乳がん術後のリンパ浮腫(2)
乳がん術後のリンパ浮腫について
1. はじめに
乳がんは女性において最も多く診断されるがんの一つであり、早期発見と治療により多くの患者が回復しています。しかし、乳がんの手術や放射線治療に伴い、術後の合併症としてリンパ浮腫が発生することがあります。リンパ浮腫は、リンパ液の循環不全により、主に腕や手がむくむ状態を指します。本稿では、乳がん術後のリンパ浮腫について、その原因、症状、診断、治療法、予防方法、そして生活への影響について詳しく説明します。
2. リンパ浮腫の原因
乳がん治療の過程で、乳房近くのリンパ節を切除したり、放射線治療が行われることがあります。これにより、リンパ系が損傷され、リンパ液の正常な流れが阻害されることがあります。リンパ節は、身体の免疫機能を支える重要な役割を果たしており、リンパ液は体内の老廃物や病原体を運搬する役割を担っています。リンパ節の損傷や除去は、このリンパ液の流れを滞らせ、結果としてリンパ浮腫が生じることがあります。
乳がん手術においては、特に腋窩リンパ節(わきの下にあるリンパ節)の摘出が行われる場合が多く、この部位は腕や手のリンパ液の流れを制御しています。そのため、腋窩リンパ節の摘出や損傷が、腕や手のリンパ浮腫の主要な原因となります。また、放射線治療によるリンパ管やリンパ節の損傷もリンパ浮腫のリスクを高める要因です。
3. 症状
リンパ浮腫は、初期には軽度の腫れや違和感から始まり、徐々に症状が進行することがあります。典型的な症状には以下のものが含まれます。
- 腕や手の腫れ
- 重さやだるさの感覚
- 腕や手の皮膚の硬化
- 疼痛や圧痛
- 関節の動きが制限されること
- 皮膚の感染(蜂窩織炎)
これらの症状は、リンパ液の蓄積が進むことで悪化し、日常生活における活動や動作に影響を与えることがあります。放置すると、症状が不可逆的になることもあり、早期の発見と適切な管理が重要です。
4. 診断
リンパ浮腫の診断は、患者の症状や既往歴、特に乳がん治療歴を基に行われます。医師は、腕や手の外観や感触、腫れの程度を観察し、必要に応じて画像診断を行うこともあります。以下の診断方法が一般的です。
- 触診:医師が患部を触診して腫れや硬さを確認します。
- 体積測定:腕や手の周囲を計測して腫れの程度を定量的に評価します。
- リンパ管造影:リンパ系の状態を詳しく調べるため、造影剤を用いた画像検査が行われることがあります。
また、リンパ浮腫はしばしば他の疾患と区別が難しいため、血栓や感染症などの他の原因がないか確認することも重要です。
5. 治療法
リンパ浮腫の治療は、完全に治癒させることは難しいものの、症状を管理し、進行を抑えることが主な目的となります。以下の治療法が一般的に用いられます。
5.1 保存的治療
保存的治療は、症状を緩和し、リンパ液の流れを促進することを目的とします。
- 圧迫療法(コンプレッション療法):弾性スリーブや弾性包帯を使用して、リンパ液の流れを促進し、腫れを軽減します。圧迫療法はリンパ浮腫治療の基本であり、患者の状態に応じて個別に調整されます。
- リンパドレナージュ:専門の理学療法士による手技療法で、リンパ液を手動で排出するマッサージ技術です。これは、リンパ液の流れを手助けし、腫れを軽減する効果があります。
- 運動療法:リンパの流れを促進するための軽い運動も有効です。筋肉を使うことで、リンパ液の循環が改善されます。特に、水中運動は関節への負担が少なく、効果的です。
- スキンケア:感染を防ぐために、皮膚を清潔に保ち、保湿を行うことが重要です。リンパ浮腫は皮膚感染症のリスクが高まるため、適切なスキンケアが不可欠です。
5.2 外科的治療
