効くタイプかどうか? これにより相対的な再発抑制効果(relative risk reduction)を推計します。②抗がん剤を行わなかった場合、どの程度の再発が予測されるか?これをベースラインリスク(baseline risk)と呼びます。①と②を掛け合わせたものが、実質的な再発抑制効果(absolute risk reduction)となります。再発の可能性が40%ある患者さんに、再発抑制効果が30%ある治療を行うと0.4×0.3=0.12となり12%の人が救われるという推計を行います。この数字が大きいほど、副作用を覚悟で、抗がん剤を行った方がよいということになりますし、この数字が小さければ、治療の意味があまりないということになります。
 再発抑制効果が高いということは良い治療といえるし、たとえ再発抑制効果が大きくても、あまり再発しない患者さんに治療しても、成果が上がらないことがおわかりいただけると思います。

乳がんのタイプ別の治療法

    ホルモン受容体陽性 ホルモン受容体陰性
HER2陰性 (低増殖能) ルミナールA
<ホルモン療法>
トリプルネガティブ
<化学療法>
(高増殖能) ルミナールB(HER2陰性)
<ホルモン療法+化学療法>
HER2陽性 ルミナールB(HER2陽性)
<ホルモン療法+化学療法+分子標的療法>
HER2タイプ
<化学療法+分子標的療法>
コラム 大切な初期治療

 がんが発見されて最初に行う治療を「初期治療」といいます。再発や転移によって、2回、3回と治療を繰り返す場合の治療と区別するためにこのような言い方をします。
 抗がん剤治療でも、初回の治療が大切です。薬物治療がうまくいかず、臓器転移をおこした場合は、その後の治療によって、一時的な症状の改善はみられても、治癒の可能性が極めて少なくなるからです。
全身に転移したがんの量(腫瘍量)が少ない場合は、薬物療法による完治の期待がありますが、レントゲンなどで診断できるほどの臓器転移が成立した場合は、完治は困難になります。したがって乳がんの薬物療法は先手必勝、緒戦の勝利が絶対条件になるのです。
ただ抗がん剤はそれなりの副作用があるため、そもそも効かない人には必要ないし、抗がん剤をやらなくても再発しない人にも必要ないということが言えます。抗がん剤の効果が期待でき、なおかつ再発のリスクがある人には、最適なスケジュールと量で妥協なくやり切るというメリハリが重要なのです。

抗がん剤の副作用

脱毛や吐き気、白血球減少

 抗がん剤には、個人差はありますが、それぞれに副作用があります。しかし、ある程度副作用の傾向も決まっているので、現在はその対処のしかた、予防の方法もずいぶん進歩しています。このためあまりこわがらないでもだいじょうぶです。まず、主な薬剤の代表的な副作用を見てみましょう。

AC療法(同系統のものにEC療法、FAC療法、FEC療法があります)

 3週ごとに通常4回の点滴(4サイクル)を行います。
 1990年代以降、標準的な投与法として幅広く用いられてきました。現在はTC療法に置き換わりつつあります。アドリアマシン(A)を類似薬のエピルビシン(E)に代えたのがEC療法で、さらに5-FUを組み合わせたのがFAC療法、FEC療法です。3週間に一度の点滴を計4回行います。短期間で終わることが利点ですが、脱毛と吐き気が副作用として問題になります。

TC療法

 AC療法のアドリアマイシンをタキソテールに置き換えたのがTC療法で、2006年末の論文発表から使用頻度が増えてきました。元々アメリカで研究が進んだ経緯があり、4サイクルの抗がん剤としてはアメリカではTC療法が主流ですが、ヨーロッパではまだまだEC療法、FEC療法が健闘しており、日本がその中間くらいの状況です。主な副作用としては脱毛、全身倦怠感、皮疹、末梢神経障害などが知られています。

AC→T療法(同系統のものにFEC→T療法)

 AC療法やFEC療法を4サイクル行った後、引き続きタキソテールやタキソールを投与する方法です。再発のリスクが高く、化学療法の効果が高いと予想される患者さんに用いられます。副作用の内容としてはAC療法、TC療法と大きくは変わりませんが、治療が長期に及ぶ分、副作用もきつくなります。

 以上の3タイプの他にはTAC療法やCMF療法が行われています。TAC療法はアメリカで主に行われており、CMF療法は1980年代~90年代に行われた治療法で、効果はやや落ちますが副作用の少なさが評価され今でも高齢者に行われる場合があります。

主な副作用とその対策

 副作用は、抗がん剤の効果と比例するものではなく、副作用が強いから効果も高いというわけではありません。ですから、副作用はがまんしないで、薬で抑えたり、適切な対策をとって乗り切りましょう。

吐き気・嘔吐

 吐き気も個人差が大きいのですが、アドリアマイシンやエピルビシン、シクロフォスファミドなど、吐き気が出るリスクが高い抗がん剤を使う場合には、抗がん剤の点滴をする前に、吐き気止めを注射や内服で用います。
 5-HT3受容体拮抗剤、副腎皮質ステロイドホルモンが主に用いられていますが、最近では新規5-HT3受容体拮抗剤のパノロセトロン、NK1受容体拮抗剤のアプレピタントが使用可能になり、抗がん剤のタイプによって選択の幅が広がりました。
 また、一度強い吐き気を経験すると、化学療法が始まると思っただけで吐き気が出てしまう(予期性嘔吐)ことがあります。この予防にはもちろん嫌な経験を一度でもしないようにすることが重要ですが、抗不安薬などの内服により緩和できることが知られています。

日常生活でできる工夫

☆抗がん剤を投与する日の食事は、軽めにする。
☆食事を少しづつとり、一度に満腹にならないようにする。
☆ 食事や飲み物は、ゆっくりとる。
☆油っぽいものや消化の悪いものは避ける。
☆臭いによるムカツキを防ぐには、食べ物を冷やしたり、冷ましてから食べるとよい。
☆リンゴジュースやグレープスルーツジュースを冷やして飲んだり、氷を口に含む。
☆食後はすぐに横になるより、1時間ぐらい椅子に座って休む。
☆映画を見たり、音楽を聞く、おしゃべりをするなど、好きなことに集中して気分転換をはかる。

白血球の減少や貧血など骨髄抑制

 抗がん剤によって、血液中の血球成分をつくる骨髄の働きが低下するために起こる副作用です。白血球が減少すると、免疫@めんえき@が低下して病原菌に感染しやすくなります。そのために、カゼや肺炎、発熱、虫歯の痛みやはれ、食中毒などにもかかりやすくなります。
 ふつう、白血球は抗がん剤を投与して1週間前後から低下しますが、3週間ほどで回復します。実際に感染を起こすことは少なく、発熱など感染があった場合には、抗生剤で治療します。白血球(好中球)の量が減少しすぎた場合には、白血球を増やす薬を使ったり、抗がん剤の量を減らしたり、しばらく治療を休んだりして対処します。
 赤血球が減少すると、貧血になってだるくなったり、息切れを感じることもあります。血小板が減少すると、出血しやすくなるので、鼻血や歯茎からの出血、下血などがあったら、医師や看護師に相談してください。

