術後リハビリテーション
術後リハビリテーション
手術翌日から軽い運動を
乳がんのリハビリテーションの主な目的は、できるだけ肩や腕を元のように動かせるようになることです。
乳がん手術で腋窩リンパ節の郭清と伴に胸の筋肉まで切除していた時代には、手術後はどうしても腕や肩の動きが悪くなりました。現在は、センチネルリンパ節生検を行い、リンパ節に転移がなければ郭清をしないので、この場合は腕や肩への影響も少なく、特にリハビリテーションの必要はありません。
ただし、手術で腋窩リンパ節を郭清した場合には、上肢のリンパ液の流れが悪くなり、リンパ浮腫を起こしやすくなります。また、傷あとがつっぱり、重だるいので、つい腕をかばっていると、肩の可動範囲も狭くなってしまいます。
とはいえ、手術翌日からがんばって無理に腕を動かすと、かえってリンパ節を切除した部位に体液がたまりやすくなるという意見もありますので、ドレーン(リンパ液や体液を排出するために留置する細い管)が抜けるまでは、軽い運動にとどめたほうがよいでしょう。
手術翌日からドレーンが抜ける頃まで(手術後1週間まで)
指の曲げ伸ばし運動や、ボールを握る、手首を回すなどの手の運動、ベッドで仰臥@ぎようが@したまま、あるいは椅子にすわって、ひじだけを曲げたり伸ばしたりします。
ドレーンが抜けたら(手術後1週間目ぐらいから)
腕を真横や上に上げる運動を行います。むずかしければ、手術した側の腕を反対側の手でつかみ、健康な腕のほうへ引っ張る方法もあります。ひじを肩関節の高さまで上げて、肩関節を回します。
手術2週間後から
壁に対して横向きに立ち、手術した側の腕を壁にはわせるようにして、毎日少しずつ上に上げていきます。あるいは、壁に向かって立ち、まず、手術していない側の腕を伸ばして、指先の位置に印をつけます。次に手術した側の腕を、壁を伝ってすこしずつ上に上げていく。毎日数回くり返して、目印に近づくように腕を高く上げていきます。
各病院によって、違いはありますが、だいたい上記のようなプログラムを行っています。一例をあげると10回1セットで、1日3セットほど行います。リハビリの方法を記したパンフレットがあれば、それを見ながら練習しましょう。
こうしたリハビリテーションを継続して行えば、肩の動きも問題なく、リンパ浮腫も少ないという報告があります。リンパ節郭清をしなかった人も、まれにリンパ浮腫が起こることがあるので、なるべく腕や肩を意識して動かすようにしましょう。
(リハビリのイラスト・虎の門のものがあればそれを使う)
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乳房再建術の考え方
乳房再建術の考え方
再発発見の遅れは心配ない
最近は、日本でも、乳房温存療法が乳がん手術の半数を占めるようになりましたが、それでもまだ乳房切除術が必要な人が多くいます。こうした人に、ぜひ知っていただきたいのが乳房再建術です。
乳房再建が終わってはじめて乳がん手術が完了する、といわれるほど乳房再建が一般化している国もあります
日本でも、ようやくここ10年ほどの間に乳房再建に対する関心が高まり、再建術を受ける人も少しずつですが増えてきました。乳房再建の技術そのものも、ずいぶん進歩しています。
乳房再建をためらう理由の一つに、「再発の発見が遅れるのではないか」という心配があるようです。しかし、人工乳房(インプラント)を挿入するのは大胸筋の下で、局所再発の場合は、もっと表面の皮膚や皮下に出ます。超音波検査など、体の外から内部の状態を調べられる検査も発達しているので、特にこの方法の場合乳房再建によって再発の発見が遅れる心配はないと考えてだいじょうぶです。
事前に十分吟味して
また、乳房を喪失してつらい思いをするのは、若い人も年配の人も同じです。現実問題として、左右のバランスが悪い、温泉旅行が楽しくなくなった、補整下着をつけるのが面倒、夏でも胸のあいた服が着られないなど、いろいろな不自由を感じることも少なくありません。もう年だから、と再建を恥ずかしがる必要はまったくないのです。
大切なことは、手術を受ける前に十分再建の方法や時期、執刀医の力量などを吟味し、再建後のイメージをある程度つかんでから再建術を受けることです。
再建術を執刀するのは、基本的に形成外科の医師です。患者側の条件にもよりますが、執刀医の力量によっても出来ばえはだいぶ違います。左右ふぞろいで、何のために再建を受けたのかわからない、といったことにならないように、事前に十分基礎的な知識を持って、方法や時期、施設などを選択しましょう。
時期と再建の方法に2種類
乳房再建は、再建の時期によって2つに分けられます。乳がんの手術と同時に行うのが「一期再建」、がんの手術後あらためて乳房再建を行うのが「二期再建」です。さらに、再建に何を使うかで2種類に分類されます。人工乳房(インプラントともいわれ、シリコンバッグなどを使う)を使う方法と、自分の皮膚や筋肉など自家組織を使う方法です。
がん治療で胸に放射線照射を受けているかどうかで、選択肢も大きく違ってきます。まず、こうした条件を一つずつ考えていきましょう。
乳房再建1
乳房再建2
乳房再建3
乳房再建4
乳房再建4,2
乳房再建5
乳房再建6
一期再建か二期再建か
手術回数が少ないのは一期再建
最初に、乳房再建の時期を考えてみましょう。
先に述べましたように、がんの手術といっしょに再建術を行ってしまう一期再建と、手術が終わったあとでもう一度再建のための手術を行う二期再建という選択肢があります。
一期再建の利点は、何といっても、自家移植ならば一度に手術が終わってしまうことです。人工乳房を使っても、手術回数は1回少ないので、それだけ体の負担が少なくてすみ、費用も安くなります。さらに、麻酔から覚めたときにはすでに乳房が再建されているので、自分が乳房を失った姿を見ないですむのも利点といえるでしょう。
じっくり考えるなら二期再建
では、一期再建のデメリットは何かといえば、やはり十分に吟味する時間がないことです。特に、自分ががんだとわかったショック、おそらく初めて受ける手術への不安感などで、頭の中はいっぱいだと思います。その先にある乳房再建の問題で、どういう方法を選んだらいいのか、どこの施設や医師に再建術をしてもらったらいいのか、といったことまで考える余裕がない人がほとんどだと思われます。
病理の検査結果が判明していない時点で再建手術を行うことの問題もあります。後でリンパ節転移が多かったとか、切除検体の断端が陽性などの結果がでると対応に苦慮することになります。
また、乳房に局所再発した場合には、切除が基本ですから、せっかく再建した乳房を取り外さなければなりません。そういう意味では、局所再発の危険が高い2年ぐらいは待ってから再建するというのも一つの選択肢です。
放射線照射の有無も問題
もう一つ、放射線照射との関係も考えなくてはなりません。放射線照射は、皮膚にもダメージをあたえます。放射線によって皮膚が萎縮したり繊維化して固くなるので、せっかく再建した乳房も、美容的な意味がなくなることもあります。
乳房切除でも、腋窩リンパ節に4個以上の転移があれば、術後に放射線照射を行います。リンパ節転移の数がもっと少ない場合でも放射線照射を行うこともあります。
そのため、放射線照射が行われないと予想される人にしか一期再建はしない方が無難と思われています。
二期再建の場合は、ふつう乳がん手術のあとが落ちついてから、だいたい半年後ぐらいからはじめます。何年たったからもうできないということはありません。再建は、手術から5年後でも10年後でもできます。十分時間をかけて考えてから再建することもできるのです。
ただし、手術が1回余分に必要なことと、一期再建より費用がかかるのが欠点です。
こうした点をよく考えて、医師と相談しながら手術の時期を決めてください。
乳房再建には、2種類あります。
簡単な手術で挿入できる人工乳房
乳房再建は、再建に何を使うかで2つに分かれます。一つは、自分の組織を使う自家移植。もう一つは、人工乳房といって、生理食塩水の入ったバッグや豊胸手術などでも使われるシリコンバッグを埋め込む方法です。
人工乳房を使った再建術
一番簡単に乳房再建ができるのが、人工乳房を使う方法です。
人工乳房には、生理食塩水を入れたバッグとシリコン(ソフトコヒーシブシリコンなど)があります。生理食塩水のバッグは、大きさに合わせて生理食塩水を注入するので、左右の大きさをそろえられるのが利点です。ただ、水なので、乳房とはだいぶ質感が違い、ポチャポチャ音がすることもあります。
現在は、人工乳房といえばシリコンを指しています。これは、乳房とよく似た質感があり、豊胸手術にも使われています。
人工乳房を入れられるのは、胸の大胸筋@だいきょうきん@を残して乳房切除(胸筋温存乳房切除術)を行った人です。したがって、現在は乳房切除を受けた人のほとんどが該当します。
【単純人工乳房挿入法】
中でも簡単なのは、乳房切除後、かわりに人工乳房を入れる方法です。手術で乳房内部の乳腺組織だけを切除し、大胸筋はもちろん、乳房の皮膚や乳頭、乳輪なども残っている場合(乳頭乳輪温存皮下乳腺切除術)には、手術に引きつづいて人工乳房を挿入します。
まず、乳腺組織を摘出した傷からメスを入れ、大胸筋をはがします。その下に人工乳房を入れて、ふくらみを再現します。これは一期再建が基本で、十分ふくらみがつくれる皮膚が残っている人だけに可能な方法です。外見的には、比較的元に近いきれいな乳房ができます。これができる人は限られていますが、アメリカなどでは非常に人気のある方法です。
【組織拡張法】
乳がん手術は、ふつう皮膚ごと乳房を切除してしまうので、人工乳房でふくらみをつくるには、人工乳房を入れるだけの皮膚の余裕をつくらなければなりません。そこで行われるのが、エキスパンダーによる皮膚の拡張です。
簡単にいえば、皮膚を伸ばす器具を胸に入れて、ゆっくりと時間をかけて皮膚を伸ばしていくのです。そのあと、人工乳房を挿入します。したがって、それほど大変な手術ではありませんが、2回手術をすることになります。
二期再建で行う場合は、乳房切除術が終わって傷が治ったところで、エキスパンダーという拡張器を埋め込む手術をします。乳房を切除したときの傷口を利用してメスを入れ、大胸筋をはがし、その下にエキスパンダーを埋め込みます。1時間程度の手術です。
エキスパンダーは袋になっているので、最初はここに少量の生理食塩水を入れます。あとは、月に一度の割合で、生理食塩水の量を増やして皮膚を伸ばしていきます。反対側の乳房と同じぐらいのふくらみになったところで、生理食塩水の増量はストップします。そして、そのままの状態を3カ月ほど維持します。エキスパンダーを取り除いても皮膚が元に戻らないように十分に皮膚を伸ばすためです。
ここで、十分皮膚が伸びていれば、乳房もやわらかく自然な形にできます。その後、また手術でエキスパンダーを除去し、かわりにシリコンの人工乳房を挿入します。乳頭部や乳輪は、そのあとで再建します。
最初にエキスパンダーをちょうどいい位置に挿入し、皮膚を上手に伸ばすのがこの再建法のポイントです。
【人工乳房再建の長所と短所】
人工乳房を使った再建術は、体への負担か少ないのが利点です。2回手術をするといっても、両方とも1回目は1時間、2回目は30分程度の短い手術です。入院も数日以内です。
短所は、エキスパンダーで皮膚を拡張するときに、皮膚が破れたりゆがんで伸びてしまうこともあります。また、反対側の乳房は年齢とともに下垂してきますが、人工乳房を埋め込んだ乳房はいつまでも若々しく、張りがあります。その調整のために再手術が必要になることもあります。
なお費用については手術の内容、用いる素材、保険適応の有無などによって大きな違いがあります。乳頭、乳輪の形成手術、通院費用など様々な費用がかかるのでトータルでいくらになるのか、事前によく確認しておくことが必要でしょう。トラブルが起きたときの費用の扱いなども問題になる可能性があるため事前の確認が重要です。
乳房再建手術の画像(アクセス制限あり)
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自家組織による再建
定型的手術(ハルステッド法)などで、乳房といっしょに大胸筋まで切除した場合は、人工乳房だけで乳房を再建することは困難です。過去にこの手術を受けた方の場合には、自家組織による乳房再建が唯一の選択肢になります。しかし現在の乳がん手術は大胸筋温存が原則のため、自家組織による再建と、人工乳房による再建の2つの選択肢があります。どちらが適しているかは、患者さんの元々の体型とがんの手術内容が決め手となります。
自家組織による再建は、患者さん自身の体の一部を使って乳房を再建する方法です。
実際には、腹部の組織を使う「腹直筋皮弁@ふくちょくきんひべん@法」と、背中の組織を使う「広背筋皮弁@こうはいきんひべん@法」があります。ここでは有茎皮弁法と呼ばれる、皮膚、脂肪、筋肉に血管をつけたまま別の部位に移植する方法について説明します。
【広背筋皮弁法】
広背筋は、腕のつけ根から背中や腰の方に向かって扇型に広がる筋肉です。この筋肉に皮膚と脂肪をつけたままはがし、血管は温存したまま、切除した乳房部に移植します。背中の筋肉は比較的薄くて脂肪も少ないので、乳房のボリュームが出にくい欠点があります。この方法は比較的負担の少ないいい方法ですが、患者さんの体型によっては不向きなこともあります。
【腹直筋皮弁法】
腹部には、中心部をタテに走る太い腹直筋が2本あります。腹部には脂肪も多く、広背筋よりボリュームが出せるのが利点です。
このうちどちらか一つの筋肉に脂肪と皮膚をつけて、さらに血管をつけたまま切除した乳房部に移植します。
腹直筋でつくった乳房は柔らかく、本物の乳房とよく似た感触があります。
【自家移植の長所と短所】
自家移植は、異物を使わないことと、やわらかいぬくもりがあるのが利点です。しかし、乳房と、組織を取ってきた背中や腹部に傷が残るのが欠点です。きれいに縫って、下着に隠れるような位置にしてありますが、傷が消えることはありません。手術自体も、人工乳房にくらべれば大きくなり、入院期間も1~2週間は必要です。
特に、腹直筋を使った手術は体への負担が大きく、元の生活に戻るためには、2~3カ月かかると思っていてください。また、腹筋が弱くなるので、これから妊娠出産を考えている人には適応できない方法です。
【遊離皮弁法】
筋皮弁を完全に遊離して血管吻合する方法もあります。デザインの自由度が増し、仕上がりが最も期待できる方法です。反面、血管吻合がうまくいかないと遊離した組織が生着しないという大きなリスクを伴います。