重度のリンパ浮腫の場合、外科的治療が検討されることがあります。外科的治療の選択肢には以下のものがあります。
- リンパ管バイパス手術:損傷したリンパ管の流れを改善するために、リンパ液を新しい経路に流す手術です。
- リンパ節移植手術:他の部位から健康なリンパ節を移植する手術で、リンパ液の排出を改善します。
- 脂肪吸引:慢性的なリンパ浮腫では脂肪組織が過剰に蓄積することがあり、これを除去するための手術が行われることがあります。
6. 予防
リンパ浮腫は完全に予防することが難しいものの、リスクを低減するための対策があります。特に、乳がん術後の患者には以下の予防策が推奨されます。
- 重い荷物を避ける:術後は腕や手に過度な負荷をかけないようにすることが重要です。重い荷物を持ち上げることや激しい運動は避け、適切なリハビリテーションを行います。
- 感染予防:傷口や皮膚の保護を徹底し、虫刺されや怪我を避けることが大切です。感染が起こるとリンパ浮腫が悪化するリスクがあります。
- 定期的な運動:適度な運動はリンパ液の循環を促進し、腫れの予防に役立ちます。特に、ストレッチや水泳などの運動は効果的です。
- 圧迫衣の使用:術後早期から圧迫衣を使用することで、リンパ浮腫のリスクを低減することが示されています。
7. 生活への影響
リンパ浮腫は、患者の日常生活に大きな影響を与えることがあります。腕や手のむくみが持続することで、衣服の着脱や家事、仕事など、日常的な活動が制限されることがあります。また、外見的な変化や持続的な違和感は、心理的なストレスや不安を引き起こすこともあります。
そのため、乳がん術後の患者には、リンパ浮腫のリスクを正しく理解し、早期に対策を講じることが重要です。また、家族や医療スタッフとの連携を通じて、適切なサポートを受けることも不可欠です。
8. 結論
乳がん術後のリンパ浮腫は、患者の生活の質に影響を与える合併症ですが、適切な管理と予防策を講じることで、そのリスクを低減し、症状をコントロールすることが可能です。早期の診断と治療が重要であり、圧迫療法や運動療法を中心とした保存的治療が主に行われます。また、患者自身がリスクを理解し、自己管理を行うことが、リンパ浮腫の予防と治療の成功に寄与します。
以上2024年10月作成
リンパ浮腫
1.定義
リンパ浮腫は,何らかの原因によりリンパの流れが阻害され,高濃度のたんぱく質を含んだ組織液が組織間に貯留した状態のことであり,「an external (or internal) manifestation of lymphatic system insufficiency and deranged lymph transport」と国際リンパ学会で定義されている1)。
2.病態生理
人間のからだの60~70%は水分であり,細胞内と細胞外に2対1の割合で分布している。その細胞外液は血液,組織間液,リンパ液に分類される。毛細血管の動脈側から漏出した水分,たんぱく質,電解質は,大半は毛細血管の静脈側に吸収されるが,一部はリンパ管に吸収され,リンパ流として静脈へ還流する。このたんぱく質に富んだ体液がリンパ液である。リンパ管が機械的または機能的に閉塞したり狭窄したりするとリンパ流は停滞し,リンパ管内に吸収できなかったたんぱく質が組織間に貯留する。その結果,浸透圧により血管内の水分が組織間隙に引き込まれ,浮腫を形成する。これがリンパ浮腫の実態である(図2-●)。
(リンパ浮腫の病態のイラスト新規作成して挿入。下図は参考図)
図2-●リンパ浮腫の病態
(A) 正常 (B) 浮腫 (C) リンパ浮腫
(A)組織間隙からの水分の回収は静脈が90%,リンパ管が10%を担っている。
(B)余剰となった水分が正常に回収されず,組織間隙にたまっている状態を浮腫という。
