質問8

乳房全摘後、抗がん剤治療を受けた。放射線治療も必要か

 去年の7月に右乳房の乳がんと診断され、8月から約6か月間、術前抗がん剤治療を受けました。ホルモン受容体、HER2受容体は共に陰性でした。その後、右乳房の全摘出手術を受け、手術は成功しました。2個のリンパ節転移があると言われました。
 今後は放射線治療を検討していると言われましたが、抗がん剤治療と全摘手術を受けたのに、まだ治療が必要なのでしょうか。抗がん剤治療の副作用がかなりきつかったこともあり、これ以上の治療には不安な気持ちがあります。この放射線治療は受けたほうがよいのでしょうか。受けた場合のメリットとデメリット(副作用や後遺症)などについて教えてください。(新潟県 女性 53歳)

アドバイス

放射線治療の適応があるなら、考慮してほしい

 手術後の放射線治療は乳房温存手術とのセットで用いられるという印象が強いですが、乳房全摘手術後であっても、リンパ節転移が4個以上あったり、腫瘍が5センチ以上ある場合は、原則として胸壁に放射線照射を行います。こうした条件の患者さんは手術後の局所再発率が高いため、放射線照射を行ったほうが局所再発の防止とともに、生存率も向上するというデータがあるためです。
 また最近は、リンパ節転移が1~3個の方でも放射線治療を行ったほうが治療成績の改善がみられるというデータも出ています。このため、今後はさらに乳房全摘後の放射線治療の適応が広がるかもしれません。なお、こうしたデータはまず手術を行うことが前提の話であり、術前に抗がん剤をやった方の場合はデータ不足で、これまでのデータから類推して治療法を考えることになります。
 さて、この方の腫瘍もQ1の方と同様にER、PR、HER2のいずれもが陰性のいわゆるトリプルネガティブタイプで、比較的、悪性度の高いタイプです。もともとの腫瘍の大きさ、組織学的異型度、核異型度、化学療法にどの程度反応したかなどの基本的な情報が記載されておらず、この点からも放射線治療をすべきかどうかはお答えしにくいのが正直なところです。
 放射線治療の功罪については、メリットとしては局所再発の予防と、10年生存率の改善が期待できるという点が挙げられます。デメリットとしては手術をした側の上肢のリンパ浮腫や、放射線性肺炎、皮膚の色素沈着や浮腫などが挙げられます。
 これまで半年間、抗がん剤治療を行い、さらに手術をした後なので、精神的にも肉体的にも疲弊して、これ以上の治療は不安だという心情は理解できます。しかし、ご相談者のタイプの腫瘍の治療はホルモン療法もハーセプチンも適切でないため、放射線治療の適応があるなら、もうひとがんばりしてほしいと思います。

ご質問の内容とははずれまが、最近、乳がんは遺伝子発現プロファイリングにより、1つの病気ではなく、少なくとも次の5つの異なった病気の集合体と考えられるようになってきました。luminalA luminalB basal-like normal breast-like HER2 positiveの5種類です。
 luminalタイプはホルモン受容体が陽性で、ホルモン剤に反応して経過が良好なタイプ、HER2 positive はたちは良くないが、ハーセプチンに反応するタイプ、basal-likeはホルモン剤もハーセプチンも効果がなく、あまりたちの良くないタイプです。basal-likeという分類はがんの遺伝子解析を行って調べなくてはなりませんが、トリプルネガティブ(ER,PR,HER2がいずれも陰性)と、われわれが呼んでいるものに概ね一致するようです
。  basal-likeは全体の10~20パーセントの頻度でp53やBRCA1に遺伝子変異が多いとされています。抗がん剤であるプラチナ製剤や、また抗EGFR抗体であるセツキシマブが今後の治療薬として期待されています。
 なお、現段階ではリンパ節転移が陰性で、腫瘍径が小さいステージ1の患者さんもこのタイプの腫瘍の場合は、アドリアマイシン系とタキサン系の薬剤を併用した半年間の抗がん剤治療が術後補助療法として勧められています。

2008年4月:雑誌原稿より