人工乳房の場合は、以前は周囲に線維化が起き、固く変形する(被膜拘縮)ことも少なくありませんでしたが、今でも素材がよくなりトラブルの頻度は少なくなりました。それでもこうしたトラブルがないわけではなく人工乳房を除去しなくてはならないこともあり得ます。自家組織でも、まれに組織が生着しなかったり、血流がうまく流れなくて組織が死んでしまうことがあり得るなど、医療には絶対はないため、こうしたリスクを十分理解して手術に臨まれることが必要でしょう。
なお、人工乳房による再建は保険適応外で、自家組織による乳房再建は、保険適応となっています。
【乳頭部と乳輪の再建】
乳房再建の仕上げが、乳頭部と乳輪の再建です。これは、乳房再建による乳房のふくらみが落ちついたあとで、ゆっくり行います。半年から1年ぐらいたってからと考えて下さい。
乳頭部と乳輪の再建にも、いくつかの方法があります。もし乳頭部がわりあい大きい人ならば、反対側の乳頭部と乳輪を半分切って移植することもできます。反対側の乳房から取ってくるので、色も性質も自然なのが利点です。ただ、健康なほうの乳房にもメスを入れるのが難点です。手術は1時間ほどで、傷もやがてわからなくなりますが、授乳はできなくなります。
新たにつくる場合は、乳頭部にあたる部分の皮膚を立体的に盛り上げ、乳輪は入れ墨で皮膚を染めてつくります。反対側の乳頭部や乳輪の移植には保険が効きます。
(広背筋皮弁法のイラスト・腹直筋皮弁法のイラスト)
(人工乳房と自家移植の比較リスト)
☆ コラム 放射線と乳房再建
放射線照射をすると、皮膚が萎縮@いしゅく@したり、人工乳房に皮膜ができて固く拘縮@こうしゆく@するおそれがあるので、照射前に乳房再建は行わないのがふつうです。放射線治療後は、皮膚のダメージの具合によります。エキスパンダーを使っても皮膚が伸びないこともあるので、自家組織を使うのが原則です。しかし、いろいろな工夫もあるので、乳房再建の専門家に相談してみましょう
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リンパ浮腫のケア
リンパ浮腫のケア
腋窩リンパ節郭清が原因
乳がん手術の後遺症として、もっともよく知られているのが「リンパ浮腫@ふしゅ@」です。
リンパ浮腫は、脇の下のリンパ節郭清@かくせい@をした人に起こる症状です。センチネルリンパ節生検をして、腋窩リンパ節の郭清が必要ないと診断された人にはほとんど起こりませんが、まれに生検だけでもむくむ人がいるので、注意は必要です。
リンパ節は、リンパ液が流れるリンパ管の関所のようなものです。これを郭清して切除すると、リンパ液の流れが悪くなりますが、特に腕の先から肩に向かう流れが悪くなります。そのため、リンパ管から漏出@ろうしゅつ@したリンパ液が腕にたまり、むくんでいくのです。
といっても、リンパ節郭清をした人のすべてがリンパ浮腫になるわけではありません。データによってバラツキはありますが、5~25%といわれています。ふつうは、リンパの流れを助けるバイパスができるからです。
最初は、腕が何となくはれぼったいが、特に痛みはない、といった程度ではじまることが多いのですが、そのまま放置していると、腕から手にかけてパンパンにむくみ、日常生活に支障をきたすほどになることもあります。感染症を起こして、突然真っ赤になり、発熱することもあります(蜂窩織炎@ほうかしきえん@)。
いったんひどくなると、なかなか治りにくいので、予防につとめることが大切です。
マッサージと弾性スリーブ
手術後、手術した側の肩や胸、背中などがはれぼったくなるのは、手術のせいで、それは次第に治まっていきます。しかし、腕回りが1センチ以上太くなったら、リンパ浮腫の可能性が高いと考えてください。
早期発見のためにも、手術前から腕回りをはかっておくといいでしょう。はかるのは手首とひじの少し下、ひじの少し上の3カ所です。治療効果を見るのにも役立ちます。
リンパ浮腫の予防と治療は、マッサージと弾性スリーブ(サポーター)の装着が基本です。
リンパの流れは、完全に遮断されているわけではないので、マッサージでリンパの流れを助けてあげます。これが「リンパドレナージ」です。マッサージは、強くやりすぎると逆効果なので、自分の手で、下から上に皮膚をなで上げます。リンパ浮腫の治療を専門にした医師やトレーニングを受けた看護師、理学療法士に正しい方法を指導してもらいましょう。
運動して筋肉を動かすことも、リンパの流れを助けてくれます。例えば肩の上下運動や肩回し、腕を広げて深呼吸をするような動作、腹式呼吸は効果があるといわれています。手で握ったボールに力を入れたり抜いたりするような簡単な運動でもいいのです。弾性スリーブをはめた状態でも、運動をしましょう。さらに、感染を防ぐために、保湿クリームを塗ることも忘れないでください。
(運動のしかた・イラスト)(弾性スリーブの図)
リンパ浮腫と日常生活の注意点
浮腫を悪化させない注意
乳がんの手術を受けた人は、程度の違いはあっても、何らかの違和感や症状を抱えることが少なくありません。
その大半は手術によるもので、時間の経過とともにやわらいできます。しかし、リンパ浮腫によるむくみや、神経を傷つけたことによる腕のしびれや感覚の低下は、長く患者さんを悩ませる原因となります。
神経痛のようなキリキリした痛みや鈍痛がつづき、日常生活の妨げにもなるような場合には、ペインクリニックという痛み専門の治療を行っている施設で相談してみましょう。
また、リンパ液はたまるほど、解消するのも大変になります。今日の分は今日のうちに流すという気持ちで、毎日根気よくマッサージをつづけることが大切です。入浴後のマッサージも、効果的です。寝るときは抱き枕に腕を乗せる、休むときはひじ掛けに腕を乗せるなど、腕を下に降ろしっぱなしにしないようにしましょう。重いものを長い時間持つのも避けましょう。
もし、むくみがあまりにひどい場合は、手術という方法もありますが、その効果は個人差が大きいようです。
さらに、日常生活でも、浮腫を悪化させない注意が必要です。
日焼けやけがをしない
リンパ節は、細菌など、外部からの異物の侵入をくい止める免疫の拠点でもあります。そのため、リンパ節郭清をした人は感染しやすい状態にあります。
日常生活でも、できるだけケガをしたり、細菌感染の起こりやすい状態を避けなければなりません。炎症を起こすと、リンパの流れが悪くなり、またむくみがひどくなるからです。そのためには、
●ひどい日焼けをしない
●爪のささくれをつくらない
●土いじりやガーデニングのときは必ずゴム手袋を装着し、終わったら石鹸で手を洗う
●虫刺されをできるだけ防ぐ
●患部の側の腕には時計や指輪をしない、
といった注意が必要です。これは、一生つづける必要があります。万が一、腕が赤くはれたり、発熱した場合には、すぐにかかりつけ医へ行きましょう。蜂窩織炎@ほうかしきえん@といって、腕に炎症が広がっているかもしれません。このときはマッサージもやめて、診察を受けるまでの間は腕を冷やします。通常は抗生物質が処方され、経過をみることになります。
また、肥満しないことも大切です。脂肪がリンパ管を圧迫して流れを妨げるからです。
疲れないようにする
リンパ浮腫の患者さんの多くは、引っ越しや人の介護など、何かのきっかけでむくみがひどくなることがあります。リンパ浮腫には、疲れも大敵です。多少わがままと思われても、「根をつめない」「無理をしない」という精神で、まず自分の体を考えて生活することが必要です。
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乳がん治療後の生活について
乳がん治療後の生活は、患者の身体的、精神的、社会的な側面に大きな影響を及ぼします。治療後も長期的なケアとフォローアップが必要であり、患者が日常生活に戻る際には多くの課題に直面します。ここでは、乳がん治療後の生活に関わる様々な要素を解説します。
1. 乳がん治療後の身体的な影響
1.1 疲労と倦怠感
乳がん治療後、多くの患者が疲労感や倦怠感を訴えます。これは、化学療法、放射線療法、手術、ホルモン療法などの治療による身体への負担や、長期間にわたる治療過程によるものです。この疲労感は、日常的な活動を行う上で大きな障害となることがありますが、徐々に改善していく場合もあります。
疲労の管理には、バランスの取れた栄養、適度な運動、十分な睡眠が重要です。特に、無理のない範囲での定期的な身体活動は、疲労感を軽減するのに役立つとされています。乳がん患者に対する専門的なリハビリテーションプログラムが用意されていることも多く、これを活用することが推奨されます。
1.2 手術後の身体的変化と乳房再建
手術の種類によっては、乳房を部分的または完全に切除することがあります。乳房全摘出術(乳房切除術)を受けた患者の中には、乳房を再建する選択肢を考慮することができます。再建手術には、自家組織(自分の体の組織を使った再建)や人工インプラント(シリコンなどを使った再建)などの方法があり、それぞれに利点とデメリットがあります。
乳房再建は外見の回復に寄与するだけでなく、心理的な満足感を高めることが多いです。ただし、再建手術自体も追加の外科手術を伴うため、術後の合併症や長期的なメンテナンスも必要となることがあります。
1.3 リンパ浮腫
乳がんの治療においてリンパ節を切除した場合、リンパ液の流れが妨げられ、リンパ浮腫という症状が現れることがあります。これは、腕や手の腫れを引き起こし、痛みや不快感を伴うことがあります。リンパ浮腫は完全に治癒することは難しいですが、圧迫療法やリハビリテーションによって症状を軽減し、進行を抑えることができます。
患者には、リンパ浮腫の予防のために、過度な圧力や怪我を避け、患部の清潔を保つことが推奨されます。また、早期発見と早期対応が重要であるため、定期的に専門医に診てもらうことが勧められます。
1.4 ホルモン療法の副作用
ホルモン受容体陽性乳がんの患者は、治療後にホルモン療法を受けることが一般的です。これは再発を防ぐための治療であり、通常5~10年にわたり服用が続けられます。しかし、ホルモン療法には副作用が伴うことがあり、更年期症状(ホットフラッシュ、発汗、気分の変動など)や関節痛、骨密度の低下などがよく報告されます。
これらの副作用に対する対策として、生活習慣の見直しや、症状を和らげるための薬物療法が行われることがあります。また、カルシウムやビタミンDの補給、定期的な運動を通じて骨密度を保つことも重要です。
2. 精神的・心理的な影響
2.1 心理的なストレスと不安
乳がん治療後の生活において、患者が最も悩むのは心理的な問題です。がん診断を受けること自体が大きなショックであり、治療が終わった後も再発の不安や、治療の影響による身体の変化に対するストレスを感じることが多いです。また、治療が終わっても「がんサバイバー」としての生活は続くため、心のケアが非常に重要です。
心理的なサポートを得るために、カウンセリングや心理療法を受けることは有効です。特に、乳がん経験者のサポートグループに参加することで、同じ経験を共有する仲間と話すことが、孤独感や不安を和らげる助けになります。
2.2 うつ症状と精神的健康
がん治療後には、精神的な健康が揺らぐことが多く、特にうつ病を発症するリスクが高まります。身体的な疲労や痛み、再発への恐怖、外見の変化などが、精神的な負担を引き起こす要因です。うつ症状が長引くと、日常生活や社会生活に支障をきたすこともあるため、早期に対処することが重要です。
うつ症状の軽減には、適切な医療的対応が必要であり、抗うつ薬やカウンセリングが効果的です。また、心身のリラックスを促すヨガや瞑想といった活動も、精神的な健康を維持するために役立つとされています。
2.3 自己イメージと自尊心
乳がん治療後、特に乳房切除を受けた患者は、自分の外見の変化に対して強い感情的な影響を受けることがあります。乳房は女性にとってアイデンティティの一部であることが多いため、乳房の喪失や変形が自尊心に影響を与えることがあります。
再建手術や補助具の利用は、この問題に対する解決策の一つですが、自己イメージを回復するためには時間がかかることもあります。心理的支援を受けながら、外見の変化を受け入れる過程をサポートすることが重要です。
3. 社会生活と職場復帰
3.1 社会復帰と対人関係
乳がん治療後、多くの患者が職場や家庭での役割に戻ることを目指します。しかし、体力や精神的なストレスが回復するには時間がかかるため、すぐに元の生活に戻ることが難しい場合もあります。職場復帰に際しては、柔軟な働き方や短時間勤務などの調整が必要な場合があります。
また、乳がんを経験したことで、対人関係が変わることもあります。周囲の理解を得るためには、コミュニケーションが重要です。特に、家族や友人とのオープンな対話を通じて、治療後の生活に関するサポートを受けることが奨励されます。
3.2 経済的な影響
乳がん治療には高額な医療費がかかることが多く、長期的な経済的負担が患者やその家族にのしかかることがあります。治療後も、フォローアップのための検査や、ホルモン療法、再建手術などにかかる費用が続く場合があります。これに対処するためには、医療保険や公的支援、場合によっては福祉サービスを利用することが必要です。
また、職場復帰が遅れることや、治療のために仕事を辞めざるを得なかった場合、収入の減少も問題となります。これらの経済的な課題に対するサポートを早期に計画し、利用できるリソースを把握しておくことが重要です。
4. 再発防止と長期的なフォローアップ
4.1 定期検査とフォローアップ
乳がん治療後、再発や新たながんの発症を防ぐために、定期検査を受けることが重要です。再発リスクが最も高いのは治療後の最初の5年間であり、この期間中は特に慎重なフォローアップが必要とされます。乳房やリンパ節、骨、肺などへの転移の兆候を早期に発見するために、定期的な画像検査(マンモグラフィーや超音波検査)や血液検査が行われます。
4.2 生活習慣の改善
再発リスクを減らすためには、治療後の生活習慣が大きく影響します。特に、食事や運動、体重管理が重要な要素となります。脂肪分の少ないバランスの取れた食事を心がけ、アルコールや喫煙を避けることが推奨されます。また、適度な運動を続けることで、体重を適正に保ち、全身の健康を維持することが再発リスクの低減に寄与します。
4.3 メンタルヘルスの維持
長期的な乳がん治療後の生活において、メンタルヘルスの維持も重要な課題です。日常生活の中でのストレスや不安をコントロールするためには、定期的なカウンセリングやリラクゼーションの実践が役立ちます。家族や友人との強いつながりを保ち、自己ケアに努めることが、精神的な健康の維持に寄与します。
5. まとめ
乳がん治療後の生活は、身体的、心理的、社会的な課題に満ちていますが、適切なサポートとケアを受けることで、より良い生活の質を保つことが可能です。治療後の長期的なフォローアップと自己管理が、再発防止と健康維持に不可欠であり、患者が新たな日常生活を築いていくための重要な要素となります。
乳がん治療後の生活について
定期検診の頻度は?