(C)組織で余剰となったたんぱく質と水分が正常に回収されず,高たんぱく性の体液が組織間隙に貯留している状態をリンパ浮腫という。
3.原因疾患
リンパ浮腫は,原発性と続発性に分類される。前者は原因が明らかでない特発性と遺伝子異常に伴う先天性とに分かれる。後者はリンパ管の炎症や,腫瘍の浸潤,手術などによるリンパ流のうっ滞が原因となって浮腫が生じるもので,様々な原因疾患がある。内分泌疾患では甲状腺機能低下症,クッシング症候群などがある。
全世界的にはフィラリア症(蠕動によって動く寄生蠕虫(ぜんちゅう)フィラリアの感染症)の占める割合が多いが,先進国ではがんの治療のための手術(リンパ節郭清術)や放射線照射に伴うリンパ浮腫が多い。
4.程度・分類
国際リンパ学会では,皮膚の状態によりリンパ浮腫を下記のように4つの病期に分類している。そのほか,片側性のリンパ浮腫に対しては左右差の程度による分類がある1)。
0 期 リンパ液の輸送に障害が見られるが,浮腫が明らかでない無症候性の状態
Ⅰ期 たんぱく成分が多い組織間液の貯留が見られるが,初期であり,四肢の挙上により症状が消失する。圧痕がみられることもある
Ⅱ期 (Ⅱ期後期) 四肢を挙上しただけでは組織の腫脹が改善しなくなり,圧痕が明瞭になる (組織の線維化を伴い,圧痕が消失する)
Ⅲ期 圧痕を伴わないリンパ液うっ滞性象皮病のほか,表皮肥厚,脂肪沈着などの皮膚変化も伴うようになる
5.治療・対処法
1リンパ浮腫の予防
リンパ浮腫は一度発症すると完治が困難であるが,発症前すなわち0期の段階での適切なリスク管理は発症の予防効果があることが知られている。リンパ浮腫発症のリスクとなる腋窩リンパ節郭清手術あるいは腋窩照射を受けた患者に対しては,①リンパ浮腫の原因と病態,②発症した場合の治療選択肢の概要,③日常生活上の注意,④肥満,感染の予防,などを網羅して個別に指導を行うことが重要である。
1リンパ浮腫発症後の治療
リンパ浮腫の発症後(I期以降)は,複合的理学療法が重要であるが,引き続き前述の日常生活での予防対策も併用していく必要がある。リンパ浮腫に対する治療は,複合的理学療法に日常生活上の注意を含めて「複合的理学療法を中心とする保存的治療」と呼ばれるようになっている。
1) 複合的理学療法
①用手的リンパドレナージ
皮膚表面の浮腫液が深部のリンパ系にドレナージされるよう促すマッサージのことである。からだの末梢側から中枢側に向かって,手のひらを皮膚に密着させて表皮をずらすような感覚で行う。強く揉むと炎症が起こったり皮膚を傷つけたりすることがあるため,優しく軽く行うことが重要である。正しいドレナージ法の患者指導が重要である。
② 圧迫療法
目的は,リンパドレナージにより細くなった患部を細いままに維持することである。外から圧を加えることにより,組織間に漏出してくるリンパ液の圧に対抗する。これには,弾性ストッキング・アームスリーブの着用や,弾性包帯によるバンデージが必要になる。日常生活でも使用していくため,適切な圧で使用することが重要である。
③ 圧迫した状態での患肢の運動
患側を安静に保つのではなく,弾性ストッキング着用やバンデージをした状態で,無理のない範囲内で適切な運動を行うことがリンパ流の促進のため重要である。
④ 患肢の清潔
皮膚の清潔と保湿を保つことが感染の予防となる。
リンパ浮腫の際に最も気をつけるべき感染は蜂巣炎(ほうそうえん)である。リンパ浮腫の状態では組織間にたんぱく質と水分が過剰に貯留し循環が悪化しており,わずかな細菌が侵入しただけでも繁殖しやすい環境となっている。細菌が四肢に広がり強い炎症が起こることで,血管壁の透過性が亢進し,さらに浮腫が悪化する。皮膚の発赤,腫脹,疼痛を認め,発熱を伴うこともある。蜂巣炎の治療では患肢の挙上と冷却,抗菌薬の投与を行う。再発が多いため,十分な抗菌薬治療が必要である。
