ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの最新治療
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療
ER(エストロゲン受容体)陽性、HER2(ヒト上皮成長因子受容体2)陰性の転移性乳がん(MBC)は、乳がんの中でも最も一般的なサブタイプであり、ホルモン受容体に依存したがんの進行が特徴です。このがんはエストロゲンの作用に依存して増殖しますが、HER2は過剰に発現していません。そのため、治療方針としてはホルモン療法(内分泌療法)が中心に据えられ、必要に応じて分子標的治療や化学療法が追加されます。
治療戦略の目標は、腫瘍の増殖を抑え、患者の生活の質(QOL)を維持しながら、生存期間を延ばすことです。本稿では、ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療に関して、ホルモン療法、分子標的療法、化学療法、ならびに個別化治療と今後の展望について詳細に述べます。
1. ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの基本治療戦略
治療の第一選択としてはホルモン療法が採用され、これはがん細胞がエストロゲンに依存して成長するために効果的です。ホルモン療法は、がん細胞がエストロゲンの作用を受けないようにすることで、腫瘍の増殖を抑制します。しかし、ホルモン療法は永続的に効果を発揮するわけではなく、長期間使用していると耐性が生じることがあります。耐性が生じた場合や進行がんに対しては、分子標的薬や化学療法が選択肢に加わります。
1.1 ホルモン療法
ホルモン療法は、ER(+)乳がんの第一選択治療です。この治療では、エストロゲンの産生や作用を抑制することでがん細胞の成長を制御します。主に3つのタイプのホルモン療法が使用されます。
- アロマターゼ阻害薬(AI):閉経後の女性においてエストロゲンの産生を抑える薬です。代表的な薬剤にはアナストロゾール(Anastrozole)、レトロゾール(Letrozole)、エキセメスタン(Exemestane)があります。これらは、閉経後の女性にとっての標準的な治療薬です。
- 選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM):タモキシフェン(Tamoxifen)は、閉経前および閉経後の女性で使用され、エストロゲン受容体に結合してエストロゲンの作用をブロックします。
- エストロゲン受容体分解薬(SERD):フルベストラント(Fulvestrant)は、エストロゲン受容体を標的とし、受容体の分解を促すことでエストロゲンの作用をさらに完全に阻害します。これは特にホルモン療法耐性の転移性乳がんに対して有効です。
ホルモン療法は、比較的副作用が少なく、QOLを維持しながら治療を行えることが大きな利点です。しかし、治療の進行に伴い、多くの患者で耐性が発生します。耐性を獲得した場合には、分子標的治療を併用するか、他のホルモン療法に切り替えることが推奨されます。
1.2 分子標的治療
ER(+) HER2(-)の転移性乳がんでは、ホルモン療法の耐性が生じた場合、分子標的薬を併用することが効果的です。分子標的治療は、がん細胞の増殖に関与する特定の分子経路を標的にして、治療効果を高めます。
- CDK4/6阻害薬:リボシクリブ(Ribociclib)、パルボシクリブ(Palbociclib)、アベマシクリブ(Abemaciclib)は、細胞周期の進行を制御するCDK4/6を阻害し、がん細胞の分裂を停止させます。これらの薬剤は、ホルモン療法と併用されることが多く、無増悪生存期間(PFS)を大幅に延長することが示されています。現在、CDK4/6阻害薬は、転移性乳がんの治療において標準治療の一つとなっています。
- mTOR阻害薬:エベロリムス(Everolimus)は、mTOR経路を阻害することでがん細胞の成長を抑制します。これは特に、アロマターゼ阻害薬と併用することで、ホルモン療法耐性の乳がんに効果があることが示されています。
- PI3K阻害薬:アルペリシブ(Alpelisib)は、PIK3CA遺伝子変異を有する乳がんに対して使用される薬剤で、PI3K経路を阻害することでがんの進行を抑えます。この治療は、遺伝子変異を特定するためのバイオマーカー検査と組み合わせて使用されることが一般的です。
これらの分子標的薬は、ホルモン療法に耐性が生じた場合に使用され、治療効果を高めることができます。特に、CDK4/6阻害薬は、転移性乳がん治療において大きな進展をもたらしています。
1.3 化学療法
ホルモン療法や分子標的療法が無効となった場合、またはがんの進行が急速である場合には、化学療法が選択肢となります。化学療法は、がん細胞を直接攻撃することで、腫瘍の成長を抑制します。
- アントラサイクリン系薬剤やタキサン系薬剤は、乳がんの治療において広く使用されており、特に再発性または進行性の乳がんに対して効果的です。
- カペシタビンやビノレルビンなどの経口または静脈投与の薬剤も、進行がんに対して使用されます。これらの薬剤は、他の治療法に効果が見られない場合に、治療の選択肢となります。
化学療法は、速やかな治療効果をもたらすことが多い一方で、骨髄抑制や脱毛、疲労、神経障害などの副作用が強く出ることがあります。そのため、患者の全身状態や生活の質を考慮して、慎重に選択されるべきです。
2. 治療の個別化
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療では、個別化治療が重要な要素となります。治療の選択は、腫瘍の生物学的特性、患者の年齢、全身状態、過去の治療歴、患者の希望に基づいて行われます。特に、ホルモン療法の耐性や治療の進行具合に応じて、適切な時期に分子標的治療や化学療法に切り替えることが重要です。
2.1 ホルモン療法の耐性
ER(+)乳がんの多くは、初期段階ではホルモン療法に良好に反応しますが、時間が経つと耐性が生じることがあります。ホルモン耐性がんに対しては、CDK4/6阻害薬やmTOR阻害薬の併用が有効です。また、PI3K阻害薬は、特定の遺伝子変異を有する患者に対して効果を発揮します。このため、治療選択を行う前に、バイオマーカー検査や遺伝子検査を実施することが推奨されています。
2.2 高齢者や併存疾患のある患者
高齢者や併存疾患を持つ患者においては、化学療法などの侵襲的な治療法を避け、ホルモン療法や分子標的治療を優先することが多いです。これにより、副作用を最小限に抑えながら、がんの進行をコントロールすることが可能です。また、患者のQOLを重視した治療計画が求められます。
3. 治療の今後の展望
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療は、ホルモン療法と分子標的治療の併用が主流となりつつありますが、今後も新しい治療法が開発されていくことが期待されています。
3.1 免疫療法
現在、免疫療法は主にトリプルネガティブ乳がん(TNBC)での研究が進められていますが、ER(+) HER2(-)乳がんでも免疫療法の可能性が検討されています。免疫チェックポイント阻害薬やT細胞療法が、転移性乳がんにおいて効果を示す可能性があり、将来的にはこれらの治療法が治療選択肢に加わることが期待されます。
3.2 新しい分子標的薬
PI3K経路以外にも、がんの進行に関与する新しい分子経路が発見されつつあり、これらを標的とした新薬の開発が進められています。例えば、AKT阻害薬やHDAC阻害薬などが、今後の治療の選択肢として期待されています。
まとめ
ER(+) HER2(-) 転移性乳がんの治療は、ホルモン療法を中心に行われ、治療の進行に応じて分子標的薬や化学療法が追加されます。特に、CDK4/6阻害薬やPI3K阻害薬の併用によって治療効果が向上しており、個別化治療が進展しています。今後も新しい分子標的薬や免疫療法の導入が期待されており、患者のQOLを重視しながら効果的な治療が提供されることが求められます。