乳がん術後のリンパ浮腫(2)

乳がん術後のリンパ浮腫について

1. はじめに

乳がんは女性において最も多く診断されるがんの一つであり、早期発見と治療により多くの患者が回復しています。しかし、乳がんの手術や放射線治療に伴い、術後の合併症としてリンパ浮腫が発生することがあります。リンパ浮腫は、リンパ液の循環不全により、主に腕や手がむくむ状態を指します。本稿では、乳がん術後のリンパ浮腫について、その原因、症状、診断、治療法、予防方法、そして生活への影響について詳しく説明します。

2. リンパ浮腫の原因

乳がん治療の過程で、乳房近くのリンパ節を切除したり、放射線治療が行われることがあります。これにより、リンパ系が損傷され、リンパ液の正常な流れが阻害されることがあります。リンパ節は、身体の免疫機能を支える重要な役割を果たしており、リンパ液は体内の老廃物や病原体を運搬する役割を担っています。リンパ節の損傷や除去は、このリンパ液の流れを滞らせ、結果としてリンパ浮腫が生じることがあります。

乳がん手術においては、特に腋窩リンパ節(わきの下にあるリンパ節)の摘出が行われる場合が多く、この部位は腕や手のリンパ液の流れを制御しています。そのため、腋窩リンパ節の摘出や損傷が、腕や手のリンパ浮腫の主要な原因となります。また、放射線治療によるリンパ管やリンパ節の損傷もリンパ浮腫のリスクを高める要因です。

3. 症状

リンパ浮腫は、初期には軽度の腫れや違和感から始まり、徐々に症状が進行することがあります。典型的な症状には以下のものが含まれます。

  • 腕や手の腫れ
  • 重さやだるさの感覚
  • 腕や手の皮膚の硬化
  • 疼痛や圧痛
  • 関節の動きが制限されること
  • 皮膚の感染(蜂窩織炎)

これらの症状は、リンパ液の蓄積が進むことで悪化し、日常生活における活動や動作に影響を与えることがあります。放置すると、症状が不可逆的になることもあり、早期の発見と適切な管理が重要です。

4. 診断

リンパ浮腫の診断は、患者の症状や既往歴、特に乳がん治療歴を基に行われます。医師は、腕や手の外観や感触、腫れの程度を観察し、必要に応じて画像診断を行うこともあります。以下の診断方法が一般的です。

  • 触診:医師が患部を触診して腫れや硬さを確認します。
  • 体積測定:腕や手の周囲を計測して腫れの程度を定量的に評価します。
  • リンパ管造影:リンパ系の状態を詳しく調べるため、造影剤を用いた画像検査が行われることがあります。

また、リンパ浮腫はしばしば他の疾患と区別が難しいため、血栓や感染症などの他の原因がないか確認することも重要です。

5. 治療法

リンパ浮腫の治療は、完全に治癒させることは難しいものの、症状を管理し、進行を抑えることが主な目的となります。以下の治療法が一般的に用いられます。

5.1 保存的治療

保存的治療は、症状を緩和し、リンパ液の流れを促進することを目的とします。

  • 圧迫療法(コンプレッション療法):弾性スリーブや弾性包帯を使用して、リンパ液の流れを促進し、腫れを軽減します。圧迫療法はリンパ浮腫治療の基本であり、患者の状態に応じて個別に調整されます。
  • リンパドレナージュ:専門の理学療法士による手技療法で、リンパ液を手動で排出するマッサージ技術です。これは、リンパ液の流れを手助けし、腫れを軽減する効果があります。
  • 運動療法:リンパの流れを促進するための軽い運動も有効です。筋肉を使うことで、リンパ液の循環が改善されます。特に、水中運動は関節への負担が少なく、効果的です。
  • スキンケア:感染を防ぐために、皮膚を清潔に保ち、保湿を行うことが重要です。リンパ浮腫は皮膚感染症のリスクが高まるため、適切なスキンケアが不可欠です。

