乳がんの化学療法(ケモセラピー)は、がん細胞の増殖や分裂を抑制・阻害するために抗がん剤を用いる治療法です。しかし、抗がん剤は正常な細胞にも影響を及ぼすため、多岐にわたる副作用が生じることがあります。これらの副作用は、患者の生活の質を低下させるだけでなく、治療の継続にも影響を与える可能性があります。本稿では、乳がん化学療法の主な副作用とその対処法について、詳細に説明します。
乳がん化学療法の副作用と対処法について
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脱毛や吐き気、白血球減少
抗がん剤には、個人差はありますが、それぞれに副作用があります。しかし、ある程度副作用の傾向も決まっているので、現在はその対処のしかた、予防の方法もずいぶん進歩しています。このためあまりこわがらないでもだいじょうぶです。まず、主な薬剤の代表的な副作用を見てみましょう。
AC療法(同系統のものにEC療法、FAC療法、FEC療法があります)
3週ごとに通常4回の点滴(4サイクル)を行います。
1990年代以降、標準的な投与法として幅広く用いられてきました。現在はTC療法に置き換わりつつあります。アドリアマシン(A)を類似薬のエピルビシン(E)に代えたのがEC療法で、さらに5-FUを組み合わせたのがFAC療法、FEC療法です。3週間に一度の点滴を計4回行います。短期間で終わることが利点ですが、脱毛と吐き気が副作用として問題になります。
TC療法
AC療法のアドリアマイシンをタキソテールに置き換えたのがTC療法で、2006年末の論文発表から使用頻度が増えてきました。元々アメリカで研究が進んだ経緯があり、4サイクルの抗がん剤としてはアメリカではTC療法が主流ですが、ヨーロッパではまだまだEC療法、FEC療法が健闘しており、日本がその中間くらいの状況です。主な副作用としては脱毛、全身倦怠感、皮疹、末梢神経障害などが知られています。
AC→T療法(同系統のものにFEC→T療法)
AC療法やFEC療法を4サイクル行った後、引き続きタキソテールやタキソールを投与する方法です。再発のリスクが高く、化学療法の効果が高いと予想される患者さんに用いられます。副作用の内容としてはAC療法、TC療法と大きくは変わりませんが、治療が長期に及ぶ分、副作用もきつくなります。
以上の3タイプの他にはTAC療法やCMF療法が行われています。TAC療法はアメリカで主に行われており、CMF療法は1980年代~90年代に行われた治療法で、効果はやや落ちますが副作用の少なさが評価され今でも高齢者に行われる場合があります。
主な副作用とその対策
副作用は、抗がん剤の効果と比例するものではなく、副作用が強いから効果も高いというわけではありません。ですから、副作用はがまんしないで、薬で抑えたり、適切な対策をとって乗り切りましょう。
吐き気・嘔吐
吐き気も個人差が大きいのですが、アドリアマイシンやエピルビシン、シクロフォスファミドなど、吐き気が出るリスクが高い抗がん剤を使う場合には、抗がん剤の点滴をする前に、吐き気止めを注射や内服で用います。
5-HT3受容体拮抗剤、副腎皮質ステロイドホルモンが主に用いられていますが、最近では新規5-HT3受容体拮抗剤のパノロセトロン、NK1受容体拮抗剤のアプレピタントが使用可能になり、抗がん剤のタイプによって選択の幅が広がりました。
また、一度強い吐き気を経験すると、化学療法が始まると思っただけで吐き気が出てしまう(予期性嘔吐)ことがあります。この予防にはもちろん嫌な経験を一度でもしないようにすることが重要ですが、抗不安薬などの内服により緩和できることが知られています。
【日常生活でできる工夫】
☆抗がん剤を投与する日の食事は、軽めにする。
☆食事を少しづつとり、一度に満腹にならないようにする。
☆ 食事や飲み物は、ゆっくりとる。
☆油っぽいものや消化の悪いものは避ける。
☆臭いによるムカツキを防ぐには、食べ物を冷やしたり、冷ましてから食べるとよい。
☆リンゴジュースやグレープスルーツジュースを冷やして飲んだり、氷を口に含む。
☆食後はすぐに横になるより、1時間ぐらい椅子に座って休む。
☆映画を見たり、音楽を聞く、おしゃべりをするなど、好きなことに集中して気分転換をはかる。
