非浸潤性乳がん(0期の乳癌)とその治療

非浸潤性乳管癌について

非浸潤性乳管癌(Ductal Carcinoma In Situ, DCIS)は、乳房内の乳管に発生する乳がんの一種で、がん細胞が乳管内に限局している状態を指します。DCISは「非浸潤性」とされ、がん細胞が周囲の組織には浸潤しておらず、転移のリスクも非常に低い段階です。この状態では、がんが体の他の部分に広がることはなく、乳管の内側に留まっていますが、治療しない場合、後に浸潤性乳がんに進行するリスクがあります。

DCISは、早期の乳がんの一つであり、乳がんの前駆段階とも考えられます。適切な治療を行えば予後は良好ですが、進行すると周囲の組織やリンパ節、さらには他の臓器へと広がる可能性があるため、早期発見と治療が重要です。

DCISの特徴と症状

非浸潤性乳管癌の特徴は、がん細胞が乳管内に限局していることです。通常、乳管は乳房内の母乳を乳頭に運ぶ管であり、DCISはこの乳管の内側の細胞が異常に増殖してがん化した状態を指します。

1.症状

. 症状DCISの多くの患者は、明確な症状を感じることがありません。自覚症状がなく、偶然に発見されることが多いです。DCISは初期の乳がんであり、がんが乳管内に限局しているため、腫瘍が小さく、触診では感じにくいことが多いです。ただし、一部の患者では以下のような症状が現れることがあります:

  • 乳房のしこり:稀に、しこりや腫瘍を感じることがあります。
  • 乳頭からの異常分泌物:血液が混じった分泌物が乳頭から出ることがあります。
  • 乳房の皮膚の変化:乳房の皮膚が赤くなったり、厚く感じたりすることもありますが、これはDCISの典型的な症状ではありません。

2. マンモグラフィによる発見

DCISは、多くの場合、定期検診のマンモグラフィで発見されます。マンモグラフィは、乳房のX線撮影を行う検査であり、乳房内の異常を早期に検出するのに非常に有効です。DCISでは、微小石灰化と呼ばれるカルシウムの沈着が乳管内に現れることがあり、これがマンモグラフィ上に映ります。この微小石灰化がDCISのサインとなり、がん細胞の存在が疑われるため、さらなる検査が行われます。

非浸潤性乳管癌の診断

DCISの診断は、以下のステップで行われます。

  1. マンモグラフィ:定期検診や乳房の異常が見つかった場合、マンモグラフィが最初の検査として行われます。ここで乳房内の微小石灰化が見られる場合、がんの可能性があるため、さらに詳細な検査が行われます。
  2. 超音波検査(エコー):超音波を使って乳房の内部を観察します。特にマンモグラフィで疑わしい部分があった場合、腫瘍の詳細を確認するために超音波検査が行われることがあります。
  3. 針生検(バイオプシー):マンモグラフィや超音波検査で異常が見つかった場合、針を使って乳房内の組織を採取し、がん細胞の有無を確認します。DCISの場合、がん細胞は乳管内に限局していますが、この検査でそれが確認されます。

非浸潤性乳管癌の分類

DCISは、がん細胞の形態や成長の速さ、分化度に基づいていくつかのサブタイプに分類されます。これにより、がんの進行リスクや再発リスクが評価され、治療方針が決定されます。主に以下の要素で評価されます:

  1. グレード(分化度):DCISの細胞がどれほど異常であるかを示す指標です。高グレード(低分化)であるほどがんの進行が早く、再発リスクが高いとされています。一方、低グレード(高分化)のDCISは、進行が遅く、予後が比較的良好です。
  2. 細胞の成長パターン:がん細胞がどのように増殖しているかも、DCISの特徴を示す重要な要素です。均一なパターンで増殖するものもあれば、不規則に増殖するものもあります。
  3. ホルモン受容体:エストロゲン受容体やプロゲステロン受容体の有無もDCISの診断において重要です。これらの受容体が陽性であれば、ホルモン療法が効果的である可能性があります。

    非浸潤性乳管癌

    非浸潤性乳がん(非浸潤性乳管癌の病理組織像)