5.2 外科的治療

重度のリンパ浮腫の場合、外科的治療が検討されることがあります。外科的治療の選択肢には以下のものがあります。

  • リンパ管バイパス手術:損傷したリンパ管の流れを改善するために、リンパ液を新しい経路に流す手術です。
  • リンパ節移植手術:他の部位から健康なリンパ節を移植する手術で、リンパ液の排出を改善します。
  • 脂肪吸引:慢性的なリンパ浮腫では脂肪組織が過剰に蓄積することがあり、これを除去するための手術が行われることがあります。

6. 予防

リンパ浮腫は完全に予防することが難しいものの、リスクを低減するための対策があります。特に、乳がん術後の患者には以下の予防策が推奨されます。

  • 重い荷物を避ける:術後は腕や手に過度な負荷をかけないようにすることが重要です。重い荷物を持ち上げることや激しい運動は避け、適切なリハビリテーションを行います。
  • 感染予防:傷口や皮膚の保護を徹底し、虫刺されや怪我を避けることが大切です。感染が起こるとリンパ浮腫が悪化するリスクがあります。
  • 定期的な運動:適度な運動はリンパ液の循環を促進し、腫れの予防に役立ちます。特に、ストレッチや水泳などの運動は効果的です。
  • 圧迫衣の使用:術後早期から圧迫衣を使用することで、リンパ浮腫のリスクを低減することが示されています。

7. 生活への影響

リンパ浮腫は、患者の日常生活に大きな影響を与えることがあります。腕や手のむくみが持続することで、衣服の着脱や家事、仕事など、日常的な活動が制限されることがあります。また、外見的な変化や持続的な違和感は、心理的なストレスや不安を引き起こすこともあります。

そのため、乳がん術後の患者には、リンパ浮腫のリスクを正しく理解し、早期に対策を講じることが重要です。また、家族や医療スタッフとの連携を通じて、適切なサポートを受けることも不可欠です。

8. 結論

乳がん術後のリンパ浮腫は、患者の生活の質に影響を与える合併症ですが、適切な管理と予防策を講じることで、そのリスクを低減し、症状をコントロールすることが可能です。早期の診断と治療が重要であり、圧迫療法や運動療法を中心とした保存的治療が主に行われます。また、患者自身がリスクを理解し、自己管理を行うことが、リンパ浮腫の予防と治療の成功に寄与します。

以上2024年10月作成


リンパ浮腫
1.定義
リンパ浮腫は,何らかの原因によりリンパの流れが阻害され,高濃度のたんぱく質を含んだ組織液が組織間に貯留した状態のことであり,「an external (or internal) manifestation of lymphatic system insufficiency and deranged lymph transport」と国際リンパ学会で定義されている1)。

2.病態生理
人間のからだの60~70%は水分であり,細胞内と細胞外に2対1の割合で分布している。その細胞外液は血液,組織間液,リンパ液に分類される。毛細血管の動脈側から漏出した水分,たんぱく質,電解質は,大半は毛細血管の静脈側に吸収されるが,一部はリンパ管に吸収され,リンパ流として静脈へ還流する。このたんぱく質に富んだ体液がリンパ液である。リンパ管が機械的または機能的に閉塞したり狭窄したりするとリンパ流は停滞し,リンパ管内に吸収できなかったたんぱく質が組織間に貯留する。その結果,浸透圧により血管内の水分が組織間隙に引き込まれ,浮腫を形成する。これがリンパ浮腫の実態である(図2-●)。
(リンパ浮腫の病態のイラスト新規作成して挿入。下図は参考図)

図2-●リンパ浮腫の病態
(A) 正常 (B) 浮腫 (C) リンパ浮腫

(A)組織間隙からの水分の回収は静脈が90%,リンパ管が10%を担っている。
(B)余剰となった水分が正常に回収されず,組織間隙にたまっている状態を浮腫という。
(C)組織で余剰となったたんぱく質と水分が正常に回収されず,高たんぱく性の体液が組織間隙に貯留している状態をリンパ浮腫という。

