人工物を用いた乳房再建について(虎の門病院)

人工物を用いた乳房再建について

人工物を用いた乳房再建は、乳がん治療後に乳房を再建する方法として広く用いられており、特に人工インプラント(シリコンや生理食塩水)を使用する再建手術が一般的です。この手術は患者の外見を回復し、心理的および身体的な復帰をサポートするために重要な役割を果たします。ここでは、人工物を用いた乳房再建について、その手術方法、最新技術、利点・欠点、そして今後の展望について詳しく説明します。

1. 人工物を用いた乳房再建の概要

乳房再建には大きく分けて2つの方法があります。1つは自家組織移植を用いる方法で、もう1つは人工インプラントを使用する方法です。人工インプラントを使用する乳房再建は、乳房の形状を再現するためにシリコンや生理食塩水インプラントを胸部に挿入する手術で、手術時間が短く、回復も早いのが特徴です。この方法は特に以下のような場合に適しています。

  • 組織の不足: 自家組織移植のための健康な組織が他の部位にない場合
  • 手術時間の短縮: 手術時間を短くしたい、または侵襲の少ない手術を望む場合
  • 体への負担を軽減: 自家組織を採取するための追加の手術を避けたい場合

2. 人工インプラントを用いた乳房再建のプロセス

人工物を用いた乳房再建は一般的に、二段階の手術で行われます。

2.1 ティッシュエキスパンダーの挿入

最初の段階では、乳房切除後の皮膚や筋肉が十分に伸びていない場合、ティッシュエキスパンダーと呼ばれる風船状の装置を挿入し、皮膚を徐々に膨らませます。数週間から数ヶ月にわたって少しずつ生理食塩水を注入し、インプラントを挿入するためのスペースを作ります。この手順は、インプラントが自然に馴染むためのスペースを確保する重要なプロセスです。

2.2 最終インプラントの挿入

十分なスペースが確保された後、二度目の手術でエキスパンダーを取り外し、シリコンまたは生理食塩水インプラントを挿入します。シリコンインプラントは柔軟性があり、見た目や触感がより自然に近いとされています。生理食塩水インプラントは、万が一破裂した際に体内で吸収されやすいという安全性の利点がありますが、感触や形状がやや硬くなる傾向があります。

3. 人工物を用いた乳房再建の技術的進展

人工インプラントを用いた乳房再建の技術は進化しており、次のような最新技術が注目されています。

3.1 バイオマテリアルと組織再生

バイオマテリアルを使用した再建技術が急速に発展しており、アセラーマトリクスなどの皮膚代替物質がインプラントを支えるために使用されています。このような材料は、インプラントを体内に安定して保持するためのフレームワークとして機能し、手術後の組織再生を促進します。これにより、感染リスクの低減や手術後の合併症が抑えられることが期待されています。

3.2 脂肪移植との併用

インプラント再建の自然な仕上がりを向上させるため、脂肪移植との併用が研究されています。患者自身の脂肪を使用してインプラントの周囲に脂肪を追加することで、より自然な感触を実現します。脂肪吸引で採取した脂肪を移植するこの手法は、身体への負担が少なく、インプラントの硬さを和らげる効果があります。

3.3  3Dプリンティング技術の活用

3Dプリンティング技術を用いたカスタムインプラントの開発が進んでいます。この技術により、個々の患者の解剖学的特徴に合わせたインプラントが作成でき、対称性が向上します。また、3Dプリンティングを使用することで、術前に再建後の見た目をシミュレーションすることができ、患者がより安心して手術に臨むことができます。

4. 人工物を用いた乳房再建の利点と欠点

4.1 利点

  • 手術時間が短い: 自家組織移植と比較して、インプラント再建は手術が比較的簡単で、手術時間が短縮されます。
  • 身体への負担が少ない: 自家組織を採取する手術を行わないため、身体の他の部分に傷を残すことがありません。
  • 短い回復期間: 手術後の回復期間が比較的短く、日常生活や仕事への復帰が早くなります。
  • 選択肢が豊富: インプラントのサイズや形状を選択でき、患者の希望に応じた乳房再建が可能です。

4.2 欠点

  • インプラントの劣化: インプラントは時間の経過とともに劣化し、破損や変形が生じる可能性があるため、定期的なメンテナンスや交換が必要です。
  • 感染リスク: インプラント手術では、感染や合併症のリスクが伴い、感染がひどい場合にはインプラントを取り除く必要があることがあります。
  • 自然な感触の限界: インプラントは自家組織再建と比較して、やや硬く、不自然な感触が残る場合があります。
  • 体重変化の影響: 体重の増減によってインプラントの形状や位置に影響が出ることがあり、再手術が必要になる場合があります。