以上のように,治療の基本は保存的治療であるが,悪化を防止できず象皮症になってしまった場合や保存的治療抵抗性で日常生活に支障がある場合は,外科的治療(リンパ管静脈吻合術など)を考慮する。
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乳房線維腺腫
乳房線維腺腫(Fibroadenoma of the breast)は、主に若年女性に多く見られる良性の乳腺腫瘍です。この腫瘍は、乳腺の線維組織と腺組織が混合して成長したもので、通常は単一で発生し、硬くて滑らかで、移動性のある塊として触知されます。以下では、乳房線維腺腫の特徴、原因、診断、治療、および予後について詳しく説明します。
1. 乳房線維腺腫の特徴
乳房線維腺腫は、最も一般的な良性の乳房腫瘍の一つであり、特に10代後半から30代にかけての若い女性に多く発生します。これらの腫瘍は通常、1~2センチメートル程度の大きさですが、時には5センチメートル以上の大きさに成長することもあります(巨大線維腺腫と呼ばれます)。乳房線維腺腫は多くの場合、痛みを伴わず、偶然に触診で発見されることが一般的です。典型的には、乳房内で自由に動く、滑らかなゴム状の硬さを持った塊として感じられます。
腫瘍の成長速度は個々の患者によって異なり、一部の腫瘍は短期間で大きくなることがありますが、ほとんどの場合はゆっくりとした成長を示します。加えて、線維腺腫は、ホルモンの変動、特にエストロゲンの影響を受けやすいことが知られています。そのため、妊娠中や月経周期の前に一時的に大きくなることがあり、閉経後にはしばしば縮小します。
2. 乳房線維腺腫の原因
乳房線維腺腫の正確な原因は明確ではありませんが、ホルモン、特にエストロゲンが重要な役割を果たしていると考えられています。エストロゲンは乳腺組織の成長を促進するホルモンであり、これが異常に反応して線維腺腫が形成されるとされています。また、乳房線維腺腫は、遺伝的な要因も関与している可能性が示唆されています。家族歴がある場合、特に母親や姉妹に同じような腫瘍が見られる場合、発症のリスクが高くなる傾向があります。
3. 乳房線維腺腫の診断
乳房線維腺腫の診断は、以下のような複数の方法で行われます。
触診
患者自身が乳房の自己検診でしこりを発見することが多いです。医師による触診では、滑らかで移動性のある塊が確認されます。触診だけで良性か悪性かを判断することは難しいため、追加の検査が必要となります。
画像診断
乳腺超音波検査(エコー)は、線維腺腫の診断において最も一般的に使用される画像検査です。超音波検査では、腫瘍が境界が明瞭で均一な内部構造を持つことが多いため、悪性腫瘍との鑑別に役立ちます。また、マンモグラフィーも用いられることがありますが、若い女性の乳房は高密度であるため、超音波の方が有用である場合が多いです。
生検
画像診断で良性であると判断されても、腫瘍が大きかったり、急速に成長したりする場合には、確定診断のために生検(細胞や組織を採取して顕微鏡で観察する検査)が行われることがあります。針生検や穿刺吸引細胞診(FNA)が一般的で、これにより良性か悪性かを確認します。
4. 治療
乳房線維腺腫は良性腫瘍であり、がん化するリスクが極めて低いため、特別な治療が不要な場合が多いです。ただし、腫瘍の大きさや成長速度、患者の不安感に応じて、治療が考慮されることもあります。治療法には以下のような選択肢があります。
経過観察
多くの乳房線維腺腫は時間とともに変化がなく、特に症状がない場合や腫瘍が小さい場合は、定期的な検診による経過観察が推奨されます。患者が定期的に自己検診を行い、腫瘍のサイズや形状に変化がないか確認することが重要です。医師の診察や画像検査も定期的に行われます。
