乳房の葉状腫瘍について

乳房の葉状腫瘍について

乳房の葉状腫瘍(はじょうしゅよう、Phyllodes Tumor)は、稀な乳腺腫瘍であり、乳腺に発生する間質性の腫瘍の一種です。この腫瘍は、乳腺の間質と上皮の両方から成り立っており、腫瘍の形態が葉っぱのように見えることから「葉状腫瘍」と名付けられています。葉状腫瘍は通常、良性から悪性までの範囲で分類され、その性質や治療法も腫瘍の分類に依存します。乳房の腫瘍の中でも発生頻度は低く、乳癌とは異なる特徴を持っています。ここでは、葉状腫瘍の分類、症状、診断方法、治療法、および予後について詳しく説明します。

1. 葉状腫瘍の分類

乳房の葉状腫瘍は、良性(Benign)、境界悪性(Borderline)、および悪性(Malignant)の3つに分類されます。この分類は、腫瘍の組織学的な特徴に基づいており、以下の要素が考慮されます。

  • 細胞密度: 腫瘍を構成する細胞の密度が高いほど、悪性の可能性が高まります。
  • 核異型性: 細胞核の形態異常が見られるかどうかは、悪性度を判断する重要な指標です。
  • 細胞分裂像: 細胞分裂の頻度が高いほど、悪性度が高いとされます。
  • 境界の侵襲性: 腫瘍が周囲組織に浸潤しているかどうかも、分類に影響を与えます。

良性の葉状腫瘍は、通常、局所的な成長にとどまり、転移することはほとんどありません。境界悪性の場合、腫瘍は悪性化の可能性があり、再発率が高まります。悪性の葉状腫瘍は、周囲の組織に浸潤したり、他の臓器に転移するリスクが高く、悪性度が高い腫瘍とされています。

2. 症状

葉状腫瘍の最も一般的な症状は、乳房にしこり(腫瘤)が発生することです。この腫瘤は、以下のような特徴を持つことがあります。

  • 急速な増大: 葉状腫瘍は他の乳房腫瘍と比べて比較的急速に成長する傾向があります。患者は、数週間から数ヶ月の間にしこりが急に大きくなることに気づく場合があります。
  • 無痛性: 多くの場合、しこりは痛みを伴わないため、初期段階では気づかないことがあります。
  • しこりの硬さ: 葉状腫瘍は通常、硬くて滑らかであり、触診で容易に識別されることがあります。
  • 皮膚の変化: 腫瘍が大きくなると、乳房の皮膚が引き伸ばされて変形したり、潰瘍を形成することがあります。

これらの症状は他の乳房腫瘍、特に線維腺腫(Fibroadenoma)と類似しているため、臨床的には区別が困難な場合があります。したがって、診断の確定には画像診断や生検が必要です。

3. 診断

乳房の葉状腫瘍の診断には、以下の方法が一般的に使用されます。

  • 視診および触診: 臨床医は、乳房を視覚的に確認し、しこりの大きさ、形状、硬さを評価します。急速に成長するしこりは葉状腫瘍を示唆しますが、確定診断には他の検査が必要です。
  • マンモグラフィ: 乳房X線撮影で腫瘤の有無や性質を評価しますが、葉状腫瘍の特有の特徴を明確に示すことは少なく、他の腫瘍と区別するのは難しいことがあります。
  • 超音波検査: 超音波検査では、腫瘤の内部構造や境界をより詳細に観察することができます。葉状腫瘍は超音波で明瞭な境界を持ち、内部に液体を含むこともあるため、線維腺腫と異なる所見を示すことがあります。
  • MRI(磁気共鳴画像法): MRIは、腫瘍の詳細な画像を提供し、良性・悪性の区別に有用です。特に腫瘍の大きさや周囲組織への浸潤を評価する際に役立ちます。
  • 生検: 診断の確定には、腫瘍組織の一部を採取して顕微鏡で観察する生検が最も確実な方法です。細胞の形態や分裂の様子を確認することで、葉状腫瘍の良性・悪性の評価が行われます。