日常生活でできる工夫

☆治療中は、人が多い場所にはなるべく行かない。
☆外出したら、手洗いとうがいを忘れずに。
☆38度以上の発熱があったら、医師、看護師に相談する。
☆膀胱炎やカゼ症状など、感染症状に気づいたら病院へ。

脱毛

 外見が変わってしまうので、精神的にも非常にストレスが大きいのが脱毛です。髪の毛だけではなく、眉毛や体毛まで抜けてしまうこともあります。
 残念ながら、脱毛を根本から防ぐ手段はありません。ただ、ちょっとした工夫で、気持ちをやわらげることはできます。そして、治療が終わればすぐに毛がはえてきて、元通りになることを忘れないでください。

 

日常生活でできる工夫

☆朝起きたとき、寝具にたくさん毛髪が落ちていたり、シャンプーやブラッシングのときに大量に毛が抜けるのは、決して気持ちのよいものではありません。できれば、治療前に髪を短くしておきましょう。
☆シャンプーは刺激の少ないものに。
☆ブラシはやわらかいものに。
☆パーマや毛染めはお休みに。
☆あらかじめ、気に入った帽子やバンダナを用意して。
☆脱毛が起きる前に、カツラを用意する。

口内炎や味覚の変化

 抗がん剤による口内炎は、口の中がただれたり、潰瘍@かいよう@ができて、痛みで食事をとれないほどひどくなることもあります。そのために、病原菌の感染が起こることもあります。こうしたときは、局所麻酔薬の入ったうがい薬を使ったり、鎮痛剤を使います。

日常生活でできる工夫

☆やわらかい食事や流動食にする
☆口の中を清潔にしておく。うがいは、起床時、毎食後、就寝前など、1日7~8回以上を目安に。
☆歯磨きはやわらかい歯ブラシを使う。
☆可能ならば、化学療法をはじめる前に歯科医で歯の掃除を。

 また、苦みを感じたり金属のような味がしたり、味覚の低下や過敏になるなど、味覚にも異常が起こることがあります。味覚異常には亜鉛@あえん@が効くことがあるので、医師や看護師に相談してみましょう。
 フルオロウラシルやカペシタビンなどの抗がん剤は、「手足症候群」を起こすことがあります。手足の裏が刺すように痛んだり、感覚が鈍る、発赤@ほつせき@や発疹@ほつしん@、かゆみなどが出て患者さんを悩ませます。保湿クリームやステロイドの塗り薬で軽減することもありますが、ひどい場合は薬の量を減らしたり、中止することもあります。

その他

 このほか、下痢やむくみ、便秘、関節や筋肉の痛み、タキサン系の抗がん剤では、手足のしびれやピリピリ感、刺すような痛み、感覚が鈍くなるなど、末梢神経傷害があらわれることがあります。まだこれを防ぐ薬はありませんが、治療が終われば多くは改善していきます。

コラム 副作用からの回復

 抗がん剤には、さまざまな副作用があり、健康なときならばあまり深刻には考えない口内炎やしびれ、皮膚の発疹なども、ひどくなると治療を中断しなければならないこともあります。
 ただし、治療が終わればほとんどの症状は回復していきます。そのスピードは、副作用の種類によっても異なりますが、たとえば皮膚の症状や毛髪などは、細胞の入れかわる速度が速いので、治療を終えて数週間で回復してきます。とはいえ、髪の毛を伸ばすのと同じですから、元の髪形に戻るには何カ月かかかります。
 タキサンによるしびれや手足の感覚異常などは、もう少し時間がかかって、治療終了後9カ月以内に半数の人が回復すると報告されています。

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分子標的治療薬とは

分子標的治療薬とは

がん細胞をねらい撃ち

 抗がん剤が、その毒性でがん細胞も正常細胞も無差別に攻撃するのに対し、がん細胞の生物学的特性に的@まと@をしぼって攻撃するのが、「分子標的治療薬」です。
 分子レベルでがんの研究が進んだ結果、がん細胞ががん細胞であるためには、いろいろなメカニズムが必要であることがわかってきました。栄養を取り込むために、にわかづくりの血管を引き込んだり、どんどん分裂増殖したりします。こうしたメカニズムに的をしぼって、がん細胞をねらい撃ちするのが、分子標的治療薬です。正常細胞には、こうした特性はないので、攻撃目標にはなりません。
 そのため、分子標的治療薬には、これまでの抗がん剤のような副作用はあまり認めません。ただし、別の副作用が出ることはあります。
 分子標的治療薬は、がんの薬物療法に新たな選択肢を設け、治療法を大きく前進させました。現在、がんのメカニズムが解明されるとともに、さまざまな分子標的治療薬が開発され、治療に使われています。なかでも最も成功した分子標的治療薬の一つが乳がんに使われる「トラスツズマブ」(商品名ハーセプチン)です。

以前は悪性といわれたタイプ

 トラスツズマブは、がん細胞の表面にあるHER2という受容体(HER2タンパク)に結合して、増殖を阻止する抗体治療薬です。
 エストロゲンが、細胞表面にあるホルモン受容体に結合してホルモンとして作用するように、HER2受容体に作用物質が結合すると、細胞に増殖命令が出ます。正常細胞にもHER2受容体はあるのですが、乳がん細胞の中にはHER2受容体が異常にたくさん出ている(過剰発現)ものがあります。こういうタイプのがんは、ホルモン療法が効かないタイプの乳がんに多く、過剰な増殖命令が出てどんどん増殖するので、がんとしての悪性度が高い、タチの悪い乳がんと言われていました。

強陽性が適応

 ところが、トラスツズマブが開発されて、状況は一変しました。トラスツズマブはHER2受容体にとりつき、HER2受容体に作用物質が結合するのをブロックします。その結果、細胞に増殖命令が出なくなるのです。トラスツズマブが結合することで、免疫細胞もがん細胞を認識しやすくなり、攻撃をはじめます。こうして、がん細胞は生き残ることができなくなります。
 トラスツズマブの適応になるのは、HER2タンパクがたくさん発現している「強陽性」の人です。検査には、がんの組織を染色して調べる免疫組織学染色法と、HER2遺伝子を見るフィッシュ法があります。染色法では、0から+3まで4ランクに分けられ、+3ならば問題なく強陽性で、トラスツズマブの適応です。+2の場合は、さらにフィッシュ法で調べ、HER2遺伝子が増殖していればトラスツズマブの適応になります。

分子標的治療薬の効果と副作用

術後の再発予防にも効果

 HER2受容体が強陽性で、分子標的治療薬・トラスツズマブの治療対象になる人は、乳がんの人の20%ぐらいと言われています。
 トラスツズマブが日本で乳がん治療に使われるようになったのは、2001年です。当時、健康保険でトラスツズマブの使用が認められていたのは、再発・転移した乳がんに限られていました。しかし、2005年5月には手術後の再発予防にも大きな効果があるというデータが発表され、現在は手術後の再発予防(術後補助療法)にも使われています。
 特に、抗がん剤と組み合わせて使うと効果が高いことがわかり、タキサン系の抗がん剤と併用したり、アンスラサイクリン系の薬で治療をしたあと、トラスツズマブを投与するといった方法で治療が行われています。
 トラスツズマブは、3週間に1回点滴で投与します(毎週投与する方法もあります)。これを1年間つづけるのが標準的です。
 トラスツズマブによる術後補助療法の対象は、HER2タンパクが強陽性の人で、1cm以上の大きさの浸潤がんの患者さんと当初は考えられていました。しかし今では5mm~1cmの大きさの浸潤がん患者さんもその対象と考えられています。

