女性化乳房症
女性化乳房症について
1. はじめに
女性化乳房症(gynecomastia)は、男性において乳腺組織が異常に発達し、女性のように乳房が膨らむ状態を指します。この症状は一時的なものから慢性的なものまで幅広く、思春期や高齢者に多く見られます。見た目の変化により、患者に心理的なストレスや自尊心の低下を引き起こすことがあります。女性化乳房症の原因、症状、診断、治療方法、そして生活への影響について詳しく説明します。
2. 女性化乳房症の原因
女性化乳房症は、男性の体内でのホルモンバランスの乱れによって引き起こされることが一般的です。男性と女性の両方が、エストロゲン(女性ホルモン)とテストステロン(男性ホルモン)の両方を体内に持っていますが、男性の場合、通常はテストステロンが優位に働き、エストロゲンの影響は最小限です。しかし、何らかの理由でエストロゲンが相対的に多くなると、乳腺組織が刺激され、女性化乳房症が発症します。以下に、主な原因を挙げます。
2.1 ホルモンバランスの変化
ホルモンバランスの変化は、女性化乳房症の最も一般的な原因です。男性のホルモンであるテストステロンの減少や、女性ホルモンであるエストロゲンの相対的な増加が、乳腺の発達を促進します。以下の状況でホルモンバランスが変化することがあります。
- 思春期:思春期の男児において、急激なホルモンの変動により、一時的な女性化乳房症が発生することがあります。この場合、多くは自然に解消されます。
- 加齢:高齢になると、テストステロンの分泌が減少し、エストロゲンの影響が相対的に強くなるため、女性化乳房症が発生しやすくなります。
- 新生児期:母親から胎盤を通じてエストロゲンが供給されるため、新生児の男児にも一時的に乳房の膨張が見られることがありますが、これは自然に消失します。
2.2 薬剤
いくつかの薬剤は、ホルモンのバランスに影響を与え、女性化乳房症を引き起こす可能性があります。これには以下のものが含まれます。
- ステロイド:アナボリックステロイドやコルチコステロイドの使用は、体内のホルモンバランスを乱し、女性化乳房症を引き起こすことがあります。
- 抗アンドロゲン薬:前立腺肥大症や前立腺癌の治療に使用される薬剤は、テストステロンの作用を抑制し、エストロゲンの影響を強めることがあります。
- 抗うつ薬や抗不安薬:一部の精神科薬も、ホルモンバランスに影響を与えることがあり、女性化乳房症の発症に関連します。
2.3 疾患
いくつかの基礎疾患がホルモンバランスを乱し、女性化乳房症の原因となることがあります。これには以下のものが含まれます。
- 肝疾患:肝機能が低下すると、ホルモン代謝が障害され、エストロゲンのレベルが上昇することがあります。
- 腎不全:腎臓の機能低下によりホルモンバランスが崩れることがあり、透析を受けている患者に女性化乳房症が見られることがあります。
- 甲状腺機能亢進症:甲状腺ホルモンの過剰分泌がホルモンバランスに影響を与え、女性化乳房症を引き起こすことがあります。
2.4 その他の原因
アルコールや違法薬物の使用も、ホルモンバランスに影響を与えることがあります。特にマリファナやアヘン類は、長期使用が女性化乳房症の発症リスクを高めるとされています。
3. 症状
女性化乳房症の主な症状は、片方または両方の乳房の膨張です。腫れの程度は個人差がありますが、触れると柔らかく、時には痛みや圧痛を伴うこともあります。症状は次第に進行することもあれば、急激に現れることもあります。
女性化乳房症は、以下のような特徴を持っています。
- 乳房の腫れ:乳腺組織の増殖により、乳房が膨らむ。片側だけに発生することもあれば、両側に現れることもある。
- 痛みや圧痛:腫れた乳房に痛みや圧痛が伴う場合もあり、特に衣服が擦れると不快感が強まることがあります。
- 乳房の非対称性:片側の乳房のみが大きくなることもあり、見た目に左右差が生じることがあります。
4. 診断
女性化乳房症の診断は、患者の病歴、身体診察、そして必要に応じた検査によって行われます。診断の流れは次の通りです。
4.1 病歴の確認
医師は、患者の病歴を詳細に確認します。特に、薬物使用、基礎疾患、家族歴、ライフスタイル(アルコールや違法薬物の使用状況など)が重要な情報となります。女性化乳房症の症状がいつから始まったのか、急激な変化があったかどうかも確認します。
4.2 身体診察
医師は、乳房の膨張を視覚的に確認し、触診によって乳腺組織の増殖や硬さを確認します。また、乳がんなどの他の疾患の可能性を排除するために、しこりの有無もチェックします。しこりが見つかった場合は、悪性腫瘍の可能性があるため、さらなる検査が必要です。
4.3 血液検査
ホルモンバランスの異常を確認するために、血液検査が行われます。具体的には、テストステロン、エストロゲン、甲状腺ホルモン、肝臓や腎臓の機能を評価するための血液検査が含まれます。
4.4 画像検査
乳房の構造をより詳しく評価するために、超音波検査やマンモグラムが行われることがあります。これにより、乳腺組織の状態や、腫瘍の有無を確認します。
5. 治療法
女性化乳房症の治療は、原因に応じて異なります。多くの場合、時間とともに自然に解消することもありますが、症状が持続したり、心理的な影響が大きい場合には治療が必要となります。主な治療法を以下に示します。
5.1 経過観察