外科的切除
腫瘍が大きくなり続けたり、患者が不快感を訴えたりする場合、または診断に不確実性がある場合には、外科的に腫瘍を切除することが選択されることがあります。切除手術は、腫瘍を完全に取り除くための確実な方法です。特に巨大線維腺腫や、年齢が若い患者で成長を続ける腫瘍に対しては、切除が検討されることが一般的です。
低侵襲治療
最近では、乳房線維腺腫に対する低侵襲治療も注目されています。例えば、冷凍凝固療法(クリオアブレーション)は、腫瘍を低温で凍結し、破壊する方法です。これは手術よりも侵襲性が低く、傷跡も残りにくいため、特に美容的な観点から有用とされています。ただし、すべての患者に適用できるわけではなく、腫瘍の大きさや位置に応じて選択されます。
5. 予後とフォローアップ
乳房線維腺腫は良性の腫瘍であり、がん化するリスクは非常に低いとされています。稀に「複雑性線維腺腫」と呼ばれる形態の腫瘍があり、これは標準的な線維腺腫よりもややリスクが高いとされていますが、それでも乳がんに進行する可能性は非常に低いです。
ただし、患者の不安感を軽減するためにも、定期的な検診や自己検診を継続することが推奨されます。特に閉経後に発症した腫瘍や、急速に成長する腫瘍、痛みを伴う腫瘍については、より注意深いフォローアップが必要です。また、線維腺腫が多発する場合や、家族歴がある場合は、将来的なリスクを評価するために、専門医の診察を受けることが推奨されます。
6. 線維腺腫と乳がんの関連性
線維腺腫は良性腫瘍であるため、基本的には乳がんとの直接的な関連はありません。しかし、一部の研究では、複雑性線維腺腫や家族性の乳がんリスクが高い場合において、若干の乳がんリスク増加が指摘されています。このため、乳房線維腺腫の患者でも、特に乳がんのリスク因子がある場合は、定期的なマンモグラフィーや乳がんスクリーニングが推奨されることがあります。
結論
乳房線維腺腫は、良性の乳腺腫瘍として広く知られており、特に若年女性に多く発生します。原因はホルモンの影響や遺伝的要因と関連があると考えられており、多くの場合、痛みを伴わずに偶然発見されます。診断には触診、画像診断、生検が用いられ、治療は経過観察が一般的ですが、場合によっては外科的切除や低侵襲治療が検討されます。乳房線維腺腫は基本的に良好な予後を持ちますが、定期的なフォローアップが重要です。
以上、2024年10月
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1,乳腺線維腺腫
- 概念
線維腺腫は,間質結合織性成分と上皮性成分の過剰増殖による良性結節病変である。好発年齢は20〜30歳代で,乳がんより若年で生じる。通常は2〜3cmになると増殖が止まり,自然退縮するものもある。さらなる増大傾向を示すものは比較的少なく,その原因として,経口避妊薬や妊娠,ほかのホルモンの刺激があげられることもあるが,多くの場合明確な理由は不明である。線維腺腫の上皮成分から乳がんが発生するケースがまれにある。
- 症状・診断
症状は平滑で境界明瞭で可動性良好な腫瘤(しゅりゅう)の触知である。典型的な線維腺腫は,マンモグラフィーでは辺縁明瞭な腫瘤陰影として,超音波検査では境界明瞭で内部エコーが均一な腫瘤陰影として描出される。乳房超音波検査で悪性との鑑別を行うことが重要であるが,超音波ガイド下の針生検を行うと通常は確定診断が得られる。線維腺腫が疑われた場合に悪性を除外するため全例に針生検を行うのはovertreatment(過剰な検査)であるが,経過観察によって後日悪性と判明することもあるので,診断の線引きは臨床判断に患者希望を加味して行うことになる。