非浸潤性乳管癌の治療法

DCISは、がん細胞が乳管内に限局しているため、浸潤性乳がんに進行する前に治療することが望ましいです。主な治療法は以下の通りです。

1. 手術

DCISの治療では、手術が最も一般的であり、乳房温存術と乳房切除術の2つの手術法があります。

  • 乳房温存術:DCISが乳房の一部分に限局している場合、がん組織とその周囲の正常な組織を一部切除する手術です。乳房全体を切除せず、乳房を温存することができるため、美容的にも優れています。術後に放射線療法を併用することが多いです。
  • 乳房切除術:DCISが広範囲にわたる場合や、再発のリスクが高い場合には、乳房全体を切除する手術が選択されることがあります。乳房を完全に切除することで、再発リスクを大幅に低減させることが可能です。乳房切除術を行った場合でも、乳房再建手術を行うことができ、患者のQOL(生活の質)を維持する選択肢があります。

2. 放射線療法

乳房温存術の後、再発リスクを低減するために放射線療法が行われることがあります。放射線は乳房全体に照射され、がん細胞の残存を防ぐ役割を果たします。これにより、再発リスクが30~50%減少することが示されています。

3. ホルモン療法

エストロゲン受容体(ER)陽性のDCIS患者に対しては、ホルモン療法が行われることがあります。タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬などのホルモン療法薬を使用することで、再発リスクをさらに低減させることが可能です。

非浸潤性乳管癌の予後

DCISは早期発見が可能で、適切に治療すれば予後は非常に良好です。手術や放射線療法を行った患者の大部分は、再発や進行性の乳がんを回避できることが多いです。ただし、治療後も再発のリスクは完全には排除されないため、定期的なフォローアップが重要です。

また、放置されたDCISは、10~30%の確率で浸潤性乳がんに進行するリスクがあります。このため、治療を怠ることなく、早期の対応が推奨されます。

まとめ

非浸潤性乳管癌は、早期に発見されやすく、適切に治療することで完治が期待できる乳がんの前駆段階です。マンモグラフィなどの定期的な検診が重要であり、早期発見がその後の予後に大きく関わります。

———————————————————————–

《以前は乳房切除が中心》

0期は、まだがんが乳管内にとどまっている非浸潤がんです。シコリとして触れることは比較的少なく、マンモグラフィで「微細石灰化」として発見されたり、超音波検査でごく小さな腫瘤として発見され、生検でがんと診断されたものが中心です。 つまり、0期は超早期のがん。浸潤がんでも乳房温存療法ができるのですから、非浸潤がんなら乳房温存療法は当然で、もっと小さな手術でも治るのではないか、と考える人が多いのではないでしょうか。
ところが、浸潤がんに乳房温存療法が導入された後も、0期の乳がんはむしろ乳房を切除する乳房切除術が一般的だったのです。非浸潤がんは、まだ乳管の外には出ていませんが、そのかわり乳管内に病変が広く分布していることが多く、がんの部位を局所的に切除する乳房温存療法では取り残しの危険がある、と考えられていました。 これまでの経験から、非浸潤がんを取り残した場合、その半数は浸潤がんとして再発してきます。もちろん、発見された時点でまた手術をするなど治療を行えば、その多くは治ります。しかし、乳房切除術で取ってしまえば確実に治るがんで、万が一命を落とすようなことがあってはならないと考え、乳房温存の慎重論が強かったのです。

非浸潤性乳がん(非浸潤性乳管癌) 病理写真(HE染色)