トラスツズマブの副作用

 トラスツズマブには、脱毛や悪心@おしん@、嘔吐、白血球の減少など、これまでの抗がん剤に見られたような副作用はほとんどありません。
 しかし、投与後数時間から24時間以内に、多くの患者さんに発熱と悪寒@おかん@が見られます。最初は40%ぐらいの患者さんに起こりますが、2回目以降は5%以下と、ごく少なくなります。なぜ発熱や悪寒が起こるのか、その原因はまだわかっていません。
 重い副作用として注意が必要なのは、心臓への影響です。トラスツズマブは心臓機能の低下を起こすことがあります。そのため、同じように心臓に影響があるアンスラサイクリン系の抗がん剤とは同時併用しない方がよいと考えられています。また、治療中は定期的に心臓の検査をすることが必要です。
 トラスツズマブが登場したおかげで、かつて増殖が早く、ホルモン療法もきかない難しいがんといわれていたHER2陽性乳がんは、むしろコントロールしやすいがんというようなイメージに変わりました。
 これは、転移再発した場合でも同様です。再発転移の場合は、ラバチニブというチロシンキナーゼ阻害剤に属する分子標的治療薬も認可されており(転移再発がんの項参照)、さらに現在開発中の薬としてはネラチニブ、ペルツズマブ、T-DM1など目白押しとなっています。しかし、こうした進歩のかげで、最後に残されたのがトリプルネガティブという、ホルモン療法もトラスツズマブも効かないがんです。
(※トラスツズマブの作用メカニズムイラスト)

[コラム] 薬物療法にかかる費用

 乳がんの治療費は、手術費用だけでは済みません。術後補助療法は長期にわたるので、その分費用もかかります。
 一般的に、3割負担で以下のような費用がかかります。(実際には高額医療費の補助制度もあるため、負担額の計算は複雑です)

●手術後の放射線治療は10万円ほど
●タモキシフェンによるホルモン療法は5年間で20万円ほど
●LH-RHアゴニストは2年で36万円ほど
●アロマターゼ阻害薬は、5年間で30万円ほど
●抗がん剤の場合、6カ月で20万~30万円ほど
●トラスツズマブは、1年間で70~80万円ほど

 新薬や分子標的治療薬は薬価が高く、患者さんの大きな負担になっています。このほか、診察代などもあるので、経済的な問題があれば、まず病院のソーシャルワーカーに相談してみましょう。

コラム 残された「トリプルネガティブ」

 乳がん治療では、エストロゲンやプロゲステロンの受容体があればホルモン療法、HER2受容体がたくさんあればトラスツズマブ、という分子標的治療薬が使われます。
 がんそれぞれが持つ個性に狙いをつけて薬物療法を行うわけです。それによって、効かない方への治療を避け、効果の期待できる方に対象を絞って治療を行います。
 ところが、ホルモン受容体が陽性の人は7割、HER2受容体が過剰発現の人は2割に限られています。両方陽性の乳がん(ルミナルB/ルミナルHER2タイプ・○ページ参照))もあります。反対に、どちらも陰性で、ホルモン療法の対象にも分子標的治療薬の対象にもならないという人もいます。これが、「トリプルネガティブ」(ホルモン受容体2種類とHER2受容体で3種と数える)と呼ばれるタイプです。
 この場合、効果が期待できるのは現在のところ抗がん剤だけになります。抗がん剤の効果は高いタイプですが、がんの特性に狙いをしぼって攻撃できないのが、ネックです。
 しかし、トリプルネガティブ乳がんの対策は現在のがん領域の最優先課題の一つでもあり、多くの研究者がかかわっています。トリプルネガティブ自体も、ベイサルライクやクラウディンロウなどのいくつかのサブタイプに分類されることがわかってきました。また、トリプルネガティブに的@まと@をしぼったPARP阻害剤という分子標的薬の開発が進行しています。中でもイニパリブという薬剤が第2相試験(がんを縮小させる効果を見る試験)で有意な効果を示し期待されていましたが、第3相試験(延命効果を見る試験)では全体としての有効性は示せませんでした。紆余曲折は予想されますが、PRAP阻害剤が、必ずトリプルネガティブ乳がんの現在の局面を打開してくれると多くの専門家が期待しています。

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乳がんはどこから発生するのか

乳腺の細胞にできるがん

 ほとんどの乳がんは、乳汁@にゅうじゅう@の通り道である乳管@にゅうかん@と乳汁の製造場所である小葉@しょうよう@から発生します。
 乳房は、簡単にいえば、乳腺組織と脂肪などの皮下組織、皮膚からなりたっています。乳頭部には、乳汁の通り道である乳管が15~20ほど集まっています。その枝分かれした先にあるのが、小葉というブドウの房のような組織です。一粒一粒のブドウの実にあたるのが腺房@せんぼう@という袋状の組織で、腺房が集まって小葉を形成しています。
 乳汁は、この腺房で分泌されて、乳管を通り、乳頭から出てきます。
 乳がんの約9割は、乳管の上皮細胞から発生します。それも、小葉の近く、小葉を出てすぐのあたりにできることが多いことがわかっています。小葉で発生する乳がんは小葉がんとよばれ5%程度の頻度となっています。
 部位でいうと、乳房の外側上部に乳腺組織が多いため、乳がんもその場所にできやすくなっています。

非浸潤がんから浸潤がんへ

 では、乳管に発生した乳がんは、どのように成長していくのでしょうか。
 乳管は、文字通り乳汁が流れる管です。乳管の内側は、一層の上皮@じょうひ@細胞によっておおわれています。乳がんは、この上皮細胞ががん化することから始まります。最初は管の内側で増殖し、この乳管のなかで外から触れることができるほどがん細胞が増えることもあります。
 このように、乳がんが乳管の中にとどまっているものを「非浸潤@ひしんじゅん@がん」といいます。この段階では、がん細胞が無秩序に増殖しても転移は起こしません。ステージでいうと「0期」と呼ばれる状態です。
 こうした初期の非浸潤がんでも、マンモグラフィ検査やエコー検査によって見つけることができます。まだがんは発生した局所にとどまっているので、非浸潤がんの段階で発見し、適切な治療を受ければ理論上は100%治ります。つまり、完治できるのです。非浸潤がんで発見される割合は日本全体では10%程度と思われますが、検診の普及につれて上昇し高い施設では20~30%程度になっています。
 増殖した乳がんは、やがて上皮細胞を支える基底膜@きていまく@を破り、乳腺や小葉の壁を越えて乳管の外に広がっていきます。これが、「浸潤がん」といわれる状態です。シコリができてくるのもこのころからです。がんがある程度大きくなると、腫瘤@しゅりゅう@を形成するので、画像検査で発見しやすくなります。自己検診でシコリに気づくのも、大多数が浸潤がんの段階です。