乳がん治療を受けた人にとって、一番気になるのが再発です。手術をした乳房付近に発生した局所再発は、自己検診でも発見できるので、月に一度の自己検診はつづけましょう。また、反対側の乳房の状態も、ふだんから気をつけて見てください。
病院では、手術後3年間は、問診と視触診を3~6カ月に1回、4年目から5年目は6カ月から1年に1回、それ以降は年に1回行うことが勧められています。
ほかの検査で有効性が認められているのは、年に1度のマンモグラフィだけです。
いろいろな画像診断、特にPET-CTなどの高額の検査もありますが、遠隔転移の場合は、早期発見しても治療成績は同じなので、むしろいろいろな検査を受けるよりは、症状が出てから検査を受けたほうが、精神的な負担も少ない。またそれ以上の検査は税金の無駄遣いだから保険でカバーすべきでないという考え方が現代の乳がん診療の根本にあります。前述したように(●●ページ)こうした考えた方への疑問はもちろんあります。
しかし、たとえば骨シンチグラム検査は偽陽性@ぎようせい@が多く、スクリーニング検査で転移が疑われてもほんとうに転移がある人は10%程度だったという報告もあります。偽陽性の人は大丈夫という結果がわかるまで、何カ月もの間大きなストレスをかかえながら生活しなければならないことも少なからずあるのです。
検査を受けて、安心を得たいという心情も非常によくわかるのですが、結局検査では安心が得られないというのも一面の真実なのです。それよりも、患者会やサポートグループなどに入り、精神的な支えを得ることのほうが意味が大きいかもしれません。
乳がんの患者会やサポート団体は数も多く、活発に活動しているところも多いので、インターネットなどで調べて、自分に合いそうなグループに相談してみるといいと思います。
仕事や家事はつづけていい?
自分の体調に合わせて、仕事や家事をするのはまったく問題ありません。どんな病気でも、過労はよくありませんが、医師から特別な指導がないかぎり、仕事も家事も旅行も楽しくつづけてください。悪いものは取ってしまったのですし、また何をしなければ再発しないというわけでもないのです。
ただ、仕事の場合は、体調や術後の治療とのかねあいもありますので、復帰の前に、上司に体調や今後の治療予定などを話して、どの程度の仕事から始めるかを話し合っておくと、スムーズに復帰ができます。特に、最初はラッシュの通勤などは体に負担がかかるのでなるべく避け、体を慣らしながら、ゆっくりと元の生活に戻るようにしましょう。
食事や健康食品は?
食事とがんの関係は研究が進んでいますが、現在のところ、科学的に予防効果が認められているものはありません。ただ、高脂肪・高カロリーの食事と、多量の飲酒、運動不足などは、健康の面も含めて避けるべきでしょう。
緑黄色野菜や果物は、がんを防ぐ働きがあるともいわれているので、積極的にとりたい食品です。大切なのは、乳がんに限らず、バランスのよい食事を規則正しくとることです。体によいとすすめられても、それで食事のバランスが崩れては何にもなりません。また、肥満は閉経後乳がんのリスク要因であることを覚えておきましょう。
健康食品に関しても同じで、直接がんを治したり、予防する効果は認められていません。しかし、抗がん剤の副作用や、臥床による体の痛み、精神的な不安などには効果のあるものもあります。健康食品を試すときは、主治医や看護師の意見を聞いてからにしましょう。
気功やマッサージ、鍼、リラクゼーション、適度な運動、心理療法などは、精神的な面で助けになることがあります。健康保険で認可されていない免疫療法なども、大学をはじめ様々な施設で熱心に研究されています。しかし、いかにもそれらしい名前でまったく根拠のない治療を行っているところもあるので、こうした民間療法や代替療法を受ける場合には、主治医とよく相談することが大切です。
治療後の性生活について
乳がんは、女性ホルモンと関係の深いがんです。しかし、性行為によって女性ホルモンの分泌が増えたり、がんが促進されることはないので、安心してください。乳がんの治療によって、性生活が制限されることはありません。
ただ、体の状態が以前と同じではないかもしれませんので、手術後、傷の状態がある程度よくなった段階で、パートナーときちんと話し合うことが大切です。リンパ節の郭清や手術の傷で腕をあげるのがつらかったり、姿勢にも制限があるかもしれません。圧迫されると、不安感があるという人もいます。触れられると、違和感があって気持ちが悪いという人もいます。正直な気持ちを伝えることが必要です。
また、ホルモン療法や抗がん剤の影響で、膣からの分泌物が減ったり、膣が萎縮することもあるので、うるおいを補うゼリーなどが必要になることもあります。
なお、避妊が必要な期間は、生理が止まっていたとしてもコンドームによる避妊が必要です。排卵があることもあるからです。ピルは、乳がんを促進することがあるので使えないことも覚えておきましょう。
性生活は、お互いの理解やいたわりが大切です。よく話し合って、パートナーとの新しい関係をつくっていきましょう。
車の運転やスポーツ
スポーツに関しても、特にしてはいけないというものはありません。手術した傷あとが痛まないか、翌日まで残るほど疲れないか、といったことを考えてスポーツの種類を選びましょう。腕が伸びにくかったり、脇がつっても、特にそれが悪いということはありませんが、楽しくできることが大切です。
手術後は、体のバランスが崩れたり、動作が遅くなったりするので、車の運転などは、体が十分日常生活に慣れてからのほうが安心です。
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乳がんの進行期と治療法
乳がんのステージと治療方法について、以下に詳細に解説いたします。
1. 乳がんのステージ分類
乳がんのステージ分類は、がんの進行度や広がりを評価するために非常に重要です。主に、腫瘍の大きさ(T)、リンパ節への転移(N)、遠隔転移(M)の3つの要素を用いたTNM分類を基にしています。乳がんのステージは0からIVまで分けられ、数字が大きくなるにつれて進行度が高まります。
- ステージ0(非浸潤がん)
非浸潤性乳管がん(DCIS)や小葉非浸潤がん(LCIS)が含まれます。腫瘍が乳管や小葉に限局し、周囲の組織には広がっていない状態です。 - ステージI(早期乳がん)
腫瘍が2cm以下で、リンパ節に転移がない、または微小転移がある場合です。この段階ではがんは乳房内に限定されています。 - ステージII(早期から中期乳がん)
腫瘍が2cmから5cm、または小さい腫瘍が近くのリンパ節に転移している場合が含まれます。がんは乳房内または近くのリンパ節に留まっています。 - ステージIII(進行乳がん)
腫瘍が5cm以上であり、複数のリンパ節への転移がある、または胸壁や皮膚に浸潤している場合です。このステージは、より積極的な治療が必要とされる進行がんです。 - ステージIV(遠隔転移乳がん)
がんが乳房やリンパ節を越えて、他の臓器(骨、肺、肝臓、脳など)に転移している場合を指します。この段階では治癒は難しいものの、症状のコントロールと生活の質を高めることを目指した治療が行われます。
2. 乳がんの治療方法
乳がんの治療方法は、がんのステージ、ホルモン受容体の有無、HER2タンパクの状態、患者の年齢や健康状態などに基づき、複数の治療法を組み合わせて選択されます。主な治療方法には以下が含まれます。
(1) 手術
乳がん治療の基本となるのが手術です。腫瘍の摘出により、がんの拡がりを抑えます。手術の種類には、以下のようなものがあります。
- 乳房温存手術
がんの部分と周囲の一部の組織のみを摘出し、乳房全体を残す手術です。早期の乳がんに対して行われることが多く、術後の放射線療法が併用されることが一般的です。 - 乳房切除術
乳房全体を取り除く手術で、進行した乳がんや再発リスクの高いケースに適用されます。また、リンパ節への転移が疑われる場合は、腋窩リンパ節の切除も行われることがあります。
(2) 放射線療法
放射線療法は、乳がん細胞を放射線で死滅させ、再発を防ぐための治療法です。乳房温存手術後や局所的な再発のリスクがある場合に行われます。放射線療法は体内に対する負担が少なく、早期乳がん患者に多く使用されます。
(3) 化学療法(抗がん剤治療)
化学療法は、薬物を用いてがん細胞を攻撃し、増殖や転移を抑える治療法です。特にステージII以上の進行がんや、リンパ節転移がある場合に行われます。化学療法は、術前(ネオアジュバント化学療法)または術後(アジュバント化学療法)に行われることが多く、以下の薬剤が使用されます。
- アントラサイクリン系
ドキソルビシンやエピルビシンが含まれ、がん細胞のDNAを傷つけて細胞分裂を抑制します。 - タキサン系
パクリタキセルやドセタキセルがあり、細胞分裂を抑制しがん細胞を破壊します。
化学療法には副作用もありますが、近年は副作用を軽減するためのサポート薬も発展しています。
(4) ホルモン療法
ホルモン療法は、エストロゲン受容体(ER)やプロゲステロン受容体(PR)が陽性の乳がんに効果的です。ホルモン受容体陽性のがんは、ホルモンの影響で成長するため、ホルモンをブロックする治療が有効です。ホルモン療法には以下のような薬剤があります。
- タモキシフェン
エストロゲン受容体に結合して、エストロゲンの作用を阻害します。閉経前後どちらにも適用されます。 - アロマターゼ阻害薬
アナストロゾールやレトロゾールが含まれ、閉経後の女性に適用されることが多い薬剤です。 - LH-RHアゴニスト
閉経前の女性に使用され、エストロゲンの生成を抑制します。
ホルモン療法は、長期的な治療効果が見込まれ、再発防止効果も期待されます。
(5) 分子標的療法
分子標的療法は、特定のタンパク質や分子を標的にしてがん細胞を攻撃する治療法で、HER2陽性乳がんに対して有効です。代表的な薬剤には以下のものがあります。
- トラスツズマブ(ハーセプチン)
HER2陽性乳がん細胞に結合し、細胞の成長を阻害します。 - ペルツズマブ
トラスツズマブと併用されることが多く、HER2陽性乳がんに効果が高まります。 - T-DM1(トラスツズマブ・エムタンスリン)
トラスツズマブに抗がん剤が結合された薬剤で、より強力にがん細胞を攻撃します。
(6) 免疫療法
乳がん治療において免疫療法はまだ新しい分野ですが、PD-1/PD-L1阻害薬などが研究されています。特に三陰性乳がんに対する効果が期待されており、がん細胞が免疫から逃れるのを防ぎ、体の免疫機能を活性化させることでがんを攻撃する治療法です。
3. 治療方針の決定
乳がんの治療方針は、患者一人ひとりの状況に応じて、医師と患者が相談しながら決定します。例えば、早期の乳がんであれば、手術と放射線療法、もしくはホルモン療法のみで済むこともあります。進行がんであれば、化学療法や分子標的療法を組み合わせることが多く、ステージIVの遠隔転移乳がんに対しては、生活の質を保ちながら進行を抑えることを重視します。
また、患者の年齢や健康状態も考慮され、免疫力が低下している場合や他の基礎疾患がある場合は、治療の選択肢が制限されることもあります。
4. 乳がん治療の最新の進展
近年、乳がん治療は個別化治療の方向に進んでいます。遺伝子検査や分子診断に基づいた治療が普及しつつあり、より精密ながん細胞の解析により、患者ごとに最適な治療法が選択されるようになっています。さらに、AIやビッグデータの活用により、予後の予測精度も向上しています。
例えば、がん細胞の遺伝子変異を分析することで、従来の治療に反応しないがんに対しても有効な新しい薬剤を見つけることができるようになってきました。また、免疫療法や次世代の分子標的薬の研究も進んでおり、より少ない副作用で高い効果を上げる治療が期待されています。
5. 結論
乳がんの治療は、ステージやがんの性質、患者の全体的な健康状態に応じて多様なアプローチが取られます。現在、早期発見と個別化治療の進展により、乳がんの予後は大きく改善しています。患者自身が治療内容を理解し、医師と協力して最適な治療を選ぶことが重要です。
以上、2024年10月記載
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乳がんの進行期と治療法
ⅢA期までは手術が中心
乳がん治療では、がんの個性と進行期が治療法を決定する2大要素になります。
ホルモン感受性やHER2受容体の有無、悪性度、増殖能などが、乳がんそれぞれの個性になります。これについては、すでに各治療法で説明をしましたので、ここでは進行期ごとに治療法を見ていきましょう。
乳がんの進行期は、○ページのように8つの段階に分けられます。0期は、まだ乳管から発生したがんが乳管の中にとどまっている段階です。周囲に浸潤していないので、非浸潤がんといわれます。がんが、乳管や小葉の外に滲@し@み出すように広がりはじめると、たとえ数ミリの大きさでも浸潤がんと呼ばれます。