5. 人工物を用いた乳房再建における患者選択

人工物を用いた乳房再建は、すべての患者に適しているわけではありません。再建方法を選択する際には、次のような点を考慮する必要があります。

  • 患者の全体的な健康状態: 心臓病や糖尿病などの持病がある場合、感染や合併症のリスクが高まるため、慎重な検討が必要です。
  • ライフスタイル: 激しい運動を行う場合、インプラントが不適切になる可能性があります。
  • 患者の希望: 再建後の見た目や感触に関して、患者の希望や期待に合わせて最適な方法を選択することが重要です。

6. 人工物を用いた乳房再建の今後の展望

人工物を用いた乳房再建の未来は、技術的進展によりさらに進化しています。以下のような新しい技術が乳房再建手術に革命をもたらすと考えられています。

  • 自己組織とインプラントのハイブリッド再建: 自家脂肪移植とインプラントを組み合わせるハイブリッド再建技術は、自然な外観と感触を追求しつつ、インプラントの利点を最大限に活用します。
  • バイオマテリアルの進化: 新しいバイオマテリアルが開発されることで、インプラントの長寿命化や生体適合性が向上し、患者のQOL(生活の質)が大幅に改善されることが期待されています。
  • 患者ごとのカスタマイズ(続き)

によるインプラント再建は、個々の患者にカスタマイズされた手術計画を提供する新しいアプローチです。特に、3Dプリンティング技術や個別の解剖学的プロファイルに基づいて設計されたカスタムインプラントが、対称性や自然な見た目の向上に寄与することが期待されています。

7. まとめ

人工物を用いた乳房再建は、乳がん治療後の患者に対する重要な選択肢であり、外見の回復と精神的な安心感を提供する上で重要な役割を果たします。インプラントを使用することで、比較的短期間で乳房の形状を再現できるため、患者にとって負担が少なく、回復も早いのが利点です。一方で、再手術の可能性やインプラントの長期的なメンテナンスが必要になる場合があるため、患者にとっての利点と欠点を慎重に考慮する必要があります。

最新の技術進展により、バイオマテリアルや脂肪移植、3Dプリンティングなどの技術が進化し、より自然で持続可能な乳房再建が実現しつつあります。これからの乳房再建手術は、個別化されたアプローチと技術革新により、さらに多くの患者が恩恵を受けることができると期待されています。

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乳房再建手術について

(右乳頭乳輪温存皮下乳腺全摘・インプラント再建 虎の門病院)

 

 

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虎の門病院が2019年5月1日移転しました

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当科OB(非常勤医師:水曜日PM)中澤英樹先生

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乳房の葉状腫瘍について

乳房葉状腫瘍の治療について

乳房葉状腫瘍(Phyllodes tumor)は、乳房にできるまれな腫瘍で、乳腺の結合組織に由来するものです。この腫瘍は、良性境界悪性(境界性)悪性の3つのタイプに分類され、治療方針はこれらの分類に基づいて決定されます。葉状腫瘍は、他の一般的な乳房腫瘍とは異なり、急速に成長する特徴を持ち、特に悪性の場合には転移のリスクがあるため、早期の診断と治療が重要です。ここでは、乳房葉状腫瘍の治療について詳しく解説します。

1. 乳房葉状腫瘍の概要

乳房葉状腫瘍は、乳腺の結合組織から発生する腫瘍で、その名前は「葉」のような構造を持つことに由来しています。葉状腫瘍は、乳房に急速に増大する腫瘍として知られ、触診でしこりとして感じられることが多いです。乳房のしこりや腫れが現れることが多く、痛みは一般的にはないか、軽度です。

腫瘍の約85%は良性で、10~15%が境界性、5%が悪性とされています。良性腫瘍は転移しないことが多いですが、悪性腫瘍はまれに肺や骨などに転移することがあります。そのため、すべての葉状腫瘍において、適切な治療が求められます。

2. 診断方法

乳房葉状腫瘍の診断は、主に画像検査病理検査を通じて行われます。以下が一般的な診断手順です。

  • マンモグラフィー:しこりが疑われる場合、乳房のX線撮影で腫瘍の存在を確認します。マンモグラフィーは腫瘍の大きさや形を評価するために役立ちますが、葉状腫瘍は一般的な乳房腫瘍(例えば、乳腺線維腺腫)と外観が似ているため、確定診断には他の検査が必要です。
  • 超音波検査:腫瘍の構造をより詳細に見るために使用され、葉状腫瘍は他の良性腫瘍と比べて内部に液体成分や異常な血流が見られることが特徴です。
  • 針生検:腫瘍の性質を確認するために、細い針で腫瘍から組織を採取し、病理検査を行います。針生検は、腫瘍が良性か悪性かを判断するための重要なステップです。

