最近の乳がん事情について 2019年2月
最近の乳がん事情について (健康医学 2019年 原稿より)
川端英孝
東都クリニック乳腺外科
虎の門病院乳腺内分泌外科部長
2019年日本乳癌学会総会プログラム委員長
はじめに
私は1988年に大学を卒業し外科医の道を歩み始めました。その数年後には乳がんを専門に選び、その後のキャリアを歩んできました。この約30年間に乳がんの死亡数は2.7倍に増加し乳がんは日本人女性にとってより現実味のある、そして医学的にも社会的にもかつてとは比べられないほど重要な疾患になりました。本稿では乳がん増加の理由、この領域の最近のトピックスをご紹介し、最後に虎の門病院での取り組みをご紹介したいと思います。
乳がんが増加した理由
現在乳がん(女性)の年間の罹患数は86500名、死亡数は14300名と推測されています1)。データの精度がより向上したこの15年間でみても罹患数が2.0倍、死亡数が1.5倍に増加しました。疾患の増加にはいろいろな要因が関与していると思われますが、かつて乳がんに罹りにくいと考えられていた日本でこれほどの増加はやはり食生活の変化(欧米化)とホルモン環境の変化(少子化など)が大きいと考えられています。なお東アジアの各国(韓国、台湾、中国都市部)でも同様の経過をとっているので、東アジアに共通した問題と考えることができると思われます。
具体的な因子としてエストロゲン刺激の増加(生涯の排卵回数の増加)、高タンパク、高脂肪食の摂取などです。早い初潮、遅い閉経、妊娠・授乳の回数の減少に伴う排卵回数の増加によるエストロゲン刺激の増加は乳がんの大きな因子となっていると思われます。なお個人のレベルで乳がんを予防しようと考えたときに意味のある対策としてはアルコール摂取を控えること,閉経後の肥満を避けること,身体活動量を増やすことなどが挙げられています。
変化する外科手術のトレンド
がんの局所進展、遠隔転移に対する考え方が変化し、1980年以降は一貫して外科手術は縮小されてきました。がんがリンパ流に乗って徐々に局所を進展し最後に遠隔転移を起こすという進展形式、即ちハルステッドのパラダイムではなく、初期の段階から血流にのって臓器転移をきたすという全身病的なパラダイムに基づく乳がんの理解がされるようになったためです。このパラダイム変化を背景に、乳房温存療法が増加し、腋窩手術も縮小されるようになりました。
2000年代の初めには日本の主要施設での乳房温存療法の実施率は60~70%に達しましたが、2013年以降は下落するトレンドになっています。2013年7月に人工物(ブレスト・インプラントとティシュ・エキスパンダー)による乳房再建が保険適応とされたこと、遺伝性乳がん卵巣がん症候群への理解が深まり、遺伝性の可能性の高い方に乳房温存を避けるようになったことを背景にして乳房再建を伴う乳房切除手術(全摘)が増加するようになり、主要施設での乳房温存療法の割合は50%程度に下落しています。
分子標的薬剤を中心とした薬物療法の進歩
乳がんは初期の段階から全身転移をきたす可能性があること、薬物療法によりその微小転移は根治できる可能性があることへの理解が深まり、早期乳がんに対してもホルモン療法、化学療法、分子標的療法がそれぞれ単独、併用で行われるようになり、明らかに治療成績は向上してきました。近年では標的を絞らない化学療法の効果は限界に近づき、ホルモン療法の開発も限界に近づき、新規薬剤の治験・臨床導入は大部分が分子標的薬剤となっています。
分子標的薬では抗HER2療法剤、血管新生阻害剤、CDK4/6阻害剤、PARP阻害剤などが実際に臨床に導入され保険適応になっており、現在治験中の薬剤としては免疫チェックポイント阻害剤、PI3K阻害剤、AKT阻害剤などの開発が進んでいます。これらの薬剤は効果がある対象が限られるため、対象を絞り込めるコンパニオン診断薬の開発が重要になっています。
ゲノム診療の幕開け
2018年4月1日には国のがんゲノム医療中核拠点構想に基づき、がんゲノム医療中核拠点病院11施設と連携病院100施設が指定されました。これから実施される遺伝子パネル検査の結果に基づく治療法の選択は、現時点では乳がん領域の患者さんへの役割は限定的と予想されていますが大きな第一歩を踏み出したことは間違いありません。
本年開催される第27回日本乳癌学会総会(2019年7月11日~13日新宿、埼玉医科大学国際医療センター乳腺腫瘍科教授・佐伯俊昭会長)でもゲノム情報に基づいた治療選択とチームでサポートする支持医療が、がん薬物治療の両輪となるべき2つのテーマとして重点的に取り上げられる予定です2)。
虎の門病院での取り組み
現在は乳腺内分泌外科、臨床腫瘍科が中心となって乳がんに取り組み、毎年400例前後の乳腺疾患の手術が行われています3)。乳腺の診療は検診施設、クリニックとの医療連携が特に重要で全手術の半数以上はこのような施設から御紹介いただき、また術後のフォローアップにも御協力いただいております。当院の治療の特徴としては、初診から1カ月以内に手術予定が組める迅速な対応、企業治験・医師主導治験も多数実施しており、がんゲノム医療連携病院に指定されていることと合わせて、最新の医療へのアクセスを保証しています。
また当院外科では毎年6名の前期外科レジデントと数名の後期外科レジデントを受け入れ教育に当たっております。都心の刺激の多い環境で5年間の修練を経て、大学への入局或いは虎の門のフェロー進級という流れができており、皆様の御子弟の進路の選択肢として御検討いただければ幸いです4)。昨年の学生採用試験では2019年5月の新病院移転を控え、24名募集のところ約100名の医学生諸君の応募があり、全国からモチベーションの高い優秀な研修医が採用されています。
1)国立がん研究センター がん情報サービス
https://ganjoho.jp/reg_stat/index.html
2)第27回(2019年)日本乳癌学会総会
http://www.congre.co.jp/jbcs2019/
3)虎の門病院乳腺内分泌外科
http://www.tokyo-breast-clinic.jp/
4)虎の門病院医学教育部
http://www.toranomon-medical-education.jp/