この中で、Ⅰ期からⅢA期まで、つまりがんの大きさに関係なく、リンパ節転移が脇の下の腋窩@えきか@リンパ節か胸の内側のリンパ節にとどまっている間は、手術が基本的な治療法になります。浸潤がんになると、血液やリンパ節に乗って、すでにがんの芽がタンポポの綿毛のように全身に散らばっている危険があります。そこで、乳房温存手術を受けた人も、乳房切除になった人も、手術後には再発予防のために薬物療法による術後補助療法が行われるのが基本です。なお術前に数ヶ月間抗がん剤やホルモン療法を行う場合もあります
ⅢB期以降は薬物療法中心
もう少し進んで同じⅢ期でも、ⅢB期、ⅢC期になると、胸壁にがんが広がったり、鎖骨近くのリンパ節に転移があり、より全身的な薬物療法が治療の中心となります。通常は抗がん剤が最初と治療として選択されるケースが多いですが、病状により手術が可能なら手術先行となるケースもあります。
さらに、遠隔転移@えんかくてんい@(乳房とは離れた臓器に転移すること)を起こしたⅣ期になると、全身のがんがターゲットとなり、ホルモン療法や抗がん剤による薬物療法が中心になります。必要に応じ、局所コントロールを目的とした手術が行われます。
0期(非浸潤がん)の治療
以前は乳房切除が中心
0期は、まだがんが乳管内にとどまっている非浸潤がんです。シコリとして触れることは比較的少なく、マンモグラフィで「微細石灰化」として発見されたり、超音波検査でごく小さな腫瘤として発見され、生検でがんと診断されたものが中心です。
つまり、0期は超早期のがん。浸潤がんでも乳房温存療法ができるのですから、非浸潤がんなら乳房温存療法は当然で、もっと小さな手術でも治るのではないか、と考える人が多いのではないでしょうか。
ところが、浸潤がんに乳房温存療法が導入された後も、0期の乳がんはむしろ乳房を切除する乳房切除術が一般的だったのです。非浸潤がんは、まだ乳管の外には出ていませんが、そのかわり乳管内に病変が広く分布していることが多く、がんの部位を局所的に切除する乳房温存療法では取り残しの危険がある、と考えられていました。
これまでの経験から、非浸潤がんを取り残した場合、その半数は浸潤がんとして再発してきます。もちろん、発見された時点でまた手術をするなど治療を行えば、その多くは治ります。しかし、乳房切除術で取ってしまえば確実に治るがんで、万が一命を落とすようなことがあってはならないと考え、乳房温存の慎重論が強かったのです。
センチネルリンパ節生検も必要
しかし、幸い現在では、MRI、超音波検査、マンモグラフィーなどの画像診断が進歩し、がんの広がりをかなり正確にとらえられるようになってきました。また治療データが蓄積されてきたこともあり、非浸潤がんでもがんが広範囲に分布していなければ、積極的に乳房温存療法が行われています。
乳房温存療法で病巣を摘出したあとに乳房に放射線照射を行うのは、基本的には浸潤がんの手術と同じです。放射線照射によって、乳房内の局所再発を防ぐことができます。
では、センチネルリンパ節生検はどうでしょうか。非浸潤がんは、乳管内にとどまるがんなので、理論的には転移のおそれはないはずです。ところが、実際には、わずかですが腋窩リンパ節転移をともなう例が報告されています。これは、一部にごくわずかな浸潤があったためと見られています。また非浸潤がんといっても実際には手術後に初めてその診断が確定され、手術をしてみたら浸潤がんであったというケースも少なくありません。そのため、腫瘍の範囲が広い場合、またがんの顔つきが悪い場合、乳房全摘が行われる場合など、多くの場合で、乳房の手術と同時にセンチネルリンパ節生検を行います。
乳房温存手術後は、ホルモン感受性が陽性ならば、タモキシフェンを再発予防のために5年間服用することも治療の選択肢になりますが、一般的には術後の薬物療法は行いません。
悪性度の低い、小さな病変などを中心に非浸潤がんの中には、そのまま大きくならずに終わってしまうものもあると考えられています。過剰診断、過剰治療という問題ですが、がんの早期診断に関わる重大な問題です。診断技術の進歩とデータの蓄積で一歩ずつ解決していくことが期待されています。(図:非浸潤がん治療の流れ)
1期・Ⅱ期・ⅢA期の乳がん治療
乳房温存が基本です
自己検診などで、シコリに気づいて見つかることが多いのが、Ⅰ期とⅡ期の乳がんです。日本では、この時期に乳がんが見つかる人が一番多いといえます。
がん組織がすでに乳管や小葉の外に出ているので浸潤がんですが、まだリンパ節転移はないか、あっても脇の下の腋窩リンパ節に限られています。さらに、Ⅲ期のうち、まだリンパ節転移が脇の下の腋窩リンパ節か胸の内側など乳房近くのリンパ節に限られているのが、ⅢA期です。
Ⅰ期、Ⅱ期では、60~70%の患者さんが乳房温存療法の対象となります。乳房温存療法の適応になるかどうかは、がんの大きさと乳房の大きさのバランスによります。3センチのがんでも、周囲に1~2センチの余裕(マージン)をとって切除すれば、5~7センチ切除することになります。日本人の場合、欧米人と違って、5~7センチの固まりを切除しても乳房の形が崩れない人は、そう多くはありません。そのため、3センチ以下の乳がんが乳房温存療法の適応の一応の目安にはなっています。
しかし、あくまでも乳房の大きさとがんの大きさのバランスが重要で、また単純なしこりの大きさより、乳房周辺への広がりがあるかが重要なため、大きさは参考程度と考えられています。
また、乳房温存療法が開始された当初は、乳頭部から何センチ以上離れていなければならない、といった基準も検討されていましたが、乳頭を一緒に切除する乳房温存という選択肢もあり、現在はあまり問題にされていません。
がんが乳房にくらべて大きすぎる場合、術前の化学療法、あるいはホルモン療法を行い、がんを小さくしてから乳房温存手術をする方法もあります。いずれにせよ、がんを確実に切除でき、美容的に乳房を残せるなら、乳房温存療法の適応とされ、それが叶わぬなら乳房切除が選択されます。乳房を切除することは、女性にとって大きな精神的苦痛をともないますが、単純に乳房を切除するだけではなく、乳房再建の技術も進歩しており、どちらがより安全で、美容的かという観点から様々な肉体的、経済的負担の問題も加味して選択されます。
最近アメリカを中心に家族性乳がんの問題がクローズアップされ、乳房切除率が上昇する傾向にあります。ステージ1,2での乳房温存療法と乳房切除術の治療効果は一定の基準を満たせば同等と考えられ、その裏付けとなるデータもしっかりしています。しかしながら、乳がんになりやすい体質への対処のため、片側のがんと診断された時点で同時に両方の乳房を切除して再建するという選択が増えてきています。
日本では遺伝性乳がんへの対応がまだ始まったばかりで、この分野の研究は遅れています。しかしながら、乳がんを克服した患者さんの対側の乳がんの発生が多いという事実を目の当たりにするとこの問題が極めて重要であることが実感されます。乳房を安全に美容的に残して治療するというテーマと、乳がんの予防のため健康な側の乳房も切除するというテーマは一見矛盾するように思われますが、我々が乗り越えていかなければならない重要な課題です。
とはいえ現状の日本ではまだデータの蓄積が不十分で、対側の予防切除は実際の治療の選択肢に挙がってはいません。あくまで病気にかかった側の手術をどうするかが今は問題です。乳房を残せるか、全摘した方がいいのか微妙なケースは少なくありません。このため自分の希望を担当医にきちんと伝え、それぞれのリスクとメリットを聞いた上で判断することが大切です。
術前化学療法を行うことも
現在、日本では、すべての乳がん患者さんの50%程度が乳房温存療法を受けていると見られます。乳房温存療法がこれまで増えてきた要因としては、早期診断により乳房温存が可能な段階で乳がんと診断される患者さんが増えたこと、術前療法の手法により、比較的大きながんでも乳房温存が適応されるようになったことが挙げられます。一方で乳房MRIなど画像診断の進歩により、乳房内の副病変が術前検査で指摘され、全摘手術が増えるという要因もありMRI検査自体の必要性が海外では議論となっています。
Ⅱ期やⅢA期で、がんが乳房にくらべて大きすぎるという理由で乳房温存療法の適応とならない場合は、術前化学療法を行うことで、温存が可能になる場合が少なくありません。臨床試験では、術前化学療法を行った結果、7%温存率が向上したという報告があります。ⅢA期でも、30~40%の人は温存が可能です。
また、術前化学療法によって、がんが消えてしまう(病理学的完全奏効)人も少なからずいることがわかっています。その場合は、治癒率も高くなります。
術前療法では、術後に再発予防のために行う薬物療法で使用される薬と同じ薬を使います。たとえば、
●HER2が陽性ならば、分子標的治療薬(トラスツズマブ)と抗がん剤の併用治療を6カ月(点滴)
●トリプルネガティブならば、抗がん剤を6カ月(点滴)
●ホルモン受容体が陽性で、閉経後であれば、アロマターゼ阻害薬を3~6カ月服用
といった形です。詳細は、術後の薬物療法を参照してください(○ページ)。術前の薬物療法は、基本的には外来通院で行うことができます。
術前療法を行うことによって、特に抗がん剤の場合、がんの70~90%は奏功します。しかし、同じように縮小した場合でも、一カ所にギュッとまとまるように小さくなるものは温存しやすいのですが、バラバラに分かれて縮小した場合には、乳房温存は結局困難となります。こうした縮小パターンは、ある程度治療開始前に予想できることであり、がんが縮小したといっても、全員が温存可能になるわけではないことも知っておく必要があります。
ただし、温存はできなくても、使った抗がん剤が効いたことは証明されていますので、その結果は術後補助療法などの薬物療法の選択に役立つ情報となります。また術前療法の最大の目的はあくまで目に見えない微小転移を根治させることにあります。
センチネルリンパ節生検
乳房温存療法でも乳房切除術でも、腋窩リンパ節に転移があるかどうかを確認するために、センチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に転移がなければ、リンパ節郭清の必要はありません。
乳房温存療法は、乳房温存手術後に放射線照射を行うことが必須です。センチネルリンパ節に転移がみられた場合の対処は前述(●●ページ)のように現在の手術の論点の一つです。乳房切除術では、センチネルリンパ節生検が陽性の場合には、腋窩リンパ節の郭清を行います。その結果、リンパ節に4個以上の転移があれば、やはり放射線照射が必要と考えられています。
いずれの手術でも、浸潤がんの場合は、すでにがんの芽が全身に散らばっている可能性がありうるので、術後には再発予防のために、それぞれのがんの個性に応じた術後補助療法(○ページ参照)が行われます。
(図:浸潤がん治療の流れ)
ⅢB期、ⅢC期(局所進行がん)の治療
手術は可能な限り行う
Ⅲ期は、局所進行がんといわれ、特に以前は手術できるかできないかの境目のステージとされてきました。ⅢA期ならば手術が基本ですが、ⅢB期、ⅢC期になると手術はむずかしいことが多く、また結局再発するため手術の効果もはっきりしないとされてきました。今では、各種薬物療法、放射線療法を併用したいわゆる集学的治療の一貫として手術が行われ、また可能になってきており、その治療成績も向上しています。
がんの大きさに関係なく、乳房表面の皮膚にがんが食い込んでただれていたり、がんがのぞいている、あるいは胸壁にガッチリとシコリが固定されているような場合は、ⅢB期です。
炎症性乳がんも、このⅢB期に分類されます。炎症性乳がんは、シコリは触れませんが、乳房が赤みをおびてはれ、熱っぽくなり、いかにも炎症が起きているように見えます。はれて毛穴が目立つこともあり、乳腺炎とまちがいやすいがんです。発生率は1~2%ですが、発見時にはすでにかなり進行していることが多く、以前は治療のむずかしいがんでしたが、集学的な治療をすることにより、成績の改善がみられています。
炎症性乳がんも含めて、この段階では全身にがんが散らばっている可能性が高いので、まず、抗がん剤による化学療法を行います。がんの性質を見て、HER2受容体が陽性ならば、分子標的治療薬・トラスツズマブも加えて治療を行います。
その結果、がんが小さくなったり、リンパ節のはれが縮小して手術が可能と判断されれば乳房切除術、がんが胸の筋肉にまで浸潤していれば、乳房といっしょに胸筋の一部も切除する手術を行います。炎症性乳がんの場合も同じですが、たとえ薬物療法の効果が出て手術が可能になったとしても、乳房温存療法は、局所再発率が高いので通常はすすめられません。
手術後は放射線療法を行い、さらにがんの性質に応じた薬剤を選択して術後補助療法を行うなど治療コンセプトは他のステージと同じです。抗がん剤による化学療法の効果がなければ薬剤を変更したり、引き続き放射線治療を行うこともあります。
このステージの治療の中心は薬物療法で、それに手術や放射線治療も総動員して治療を行うというのが基本です。
ⅢC期も薬物療法中心
鎖骨@さこつ@の上下にあるリンパ節に転移しているのがⅢC期です。鎖骨周囲のリンパ節は、脇の下や胸のリンパ節とくらべ乳房から離れているので、それだけ転移が進んでいるといえます。
したがって、全身に散ったがん細胞を治療するという意味で、薬物療法が基本となります。生検で調べたがんの性格をもとに、ホルモン療法や抗がん剤、分子標的治療薬を使います。すべての治療法を総動員して治療にあたるという点は、ⅢB期と同様です。