思春期や一時的なホルモンバランスの変化によって女性化乳房症が発症した場合、通常は特別な治療を必要とせず、経過を観察することが推奨されます。多くのケースでは、数か月から1年以内に症状が自然に改善します。
5.2 薬物治療
ホルモンバランスが原因で女性化乳房症が発生している場合、ホルモン療法が行われることがあります。以下の薬剤が使用されることがあります。
- 抗エストロゲン薬:エストロゲンの作用を抑える薬剤が使用されることがあります。タモキシフェンなどがその一例です。
- アンドロゲン補充療法:テストステロンの不足が原因である場合、テストステロン補充療法が行われることがあります。
5.3 外科的治療
薬物治療や経過観察では改善しない場合、外科的治療が検討されます。特に、見た目の問題が大きく、日常生活に支障をきたす場合に推奨されます。以下の手術が一般的です。
- 乳腺切除術:余分な乳腺組織を外科的に除去する手術です。手術は小さな切開で行われるため、術後の傷跡は比較的目立ちにくいです。
- 脂肪吸引:脂肪が過剰に蓄積している場合、脂肪吸引を行うこともあります。これは乳腺切除術と併用されることが多いです。
6. 予防
女性化乳房症を完全に予防することは難しいですが、リスクを低減するための対策があります。
- 薬剤の管理:医師の指示なく薬剤を使用しないようにし、長期間のステロイドや抗アンドロゲン薬の使用には慎重になる必要があります。
- 健康的な生活習慣:アルコールや違法薬物の使用を控え、バランスの取れた食事や適度な運動を心がけることで、ホルモンバランスを整えることができます。
- 基礎疾患の管理:肝臓や腎臓、甲状腺の疾患がある場合は、定期的な医療チェックを受け、適切な治療を受けることが重要です。
7. 生活への影響
女性化乳房症は、身体的な変化だけでなく、心理的な影響も大きいです。特に、思春期や青年期の男性において、胸の膨張は他者との比較や社会的なプレッシャーを強く感じさせることがあります。自尊心の低下や社会的な孤立を引き起こすこともあり、心理的なサポートが必要となることがあります。家族や医療チームとの連携が、患者の生活の質を向上させるために重要です。
8. 結論
女性化乳房症は、男性にとって身体的にも心理的にも影響を与える状態ですが、原因を特定し、適切な治療を行うことで多くのケースは改善します。早期の診断と治療が重要であり、ホルモンバランスの乱れや基礎疾患の管理が鍵となります。また、患者が適切な情報を得て、自己管理と医療チームのサポートを受けることで、女性化乳房症による生活への影響を最小限に抑えることが可能です。
以上、2024年10月作成
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1. 定義
女性化乳房症は男性の乳腺組織の良性の増殖性変化と定義され、通常エストロゲン活性の増加、アンドロゲン活性の低下、あるいは様々な薬物の使用によって引き起こされる。クラインフェルター症候群のように性分化異常に伴う稀な遺伝性の疾患もあるが、大部分は自然軽快し経過観察のみで治療を必要としない。臨床的には男性乳癌との鑑別が重要である。
2、病態生理
何らかの原因により、乳腺組織の増殖を抑制するアンドロゲンが減少し、増殖を刺激するエストロゲンが相対的に増加することで発症する。
表1 女性化乳房症の原因
1.生理的乳腺の肥大
2.内分泌疾患に合併:睾丸疾患、下垂体・副腎腫瘍、バセドウ病、ホルモン産生腫瘍など
3.性分化異常に伴うもの:クラインフェルター症候群など
4、その他の疾患に合併するもの:肝疾患、腎疾患、肺疾患、糖尿病など
5、薬剤性に発症するもの
6、特発性(原因不明)のもの
表2 女性化乳房症の原因となりうる代表的な薬剤
1.ホルモン剤 エストロゲン剤、アンドロゲン剤など
2.抗アンドロゲン剤 アンドロゲン合成阻害剤 ビカルタマイド、ゴセレリンなど
3、抗生剤 メトロニダゾールなど
4、抗潰瘍剤 シメチジン、オメプラゾールなど
5、化学療法剤 メソトレキセート、アルキル化剤など
6、心臓血管薬剤 ジゴキシンなど
7、向精神薬 ジアゼパムなど
3、原因疾患
原因疾患を表1に分類して記載する。この中では薬剤性の女性化乳房症が多く、身体診察に加え、既往歴・内服薬の聴取が重要である。原因となる薬剤を表2に記載した。
4、診断および治療・対処法
身体所見、現病歴・既往歴・内服薬の聴取により女性化乳房症の診断を下す。画像診断としては乳腺超音波、マンモグラフィー検査が乳癌との鑑別に有用である。原因のスクリーニングとして各種ホルモン値も含めた血液検査の実施も検討する。一般に思春期、青年期の女性化乳房症は生理的・特発性の女性化乳房症が大部分を占めで、自然消退が多く積極的治療を要しないことがほとんどである。中高年以降は薬剤性の割合が多く、また乳癌との鑑別を念頭に置く必要がある。薬剤性の場合はリスク・ベネフィットを検討した上で薬剤の中止または変更を考慮する。つまり原疾患の種類によっては、乳腺肥大の原因となっている薬剤が原疾患の治療に不可欠で中止困難であり、副作用としての乳腺肥大は許容して経過観察することが現実的判断となる。特に高齢者は多剤を内服している場合が多く、原因薬剤の診断、またこれら薬剤の中止、変更の実施が困難な場合も少なくない。以上のような経過観察も含めた保存的対応を行っても、疼痛が強く、また整容的に問題がある場合などは手術による乳腺組織の切除も選択肢になるが実施されることは稀である。