白血球の減少や貧血など骨髄抑制
抗がん剤によって、血液中の血球成分をつくる骨髄の働きが低下するために起こる副作用です。白血球が減少すると、免疫@めんえき@が低下して病原菌に感染しやすくなります。そのために、カゼや肺炎、発熱、虫歯の痛みやはれ、食中毒などにもかかりやすくなります。
ふつう、白血球は抗がん剤を投与して1週間前後から低下しますが、3週間ほどで回復します。実際に感染を起こすことは少なく、発熱など感染があった場合には、抗生剤で治療します。白血球(好中球)の量が減少しすぎた場合には、白血球を増やす薬を使ったり、抗がん剤の量を減らしたり、しばらく治療を休んだりして対処します。
赤血球が減少すると、貧血になってだるくなったり、息切れを感じることもあります。血小板が減少すると、出血しやすくなるので、鼻血や歯茎からの出血、下血などがあったら、医師や看護師に相談してください。
【日常生活でできる工夫】
☆治療中は、人が多い場所にはなるべく行かない。
☆外出したら、手洗いとうがいを忘れずに。
☆38度以上の発熱があったら、医師、看護師に相談する。
☆膀胱炎やカゼ症状など、感染症状に気づいたら病院へ。
脱毛
外見が変わってしまうので、精神的にも非常にストレスが大きいのが脱毛です。髪の毛だけではなく、眉毛や体毛まで抜けてしまうこともあります。
残念ながら、脱毛を根本から防ぐ手段はありません。ただ、ちょっとした工夫で、気持ちをやわらげることはできます。そして、治療が終わればすぐに毛がはえてきて、元通りになることを忘れないでください。
【日常生活でできる工夫】
☆朝起きたとき、寝具にたくさん毛髪が落ちていたり、シャンプーやブラッシングのときに大量に毛が抜けるのは、決して気持ちのよいものではありません。できれば、治療前に髪を短くしておきましょう。
☆シャンプーは刺激の少ないものに。
☆ブラシはやわらかいものに。
☆パーマや毛染めはお休みに。
☆あらかじめ、気に入った帽子やバンダナを用意して。
☆脱毛が起きる前に、カツラを用意する。
口内炎や味覚の変化
抗がん剤による口内炎は、口の中がただれたり、潰瘍@かいよう@ができて、痛みで食事をとれないほどひどくなることもあります。そのために、病原菌の感染が起こることもあります。こうしたときは、局所麻酔薬の入ったうがい薬を使ったり、鎮痛剤を使います。
【日常生活でできる工夫】
☆やわらかい食事や流動食にする
☆口の中を清潔にしておく。うがいは、起床時、毎食後、就寝前など、1日7~8回以上を目安に。
☆歯磨きはやわらかい歯ブラシを使う。
☆可能ならば、化学療法をはじめる前に歯科医で歯の掃除を。
また、苦みを感じたり金属のような味がしたり、味覚の低下や過敏になるなど、味覚にも異常が起こることがあります。味覚異常には亜鉛@あえん@が効くことがあるので、医師や看護師に相談してみましょう。
フルオロウラシルやカペシタビンなどの抗がん剤は、「手足症候群」を起こすことがあります。手足の裏が刺すように痛んだり、感覚が鈍る、発赤@ほつせき@や発疹@ほつしん@、かゆみなどが出て患者さんを悩ませます。保湿クリームやステロイドの塗り薬で軽減することもありますが、ひどい場合は薬の量を減らしたり、中止することもあります。
その他
このほか、下痢やむくみ、便秘、関節や筋肉の痛み、タキサン系の抗がん剤では、手足のしびれやピリピリ感、刺すような痛み、感覚が鈍くなるなど、末梢神経傷害があらわれることがあります。まだこれを防ぐ薬はありませんが、治療が終われば多くは改善していきます。
☆ コラム 副作用からの回復
抗がん剤には、さまざまな副作用があり、健康なときならばあまり深刻には考えない口内炎やしびれ、皮膚の発疹なども、ひどくなると治療を中断しなければならないこともあります。
ただし、治療が終わればほとんどの症状は回復していきます。そのスピードは、副作用の種類によっても異なりますが、たとえば皮膚の症状や毛髪などは、細胞の入れかわる速度が速いので、治療を終えて数週間で回復してきます。とはいえ、髪の毛を伸ばすのと同じですから、元の髪形に戻るには何カ月かかかります。
タキサンによるしびれや手足の感覚異常などは、もう少し時間がかかって、治療終了後9カ月以内に半数の人が回復すると報告されています。