コラム 乳がんの治癒率
乳がんは比較的進行が遅いがんで、10年を過ぎて再発することも少なくなく、20年以降の再発もまれではありません。とくにルミナルAタイプのホルモン受容体が強陽性でがんの顔つきのおとなしいものにその傾向が見られます。がんは5年生存率を治療成績の目安にするのですが、乳がんの場合は10年生存率で見ます。
0期の非浸潤がんであれば、100%近く治ります。Ⅰ期でも、10年生存率は90%以上の報告が多いのですが、10年の段階で再発して生存されている方もおり、またそれ以降の再発も少ないため、臨床試験ベースの治療成績は出せても、全体のステージ別の治癒率というのはなかなか把握が困難です。
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手術後の補整具や下着
乳がん手術後の補整具や下着は、患者が身体的、精神的な快適さを維持し、日常生活に戻る上で非常に重要な役割を果たします。手術後の傷や体型の変化に対応し、さらに術後の回復をサポートするため、適切な補整具や下着を選ぶことが求められます。乳房切除術(全摘出術)や乳房温存術を受けた後、補整具や下着を選ぶ際に考慮すべきポイントについて、以下で詳しく説明します。
1. 乳がん手術後の身体の変化と補整具の役割
1.1 乳房切除術後の変化
乳房切除術を受けた患者は、乳房を一部または全体を失うため、身体の外見が大きく変わります。この変化に対処し、日常生活に戻るために、補整具が重要な役割を果たします。補整具を使用することで、左右の乳房のバランスを整え、服のフィット感を改善し、心理的な安定感を得ることができます。
1.2 乳房温存術後の変化
乳房温存術を受けた場合、乳房は部分的に残りますが、形が変わることがあり、左右のバランスが崩れることがあります。この場合も、専用の下着や軽度の補整具を使用することで、バランスを整え、体型を整えることができます。また、術後の傷や感覚の変化に対しても、柔らかくサポート力のある下着が必要です。
1.3 補整具の目的と役割
乳がん手術後の補整具は以下の役割を持っています。
- バランスを整える:乳房の形や大きさが変わった後、補整具は左右の乳房のバランスを調整し、自然な外見を作り出します。
- 服のフィット感を改善:補整具を使用することで、術前と同じように服が体にフィットしやすくなります。
- 心理的な安心感:身体の変化に対する不安を軽減し、自信を持って外見に向き合う助けとなります。
2. 乳がん手術後の補整具の種類
乳がん手術後に使用される補整具にはさまざまな種類があり、患者の状況に応じて選択されます。以下に主な補整具の種類とその特徴を説明します。
2.1 一時的補整具
一時的補整具は、手術直後の回復期間に使用される柔らかい素材の補整具です。通常はコットンやフォームなどの軽い素材で作られ、手術後のデリケートな肌を保護し、傷口に負担をかけないように設計されています。この補整具は、体が完全に回復するまでの間に使用されるものであり、軽くて肌に優しいのが特徴です。
特徴
- 術後すぐに使用可能。
- 傷や肌に優しい柔らかい素材。
- 軽量で、圧迫感がない。
2.2 永久補整具(シリコン補整具)
永久補整具は、体が完全に回復した後、長期間使用される補整具です。これらは、シリコンやウレタンなどの素材で作られ、自然な感触と見た目を提供します。シリコン補整具は、乳房切除後の乳房を再現し、手術前と同じような体型に戻すことができます。
特徴
- 見た目が自然で、触感も本物の乳房に近い。
- 水泳やスポーツなど、日常のあらゆる活動に対応可能。
- サイズや形状が多様で、患者個別のニーズに合わせて選べる。
2.3 部分補整具
部分補整具は、乳房温存術を受けた患者向けで、部分的に失った乳房の形や大きさを補うために使用されます。このタイプの補整具は、乳房のバランスを微調整し、左右の不均衡を整えるために効果的です。
特徴
- 部分的な乳房の欠損に対応。
- 自然な形を維持し、左右のバランスを調整。
- 軽量で、日常的な使用に適している。
3. 術後に適した下着の選び方
乳がん手術後の下着選びは、快適さとサポート力が重要です。術後の傷や感覚の変化に対応するため、特別に設計された下着が推奨されます。以下は、手術後に適した下着の特徴です。
3.1 柔らかい素材と優しいフィット感
手術後の肌はデリケートで、傷口や放射線療法による肌の影響が残ることがあります。そのため、術後の下着には、柔らかい素材(コットン、シルクなど)が使用され、肌に優しく、摩擦が少ないものを選ぶことが重要です。また、フィット感がきつすぎず、軽く体を包み込むデザインのものが推奨されます。
特徴
- シームレスで肌に優しい素材。
- ワイヤーなしで圧迫感がないデザイン。
- 調節可能なストラップでフィット感を調整可能。
3.2 補整具対応のポケット付きブラ
多くの術後ブラジャーには、補整具を簡単に挿入できるポケットが付いています。このデザインにより、補整具がしっかりと固定され、日常生活でのズレや不快感を防ぎます。ポケット付きブラは、シリコン補整具や一時的補整具のいずれにも対応しており、患者にとって使いやすい設計です。
特徴
- 補整具用のポケットが内蔵されており、自然な形を維持。
- 安定感があり、ズレにくい。
- フルカップデザインで、しっかりとサポート。
3.3 フロントホックブラ
フロントホックブラは、手術後の腕の可動範囲が制限されている患者に適しています。術後すぐは、腕を大きく動かすことが困難なため、背中でのホックの着脱が難しくなります。フロントホックブラは前開き式のため、着脱が容易で、術後の回復期に特に有用です。
特徴
- 前開きで、着脱が容易。
- 圧迫感が少なく、傷を刺激しない。
- 調節可能で、快適なフィット感を提供。
4. 術後の下着選びで考慮すべきポイント
4.1 サポート力と快適さのバランス
術後の下着は、適度なサポート力がありつつ、快適さを重視する必要があります。特に、手術後の早期段階では、乳房や胸部のサポートが必要ですが、圧迫しすぎない設計のものを選ぶことが大切です。柔らかいカップやワイヤーなしのデザインが推奨されます。
4.2 デザインと機能性
術後の下着は機能性が重視されますが、見た目も重要な要素です。多くのメーカーは、機能性とデザインを両立したおしゃれな下着を提供しており、患者が術後も自信を持って下着を選べるようになっています。明るい色やレースデザイン、洗練されたスタイルのものも多く、気分を高める要素としても機能します。
4.3 サイズ調整の可能性
術後の体型は変化することが多いため、サイズ調整が可能な下着を選ぶことが推奨されます。調整可能なストラップやホックがある下着は、体型の変化に対応し、常に快適なフィット感を保つことができます。また、補整具のサイズやタイプに合わせて、ブラのサイズも適宜調整することが大切です。
5. 術後の生活と補整具・下着の選び方の重要性
5.1 心理的サポートとしての補整具
乳がん手術後の補整具や下着は、単に身体的なサポートだけでなく、患者の心理的な安定を支える役割も果たします。身体の外見が変わった後、適切な補整具や下着を使うことで、自信を取り戻し、日常生活にスムーズに戻ることができます。補整具は、患者の選択肢を広げ、自己肯定感を高める重要なツールとなります。
5.2 日常生活への復帰を支援
適切な補整具や下着を選ぶことで、乳がん手術後の生活の質(QOL)を向上させることができます。患者は、自分の体にフィットする補整具を使うことで、体型を気にせずに外出したり、社会活動に参加することが可能になります。また、スポーツや水泳など、アクティブな生活を楽しむための専用補整具も存在し、日常生活の幅を広げることができます。
6. まとめ
乳がん手術後の補整具や下着は、患者の身体的な回復をサポートするだけでなく、心理的な安定や日常生活の質を向上させるために非常に重要です。手術後の体型変化や感覚の変化に適応するためには、個々の患者に合った適切な補整具や下着を選ぶことが求められます。術後の回復段階に応じて、柔らかい一時的補整具から自然な見た目を提供する永久補整具まで、さまざまな選択肢があります。さらに、補整具に対応した専用下着を選ぶことで、患者は快適に日常生活を送ることができ、手術後の生活をより自信を持って過ごすことが可能となります。
手術後の補整具や下着
材質も形も豊富
現在は、乳がんの手術を受けた人のために、さまざまな補整具や扱いやすい下着が発売されています。上手に利用して、手術後もおしゃれを楽しむようにしましょう。
補整下着は、見た目の美しさもさることながら、乳房の手術によって変わった体のバランスをととのえるという意味でも、効果的です。アンバランスのままにしていると、腰痛や背中の痛み、肩こりなどの原因になることもあります。
パッドは、内側にポケットのついたブラジャーと組み合わせて使います。素材も、ウレタン、シリコン、綿などがあり、汗をかいてもかぶれにくい素材を使ったものなどもつくられています。形も、体型にあわせて脇にふくらみをもたせたいときに使うものや、鎖骨の下からふくらませるものなど、いろいろなものがあります。重さも、軽いものから、乳房と同じ重さのものまであります。
乳がん手術を受けた病院には、たいていパンフレットがありますから、自分で調べたり看護師に訊いてみましょう。インターネットでも情報を得ることができます。その上で、実際に身につけてみて、装着感や見た目を試して購入することが大切です。たいていは既製品で間に合いますが、オーダーメードでもつくることができます。
用途にあわせて
パッドを入れるブラジャーは、肩ひもが太く安定感があり、アンダーバストもソフトで強くしめつけない、あるいは前開きで着脱しやすいなどの工夫がしてあります。ふつうのブラジャーにもポケットがついたものがありますが、補整下着はパッドを入れたときにも安定してズレにくくなっています。また、素肌に直接装着するタイプのシリコンパッドや、水泳用に水分を吸収しにくいパッドもあります。
水着も、乳がんの手術を受けた人のために、首回りや袖ぐりが詰まっていて傷口が見えないもの、パッドもしっかりフィットしてずり落ちないものなどが市販されています。水泳は、手術後のリハビリや体力回復にも適した運動なので、こうした水着で楽しく泳いでください。
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乳がんの転移・再発とは
乳がんの転移および再発は、治療を受けた患者にとって重要な課題です。早期に診断された乳がんは高い治癒率を持ちますが、一部の患者では治療後にがんが再発したり、遠隔転移を引き起こすことがあります。転移や再発は患者の予後に深刻な影響を与えるため、そのメカニズム、リスク因子、診断方法、治療法に関する理解が非常に重要です。ここでは、乳がんの転移と再発について記述します。
1. 乳がんの再発と転移の違い
乳がんの再発と転移は、どちらも治療後にがんが再び見つかる状況を指しますが、その発生場所やメカニズムは異なります。
- 再発:再発は、治療後に同じ乳房またはその周囲でがんが再び現れることを指します。局所再発(乳房や胸壁での再発)や、近隣のリンパ節で再発する場合(領域再発)があります。
- 転移:遠隔転移とは、がん細胞が乳房以外の体の部位(骨、肺、肝臓、脳など)に広がることを指します。転移が起きると、ステージIV乳がんと診断され、治癒は困難になります。
再発も転移も、がんが治癒した後に再び発生するため、患者の予後に大きな影響を及ぼします。
2. 乳がんの再発
2.1 局所再発と領域再発
局所再発は、乳がん治療後に最初にがんが発生した部位、つまり乳房や胸壁、または乳房温存手術を行った部位の近くでがんが再び発生することを意味します。一方、領域再発は、腋窩リンパ節や鎖骨上部のリンパ節など、がんが最初に発生した領域に隣接するリンパ節での再発を指します。
2.1.1 局所再発のリスク因子
局所再発にはいくつかのリスク因子が関与します。特に次の要因が局所再発のリスクを高めるとされています。
- 若年齢での診断:若い女性は、再発のリスクが高い傾向があります。
- 腫瘍の大きさ:腫瘍が大きいほど、再発のリスクが高くなります。
- 手術の不完全性:手術でがんを完全に取り切れなかった場合、がん細胞が残っている可能性があり、再発リスクが上がります。
2.1.2 局所再発の症状と診断
局所再発の症状としては、手術した部位やその周囲にしこりや皮膚の変化が現れることがあります。しこりは硬く、動かないことが多いです。診断には、マンモグラフィー、超音波検査、MRIなどの画像検査が用いられます。さらに、再発が疑われる場合は、生検を行い、がん細胞が存在するか確認します。
2.1.3 局所再発の治療
局所再発の治療には、再手術、放射線療法、化学療法、ホルモン療法が用いられます。再発の範囲や患者の状況に応じて、以下の治療法が選択されます。
- 再手術:乳房温存手術後に再発が確認された場合、乳房切除が行われることがあります。
- 放射線療法:放射線が使用されていなかった場合や、再発部位に対して新たに使用することが検討されます。