《センチネルリンパ節生検も必要》

しかし、幸い現在では、MRI、超音波検査、マンモグラフィーなどの画像診断が進歩し、がんの広がりをかなり正確にとらえられるようになってきました。また治療データが蓄積されてきたこともあり、非浸潤がんでもがんが広範囲に分布していなければ、積極的に乳房温存療法が行われています。
乳房温存療法で病巣を摘出したあとに乳房に放射線照射を行うのは、基本的には浸潤がんの手術と同じです。放射線照射によって、乳房内の局所再発を防ぐことができます。
では、センチネルリンパ節生検はどうでしょうか。非浸潤がんは、乳管内にとどまるがんなので、理論的には転移のおそれはないはずです。ところが、実際には、わずかですが腋窩リンパ節転移をともなう例が報告されています。これは、一部にごくわずかな浸潤があったためと見られています。また非浸潤がんといっても実際には手術後に初めてその診断が確定され、手術をしてみたら浸潤がんであったというケースも少なくありません。そのため、腫瘍の範囲が広い場合、またがんの顔つきが悪い場合、乳房全摘が行われる場合など、多くの場合で、乳房の手術と同時にセンチネルリンパ節生検を行います。
乳房温存手術後は、ホルモン感受性が陽性ならば、タモキシフェンを再発予防のために5年間服用することも治療の選択肢になりますが、一般的には術後の薬物療法は行いません。
悪性度の低い、小さな病変などを中心に非浸潤がんの中には、そのまま大きくならずに終わってしまうものもあると考えられています。過剰診断、過剰治療という問題ですが、がんの早期診断に関わる重大な問題です。診断技術の進歩とデータの蓄積で一歩ずつ解決していくことが期待されています.

Oncotype DX DCIS(非浸潤性乳管癌の局所再発リスクを予測する遺伝子ツール)の取り扱いのお知らせ

2012年2月6日から、虎の門病院でオンコタイフ゜DX-DCISの取り扱いを開始しました。非浸潤癌で手術を受けられた方で、適応のある患者さんに御紹介しています。(2012年2月)

<非浸潤性乳管がん治療選択の新たな指標が開発される>

Oncotype DXで非浸潤癌の再発リスクを予測(Oncotype DX DCIS)

非浸潤性乳管がん(DCIS)の局所再発リスクを予測するDCISスコア日本でも2012年2月から可能になりました。多遺伝子検査 Oncotype DX(Genomic Health社)の12遺伝子を活用します。(2011年12月)

シルバースタイン再発スコアについて

南カリフォルニア大学のグループ(シルバースタイン)はVNPI(The Van Nuys Prognostic Index)という指標を提案し非浸潤癌治療の指針を発表しており、世界各国の専門家に利用されています(以前のスコアでは年齢が考慮されていませんでしたが、現在は年齢も加味されています)

具体的には4項目の得点の合計で治療の大まかな方向性を決めようという試みです

1) 腫瘍径 1.5cm以下 1点 1.6~4.0cm 2点 4.1cm以上 3点

2) 細胞核異型度 グレード1 1点 グレード2 2点 グレード3 3点

3) 切除断端と腫瘍の最短距離 1cm以上 1点 0.9~0.1cm 2点 0.1cm未満 3点

4) 年齢 61歳以上 1点 40~60歳 2点 39歳以下 3点

この4項目の合計がVNPIスコアで、

4~6点 乳腺部分切除のみ

7~9点 乳房部分切除+放射線治療

10~12点は乳房切除が妥当な治療と分類されます。

具体的に、腫瘍径8mm、核異型度グレード1、切除断端距離1.2cm、47歳の場合は1+1+1+2=5点で、乳腺部分切除が妥当な治療法ということになります。

なおこれですべてが決まるわけではありません。個々の患者さんと腫瘍の条件を加味して最終方針を決める際のたたき台と考えていただければいいでしょう。

非浸潤性乳管癌(針生検) 弱拡大

非浸潤性乳管癌(針生検)

非浸潤性乳管癌(針生検) 強拡大

非浸潤性乳管癌(DCIS  Ductal carcinoma in situ)の新しい解釈(2022年6月追記)

アメリカの国立がん研究センターの専門家グループは最近、「がん」という言葉の再定義を求める報告書を発表し、特定の前がん状態や非致死性状態にはもはや適用しないよう提案しました。このような変更は、患者さんの恐怖心を和らげ、不必要で有害な可能性のある治療を受けようとする患者さんの気持ちを抑えることができる、と同委員会は書いています。この提案は、非浸潤性乳管癌(DCIS  Ductal carcinoma in situ)のうち低悪性度の病変に対する我々臨床医の直観にある程度沿った内容になっています。

The Okura Tokyo Aug. 2021