4. 治療法

葉状腫瘍の治療は、腫瘍の大きさ、場所、良性・悪性の分類に応じて異なります。基本的な治療法は手術ですが、場合によっては追加の治療が必要となることもあります。

  • 手術: 葉状腫瘍の治療の第一選択は、外科的切除です。良性の場合でも、腫瘍の周囲に十分な正常組織を含めて切除することが推奨されます。これは、再発のリスクを最小限に抑えるためです。悪性の場合や腫瘍が大きい場合、乳房全摘術が必要になることがあります。
    • 部分切除(腫瘍摘出): 腫瘍が小さく、悪性の可能性が低い場合、乳房を温存する部分切除が可能です。しかし、再発率が高いため、手術後も経過観察が重要です。
    • 全摘術: 悪性の葉状腫瘍や大きな腫瘍の場合、乳房全体を摘出する手術が行われることがあります。これは、再発や転移のリスクを軽減するためです。
  • 放射線療法: 悪性の葉状腫瘍の場合、手術後に放射線療法が行われることがあります。特に、再発のリスクが高い患者や腫瘍が完全に切除できなかった場合に有効です。放射線療法は、局所再発を予防するために使用されることが多いです。
  • 化学療法: 悪性の葉状腫瘍が転移した場合や再発した場合には、化学療法が行われることがありますが、葉状腫瘍に対する化学療法の有効性については明確なエビデンスが十分でないため、治療はケースバイケースで判断されます。

5. 予後

葉状腫瘍の予後は、腫瘍の良性・悪性の分類や手術の成功に大きく依存します。良性の葉状腫瘍は、適切に切除されれば再発のリスクは低く、長期的な予後も良好です。一方で、境界悪性や悪性の腫瘍は再発や転移のリスクが高く、予後はやや不良です。

  • 再発率: 良性の葉状腫瘍でも、再発することがありますが、通常は手術後の経過観察によって早期発見されます。悪性の場合、再発率が高く、再発した腫瘍はより悪性度が高くなる傾向があります。
  • 転移: 悪性の葉状腫瘍は肺や骨、肝臓などに転移することがあります。転移が確認された場合、化学療法や放射線療法が検討されますが、全体としては予後は不良です。

6. 経過観察とフォローアップ

葉状腫瘍の患者は、手術後に定期的な経過観察が必要です。これは、再発を早期に発見するために不可欠です。特に悪性の腫瘍や境界悪性の腫瘍の場合、術後の数年間は定期的な乳房検査と画像診断が推奨されます。再発や新たな腫瘍が発生した場合には、再手術や追加治療が検討されます。

結論

乳房の葉状腫瘍は稀な乳腺腫瘍であり、良性から悪性まで多様な性質を持つ腫瘍です。診断には画像検査や生検が必要であり、治療は主に手術が中心となります。葉状腫瘍の早期発見と適切な治療によって、患者の予後は大きく改善される可能性がありますが、悪性の腫瘍では再発や転移のリスクがあるため、術後のフォローアップが重要です。

<以上2024年10月作成>


虎の門病院

虎の門病院からのながめ

乳房葉状腫瘍は比較的乳房のまれな腫瘍で、全乳房腫瘍の1%未満とされています。葉状という名前は、腫瘍細胞が葉っぱのような構造をとって増殖することに由来しています。かつては葉状肉腫とも呼ばれていましたが、これは乳癌系統の腫瘍(上皮系の腫瘍)ではなく、肉腫系(間葉系の腫瘍)の腫瘍であることを意味しています。

大部分の葉状腫瘍は①良性と考えられており、稀に②悪性の葉状腫瘍があります。一部はその両者の中間(ボーダーライン)に位置すると考えられ、③ボーダーダイン病変と表現されます。①、②、③のいずれの病変も比較的早く増殖し、いずれも手術(腫瘍を切除すること)が必要と考えられています。