- 薬物療法:再発がホルモン受容体陽性の場合はホルモン療法、HER2陽性の場合は分子標的療法が行われます。
2.2 再発予防のための治療
乳がんの再発リスクを減らすため、治療終了後に追加の治療が行われることがあります。これには以下の治療が含まれます。
- ホルモン療法:エストロゲン受容体陽性の乳がんの場合、5~10年にわたってホルモン療法が行われ、再発のリスクを低減します。
- 分子標的療法:HER2陽性の乳がんに対しては、トラスツズマブなどの分子標的薬が使用され、再発防止に効果を示しています。
- 化学療法:化学療法は、乳がんが進行している場合や、他の治療法が適用できない場合に使用され、再発リスクを抑える役割を果たします。
3. 乳がんの遠隔転移
3.1 遠隔転移のメカニズム
乳がんの遠隔転移は、がん細胞が原発腫瘍から離れ、血流やリンパ液を介して他の臓器に到達し、新しい腫瘍を形成するプロセスです。転移のプロセスには、がん細胞の血管侵入、血流中での生存、目的臓器への定着、そして増殖が含まれます。この過程で、がん細胞は免疫系の攻撃を避けたり、周囲の組織に影響を与える能力を獲得することが求められます。
3.2 乳がんの主な転移部位
乳がんは以下の臓器に転移することが多いです。
- 骨:骨は乳がんの転移先として最も一般的です。骨転移は、骨痛や病的骨折のリスクを伴い、患者の生活の質に大きな影響を与えることがあります。
- 肺:肺転移は、乳がんの転移先としてもよく見られます。肺への転移は、咳、息切れ、胸痛などの呼吸器症状を引き起こすことがあります。
- 肝臓:肝転移は、腹痛や体重減少、黄疸などの症状を伴います。肝臓は血流が豊富で、がん細胞が容易に到達しやすい臓器の一つです。
- 脳:脳転移は乳がんの進行期に発生することがあり、頭痛、吐き気、神経障害などの深刻な症状が現れます。
3.3 遠隔転移の症状と診断
遠隔転移がある場合、初期には無症状のこともありますが、進行すると以下のような症状が現れます。
- 骨転移:持続的な骨痛、骨折、運動障害
- 肺転移:咳、息切れ、呼吸困難
- 肝転移:腹痛、黄疸、疲労感
- 脳転移:頭痛、視覚障害、痙攣、麻痺
遠隔転移の診断には、CTスキャン、MRI、骨シンチグラフィー、PETスキャンなどの画像検査が行われます。また、転移が疑われる部位から生検を行い、がん細胞の有無を確認することもあります。
3.4 遠隔転移の治療
遠隔転移乳がんの治療は、患者の状態や転移の部位に応じて個別に計画されます。治療は基本的に「全身療法」と「局所療法」の組み合わせで行われます。
3.4.1 全身療法
全身療法は、体全体に影響を及ぼす治療であり、主に以下が含まれます。
- 化学療法:がん細胞を攻撃するための薬剤が使用され、進行がんに対して広く適用されます。
- ホルモン療法:ホルモン受容体陽性のがんに対して、エストロゲンの作用を抑制するための治療が行われます。
- 分子標的療法:HER2陽性の乳がんには、トラスツズマブなどが使用され、がん細胞の増殖を阻害します。
- 免疫療法:免疫チェックポイント阻害剤などが、トリプルネガティブ乳がんなどに対して使用されることがあります。
3.4.2 局所療法
遠隔転移が確認された場合でも、症状の軽減や生活の質向上のために局所療法が行われます。
- 放射線療法:骨転移や脳転移に対する疼痛緩和や腫瘍縮小に有効です。
- 手術:単発の転移巣に対して外科的切除が行われることもありますが、限られた症例での適用です。
3.5 緩和ケア
遠隔転移乳がんの患者に対しては、がんそのものを抑える治療に加え、緩和ケアも重要です。緩和ケアは、痛みやその他の身体的症状を和らげ、患者の生活の質を高めることを目的としています。疼痛管理や精神的支援、栄養管理が緩和ケアの一環として提供されます。
4. 再発・転移の予防
乳がんの再発や転移を完全に防ぐ方法はありませんが、治療後の生活習慣やフォローアップがリスクを低減する可能性があります。以下の点に留意することが重要です。
- 定期的なフォローアップ:医師による定期的な検査や画像診断により、再発や転移を早期に発見することが可能です。
- 健康的な生活習慣:バランスの取れた食事、適度な運動、禁煙、飲酒の制限が再発リスクを減らす可能性があります。
- ホルモン療法の継続:ホルモン受容体陽性の患者は、医師の指示に従ってホルモン療法を継続することで再発リスクを抑えられます。
5. まとめ
乳がんの転移や再発は、治療を受けた患者にとって大きな課題ですが、近年の医学の進歩により治療法は多岐にわたる選択肢が存在します。再発や転移のリスクを理解し、定期的な検診と適切な治療を受けることで、患者はより良い予後を期待できるようになっています。
乳がんの転移・再発とは
局所再発と遠隔転移
「再発」というと、かつては手術の取り残しが原因と考えられていました。この取り残しを防ぐためにハルステッド法(定型的乳房切除)など広範囲の切除が行われましたが、それによって再発率は減りませんでした。そのため、もう手術する時点で転移が成立しており、術後何年か経ってこれが明らかになってくると理解されるようになりました。
乳がんは、浸潤がん(Ⅰ期)となった時点で、すでに全身にがんの芽がタンポポの綿毛のように散らばっている可能性がありうると考えられています。
この綿毛が芽を出し、成長して、検査によってがんとしてとらえられる状態になったのが、「再発」です。術後の薬物療法で再発の頻度は抑えられていますが、それでも網の目をかいくぐって成長してくるものがあるのです。
乳房温存療法で残した乳房や、その周囲の皮膚、リンパ節などにがんが出てくるものを「局所再発」といい、肺や骨など、乳房とは離れた部位に発生するものを「遠隔転移」(遠隔再発)といいます。がんが発見された時点で遠隔臓器に転移がある状態が、ステージでいうとⅣ期の進行がんとなります。
早期発見しても生存率は同じ
乳がんの場合、再発の半分程度は5年以内に起こりますが、半分は5年以降に起こります。前述したように20年以上経てから再発してくることもあり、その意味では気が抜けないがんです。
しかし、乳がん経験者にとって一番こわいのは、やはり再発・転移です。早期発見、早期治療というがん治療の原則どおり、少しでも早く発見して、治療してしまいたいと思うのが人情です。ところが、この原則も、乳がんの再発・転移には残念ながらあてはまりません。
イタリアで、乳がんの再発を定期検診によって早期発見したグループと、症状が出てから治療を受けたグループとを追跡調査した比較試験が2つ報告されています。ところが、そのどちらも、生存率や患者のQOL(生活の質)に差はなかったと報告されました。
つまり、乳がんでは、定期的に検診をして再発・転移を早期発見しても、症状が出てから治療をしても、治療成績に変わりはないということになります。
したがって、早期発見のためにひんぱんに検査を受けるのはあまり意味がありません。このような事実を踏まえ欧米、日本のガイドラインでは術後のレントゲン検査、採血など転移を見つける検査は推奨されていません。ただこのイタリアの研究は1980年代の医療水準が前提になっており、各種画像診断、トラスツズマブを代表とする薬物療法の進歩を経た今日でも同じなのかという疑問の余地はあります。また以上の話は遠隔転移についての議論であり、乳房とその周囲の局所再発と、反対側の乳房にできる新しいがんについては、早期発見が重要なので、一度乳がんになった人にとっては、定期的な検診は欠かせません。乳がん経験者は、一生のうち、10人に1人が手術を受けた反対側の乳房にもがんができるというデータがあります。定期的な検診によって、反対側の乳がんによる死亡率が30%低下すると考えられています。
局所再発した乳がんの治療
再手術で治癒も可能
乳房温存療法で残した乳房や、その周囲の皮膚、リンパ節にがんが再発することを局所再発といいますが、局所再発ならば、まだ十分に治癒が可能です。
局所再発にも二つの意味があります。一つは、単純に最初の手術で取り残したがんが時間とともに増大してきた場合。もう一つは、手術でがんを摘出したときに、すでに体内に潜んでいたがんの芽が、薬物療法の攻撃をすり抜け、次第に目覚めて大きく成長してきたような場合です。こういう場合は、局所再発につづいて遠隔転移が出てくる危険性が高くなり、治療がむずかしくなります。
実際には、どちらのタイプかを鑑別することは困難です。そこで、こうした可能性を考え、局所再発がんに対しては、手術や放射線など局所療法を行うとともに、薬物療法による全身療法が行われるのです。
局所と全身療法を組み合わせる
局所再発の場合は、手術した側の乳房の皮膚が赤くなる、皮下にシコリを感じる、あるいはリンパ節がはれる、といった症状が出ることがあります。
定期検診では、触診と超音波検査で局所再発の有無をチェックします。また年に1回マンモグラフィも行います。
その結果、局所再発と判明した場合には、手術が行われます。最初の手術が乳房温存療法の場合、再度乳房温存療法が行われることもありますが、一般的には乳房切除術が行われます。
切除後には放射線照射も考慮されますが、一生のうちで同じ場所に照射できる放射線の量は決まっています。このため、前回の手術で放射線を照射している場合には、同じ場所に放射線治療はできないことになります。
さらに、局所再発が臓器転移の前触れである可能性も少なくないため、全身のがんをたたくために薬物療法を行います。これも、がんの性質に合わせて、ホルモン療法や抗がん剤、分子標的治療薬などを使います。
ただし、局所再発までの期間が短く、炎症性乳がんのように赤くはれたような形で再発した場合は進行が早く、手術も困難な場合が多いので、まず薬物療法による全身療法を行い、それから手術などの局所療法を考えます。
(局所再発の治療)
遠隔転移したがんの治療
薬物療法で長くつきあう
局所再発と遠隔転移とでは、治療の考え方が大きく違ってきます。
局所再発の場合は、治癒を目指す手術と、再再発を防ぐための薬物療法が行われますが、遠隔転移の場合は、がんの進行を抑え、症状を緩和@かんわ@することが目的となります。乳房から遠く離れた臓器に転移が発生したということは、がんの芽がすでに体中に広がっており、どこに転移しても不思議ではない深刻な状態であることを示しています。
そのため、手術で局所のがんを切除しても、体に負担をかけるだけで、治癒に結びつけることは困難です。抗がん剤やホルモン療法などの薬物療法で、全身に散らばったがんの成長を抑え、症状を取り除きながら、がんと長くつきあっていくことが、治療の目的になります。
しかし、幸い乳がんには、ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬と、いくつも効果のある薬があります。しかも、それぞれに何種類かの薬があります。がん治療に使われる薬は、必ずがん細胞に耐性ができて、薬が効かなくなるときがくるのが、大きな難点です。しかし、乳がんの場合、この薬が効かなくなったら、また次の薬を使うというように、上手「に薬を組み合わせ、それを順番に使うことによって、転移後も長く元気で過ごしている人がたくさんいます。しかも新薬の登場で、延命期間はかなり延びています。
最初はホルモン療法から
薬物療法の項でも説明したように、適切な薬物療法を行うためには、ホルモン受容体の有無、HER2受容体の有無、がんの「顔つき」や増殖能力の程度、閉経前か閉経後かなど、乳がんの性質と、患者さんの体の状態などを知ることが重要です。術後補助療法が行われている場合が多いので、これまでに使った薬剤の情報も重要です。もし術前化学療法が初回治療で行われた場合は、そのときに使った薬とその効果の程度も重要です。
転移が見つかって初めて薬物療法を行う場合は、ホルモン受容体が陽性であれば、まずホルモン療法から始めます。抗がん剤より副作用が少なく、効果の長続きが期待できることがその理由です。
閉経前ならばLH–RHアナログとタモキシフェンの併用あるいはそのどちらか、閉経後ならばアロマターゼ阻害薬を、まず最初に使うことがことが推奨されています(一次治療)。このホルモン療法が効かなくなれば、また次のホルモン剤を使い、それも効かなくなれば次というふうにホルモン療法を行います。
ホルモン療法が効かなくなれば、次の段階として、抗がん剤治療に入っていきます。
一方、ホルモン受容体が陰性の場合には、ホルモン剤が効かないので、抗がん剤治療から始まります。HER2受容体が陽性ならば、分子標的治療薬・トラスツズマブと抗がん剤を併用し、HER2受容体が陰性ならば、抗がん剤を単独で使います。これも、効かなくなれば順番に抗がん剤を使っていきます。
こうした乳がんの薬物療法の流れを示したのが、左の図です。乳がんの性質にあわせていくつもの治療手段があるのが強みです。なお、臓器転移は治癒が期待できず症状緩和が治療目的という前提で述べてきましたが、トラスツズマブが登場してから状況が変わってきているかもしれません。HER2陽性の患者さんに限った話ではありますが、トラスツズマブの点滴を継続することで、数年転移巣が消えたままという患者さんが多くみられるようになってきました。このことが分子標的治療薬への期待を高めるきっかけになりました。
苦痛の緩和