3. 乳房葉状腫瘍の治療法

葉状腫瘍の治療法は、腫瘍のタイプ(良性、境界性、悪性)および腫瘍の大きさに基づいて決定されます。主な治療法は外科的切除ですが、腫瘍の性質によって追加治療が必要になる場合があります。

3.1 良性葉状腫瘍の治療

良性葉状腫瘍は、通常、外科的切除が標準治療となります。腫瘍は局所的に切除され、正常な組織との間に十分な安全マージンを持たせることが重要です。これは、腫瘍が再発するリスクを減らすためです。

  • 乳房温存手術:腫瘍が小さい場合、乳房の一部を温存する手術が行われます。この手術は、乳房の見た目をできるだけ保ちながら腫瘍を取り除く方法です。
  • 局所的な切除:腫瘍の再発リスクを考慮して、通常は腫瘍周囲の正常組織も一定の幅で切除されます。これは「マージンの確保」と呼ばれ、再発の予防に重要です。

3.2 境界性葉状腫瘍の治療

境界性葉状腫瘍は、良性と悪性の中間に位置するもので、再発や悪性化のリスクがあります。そのため、良性腫瘍よりも広範な切除が求められます。

  • 乳房温存手術:可能な場合、境界性の腫瘍も乳房温存手術で治療されますが、腫瘍周囲に十分なマージンを確保することが重要です。
  • 再発リスク:境界性葉状腫瘍は再発リスクがあるため、術後の定期的なフォローアップが必要です。再発が確認された場合には、再手術が行われることがあります。

3.3 悪性葉状腫瘍の治療

悪性葉状腫瘍は、他の部位に転移する可能性があるため、より積極的な治療が必要です。悪性腫瘍では、腫瘍の再発や転移を防ぐために、より広範な切除が行われる場合があります。

  • 乳房切除術:腫瘍が大きかったり、再発のリスクが高い場合、乳房全体を切除する全乳房切除術が選択されることがあります。全乳房切除術は、腫瘍の再発リスクを最小限に抑えるための治療法です。
  • 化学療法や放射線療法:悪性葉状腫瘍では、特に腫瘍が大きい場合や転移が疑われる場合、化学療法放射線療法が追加されることがあります。ただし、化学療法や放射線療法は葉状腫瘍に対しては標準的な治療とはされておらず、個々の症例に応じて検討されます。
  • 再発リスク:悪性葉状腫瘍は再発や転移のリスクがあるため、術後の定期的な検査やモニタリングが不可欠です。再発した場合は、さらなる外科的治療や化学療法が必要になることがあります。

4. 術後のフォローアップと予後

葉状腫瘍の治療後は、再発を早期に発見するために、定期的なフォローアップが必要です。フォローアップでは、マンモグラフィーや超音波検査が行われ、腫瘍の再発や新しい異常の有無を確認します。特に、境界性や悪性の葉状腫瘍の場合、再発リスクが高いため、慎重な経過観察が求められます。

  • 良性葉状腫瘍の予後:良性腫瘍の場合、適切に切除された場合には予後は非常に良好です。ただし、再発リスクは完全にはゼロではないため、フォローアップは継続的に行われます。
  • 境界性・悪性葉状腫瘍の予後:境界性や悪性腫瘍は、再発や転移のリスクがあるため、より厳密なモニタリングが必要です。悪性葉状腫瘍の転移はまれですが、肺や骨などに転移することがあるため、注意が必要です。

まとめ

乳房葉状腫瘍は比較的まれな腫瘍で、良性から悪性まで幅広い性質を持ちます。治療の中心は外科的切除であり、腫瘍の種類や大きさに応じて、乳房温存手術や全乳房切除術が選択されます。再発や転移のリスクがあるため、術後の定期的なフォローアップが重要です。

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手術の解説はこちらをご参照ください

乳房葉状腫瘍は比較的乳房のまれな腫瘍で、全乳房腫瘍の1%未満とされています。葉状という名前は、腫瘍細胞が葉っぱのような構造をとって増殖することに由来しています。かつては葉状肉腫とも呼ばれていましたが、これは乳癌系統の腫瘍(上皮系の腫瘍)ではなく、肉腫系(間葉系の腫瘍)の腫瘍であることを意味しています。大部分の葉状腫瘍は①良性と考えられており、稀に②悪性の葉状腫瘍があります。一部はその両者の中間(ボーダーライン)に位置すると考えられ、③ボーダーダイン病変と表現されます。①、②、③のいずれの病変も比較的早く増殖し、いずれも手術(腫瘍を切除すること)が必要と考えられています。葉状腫瘍はどの年齢にも起きることがありますが、40代の女性に最も多く、良性はものは若い年代、悪性の腫瘍は、年配の方に多いという特徴があります。

