乳がんの病理レポート

乳がん手術後の病理レポートは、患者さんにとって重要な治療方針を決定するための指標となります。ここでは病理レポートに記載される主要な項目や、各項目がどのような意義を持つのか、注意すべきポイントについて解説します。

1. 腫瘍の基本情報

まず、病理レポートでは、切除された腫瘍の基本的な情報が記載されます。この情報には腫瘍の種類、形状、大きさが含まれます。

  • 腫瘍の種類(病理型)
    乳がんは、病理的には「非浸潤性乳管癌(DCIS)」、「浸潤性乳管癌(IDC)」、「浸潤性小葉癌(ILC)」などに分類されます。浸潤性乳管癌は最も一般的で、他の臓器やリンパ節に転移するリスクが高いとされています。この情報は治療方法や予後に大きく関わるため、重要なポイントです。
  • 腫瘍の大きさ
    腫瘍の大きさはステージングにおいても重要な指標であり、一般的に腫瘍が大きいほど進行度が高く、治療の難易度も上がります。乳がんの場合、腫瘍の大きさが2cm未満であればステージI、5cm以上であればステージIIIと分類されることが多いです。

2. グレード(悪性度)

腫瘍細胞の形状や構造、増殖速度から評価される「グレード」は、がんの進行度や予後を予測する重要な指標です。

  • グレード分類
    グレードは通常、1〜3段階で評価され、数が大きいほど悪性度が高いとされます。具体的には、腫瘍細胞の核の異型性(正常細胞との差異)、分裂の頻度(ミトーシスの頻度)、および組織構造(管状構造の形成度)を総合的に評価して決定します。
  • グレードの意義
    グレードが高い場合、がん細胞は正常細胞からの逸脱が激しく、増殖スピードも速い傾向があります。したがって、グレードが高い乳がんは再発リスクが高いため、追加治療として化学療法やホルモン療法が検討されることが多いです。

3. リンパ節転移の有無と数

リンパ節転移の有無は、乳がんの進行度(ステージ)や治療計画に影響を及ぼす要因の一つです。特に腋窩(わきの下)リンパ節への転移が重要視されます。

  • リンパ節転移の有無
    リンパ節転移が確認された場合、乳がんが他の部位に転移するリスクが高まります。転移しているリンパ節の数も記載され、一般的には1〜3個であれば比較的リスクが低いものの、4個以上の場合は高リスクと判断されることが多いです。
  • センチネルリンパ節生検
    初期の乳がん患者には、センチネルリンパ節生検が行われることが多いです。この検査では、がん細胞が最初に到達する「センチネルリンパ節」を確認し、そこにがんが転移しているかどうかを調べます。転移が確認されれば追加の治療が必要になる可能性が高くなります。

4. ホルモン受容体(ER・PR)およびHER2ステータス

乳がんはホルモン受容体やHER2(ヒト上皮増殖因子受容体2型)の発現状態によって分類され、それにより治療法が大きく異なります。

  • ホルモン受容体(ER・PR)
    エストロゲン受容体(ER)とプロゲステロン受容体(PR)の有無は、ホルモン療法が有効かどうかを判断するための重要な指標です。ERおよびPRが陽性である場合、ホルモン療法が効果的とされています。一般的にホルモン受容体陽性乳がんは再発リスクが低く、治療後の予後が良好とされています。
  • HER2ステータス
    HER2陽性乳がんは増殖が速く、再発リスクが高いため、トラスツズマブ(ハーセプチン)などのHER2を標的とする薬剤が有効とされています。HER2陽性は、HER2受容体が通常よりも多く発現している状態を指し、免疫染色やFISH検査で評価されます。
  • トリプルネガティブ乳がん
    ER、PR、HER2のすべてが陰性である場合、トリプルネガティブ乳がんと呼ばれます。このタイプは治療の選択肢が限られ、再発リスクが高いとされていますが、化学療法が効果的とされています。

5. 増殖能マーカー(Ki-67)

Ki-67は、がん細胞の増殖の活発さを示す指標であり、数値が高いほど増殖が活発であることを示しています。

  • Ki-67の意義
    Ki-67の値が高いと、がんの進行が速く、再発リスクが高いと考えられます。そのため、Ki-67が高い乳がんには積極的な化学療法が検討されることが多いです。Ki-67は治療の方針決定においても重要であり、特にホルモン受容体陽性乳がんにおいて、治療強度を決定する指標として利用されます。

6. 手術のマージン(切除断端)

手術で切除した組織の端にがん細胞が残っているかどうかは、再発リスクに直結します。

  • マージンが陽性の場合
    マージンが陽性である場合、切除部位にがん細胞が残存している可能性が高く、再発のリスクが高まります。そのため、追加の手術が検討されることが多いです。
  • マージンが陰性の場合
    マージンが陰性であれば、がん細胞が切除範囲の外に広がっていないと判断され、手術の成功度が高いとされます。

7. リンパ血管浸潤・神経浸潤

がん細胞がリンパ管や血管に浸潤している場合、他の部位に転移するリスクが高まります。

  • リンパ血管浸潤
    リンパ管や血管にがんが入り込むと、他の部位への転移リスクが高くなります。特にリンパ血管浸潤が確認された場合、再発予防のために積極的な治療が推奨されることが多いです。
  • 神経浸潤
    神経浸潤が確認されると、局所再発のリスクが高まります。神経浸潤は一部のがんで進行度を示す指標とされ、特に注意が必要です。

まとめ

病理レポートの各項目は、がんの性質や進行度を示す重要な情報であり、治療方針を決定する上で欠かせないものです。以下の点に着目することが重要です:

  1. 腫瘍の種類や大きさ、悪性度(グレード)
  2. リンパ節転移の有無や数
  3. ホルモン受容体やHER2のステータス
  4. 増殖能マーカー(Ki-67)の数値
  5. 手術断端の状態
  6. リンパ血管・神経浸潤の有無