乳がんは全身病

 しかし、ここでやっかいな問題が出てきます。乳がんは、浸潤がんになったとたんに、血液やリンパ液の流れに乗り、「転移」を起こす可能性が出てくるのです。
 「転移は、かなりがんが進行した段階で起きるのではないか?」と思っている人が多いと思いますが、乳がんの場合は、かなり早くからがん細胞が血管やリンパ管に入り、全身をめぐると考えられています。そのため、「乳がんは最初から全身病である」という意見もあります。
 浸潤がんとして発見された方は、その時点で全身にがんの芽が流れ出している可能性があります。といっても、全身に散らばったがん細胞が、即転移につながるわけではありません。大部分は、免疫などの力で淘汰@とうた@されていると考えられています。
 その中で、一部のリンパ節や臓器に流れ着いたがん細胞が、そこで生き残って根を張り、増殖すると考えられています。それが、やがてリンパ節や臓器の転移となってあらわれてくるのです。
 リンパ節の転移だけであれば十分完治できる可能性がありますが、臓器の転移は完治させることが困難になります。現在の乳がん治療は、こうした乳がんの性質をわかった上で行われています。
 現在、乳がんの手術は、乳房内のがんを確実に切除することを原則としています。60%程度の方はある程度美容的に乳房を残せるため乳房温存手術を行いますが、それができにくい方は乳房を切除(全摘)する手術を行います。確実な手術に放射線治療を組み合わせて局所のがんをコントロールし、さらにホルモン療法や抗がん剤などで全身のがんの芽を摘み取って再発や転移を防ぐ、というのが基本的な考え方になっています。
 ただし、がんが進行すれば進行するほど、再発や転移のリスクが高まることはほかのがんと同じです。早期発見が重要であることに変わりはありません。

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なぜ、乳がんは増えているのか

乳がんの増加背景:要因と影響

乳がんは、全世界的に罹患率が増加しており、特に先進国においてその傾向が顕著です。日本でも、乳がんは女性における主要ながんの一つであり、罹患率は増加しています。この現象には多くの要因が絡んでおり、社会的、環境的、生物学的、そして医療技術の進展に基づくものです。以下に、乳がんの増加の主な要因を説明します。

1. 高齢化社会の進行

乳がんの罹患率の増加は、まず第一に人口の高齢化と密接に関係しています。乳がんは一般的に年齢と共に発症リスクが高まる疾患であり、特に50歳以上の女性に多く見られます。高齢化により、この年齢層の人口が増加していることが、乳がん患者数の増加に直接影響を与えています。

高齢化が進む国々では、医療技術の進歩や生活水準の向上により平均寿命が延び、結果として乳がんに罹患するリスクを抱えた高年齢層の女性が増加しているのです。日本も例外ではなく、高齢化の進展に伴い乳がんの罹患率が増加しています。

2. ライフスタイルの変化

次に、ライフスタイルの変化も乳がんの増加に寄与している要因の一つです。都市化や生活環境の変化により、運動不足や高脂肪食などの生活習慣が増え、これが乳がんリスクの上昇と関連しています。具体的な要因を以下に示します。

  • 肥満の増加:肥満は、閉経後の乳がんリスクを増加させるとされています。体脂肪はエストロゲンの生成を促進するため、肥満の女性は乳がんリスクが高まるとされています。
  • 運動不足:運動はエストロゲンレベルを調整し、乳がんの予防に寄与しますが、現代の都市生活では運動量が減少しており、これが乳がん発症リスクの増加につながっています。
  • 食生活の変化:特に脂肪分の多い食事や加工食品の摂取が増加していることも、乳がんリスクの増加に関連しています。また、アルコールの摂取も乳がんリスクを高める要因の一つとされています。

3. 出産年齢の遅延と少子化

出産年齢の遅延と少子化は、乳がん罹患率の増加と強い相関があります。女性が初めて出産する年齢が遅くなるほど、乳がんリスクが高まることが知られています。これは、エストロゲンにさらされる期間が長くなるためです。エストロゲンは乳腺組織の発達を促進する一方で、がん細胞の増殖も促進することが示されています。

また、少子化により生涯で出産する子供の数が減ることも、乳がんリスクを高める要因の一つです。出産と授乳は乳腺細胞の成熟を促し、乳がんのリスクを減少させると考えられていますが、少子化や授乳期間の短縮により、この保護効果が低減しています。

4. ホルモン補充療法と経口避妊薬の使用

ホルモン補充療法(HRT)や経口避妊薬の使用も、乳がんの発症リスクを高める要因として挙げられます。HRTは、閉経後の女性に対してエストロゲンやプロゲステロンを補充する治療法ですが、このホルモン治療が乳がんリスクを増加させることが確認されています。

経口避妊薬も、エストロゲンとプロゲステロンを含むため、長期間の使用が乳がんリスクをわずかに高めることが報告されています。特に若年層の女性が長期にわたりこれらの薬を使用する場合、その影響は無視できないものとなります。

5. 環境要因と化学物質

現代社会における環境要因も、乳がんの増加に寄与しています。例えば、環境ホルモン(内分泌かく乱物質)と呼ばれる化学物質は、体内のホルモンバランスを乱す可能性があり、乳がんのリスクを高めるとされています。プラスチックや農薬、工業製品などに含まれる化学物質が、人体に取り込まれることで内分泌系に影響を与え、長期的に乳がん発症リスクを増加させると考えられています。

また、大気汚染や食品中の添加物など、日常的に曝露される環境因子が、がんリスクにどのように影響するかについての研究も進んでおり、その関連性が次第に明らかになっています。

6. 乳がんの早期診断技術の向上

乳がん罹患率が増加しているように見える一因は、乳がんの早期診断技術の向上です。マンモグラフィーなどの検診技術の普及により、これまで見逃されていた早期段階の乳がんが発見されるケースが増えています。早期診断は患者の生存率を高める一方で、検出される乳がん症例数が増えるため、統計上の罹患率が上昇しているように見える可能性があります。

特に先進国では、定期検診の受診率が高まっており、がんの発見が早まることで統計的な増加が見られます。これにより、実際には乳がんが増えているのではなく、単に検出率が上がっただけの部分もあります。

7. 遺伝的要因と家族歴

最後に、遺伝的要因も乳がんの発症リスクに影響を与えています。乳がんにはBRCA1およびBRCA2と呼ばれる遺伝子が関連しており、これらの遺伝子変異を持つ女性は乳がんリスクが著しく高まります。この遺伝子変異を持つ家族歴がある場合、乳がんのリスクは一般人口よりも高くなります。

近年の遺伝子検査技術の進展により、これらの遺伝子変異を早期に発見し、予防的な対策を取ることが可能になっていますが、一方で遺伝的リスクを抱える女性が増加していることも、乳がん患者数の増加に寄与していると考えられます。