葉状腫瘍はどの年齢にも起きることがありますが、40代の女性に最も多く、良性はものは若い年代、悪性の腫瘍は、年配の方に多いという特徴があります。

葉状腫瘍の特徴の特徴をもう少し掘り下げて記述します。葉状腫瘍の病理組織学的な特徴は、上皮系細胞と間葉系細胞のそれぞれの成分の増殖がみられることです。
それらは前述のように良性、境界病変、悪性と病理組織学的に分類されてきました。しかし乳がんと違ってこのような病理診断は必ずしも転移、再発の診断の確実な予測につながりません。悪性と診断されていないのに、臓器転移をきたしたりする場合があるからです。治療の原則は完全な外科切除(腫瘍を確実に切除すること)です。通常は1cmの余裕を持って腫瘍を完全切除します。通常は乳房の部分的な切除が行われます。
しかしながら、局所再発率が高く、また悪性葉状腫瘍の20%程度が肺などに血行性転移をきたします。再発のリスクファクターとして、不十分な外科切除、間質の細胞増殖や異型性などが指摘されています。放射線や薬物療法の効果は明確でなく、術後の補助療法としては日常の臨床では勧められていません。なお男性の発症は極めて稀です。

葉状腫瘍治療のポイント

A 病理診断(良性、境界病変、悪性)と患者さんの術後経過(予後)に不一致が見られ、病態の解釈が難しい。

B 1cmの余裕を持って腫瘍を完全に切除することが治療の原則

C 臓器転移をきたす可能性があるのは、悪性または境界病変と診断された場合

D 薬物療法、放射線の役割は限定的である(臨床試験以外では術後補助療法としては行わない)

E 線維腺腫(乳房の頻度の高い良性腫瘤)との鑑別が術前には困難な場合もあり、その際は切除により最終診断を確定させる場合もある

(以上 2017年記載)

葉状腫瘍の画像写真(マンモグラフィーと造影MRI)

 

葉状腫瘍について

葉状腫瘍は楕円形のやわらかい腫瘍で、2~3ヶ月単位で比較的速く大きくなることを特徴としています。触診所見、超音波所見、マンモグラフィー所見はいずれも良性腫瘍の線維腺腫と酷似しており、診断は病理組織検査(切除または針生検)に基づきます。30代~40代の女性に好発しますが、必ずしも年齢は限定されていません。葉状腫瘍は乳腺組織を構成する上皮細胞と間質細胞のうち間質細胞から発生します。ちなみに上皮細胞が悪性化すれば乳癌であり、間質細胞が悪性化すれば肉腫となります。このため葉状腫瘍は肉腫の系統に属します。(かつては葉状肉腫と呼ばれていました) 葉状腫瘍は病理組織所見により悪性葉状腫瘍、ボーダーライン葉状腫瘍、良性葉状腫瘍の3つに分類されます。

治療について外科手術が基本になります。乳癌と違って放射線、ホルモン療法は無効であり、抗癌剤治療にも限られた効果しかありません。このため初回治療は通常手術による腫瘍の完全切除が原則となります。全身麻酔で手術を行い4日程度の入院が平均的な経過となります。術後の後遺症はほとんどありません。葉状腫瘍全体でみると95%以上の人が治癒するため、治癒率が75-80%程度の乳癌と比較するとかなりたちの良い病気といえます。

遠隔再発について葉状腫瘍をすべて含めると(良性、ボーダーライン、悪性)5%以下の確率で肺などに遠隔再発(致命的になる)します。いわゆる悪性葉状腫瘍と診断された場合は20%程度の方が遠隔再発します。一方ボーダーライン葉状腫瘍もまれに遠隔再発するため必ずしも良性とは言い切れないため、このように命名されています。このように葉状腫瘍は比較的たちの良い病気ですが、例外があるため必ずしも安心できないところがあります。遠隔再発と診断されてからの平均生存期間は2年6ヶ月です。

局所再発について最終的に葉状腫瘍の約20%が局所再発します。初回治療から局所再発までは平均2年程度と報告されています。またリンパ節に転移することはまれであるため、リンパ節を切除する手術は行いません。このため完全な局所切除が初回治療の原則となります。(腫瘍が大きければ乳房全摘手術が必要となることもあります。)局所再発は通常再手術により治療可能(治癒する可能性も高い)ですが、局所再発が遠隔再発の引き金になる可能性も完全には否定できないため、初回手術での腫瘍の完全切除が重要と考えられています。

(以上 2012年記載)

文責 虎の門病院 乳腺内分泌外科 川端英孝