- 治療
線維腺腫の治療は基本的には不要であり経過観察を行うが,経過観察中に増大してきた場合や,病変が3cmを超えているような場合は,葉状腫瘍の可能性を除外する目的や,整容性のために切除生検(腫瘤摘出術)を行う。

The Okura Tokyo Aug. 2021
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乳房の葉状腫瘍について
乳房葉状腫瘍の治療について
乳房葉状腫瘍(Phyllodes tumor)は、乳房にできるまれな腫瘍で、乳腺の結合組織に由来するものです。この腫瘍は、良性、境界悪性(境界性)、悪性の3つのタイプに分類され、治療方針はこれらの分類に基づいて決定されます。葉状腫瘍は、他の一般的な乳房腫瘍とは異なり、急速に成長する特徴を持ち、特に悪性の場合には転移のリスクがあるため、早期の診断と治療が重要です。ここでは、乳房葉状腫瘍の治療について詳しく解説します。
1. 乳房葉状腫瘍の概要
乳房葉状腫瘍は、乳腺の結合組織から発生する腫瘍で、その名前は「葉」のような構造を持つことに由来しています。葉状腫瘍は、乳房に急速に増大する腫瘍として知られ、触診でしこりとして感じられることが多いです。乳房のしこりや腫れが現れることが多く、痛みは一般的にはないか、軽度です。
腫瘍の約85%は良性で、10~15%が境界性、5%が悪性とされています。良性腫瘍は転移しないことが多いですが、悪性腫瘍はまれに肺や骨などに転移することがあります。そのため、すべての葉状腫瘍において、適切な治療が求められます。
2. 診断方法
乳房葉状腫瘍の診断は、主に画像検査と病理検査を通じて行われます。以下が一般的な診断手順です。
- マンモグラフィー:しこりが疑われる場合、乳房のX線撮影で腫瘍の存在を確認します。マンモグラフィーは腫瘍の大きさや形を評価するために役立ちますが、葉状腫瘍は一般的な乳房腫瘍(例えば、乳腺線維腺腫)と外観が似ているため、確定診断には他の検査が必要です。
- 超音波検査:腫瘍の構造をより詳細に見るために使用され、葉状腫瘍は他の良性腫瘍と比べて内部に液体成分や異常な血流が見られることが特徴です。
- 針生検:腫瘍の性質を確認するために、細い針で腫瘍から組織を採取し、病理検査を行います。針生検は、腫瘍が良性か悪性かを判断するための重要なステップです。
3. 乳房葉状腫瘍の治療法
葉状腫瘍の治療法は、腫瘍のタイプ(良性、境界性、悪性)および腫瘍の大きさに基づいて決定されます。主な治療法は外科的切除ですが、腫瘍の性質によって追加治療が必要になる場合があります。
3.1 良性葉状腫瘍の治療
良性葉状腫瘍は、通常、外科的切除が標準治療となります。腫瘍は局所的に切除され、正常な組織との間に十分な安全マージンを持たせることが重要です。これは、腫瘍が再発するリスクを減らすためです。
- 乳房温存手術:腫瘍が小さい場合、乳房の一部を温存する手術が行われます。この手術は、乳房の見た目をできるだけ保ちながら腫瘍を取り除く方法です。
- 局所的な切除:腫瘍の再発リスクを考慮して、通常は腫瘍周囲の正常組織も一定の幅で切除されます。これは「マージンの確保」と呼ばれ、再発の予防に重要です。
3.2 境界性葉状腫瘍の治療
境界性葉状腫瘍は、良性と悪性の中間に位置するもので、再発や悪性化のリスクがあります。そのため、良性腫瘍よりも広範な切除が求められます。
- 乳房温存手術:可能な場合、境界性の腫瘍も乳房温存手術で治療されますが、腫瘍周囲に十分なマージンを確保することが重要です。
- 再発リスク:境界性葉状腫瘍は再発リスクがあるため、術後の定期的なフォローアップが必要です。再発が確認された場合には、再手術が行われることがあります。