結論

乳がんの罹患率が増加している背景には、人口の高齢化、ライフスタイルの変化、出産年齢の遅延や少子化、ホルモン療法の普及、環境要因、診断技術の進歩、遺伝的要因など、多岐にわたる要素が絡んでいます。特に先進国では、生活習慣や社会的な変化が乳がんリスクに大きな影響を与えていると考えられます。

今後、乳がん予防のためには、これらのリスク要因に対する啓発活動や生活習慣の改善が重要となるでしょう。また、早期発見のための検診の普及や、遺伝的リスクを持つ人々への適切なサポートも必要です。乳がんの増加傾向を抑制するためには、個々のリスク要因を減少させるだけでなく、社会全体での予防・治療体制の整備が重要です。

以上、2024年10月作成


女性ホルモンと乳がん

かつて、日本は先進国の中でも乳がんの少ない国といわれました。しかし、いまでは女性のかかるがんのトップが乳がん。計算方法にもよりますが、多く見積もると一生の間に16人に1人の日本人女性が乳がんになると予測されています。
7~8人に1人の女性が乳がんになるとされるアメリカとくらべればまだ少ないとはいえ、日本での乳がんは増加の一途をたどっています。女性のがんでも子宮頸@頸ルビ:けい@がん(子宮の入り口にできるがん)は減少しているのに、なぜ乳がんが増えているのでしょうか。
その原因の一つとして指摘されているのが、女性のライフスタイルの変化です。乳がんは「ホルモン依存性のがん」といわれ、乳がんの70%はエストロゲン(卵巣ホルモン)の働きで成長します。エストロゲンは卵巣から分泌され、子宮内膜@内膜ルビ:ないまく@の増殖や乳腺の増殖などをコントロールする女性ホルモンで、そのエストロゲンの働きで乳がん細胞も増殖していくのです。
エストロゲンの分泌は、妊娠したり閉経@へいけい@すると低下します。ところが、最近は初潮@しょちょう@が早くなり、逆に閉経が遅くなっているので、それだけ乳腺がエストロゲンの影響を受ける期間が長くなっています。その上、女性の社会進出が進むにつれて高齢出産が増えたり少子化が進み、また出産しない女性も増えています。その結果、エストロゲンの分泌が止まる期間が短くなっているというわけです。
数人の子供を持つのがあたりまえだった時代とは、ホルモン環境がかなり変わってきています。授乳も、乳がんを防ぐ方向に働きます。現代女性のライフスタイルが、乳がんの発生しやすい環境をつくっているともいえます。

閉経後の肥満も危険因子

肥満も、乳がんの発生と深くかかわっています。
かつて、日本人の乳がんは閉経前の女性に多かったのですが、いまでは閉経後の乳がんも増えています。その要因としてあげられているのが、肥満です。
これも、やはり女性ホルモンとの関係です。卵巣からのエストロゲンの分泌は、閉経によって止まります。ところが、閉経後は脂肪細胞で男性ホルモンがエストロゲンに変換されます。そのため、肥満して脂肪細胞の量が多い人は、それだけたくさんエストロゲンがつくられることになります。その結果、閉経後もエストロゲンの作用がつづき、乳がんのリスクが高まるのです。
食生活が豊かになり、更年期以降に肥満する女性も増えてきました。これも、乳がんを増やしている原因の一つと見られています。

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どんな人が乳がんになりやすいのか

40後半~50代がピーク

 年齢別に乳がんの罹患(りかん)率(乳がんにかかる人の割合)をみると、30代後半から増え、40代後半から50代前半にピークを迎えていることがわかります。つまり、乳がんは、仕事や家事、子育てに忙しい年齢の女性に一番多いがんなのです。
 しかし、閉経(へいけい)したからといって安心できるわけではありません。60代後半あたりまで、やや罹患率は低くなるものの、横ばいのまま推移していきます。日本では乳がん全体が増えていますが、年齢別にみると、これまで少なかった閉経後の女性に増え欧米型の年齢分布に近づいているというのが最近の特徴なのです。

乳がんのリスクファクター

乳がんのリスクファクター(危険因子)としては、

・ 初潮(しょちょう)年齢が早い ・ 閉経年齢が遅い ・ 一度も出産したことがない ・ アルコールや喫煙 ・閉経後の肥満

などがあげられます。

 最初の月経や出産などに関連した項目はエストロゲンとの関係です。日本乳癌学会がまとめたガイドラインによると、これは、ほぼ確実に乳がんのリスクを高めるとみられています。
 アルコールと喫煙は、同じ嗜好品でも少しレベルが違います。アルコールは、乳がんのリスクを高めることはほぼ確実ですが、喫煙の方は可能性があるという程度です。とはいえ、喫煙は肺がんを初め、咽頭がんや食道がんなどほぼあらゆるがんのリスクを高めるので、禁煙が重要です。
 興味深いのは、肥満です。閉経後は肥満が乳がんのリスクを高めることはあきらかです。一方、閉経前の女性の場合には、逆に肥満が乳がんのリスクを減少させるという報告があります。その理由はよくわかっていませんが、肥満によって排卵@はいらん@がなくなり、女性ホルモン(黄体(おうたい)ホルモン)の分泌が停止するせいではないか、という仮説もあります。
 かつては、脂肪の取りすぎが乳がんを増やしているのではないか、といわれましたが、これは十分な根拠がないようです。反対に、閉経後の運動は確実に乳がんのリスクを減らすと評価されています。更年期を過ぎたら意識して肥満を防ぎ、運動することも大切な乳がん対策です。

乳がんのリスクファクター(危険因子)チェックリスト

□ 初潮が早い(12歳未満)
□ 年齢が40歳以上
□ 出産経験がない、あるいは初産が30歳以降
□ 閉経年齢が55歳以降
□ 閉経後の肥満
□ 血縁者(特に母、姉妹)に乳がんの人がいる
□ 片側が乳がんになったことがある
□ 乳房の病気(乳腺炎など)になったことがある
□ 子宮体がん、卵巣がんになったことがある
□ 多量の飲酒
□ 喫煙

 

良性の乳腺の病気も注意が必要

 放射線の大量被曝も、乳がんの確実なリスク因子です。  そのほか、良性の乳腺の病気も場合によっては注意する必要があります。たとえば、乳腺症は乳がんとは直接関係のない乳腺の変化です。ところが、こうした乳腺が良性の変化を起こした人の中に、のちに乳がんを発症するケースがあるのです。特に、「異型過形成<いけいかけいせい>」の場合が要注意とされています。  過形成というのは、簡単にいえば細胞が過度に増殖して増えるという意味です。がんと似た印象を受けるかもしれませんが、イボやタコも過形成の一つです。過形成はよく見られる良性の変化です。ところが、これに異型性が重なると、将来のがんの危険度が高まるのです。  がんの病理診断は、顕微鏡で細胞の「顔つき」を見て行われます。がんとは違うが、正常細胞とも違う形をした細胞のことを異型細胞といいます。乳腺の病気で、細胞が過度に増殖し、細胞の形も少し変化しているような場合には、良性の変化と判断できても、定期的に検査を受けたほうが安心です。

