乳がんの脳転移の診断と治療

乳がんの脳転移の診断と治療について、サブタイプごとに分けた詳細な解説を以下にまとめます。

1. 乳がんの脳転移の背景

乳がんは他の臓器への転移を起こしやすい癌であり、特に肺、骨、肝臓、脳などへの転移が一般的です。中でも脳転移は乳がんの進行期患者において比較的頻繁にみられ、予後を大きく左右します。特にHER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は脳転移のリスクが高いとされています。脳転移の診断・治療は、乳がんのサブタイプに応じて異なる戦略が必要です。

2. 脳転移の診断

脳転移の診断には主に以下の方法が用いられます。

  • 画像診断:磁気共鳴画像(MRI)が脳転移の診断において最も感度が高いとされています。造影剤を用いたMRIは、病変のサイズ、位置、数を正確に把握でき、治療方針の決定に不可欠です。CTスキャンも用いられることがありますが、MRIの方が精度が高いとされます。
  • 脳脊髄液の分析:稀に、乳がんの脳転移が脳膜播種を引き起こす場合があります。この場合、脳脊髄液中の癌細胞の検出が診断に有用です。
  • 神経学的評価:脳転移の症状としては、頭痛、嘔吐、めまい、視覚や言語の障害などが挙げられます。これらの症状の評価は脳転移の可能性を高める指標となります。

3. サブタイプ別の治療アプローチ

3.1 ホルモン受容体陽性(HR陽性)乳がん

HR陽性乳がんの脳転移は、他のサブタイプと比較して発症頻度は低いものの、発生した場合の治療は慎重な管理が必要です。

  • 全脳放射線治療(WBRT):複数の転移巣がある場合や広範囲に及ぶ場合、全脳放射線治療が用いられることが多いです。全脳放射線治療は脳転移全体を対象に効果が期待されますが、認知機能への影響が懸念されます。
  • 定位放射線治療(SRS):小さな転移が少数存在する場合、定位放射線治療が適用されることがあります。高精度で病変部位のみに放射線を集中させるため、周辺組織への影響を抑えつつ治療が可能です。
  • 化学療法とホルモン療法:通常、ホルモン療法が脳血液関門(BBB)を通過しにくいため、脳転移に対しての効果は限定的です。ただし、いくつかのホルモン療法剤(例:タモキシフェンやフルベストラント)は一部効果が認められる場合があり、治療に応用されることもあります。
  • 新たな治療薬:近年では、CDK4/6阻害剤(例:パルボシクリブ)とホルモン療法の併用により、脳転移に対する新たな治療戦略が模索されています。脳内への移行性は限定的ですが、臨床試験での研究が進んでいます。

3.2 HER2陽性乳がん

HER2陽性乳がんは脳転移のリスクが高いとされています。これに対し、HER2陽性乳がんの治療には標的治療が有効とされています。

  • HER2標的治療:トラスツズマブ(ハーセプチン)やペルツズマブは従来のHER2陽性乳がん治療で使用される抗HER2抗体薬ですが、脳血液関門を越える能力が低いため脳転移には限られた効果しかありません。しかし、近年では脳血液関門を通過しやすい薬剤が開発されています。
    • トラスツズマブ デルクステカン:この薬剤は抗体薬物複合体(ADC)であり、脳転移に対しても有効性が示されています。血液脳関門を一部通過するため、HER2陽性乳がんの脳転移患者にも使用されることがあります。
    • ツカチニブ:ツカチニブは小分子チロシンキナーゼ阻害薬で、脳血液関門を通過しやすく、トラスツズマブとの併用療法で脳転移の縮小が期待されています。
  • 放射線治療:HER2陽性乳がんの脳転移においても、定位放射線治療や全脳放射線治療が適用されることが多く、標的治療と併用して有効性を高める戦略が取られることが一般的です。
  • 化学療法:HER2陽性乳がんに対しては、化学療法も併用されることがありますが、脳転移に対する効果は限定的です。新たな化学療法剤の開発が進められているものの、脳転移を制御するための標準治療にはまだ至っていません。

3.3 トリプルネガティブ乳がん(TNBC)

トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のいずれも発現しないため、治療選択肢が限られており、脳転移の頻度も高いです。

  • 放射線治療:TNBCの脳転移では、定位放射線治療が多くの場合推奨されます。全脳放射線治療も選択肢としてはありますが、副作用の観点からSRSが優先されることが多いです。
  • 化学療法:TNBCの脳転移には一部の化学療法剤が有効であることが示されています。例えば、プラチナ製剤(シスプラチンやカルボプラチン)は、脳転移に対しても一定の効果が期待されています。
  • 免疫療法:TNBCの脳転移に対しては、免疫チェックポイント阻害薬(例:ペムブロリズマブ)の使用が研究されており、いくつかのケースでは効果が認められています。特に、脳内に免疫細胞が浸潤することで、脳転移の制御が期待されています。

4. 予後と今後の展望

乳がんの脳転移は予後が悪いとされていますが、サブタイプごとに異なる治療戦略が開発されています。HER2陽性乳がんやTNBCでは、新しい標的治療や免疫療法が導入されることで、生存率の改善が期待されています。また、より効果的な薬剤の開発や、脳血液関門を通過する新たな治療法の研究が進められており、今後さらなる治療成果が見込まれます。

脳転移の早期発見とサブタイプごとの個別治療を組み合わせることで、患者のQOL(生活の質)の向上と予後改善が期待されます。特に、画像診断の進歩や新薬の開発が、乳がんの脳転移治療における新たな希望をもたらしています。