薬物療法は、全身に散らばったがんの成長を抑えるための手段ですが、遠隔転移があると、転移した局所にもさまざまな症状があらわれることがあります。
こうした局所的な症状にも、いろいろな治療法が用意されています(次ページ参照)。また、痛みや不安感、うつ症状など、さまざまな苦痛に対しては、それぞれの専門家が的確に対処してくれます。現在は、各分野の専門家が集まって治療を行う「チーム医療」が、がん治療の中心となっています。
特に緩和医療チームは、肉体的な苦痛にも精神的な苦痛にも、専門的な知識を持ってケアしてくれます。以前は、緩和ケアというと末期医療のように考えられていましたが、現在は苦痛の緩和という意味で、治療の早い段階から患者とかかわりを持ち、サービスの提供を行ってくれます。
(図:遠隔転移の治療の流れ)
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乳がんの遠隔転移と治療
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乳がんの遠隔転移と治療
30%は骨転移
乳がんは、最初に骨に転移することが多く、遠隔転移の約30%は骨転移です。
そのほか、リンパ節、胸膜、胸壁、肺、肝臓、脳なども、乳がんが転移しやすい部位です。こうした部位に転移したがんは、「転移性乳がん」、あるいは「乳がんの骨転移」とか「乳がんの肺転移」といった言い方をします。
転移したがんは、肺や肝臓など、どの臓器に転移しようとも、乳がんの性質をそのまま持っており、原発性の肺がん(最初から肺に発生したがん)や肝臓がんとはまったく異なるものです。薬も、乳がんに効果のあるものを使います。
転移した部位と治療
遠隔転移を起こした場合は、全身のがんをたたく薬物療法が基本になりますが、転移した部位の症状がある場合には、薬物療法と併行して転移した局所の治療を行うこともあります。あるいは、薬物療法が効果をあらわすには数週間から3カ月ぐらいかかるので、薬物療法を先行してから局所の治療を行うこともあります。
骨転移
骨の中でも、乳がんが転移しやすいのは、腰椎@ようつい@や胸椎@きようつい@、頸椎@けいつい@などの背骨や骨盤、肋骨@ろつこつ@、頭蓋骨、腕の上腕骨@じようわんこつ@、足の大腿骨@だいたいこつ@などです。
血液やリンパに乗って骨髄に転移したがん細胞は、そこで増殖し、やがて骨を溶かします。そのため、骨が弱くなり、ちょっとした拍子に手足を骨折したり、背骨の場合は自分の重みで圧迫骨折を起こすこともあります。
骨折の痛みは突然に起こりますが、骨折をしなくても、転移した骨には痛みが出ることがあります。これは、正常の骨の組織ががんの増殖によって破壊されることが原因です。初期にはあまり痛みはありませんが、やがて強い痛みを起こすこともあります。
増殖したがんや圧迫骨折などによって、脊髄の中を走る脊髄神経が圧迫されると、手足のしびれやマヒが起こることもあります。神経が損傷されてしまうと、こうした症状が治らなくなるので、できるだけ早く治療を受ける必要があります。
また、骨が溶けると、血液中にカルシウムが増え、高カルシウム血症を起こすことがあります。高カルシウム血症を起こすと、のどが渇く、ムカムカする、尿量が増える、おなかが張る、便秘、ボッーとするといった症状があらわれます。このような場合も、早く治療を受けないと、脱水症状が進み、腎臓の働きが低下してしまいます。
検査と治療
骨転移の有無は、骨シンチグラフィを基本に、MRI検査、X線検査、PET–CT検査などで調べます。
骨転移があっても、特に症状がなければ、経過を観察します。しかし、痛みがある場合には、痛み止めの内服薬を飲み、それでもコントロールできないときにはモルヒネ(麻薬)を使います。またゾレドロン酸という、骨粗鬆症の治療にも効果のある薬を使うことで、骨折や痛みをある程度予防することができます。ゾレドロン酸は、骨からカルシウムが溶け出すのを防ぐので、高カルシウム血症の治療にも使われます。
骨折が起こりそうな部位があったり、痛みが非常に強い場合は、手術や放射線という治療法もあります。
大腿骨の中央部や、股関節を構成する大腿骨骨頭などに転移がある場合には、骨折を起こす前に内固定をしたり、転移した病巣を切除し、人工骨頭にかえるなど、整形外科的な手術を行う方法もあります。これによって、骨折を防ぎ、歩行が困難になることを防ぐことができます。
背骨の脊椎に転移がある場合は、圧迫骨折を防ぐために、破壊された脊椎に骨セメントを注入して強化する方法もあります。この方法は、骨が不安定になって背骨に痛みを起こしているケースにも効果的です。
放射線治療は、転移したがんの増大を抑え、骨の痛みをやわらげるのに効果があります。骨転移には体外から放射線をかける外照射が放射線治療の中心になりますが、ストロンチウムを用いた内照射という方法もあります。
脳転移
がんが脳へ転移すると、頭痛、めまい、ふらつき、手足のマヒなど、転移した部位によってさまざまな症状があらわれてきます。
転移の有無は、造影剤を使ったMRI検査で確認できます。
脳の転移巣が大きくなると、頭蓋骨内部の圧が上がって脳が圧迫され、いろいろな症状があらわれます。そこで、転移巣を治療して症状を緩和するために、脳外科手術やガンマナイフ、リニアックなどの放射線療法が行われます。
脳には脳血液関門という異物の侵入を防ぐゲートがあるため、抗がん剤をはじめとする薬物療法の効果は限定的です。
転移した病巣が一個で、部位的に取りやすい位置にあれば、患者さんの状態によっては手術で病巣を摘出することもあります。
脳転移の治療は、放射線治療が中心となります。ガンマナイフやサイバーナイフは、定位照射といい、頭を固定した状態で、ピンポイントで放射線を照射します。これによって、脳の奥のほうなど、手術がむずかしい部位にできたがん病巣でもつぶすことができます。小さな脳転移が1個だけならば、外科手術でも、ガンマナイフなどの定位照射でも成績は同じです。
3~4個のがんならば、ガンマナイフなどの定位照射行うことができますが、がんが脳に多発しているような場合には、脳全体に放射線を照射する全脳照射という方法が基本となります。外科手術や定位照射を行った場合も、その後の再発予防のため通常は全脳照射を追加します。
肺や肝臓への転移
肺の場合、肺の末梢に結節(コブのような固まり)をつくるタイプと、肺や胸膜のリンパ管にがんが詰まって水(胸水)がたまるタイプとがあります。
結節タイプは、比較的進行が遅く、進行しても症状が出ないこともあります。水がたまるタイプは、咳@せき@や呼吸困難などの症状が出るので、早期の手当てが必要です。
肝臓の場合は、沈黙の臓器といわれるように、転移があっても、ほとんど症状はありません。そのため、全身的な治療法である薬物療法が優先されるのが一般的です。
検査と治療
肺転移はX線検査やCT検査で確認されます。
結節タイプの場合は症状がないので、転移性乳がん治療の基本である全身の薬物療法が先行されます。ただ転移が1~2個だけの場合は、本当に転移かどうかわからない。良性かもしれないし、肺原発の肺がんかもしれないという問題もあり、胸腔鏡下の手術で切除して診断をはっきりさせます。また可能であればホルモン受容体やHER2受容体を転移巣で調べたいという目的もありかつてよりも切除意義が認められるようになりました。
これに対して、水がたまるタイプは、がん性胸膜炎のために肺の外側に急速に胸水がたまり、肺を圧迫して呼吸が困難になります。呼吸を楽にするために、外から胸に針を刺して水を抜きます。水を抜くために管を留置し、この管から薬を入れて、水がたまらないように肺の胸膜面を癒着@ゆちやく@させることもあります。
同じように、がん性心嚢膜@しんのうまく@炎のため、心臓のまわりに水がたまることがあります。水がたまると心臓が圧迫されてうまく拍動することができなくなり、急速に心不全が進行します。がん性心嚢膜炎はがん救急の代表的な病態です。この場合も、心臓のまわりに針を刺してたまった水を吸引します。
☆コラム 転移再発がんに対する抗がん剤の効果と奏効率
遠隔転移の場合、ホルモン受容体が陰性ならば、抗がん剤の治療を行うことになります。また、ホルモン療法が効かなくなった場合にも抗がん剤が使われますが、その効果はどの程度期待できるのか、気になるところです。
アドリアマイシンなど、アンスラサイクリン系の抗がん剤を最初の治療として使った場合、奏効率は50~60%で、効果は半年程度続きます。かつて乳がん治療の標準治療であったCMF療法(○ページ参照)より、奏効率、持続期間ともにすぐれています。
バクリタキセルやドセタキセルなど、タキサン系の抗がん剤は、アドリアマイシン系の抗がん剤と同等の治療効果と考えられています。アドリアマイシン系後の二次治療として用いた場合の奏効率は30~50%。効果の持続期間は数カ月程度です。
このように、現在のところ、転移再発乳がんの治療では、アンスラサイクリン系の抗がん剤やタキサン系の抗がん剤が第一選択になっています。HER2陽性ならば、抗がん剤にトラスツズマブを上乗せして用います。
この他にも経口の抗がん剤であるカペシタビン、TS-1,最近日本で認可されたゲムシタビン、近日中認可予定のエリブリンなど選択肢は増えてきています。
ただ、ここで注意してほしいのが、奏効率という意味です。これは、「治る」とか「がんが消える」という意味ではありません。がん治療では、「がんの大きさが半分以上小さくなった人の割合」を奏効率といいます。奏効率50%といえば、50%の人が、がんの大きさが面積比で半分以下に縮小した、という意味です。それによって生存期間が延長したかどうかはまた別問題なのです。
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若い女性の乳がん治療
若年女性における乳がんの治療の特徴について
若年女性における乳がんの治療は、高齢者に比べて特有の課題や特徴を有しています。治療の選択肢は、がんのステージやホルモン受容体の状態、遺伝的要因、患者のライフスタイルや希望に基づいて決定されますが、若年女性特有の生理的、心理的な要因も考慮する必要があります。以下に、若年女性における乳がん治療の特徴を解説します。
1. 若年女性における乳がんの発生と特徴
若年女性(一般的には40歳以下)は乳がんの発生率は比較的低いですが、発症した場合、高齢女性に比べて進行が早く、予後が悪い傾向が見られます。この年齢層での乳がんは、ホルモン受容体陰性やHER2陽性など、より攻撃的なタイプの乳がんであることが多いのが特徴です。また、家族性乳がんや遺伝性の要素(BRCA1/BRCA2遺伝子変異)が若年女性では高い割合で見られるため、遺伝子検査や予防的治療が選択肢に入ることが多いです。
1.1 進行が早いがん
若年女性の乳がんは、高齢者と比べて腫瘍の増殖が早く、診断時には進行している場合が多いです。そのため、早期発見が非常に重要ですが、若年層では乳がん検診が一般的でないため、自己検診や乳房の異常を感じた際の早期受診が推奨されています。
1.2 ホルモン感受性の違い
エストロゲンやプロゲステロンといったホルモンは、乳がんの発生や進行に影響を与えます。若年女性の乳がんではホルモン受容体陰性(ER陰性、PR陰性)のがんが比較的多く見られ、このタイプのがんはホルモン療法に反応しにくいため、化学療法が主な治療となることが多いです。一方、ホルモン受容体陽性の場合には、長期間にわたるホルモン療法が有効とされますが、治療中の生殖機能や更年期症状に配慮する必要があります。
1.3 遺伝的要因
BRCA1またはBRCA2遺伝子変異を持つ若年女性は、乳がんや卵巣がんの発症リスクが非常に高くなります。このような場合、リスク低減のために予防的乳房切除や卵巣摘出が推奨されることがあります。また、遺伝子検査に基づいて、家族歴やリスクに応じた適切なサーベイランスが行われることが重要です。
2. 治療選択の考慮点
若年女性の乳がん治療では、治療の目的に加えて、治療後の生活の質や長期的な健康への影響を考慮する必要があります。これには、生殖機能の温存、妊娠や出産に対する影響、心理的支援などが含まれます。
2.1 外科的治療
外科的治療としては、乳房温存手術(部分切除)や乳房全摘出術(乳房切除)が行われます。若年女性では、乳房再建手術を希望する割合が高く、治療後のボディイメージや心理的な満足度に大きな影響を与えることがあります。
- 乳房温存手術:がんが小さく、局所的であれば、乳房温存手術が可能です。この手術では、腫瘍と周囲の正常組織の一部を切除し、手術後に放射線療法が行われるのが一般的です。若年女性では再発リスクがやや高いため、定期的なフォローアップが重要です。
- 乳房全摘出術:がんの大きさや広がりによっては、乳房全摘出が必要です。特に、BRCA変異がある場合や複数のがんが発生している場合に推奨されます。乳房再建術は即時または後日に行われることが多く、インプラントや自家組織を用いた再建が選択されます。
2.2 化学療法
化学療法は、乳がんの進行度やタイプに応じて行われ、特にホルモン受容体陰性やHER2陽性の乳がんに対して効果的です。若年女性の場合、化学療法による副作用として、卵巣機能の低下や早期の閉経が引き起こされることがあり、これが生殖機能やホルモンバランスに長期的な影響を及ぼします。