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乳がん家系は要注意

乳がんと家系

乳がんは、乳腺組織の細胞が異常増殖することで発症するがんで、女性に多いがんの一つです。乳がんの発症にはさまざまな要因が影響しますが、その中でも「家族歴(乳がん家系)」が関係することがよく知られています。乳がん家系とは、親族や家族の中に乳がん患者が多く存在することを指しますが、こうした家系の人々は他の人よりも乳がんを発症するリスクが高まるとされています。

家族歴が乳がんの発症にどの程度関与するかは、遺伝的要因や生活習慣の共通性など、さまざまな側面から考えられています。特に遺伝的な側面が関わる場合、遺伝子異常(突然変異)が乳がんの発症リスクを引き上げる原因となります。家族歴があるからといって必ずしも乳がんになるわけではありませんが、乳がん家系であることが判明している人は、定期的な検診やセルフチェックを通じて、早期発見や予防に努めることが推奨されています。

遺伝性乳がんとは

乳がんは多くの場合、遺伝的な要因だけでなく環境要因や生活習慣などが複合的に関わって発症します。しかし、家族歴がある場合、遺伝性乳がんとして知られる遺伝子の突然変異が影響する可能性が高いです。遺伝性乳がんのうち代表的なものに「BRCA1」「BRCA2」遺伝子の変異が関与するものがあり、この2つの遺伝子が変異すると、通常の乳がんリスクよりもはるかに高いリスクが生じます。

BRCA遺伝子とは

BRCA1およびBRCA2遺伝子は、もともとがん抑制遺伝子として知られており、DNAの損傷を修復する役割を担っています。しかし、これらの遺伝子に変異があるとDNA修復機能が低下し、細胞の異常増殖を抑制する能力が減少します。結果的に、がん細胞が増殖しやすくなるため、乳がんや卵巣がんのリスクが高まることが確認されています。BRCA変異を持つ女性が生涯で乳がんを発症するリスクは40~70%とされており、遺伝性乳がんの患者ではこの変異が非常に高頻度で認められています。

家族歴がある場合の乳がんリスク

乳がん家系にある場合、家族や親族に乳がんや卵巣がんを発症した人がいるため、リスク評価が重要となります。特に以下のようなケースがある場合、家族歴に基づく乳がんリスクが高いとされています:

  • 親、兄弟姉妹、子供などの近親者に乳がんを発症した人がいる
  • 家族内に若年で乳がんを発症した人がいる
  • 同じ親族が乳がんと卵巣がんを両方発症している
  • 男性の親族が乳がんを発症している
  • 多発性乳がんや両側性乳がんが家族内に多く見られる

これらの状況が確認される場合、BRCA1やBRCA2の遺伝子検査を行うこともあります。遺伝子検査によって変異が確認された場合は、早期発見や発症リスクの低減を目的とした医療サポートを受けることが可能です。また、乳がん家系の人々は乳がん検診や専門医との相談を通じて、リスク管理を行うことが推奨されています。

乳がん家系の人が行うべきリスク管理

乳がん家系の人々がリスクを管理するための方法には、主に以下のようなものがあります。

1. 定期的な乳がん検診

乳がん家系にある場合、年齢にかかわらず、通常の検診よりも早期に定期的な乳がん検診を開始することが推奨されます。乳がん検診には、マンモグラフィー、エコー(超音波検査)、MRIなどがあります。これらの検査は乳がんを早期に発見するために重要です。特にリスクが高い人は、乳房の密度が高い場合などにはマンモグラフィーに加え、MRI検査も考慮されます。

2. セルフチェックの習慣

セルフチェックは、毎月一度、自身で乳房を触診する方法です。セルフチェックでは、しこりや乳房の形状の変化、乳頭からの分泌物の有無などを確認します。こうした小さな変化に気づくことが、乳がんの早期発見につながる場合もあります。特に乳がん家系の人は、セルフチェックの重要性を理解し、定期的に行うことが重要です。

3. 遺伝子検査の検討

乳がん家系で乳がんの発症リスクが高い場合、BRCA1やBRCA2の遺伝子検査を受けることでリスクの可視化が可能です。遺伝子検査は、自身の乳がんリスクを把握し、リスク軽減のための予防的な措置を検討するために役立ちます。遺伝子変異が確認された場合、予防的な乳房切除や卵巣摘出などの選択肢もありますが、こうした措置は慎重に検討する必要があるため、医師や遺伝カウンセラーとの相談が重要です。

4. 生活習慣の見直し

乳がんのリスクには、家族歴や遺伝的要因以外にも、生活習慣が大きく関わります。例えば、喫煙や過度の飲酒は乳がんのリスクを高める要因とされています。また、肥満や運動不足も乳がんリスクを高めることが知られているため、バランスのとれた食事、定期的な運動、ストレスの軽減といった生活習慣の見直しは、乳がん予防に有効です。

5. 医師や専門家との相談

乳がん家系にある場合、専門家との相談は非常に重要です。乳がん専門医や遺伝カウンセラーは、リスク評価や適切な検診方法についてアドバイスを提供し、乳がんリスクを効果的に管理するためのサポートを行います。また、乳がん家系にあると診断された場合、心理的なサポートが必要な場合もあるため、必要に応じてメンタルヘルス専門家への相談も考慮されます。

乳がん家系の重要性とその啓発

乳がん家系にある人々が早期発見や予防に努めるためには、乳がん家系に関する正しい知識が重要です。乳がん家系についての啓発が進むことで、家族歴を持つ人々が早期にリスクを自覚し、適切な対策を講じることが期待されます。

また、乳がん家系にある人々が必要なサポートを受けられるようにするため、社会的な支援の整備も求められます。乳がん家系にあるかどうかを知るための遺伝子検査やカウンセリングへのアクセスを改善することで、多くの人が適切なタイミングで医療支援を受けられる環境が必要です。特に家族歴に関する情報を収集しやすくし、乳がんのリスクを認識しやすくすることが啓発活動の一環として重要です。

まとめ

乳がん家系にある場合、遺伝的要因が乳がんリスクに関与している可能性が高く、通常よりもリスク管理が重要となります。家族歴がある人々は定期的な検診やセルフチェック、遺伝子検査、生活習慣の見直しを通じて、リスク軽減に努めることが推奨されます。さらに、家族歴に基づく乳がんのリスクを正しく理解し、医師や専門家との相談を通じて最適なリスク管理を行うことが重要です。

乳がん家系にある人がリスクを軽減し、安心して生活できるためには、医療や社会全体の支援が不可欠です。乳がん家系の啓発と適切なサポート体制の整備を通じて、家族歴を持つ人々が早期にリスクに気づき、乳がんの予防や早期治療に取り組むことが可能となるでしょう。

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乳がんを見つけるための検査

乳がんを見つけるための検査

乳がんは早期発見が非常に重要ながんのひとつであり、早期に発見することで治療の選択肢が増え、予後も大幅に改善されます。乳がんの早期発見に向けた検査にはいくつかの方法があり、これらは主に画像検査と触診によるものです。ここでは、乳がんを見つけるための代表的な検査方法について、その概要、特徴、利点と限界をまとめます。