3.原因疾患
リンパ浮腫は,原発性と続発性に分類される。前者は原因が明らかでない特発性と遺伝子異常に伴う先天性とに分かれる。後者はリンパ管の炎症や,腫瘍の浸潤,手術などによるリンパ流のうっ滞が原因となって浮腫が生じるもので,様々な原因疾患がある。内分泌疾患では甲状腺機能低下症,クッシング症候群などがある。
全世界的にはフィラリア症(蠕動によって動く寄生蠕虫(ぜんちゅう)フィラリアの感染症)の占める割合が多いが,先進国ではがんの治療のための手術(リンパ節郭清術)や放射線照射に伴うリンパ浮腫が多い。

4.程度・分類
国際リンパ学会では,皮膚の状態によりリンパ浮腫を下記のように4つの病期に分類している。そのほか,片側性のリンパ浮腫に対しては左右差の程度による分類がある1)。

0 期 リンパ液の輸送に障害が見られるが,浮腫が明らかでない無症候性の状態
Ⅰ期 たんぱく成分が多い組織間液の貯留が見られるが,初期であり,四肢の挙上により症状が消失する。圧痕がみられることもある
Ⅱ期         (Ⅱ期後期) 四肢を挙上しただけでは組織の腫脹が改善しなくなり,圧痕が明瞭になる    (組織の線維化を伴い,圧痕が消失する)
Ⅲ期 圧痕を伴わないリンパ液うっ滞性象皮病のほか,表皮肥厚,脂肪沈着などの皮膚変化も伴うようになる

5.治療・対処法

1リンパ浮腫の予防
リンパ浮腫は一度発症すると完治が困難であるが,発症前すなわち0期の段階での適切なリスク管理は発症の予防効果があることが知られている。リンパ浮腫発症のリスクとなる腋窩リンパ節郭清手術あるいは腋窩照射を受けた患者に対しては,①リンパ浮腫の原因と病態,②発症した場合の治療選択肢の概要,③日常生活上の注意,④肥満,感染の予防,などを網羅して個別に指導を行うことが重要である。

1リンパ浮腫発症後の治療
リンパ浮腫の発症後(I期以降)は,複合的理学療法が重要であるが,引き続き前述の日常生活での予防対策も併用していく必要がある。リンパ浮腫に対する治療は,複合的理学療法に日常生活上の注意を含めて「複合的理学療法を中心とする保存的治療」と呼ばれるようになっている。
1) 複合的理学療法
①用手的リンパドレナージ
皮膚表面の浮腫液が深部のリンパ系にドレナージされるよう促すマッサージのことである。からだの末梢側から中枢側に向かって,手のひらを皮膚に密着させて表皮をずらすような感覚で行う。強く揉むと炎症が起こったり皮膚を傷つけたりすることがあるため,優しく軽く行うことが重要である。正しいドレナージ法の患者指導が重要である。
② 圧迫療法
目的は,リンパドレナージにより細くなった患部を細いままに維持することである。外から圧を加えることにより,組織間に漏出してくるリンパ液の圧に対抗する。これには,弾性ストッキング・アームスリーブの着用や,弾性包帯によるバンデージが必要になる。日常生活でも使用していくため,適切な圧で使用することが重要である。
③ 圧迫した状態での患肢の運動
患側を安静に保つのではなく,弾性ストッキング着用やバンデージをした状態で,無理のない範囲内で適切な運動を行うことがリンパ流の促進のため重要である。
④ 患肢の清潔
皮膚の清潔と保湿を保つことが感染の予防となる。
リンパ浮腫の際に最も気をつけるべき感染は蜂巣炎(ほうそうえん)である。リンパ浮腫の状態では組織間にたんぱく質と水分が過剰に貯留し循環が悪化しており,わずかな細菌が侵入しただけでも繁殖しやすい環境となっている。細菌が四肢に広がり強い炎症が起こることで,血管壁の透過性が亢進し,さらに浮腫が悪化する。皮膚の発赤,腫脹,疼痛を認め,発熱を伴うこともある。蜂巣炎の治療では患肢の挙上と冷却,抗菌薬の投与を行う。再発が多いため,十分な抗菌薬治療が必要である。

以上のように,治療の基本は保存的治療であるが,悪化を防止できず象皮症になってしまった場合や保存的治療抵抗性で日常生活に支障がある場合は,外科的治療(リンパ管静脈吻合術など)を考慮する。