- 卵巣機能温存のための対策:化学療法による卵巣機能への影響を軽減するために、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)アナログを使用することが推奨されています。また、治療前に卵子や胚の凍結保存を行うことで、将来的な妊娠の可能性を残すことができます。
2.3 ホルモン療法
ホルモン受容体陽性の乳がんに対しては、ホルモン療法が行われます。タモキシフェンなどの選択的エストロゲン受容体調節薬(SERMs)や、アロマターゼ阻害薬が使用され、これにより再発リスクを低減します。ただし、若年女性にとって、長期間のホルモン療法は更年期症状や生殖機能への影響が懸念されるため、患者のライフステージに応じた治療計画が必要です。
2.4 HER2陽性乳がんに対する治療
HER2陽性の乳がんに対しては、トラスツズマブ(ハーセプチン)を含む標的療法が効果的です。この治療は、化学療法と併用されることが多く、がん細胞の成長を抑制します。HER2陽性の乳がんは、他のタイプと比べて進行が早いことが多いため、早期かつ積極的な治療が求められます。
3. 生殖機能と妊娠に対する影響
若年女性にとって、乳がん治療が生殖機能に与える影響は大きな関心事です。特に、化学療法やホルモン療法は卵巣機能を低下させ、早期閉経を引き起こすことがあり、これが将来的な妊娠の可能性を低下させるリスクがあります。治療開始前に、患者が将来の妊娠希望を持っているかどうかを確認し、必要に応じて生殖機能保存のためのオプションを提供することが重要です。
- 卵子や胚の凍結保存:化学療法や放射線療法による生殖機能への影響を最小限に抑えるため、治療前に卵子や胚を凍結保存することが一般的な選択肢となります。
- 妊娠のタイミング:治療後、妊娠を希望する場合には、がんの再発リスクや治療の終了からの時間などを考慮した慎重な計画が必要です。ホルモン療法が5~10年間行われることが多いため、治療中断や終了後の妊娠が適切かどうか、医師と相談することが推奨されます。
4. 心理社会的サポート
若年女性にとって、乳がんの診断と治療は心理的な負担が非常に大きいです。特に、乳房の喪失や再発への不安、治療による身体的な変化に対するストレスが強く、うつ症状や不安障害を引き起こすことがあります。適切な心理社会的サポートが、治療の過程で重要です。
- 心理的カウンセリング:患者が治療に伴う不安や恐怖を軽減できるよう、専門のカウンセラーや精神科医との連携が重要です。
- 患者支援グループ:同じ経験を持つ他の患者との交流は、心理的な支えとなることが多く、患者支援グループやオンラインコミュニティが効果的です。
5. 治療後のフォローアップと再発防止
若年女性では、乳がん治療後の再発リスクが相対的に高いため、定期的なフォローアップが非常に重要です。治療後も継続的なモニタリングや適切な予防策が必要であり、生活習慣の改善やホルモン療法の継続が推奨されることがあります。
- 生活習慣の改善:適切な食生活、定期的な運動、禁煙など、健康的なライフスタイルは再発リスクを低減させる一助となります。
- 定期的な検査:再発を早期に発見するために、定期的な画像検査や血液検査が必要です。
結論
若年女性の乳がん治療は、がんの種類や進行度に応じた適切な治療選択とともに、心理的、生理的な側面も考慮する必要があります。生殖機能への影響、心理的サポート、長期的なフォローアップなど、治療の全過程において、患者個々のニーズに合わせたアプローチが求められます。
以上、2024年10月
若い女性の乳がん治療
術後療法をしっかりと
乳がんは更年期ごろの女性に多く発症しますが、数は少ないながら、20代、30代の女性でも乳がんになる人はいます。若い人の場合は、がんの進行が早いのではないか、再発率が高いのではないか、将来の妊娠出産に問題はないのか、などいろいろ気になることがあります。
若い人の乳がんは、ホルモン受容体が陰性であることが多いので、ホルモン療法が効かない人が多いというのが問題点の一つです。比較的再発率が高いトリプルネガティブ乳がんの頻度が高いため、全体として再発率が高い傾向があります。 35歳以下の乳がんを「若年性乳がん」といいますが、以前は再発のリスク因子の一つとされていました。しかし、現在は、リスク因子からはずされており、年齢自体が問題なのではなく、乳がんの性質や進行度が問題であると理解されています。
また、家族に若くして乳がんになった人がいるか、母親、姉妹に2人以上乳がんの人がいるような場合は、遺伝的要素の強い「家族性乳がん」(○ページ参照)の家系である可能性もあります。その場合は、30代から乳がん検診を欠かさず受け、早期発見につとめましょう。
治療後半年たてば妊娠もOK
乳がんの治療中は、ホルモン剤や抗がん剤を使うので、月経が止まることが多くなります。薬をやめれば月経が再開されますが、抗がん剤のタイプと年齢によっては生理がもどらないこともあります。
薬物による治療中は、胎児への影響があるので、避妊が必要です。しかし、抗がん剤やホルモン剤の成分は、3か月、かなり慎重にみても半年もたてば体内からなくなるので、妊娠してもだいじょうぶです。若い人の乳がん治療に使われることが多いLH-RHアゴニストを使用した場合も、ふつうは使用を中止して半年から1年以内に月経が再開します。月経が再開すれば、妊娠も可能となったと考えてさしつかえありません。
一方、若い人の乳がんはやや再発しやすい傾向があります。たちの悪い再発は、術後早期に起こることが多いので、万が一再発した場合のことを考えると、妊娠は手術後2年以上たってから考えたほうが安心という意見もあります。
しかし、実際には、患者さんの年齢や人生設計によるでしょうし、元の病状にもよるでしょう。また術後のホルモン療法は5年間が標準ですから、いつまでそれを続けるかはやはり患者さんの年齢と再発のリスクをベースに考えていく必要があります。
抗がん剤が予定されている場合は生理が永久に止まってしまう可能性があるため、抗がん剤をするかどうか、またどのような薬剤で行うかを妊娠出産希望の観点からも考える必要があります。また抗がん剤治療前に受精卵を凍結するような生殖技術も選択肢になりうるため、薬物療法を行う前に妊娠の問題を主治医とよく相談しておく必要があります。
なお、乳房温存療法では、放射線照射が必須となります。放射線を照射した側の乳房は乳汁分泌ができなくなりますが、反対側の乳房で授乳できるのでこの点は安心してください。
妊娠と乳がん治療
妊娠初期の治療は困難
若い人の場合、妊娠中に乳がんが見つかることもあります。その場合は、妊娠の時期が問題です。
基本的に、乳がん治療に使われる薬は、妊娠中は使えない薬がほとんどです。特に影響か大きいのは、妊娠の前期(妊娠15週目まで)です。この時期は、胎児のいろいろな器官がつくられる時期なので、ホルモン剤や抗がん剤の影響で流産したり、胎児に奇形などの影響が出る危険が少なくありません。
検査も、CTやMRIは胎児に悪影響があるので行えません。CTの場合は放射線が、MRIの場合は強力な磁場が胎児に影響をあたえます。手術の場合も、麻酔薬による流産の心配があります。
妊娠や授乳は、体内のホルモン環境を変えるので、がんの進行や再発を心配する人がいるかもしれませんが、妊娠や授乳が、乳がんそのものを進行させるおそれはなく、再発の危険を高めることもないと考えられています。
しかし、胎児のことを考えると、妊娠前期の場合、検査や手術、薬物療法、いずれも正常な発育に影響をあたえる可能性があるといえます。したがって、この時期に乳がんが見つかった場合は、胎児への影響が比較的少ない手術だけを行い、後の治療を妊娠中期以降に行うか、あるいは中絶するのか、という厳しい選択を迫られることになります。なお通常センチネルリンパ節生検の際に使われる青い色素は、催奇形性のリスクから妊娠中は禁忌とされ、アイソトープだけを使ってリンパ節生検を行います。
中期を過ぎれば治療も可能
では、妊娠中期以降ならばどうでしょうか。
この時期になると、ある程度使える薬も出てきます。ただし、女性ホルモンは妊娠と密接な関係があるので、ホルモン剤は妊娠の全期間を通して使えません。また、放射線治療や分子標的治療薬も、胎児に影響するおそれがあるので使えません。
また、乳房温存療法を行った場合は、通常は放射線治療が必須となります。出産が終わってから放射線治療を行うという選択肢もありますが、治療の遅れを回避するためには乳房切除が無難と考えられています。
術後の薬物療法も、妊娠中はホルモン剤は使えませんが、抗がん剤は適応があれば使うことができます。妊娠中期以降で、治療に抗がん剤を使う必要がある場合には、AC(アドリアマイシンとシクロホスファミド)、FAC(フルオロウラシル、アドリアマイシン、シクロホスファミド)など、胎児に影響をおよぼす可能性が低いとされる抗がん剤の組み合わせを使います。
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高齢者の乳がん治療
高齢者の乳がん治療について
高齢者の乳がん治療
若い人と効果は同じですが
最近は、日本でも閉経後の乳がんが増加し、70代、80代の高齢で乳がんになる人も増えてきました。
治療の考え方は、基本的には高齢者の場合も60代以下の人と変わりません。乳房に比べてがんが小さければ、乳房温存療法の適応になりますし、放射線照射も行います。術後には、再発予防のために、ホルモン感受性があれば、アロマターゼ阻害薬やタモキシフェンを用いたホルモン療法を行い、抗がん剤の適応と考えられればこれが実施されます。
もちろん高齢者の場合、予備力の問題から副作用が出やすいということもあり、また何らかの持病があり、さまざまな薬を服用している人が少なくありません。がんだけではなく、持病の状態や、服用している薬とのかねあいにも十分に注意を払う必要があります。
残された人生と天秤にかけて
ホルモン受容体が陰性で、ホルモン療法が行えないといった場合、高齢者でも抗がん剤による術後補助療法が必要なのか、あるいは高齢者が再発・転移を起こした場合、抗がん剤による強力な治療を行うべきなのかどうか、本人も家族も迷うところです。
高齢者でも体力が十分あり、余命が十分期待できるなら、標準的な治療法は若い人とそれほど変わりません。しかし、持病の有無、心臓や腎臓など重要臓器の機能低下の有無、栄養状態、認知症の心配、経済的、社会的問題など高齢者の場合には配慮しなければならない問題が多数あります。さらにがんが完治したとしても余命が限られていることを考慮しながら治療プランを考えていく必要があります。
再発・転移を起こした場合も、ホルモン受容体が陽性ならばホルモン剤を使うというのが、QOLの面でも一番効果的です。
第一選択のホルモン剤は、術後補助療法で使っていないものです。タモキシフェンが効かなくなっていれば、アロマターゼ阻害薬、アロマターゼ阻害薬が効かなくなっていればタモキシフェンか、別の種類のアロマターゼ阻害薬を使います。
抗がん剤の効果は若い人とそれほど変わりませんが、高齢者は副作用が出やすい傾向があります。そこで、抗がん剤の併用療法よりは、単剤で使うことがすすめられます。その場合も、副作用の出現には十分注意が必要です。
高齢者の場合、体力なども個人差が大きいので、予想される副作用と延命効果などを主治医とよく相談しながら、治療方針を考える必要があります。
☆ コラム 腫瘍マーカーで再発転移は予測できるか
腫瘍マーカーとは、がん細胞がつくり出す物質、またはがん細胞に反応して正常細胞がつくり出す物質のことで、血液中に含まれています。血液を検査して、その物質がどのくらい含まれているかを調べれば、体内にがんがあるかどうかを推測することができます。
乳がんの場合は、CA15-3、CEA、NCC-ST-439などが腫瘍マーカーとして使われています。ただ、多くの腫瘍マーカーは、正常な人でもつくられていること、早期のがんでは異常値にならないこと、転移があっても異常値を示さないことがあること、などの問題点があります。乳がんの再発、転移の診断時には5割くらいの人で腫瘍マーカーが上昇していますが、早期乳がんの場合はほとんど数値が上昇しないため、乳がんの早期発見には役立ちません。
腫瘍マーカーが最も役立つのは、再発、転移をした乳がん患者さんの治療効果を判定するツールとしてです。治療前に上昇していた腫瘍マーカーが経時的に下がってくれば、治療は効果があると考え、逆に治療にも関わらず上昇してくれば、治療効果がないと判断できるわけです。
腫瘍マーカーは、あくまでもほかの検査の補助的なものと考え、その数値の意味のない増減に一喜一憂することはやめたほうがよいでしょう。また、再発・転移があった場合も、早く見つけて治療をしても、症状があらわれてから治療を始めても、生存期間に変わりないので、術後フォローアップの際の検査として腫瘍マーカー検査を推奨しないということが、世界と日本の乳がんのガイドラインに明記されています。
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