1. 乳がん検査の概要

乳がん検査は、主に3つのアプローチで行われます:自己検査、医療機関での触診、そして画像検査です。自己検査や触診はしこりや異常な腫れを早期に発見するための簡易的な方法として有効ですが、実際に乳がんを診断するには医療機関での画像検査が必要です。

2. 乳がんを見つけるための画像検査

2.1 マンモグラフィー

概要と仕組み
マンモグラフィーは、乳房をX線で撮影することで乳腺組織内の異常を検出する方法です。X線撮影により乳腺やしこり、石灰化(微小なカルシウム沈着)などを映し出し、がんの早期兆候を発見することができます。

利点
マンモグラフィーは乳がんの早期発見に最も有効な手法とされています。特に石灰化や乳房内の構造の変化を把握しやすいため、腫瘍が小さい段階でも検出可能です。また、マンモグラフィーは集団検診でも多く用いられており、定期的に受けることで乳がん発症リスクの高い人でも早期発見が可能です。

限界
マンモグラフィーにはいくつかの限界もあります。特に乳腺密度が高い若年層の女性では、がんが見つかりにくい場合があります。また、X線を使用するため被曝のリスクがゼロではありませんが、実際の被曝量は少ないため、安全性には問題はありません。しかし、繰り返し受ける場合には慎重な検討が必要です。また、乳がんと誤って診断される「偽陽性」のリスクもあり、不必要な追加検査や精神的負担がかかる場合もあります。

2.2 超音波検査(エコー)

概要と仕組み
超音波検査は、超音波を乳房に当て、反射波を画像化して乳腺の内部構造を映し出す方法です。超音波検査は非侵襲的であり、痛みがなく、放射線を使用しないため安全性が高いのが特徴です。特に乳腺が密な若年女性や妊娠中の女性でも安全に行うことができ、乳房のしこりの性状を評価するのに適しています。

利点
超音波検査は、乳腺の密度が高い場合でもしこりをはっきりと観察でき、特に小さなしこりの有無を確認するのに有効です。また、マンモグラフィーで見つけたしこりが液体なのか固体なのかを区別するためにも使われ、乳がんの検査においては重要な役割を果たします。

限界
超音波検査はしこりの性質を明確にするのには適していますが、マンモグラフィーほど石灰化の検出には適していません。また、検査の結果は技術者や医師のスキルに依存する部分が大きく、経験が浅い場合、異常を見逃す可能性もあります。そのため、乳がんのスクリーニング検査としてはマンモグラフィーの補助として使われることが多いです。

2.3 MRI(磁気共鳴画像法)

概要と仕組み
MRIは強力な磁場とラジオ波を用いて体内の断層画像を作成する検査方法です。乳がんの検査においては造影剤を用いたMRIが一般的で、乳房内の血流量の変化を捉えることで腫瘍を見つけやすくします。

利点
MRIは、乳房の形状や密度に左右されずに非常に高精度な画像を提供できるため、特に乳房再発リスクが高い人やBRCA1/BRCA2遺伝子の変異を持つ人など、リスクの高い人の精密検査に適しています。また、マンモグラフィーやエコーでは検出が難しい小さな病変や周囲組織への浸潤の有無も確認しやすいという利点があります。

限界
MRIは非常に高価であり、また検査に時間がかかるため、一般的なスクリーニング検査には適しません。また、造影剤を使用するため、腎臓に負担がかかることもあり、腎機能が低下している患者には慎重な検討が必要です。また、非常に敏感な検査であるため、乳がんでない病変を乳がんと誤って診断する「偽陽性」が高くなり、追加の検査や不安を引き起こす可能性があります。

2.4 PET検査(陽電子放射断層撮影)

概要と仕組み
PET検査は、がん細胞が通常の細胞よりも多くのブドウ糖を消費する性質を利用した検査です。放射性物質で標識したブドウ糖を体内に注入し、その分布を画像化することでがんの存在を確認します。乳がんの場合は、特に転移の確認や再発リスクの高い症例に対して使用されます。

利点
PET検査は全身のがんの有無を確認することができるため、乳がんが他の部位に転移しているかを評価するために非常に有用です。また、化学療法の効果を評価する際にも使用されます。

限界
PET検査は非常に高額であり、がん細胞以外にも炎症や他の良性疾患にも反応するため、乳がんスクリーニングには通常使用されません。また、放射線被曝が伴うため、妊娠中の女性や被曝量に敏感な人に対しては適用が制限されることがあります。

3. 触診および自己検査

乳がんの検査には画像検査だけでなく、触診や自己検査も重要です。特にセルフチェックは、しこりや乳房の異常を早期に発見するための重要な手段として推奨されています。

3.1 医師による触診

医師による触診は、患者の乳房やリンパ節を直接触れて確認する方法です。医師はしこりの有無や乳房の変化、リンパ節の腫れなどを確認し、必要に応じて画像検査や生検を行います。触診は、医師の経験や技術によって精度が異なる場合がありますが、患者がしこりに気づく前に発見されることもあり、簡易的かつ低コストで有用な検査方法です。

3.2 自己検査(セルフチェック)

セルフチェックは、毎月自分で乳房を触診し、しこりや変化がないかを確認する方法です。自己検査により、乳房に異常が生じた場合に早期に気づくことができます。乳がんの多くは、患者自身がしこりを感じることから発見されるため、セルフチェックの習慣は乳がんの早期発見に役立ちます。

限界
自己検査は、主観的であり、しこりが小さすぎて気づかれない場合や、脂肪組織が多い乳房では正確な判断が難しいことがあります。そのため、セルフチェックはあくまでも日常の健康管理の一環であり、確定診断には必ず医師による画像検査が必要です。

4. 生検

生検は、乳がんの確定診断に不可欠な検査です。マンモグラフィーや超音波で異常が確認された場合、細胞や組織を採取して顕微鏡で観察し、がん細胞の有無を確認します。

4.1 針生検

針生検は、細い針を乳房に挿入し、しこりの一部を採取して診断する方法です。特にコアニードル生検は細胞レベルだけでなく、組織全体の構造を確認するために有効です。

4.2 外科的生検

外科的生検は、局所麻酔下でしこりの一部または全部を切除する方法です。針生検よりも正確な診断が得られる場合もありますが、侵襲的であるため負担が大きくなります。

5. まとめ

乳がんを見つけるための検査には、マンモグラフィー、超音波検査、MRI、PET、触診、自己検査、生検など多様な手法があります。これらの検査は、組み合わせることで精度を上げ、乳がんの早期発見に繋げることができます。特に乳がん検診や定期的なセルフチェックを通じて、自身の健康状態を確認し、少しでも異変を感じた場合には医師の診断を受けることが重要です。

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治療方針を決めるための検査

乳がんの治療方針を決めるための検査

乳がんと診断された後、患者にとって最適な治療方針を決定するためには、がんの進行度やタイプ、患者の体調、遺伝的リスクなどを総合的に評価する必要があります。これらの情報を得るためにさまざまな検査が行われ、それぞれが治療方針の決定において重要な役割を果たします。本稿では、乳がんの治療方針を決めるための主要な検査について、具体的な方法や目的、利点と限界を紹介します。