葉状腫瘍の特徴の特徴をもう少し掘り下げて記述します。葉状腫瘍の病理組織学的な特徴は、上皮系細胞と間葉系細胞のそれぞれの成分の増殖がみられることです。それらは前述のように良性、境界病変、悪性と病理組織学的に分類されてきました。しかし乳がんと違ってこのような病理診断は必ずしも転移、再発の診断の確実な予測につながりません。悪性と診断されていないのに、臓器転移をきたしたりする場合があるからです。治療の原則は完全な外科切除(腫瘍を確実に切除すること)です。通常は1cmの余裕を持って腫瘍を完全切除します。通常は乳房の部分的な切除が行われます。しかしながら、局所再発率が高く、また悪性葉状腫瘍の20%程度が肺などに血行性転移をきたします。再発のリスクファクターとして、不十分な外科切除、間質の細胞増殖や異型性などが指摘されています。放射線や薬物療法の効果は明確でなく、術後の補助療法としては日常の臨床では勧められていません。なお男性の発症は極めて稀です。

◆葉状腫瘍治療のポイント

A 病理診断(良性、境界病変、悪性)と患者さんの術後経過(予後)に不一致が見られ、病態の解釈が難しい。
B 1cmの余裕を持って腫瘍を完全に切除することが治療の原則
C 臓器転移をきたす可能性があるのは、悪性または境界病変と診断された場合
D 薬物療法、放射線の役割は限定的である(臨床試験以外では術後補助療法としては行わない)
E 線維腺腫(乳房の頻度の高い良性腫瘤)との鑑別が術前には困難な場合もあり、その際は切除により最終診断を確定させる場合もある

葉状腫瘍のマンモグラフィー写真

葉状腫瘍の造影MRI写真

葉状腫瘍について

葉状腫瘍は楕円形のやわらかい腫瘍で、2~3ヶ月単位で比較的速く大きくなることを特徴としています。触診所見、超音波所見、マンモグラフィー所見はいずれも良性腫瘍の線維腺腫と酷似しており、診断は病理組織検査(切除または針生検)に基づきます。30代~40代の女性に好発しますが、必ずしも年齢は限定されていません。葉状腫瘍は乳腺組織を構成する上皮細胞と間質細胞のうち間質細胞から発生します。ちなみに上皮細胞が悪性化すれば乳癌であり、間質細胞が悪性化すれば肉腫となります。このため葉状腫瘍は肉腫の系統に属します。(かつては葉状肉腫と呼ばれていました) 葉状腫瘍は病理組織所見により悪性葉状腫瘍、ボーダーライン葉状腫瘍、良性葉状腫瘍の3つに分類されます。

虎の門病院(旧病院が更地になりました)

治療について外科手術が基本になります。乳癌と違って放射線、ホルモン療法は無効であり、抗癌剤治療にも限られた効果しかありません。このため初回治療は通常手術による腫瘍の完全切除が原則となります。全身麻酔で手術を行い4日程度の入院が平均的な経過となります。術後の後遺症はほとんどありません。葉状腫瘍全体でみると95%以上の人が治癒するため、治癒率が75-80%程度の乳癌と比較するとかなりたちの良い病気といえます。
遠隔再発について葉状腫瘍をすべて含めると(良性、ボーダーライン、悪性)5%以下の確率で肺などに遠隔再発(致命的になる)します。いわゆる悪性葉状腫瘍と診断された場合は20%程度の方が遠隔再発します。一方ボーダーライン葉状腫瘍もまれに遠隔再発するため必ずしも良性とは言い切れないため、このように命名されています。このように葉状腫瘍は比較的たちの良い病気ですが、例外があるため必ずしも安心できないところがあります。遠隔再発と診断されてからの平均生存期間は2年6ヶ月です。
局所再発について最終的に葉状腫瘍の約20%が局所再発します。初回治療から局所再発までは平均2年程度と報告されています。またリンパ節に転移することはまれであるため、リンパ節を切除する手術は行いません。このため完全な局所切除が初回治療の原則となります。(腫瘍が大きければ乳房全摘手術が必要となることもあります。)局所再発は通常再手術により治療可能(治癒する可能性も高い)ですが、局所再発が遠隔再発の引き金になる可能性も完全には否定できないため、初回手術での腫瘍の完全切除が重要と考えられています。

 

(虎の門病院・乳腺内分泌外科 2019年5月)

From The Okura Tokyo, adjacent to Toranomon Hospital. The Olympic Games are being held. August 2021

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