1. ステージング検査(がんの進行度を評価するための検査)

乳がん治療において、がんの進行度(ステージ)を把握することは極めて重要です。ステージはがんの大きさやリンパ節転移、他の臓器への転移の有無によって決定され、治療方法や予後の見通しを立てる指針となります。

1.1 画像診断

がんのステージングには、主に以下の画像検査が使用されます:

  • 超音波検査:乳房や脇の下のリンパ節の状態を評価するために用いられます。乳がんが乳腺以外の部位に広がっているかを調べ、リンパ節転移の有無も確認します。
  • CT検査:がんが他の臓器(肺や肝臓など)に転移しているかを確認するために用いられる画像検査です。造影剤を使うことで、がんの広がりや位置をより正確に把握することができます。
  • MRI検査:乳房内の腫瘍の詳細な位置や大きさを把握するために用いられ、特に乳房密度が高い患者や、複数の腫瘍が疑われるケースで有効です。また、乳がんが他の組織や臓器に浸潤しているかを詳細に確認するためにも使われます。
  • 骨シンチグラフィ:乳がんが骨に転移しているかを確認するための検査です。造影剤を投与し、骨の代謝が活発な部分を画像で確認することで、転移の有無が判明します。

1.2 リンパ節生検

乳がんがリンパ節に転移しているかを確認するために、センチネルリンパ節生検(SLNB)や腋窩リンパ節生検が行われます。センチネルリンパ節はがんが最初に到達するリンパ節であり、ここに転移が見られる場合、腋窩リンパ節にがんが広がっている可能性があります。リンパ節転移があると判断された場合、より積極的な治療が必要となる場合があります。

2. ホルモン受容体およびHER2の状態を評価する検査

乳がんはがん細胞表面に存在する特定の受容体(リセプター)の有無により、ホルモン受容体陽性、HER2陽性、トリプルネガティブなどのサブタイプに分類されます。これらの分類は治療法の決定に大きく影響します。

2.1 ホルモン受容体検査

乳がんの細胞がエストロゲン受容体(ER)やプロゲステロン受容体(PR)を持つ場合、ホルモン受容体陽性とされます。ホルモン受容体陽性乳がんはホルモン療法が効果的であることが多く、ホルモン療法の適応を判断するためにERとPRの状態を確認することが重要です。

2.2 HER2検査

HER2(ヒト上皮成長因子受容体2)というタンパク質が過剰に発現している乳がんをHER2陽性乳がんと呼びます。HER2陽性乳がんは比較的進行が速いとされますが、HER2を標的とした分子標的薬(例:ハーセプチン)が高い効果を示すため、HER2検査により分子標的療法が適用できるかが決定されます。HER2検査にはIHC(免疫組織化学染色法)やFISH(蛍光in situハイブリダイゼーション法)が用いられます。

2.3 トリプルネガティブ乳がんの診断

乳がんの中にはER、PR、HER2のいずれも陽性ではない「トリプルネガティブ乳がん」があり、ホルモン療法やHER2標的療法が効かないため、通常の化学療法が選択されます。トリプルネガティブ乳がんは再発リスクが高いため、治療方針の決定には慎重さが求められます。

3. 遺伝子検査

近年の乳がん治療において、遺伝子レベルの検査が重要視されています。遺伝子検査により、個々のがん細胞の特徴を把握し、予後の予測や治療効果の判定に役立てます。

3.1 オンコタイプDXおよびマンマプリント

オンコタイプDXやマンマプリントは、乳がん細胞の特定の遺伝子の発現を調べ、再発リスクや化学療法の有効性を予測するための検査です。これにより、再発リスクが低い場合にはホルモン療法のみで治療を完了し、高リスクの場合には化学療法の併用が推奨されるなど、治療の個別化が進められます。オンコタイプDXは特にエストロゲン受容体陽性かつHER2陰性の患者で多く用いられます。

3.2 BRCA1およびBRCA2遺伝子検査

BRCA1やBRCA2遺伝子に変異があると、乳がんや卵巣がんのリスクが高まることが知られています。BRCA遺伝子変異が確認された場合、リスク軽減のために予防的な乳房や卵巣摘出が検討されることもあります。また、BRCA変異がある乳がん患者にはPARP阻害薬と呼ばれる分子標的薬が有効である場合が多いため、治療法の選択肢としても重要です。

4. 乳がんのグレード判定

がんのグレードは、がん細胞がどの程度正常な細胞と異なるか(異型性)を評価するもので、がんの増殖スピードや進行の予測に役立ちます。乳がんのグレードは3段階に分類され、グレードが高いほど増殖が早く、再発リスクが高い傾向があります。グレードは治療の積極性を決める際の重要な要素であり、化学療法の適用を判断する指針にもなります。

5. 免疫組織化学検査(IHC検査)

免疫組織化学検査(IHC検査)は、がん細胞の表面に存在する特定のタンパク質を染色して確認する方法です。HER2、ER、PRの検出はIHC検査で行われ、これによりがんのタイプが分類され、治療方針の決定に役立ちます。また、PD-L1という免疫抑制に関わるタンパク質の発現もIHCで確認され、PD-L1陽性の場合は免疫療法の適応が考慮されます。

6. 化学療法・放射線療法の効果を予測するための検査

治療効果を事前に予測するための検査も、治療方針の決定に有用です。特に進行性乳がんの場合、治療法が多岐にわたるため、治療効果を事前に予測することは患者の負担軽減につながります。

6.1 ネオアジュバント療法前の評価

ネオアジュバント療法(手術前化学療法)を行う場合、化学療法に対するがんの反応性を予測することが重要です。特に腫瘍が大きい場合やリンパ節転移がある場合には、化学療法によって腫瘍が縮小するかどうかを事前に評価します。画像検査や遺伝子検査を組み合わせ、治療方針の選定に役立てます。

6.2 放射線治療の適応評価

乳がん手術後、再発予防や転移抑制のために放射線療法が検討されることがあります。放射線療法の適応を判断するために、リンパ節転移や腫瘍の大きさなどを評価し、治療の必要性や範囲を決定します。腫瘍の種類や進行度によっては、放射線療法が効果的でない場合もあるため、適切な評価が重要です。

7. まとめ

乳がんの治療方針を決めるためには、多様な検査が必要です。がんの進行度(ステージング)やサブタイプ、遺伝的要因、治療反応性などを評価し、個々の患者に最適な治療法を選択することが求められます。マンモグラフィーや超音波検査、CT、MRIといった画像検査をはじめ、ホルモン受容体やHER2、遺伝子検査、免疫組織化学検査など、これらの検査結果をもとに、化学療法、ホルモン療法、分子標的薬、放射線療法、外科手術などの治療法が決定されます。

個別化医療が進展する現在、患者ごとに適した治療を選択するためには、これらの検査の正確な評価が欠かせません。乳がん治療においては、適切な検査によって得られたデータを基に、医師と患者が十分に話し合い、最適な治療方針を決定することが重要です。

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