3.3 悪性葉状腫瘍の治療
悪性葉状腫瘍は、他の部位に転移する可能性があるため、より積極的な治療が必要です。悪性腫瘍では、腫瘍の再発や転移を防ぐために、より広範な切除が行われる場合があります。
- 乳房切除術:腫瘍が大きかったり、再発のリスクが高い場合、乳房全体を切除する全乳房切除術が選択されることがあります。全乳房切除術は、腫瘍の再発リスクを最小限に抑えるための治療法です。
- 化学療法や放射線療法:悪性葉状腫瘍では、特に腫瘍が大きい場合や転移が疑われる場合、化学療法や放射線療法が追加されることがあります。ただし、化学療法や放射線療法は葉状腫瘍に対しては標準的な治療とはされておらず、個々の症例に応じて検討されます。
- 再発リスク:悪性葉状腫瘍は再発や転移のリスクがあるため、術後の定期的な検査やモニタリングが不可欠です。再発した場合は、さらなる外科的治療や化学療法が必要になることがあります。
4. 術後のフォローアップと予後
葉状腫瘍の治療後は、再発を早期に発見するために、定期的なフォローアップが必要です。フォローアップでは、マンモグラフィーや超音波検査が行われ、腫瘍の再発や新しい異常の有無を確認します。特に、境界性や悪性の葉状腫瘍の場合、再発リスクが高いため、慎重な経過観察が求められます。
- 良性葉状腫瘍の予後:良性腫瘍の場合、適切に切除された場合には予後は非常に良好です。ただし、再発リスクは完全にはゼロではないため、フォローアップは継続的に行われます。
- 境界性・悪性葉状腫瘍の予後:境界性や悪性腫瘍は、再発や転移のリスクがあるため、より厳密なモニタリングが必要です。悪性葉状腫瘍の転移はまれですが、肺や骨などに転移することがあるため、注意が必要です。
まとめ
乳房葉状腫瘍は比較的まれな腫瘍で、良性から悪性まで幅広い性質を持ちます。治療の中心は外科的切除であり、腫瘍の種類や大きさに応じて、乳房温存手術や全乳房切除術が選択されます。再発や転移のリスクがあるため、術後の定期的なフォローアップが重要です。
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乳房葉状腫瘍は比較的乳房のまれな腫瘍で、全乳房腫瘍の1%未満とされています。葉状という名前は、腫瘍細胞が葉っぱのような構造をとって増殖することに由来しています。かつては葉状肉腫とも呼ばれていましたが、これは乳癌系統の腫瘍(上皮系の腫瘍)ではなく、肉腫系(間葉系の腫瘍)の腫瘍であることを意味しています。大部分の葉状腫瘍は①良性と考えられており、稀に②悪性の葉状腫瘍があります。一部はその両者の中間(ボーダーライン)に位置すると考えられ、③ボーダーダイン病変と表現されます。①、②、③のいずれの病変も比較的早く増殖し、いずれも手術(腫瘍を切除すること)が必要と考えられています。葉状腫瘍はどの年齢にも起きることがありますが、40代の女性に最も多く、良性はものは若い年代、悪性の腫瘍は、年配の方に多いという特徴があります。
葉状腫瘍の特徴の特徴をもう少し掘り下げて記述します。葉状腫瘍の病理組織学的な特徴は、上皮系細胞と間葉系細胞のそれぞれの成分の増殖がみられることです。それらは前述のように良性、境界病変、悪性と病理組織学的に分類されてきました。しかし乳がんと違ってこのような病理診断は必ずしも転移、再発の診断の確実な予測につながりません。悪性と診断されていないのに、臓器転移をきたしたりする場合があるからです。治療の原則は完全な外科切除(腫瘍を確実に切除すること)です。通常は1cmの余裕を持って腫瘍を完全切除します。通常は乳房の部分的な切除が行われます。しかしながら、局所再発率が高く、また悪性葉状腫瘍の20%程度が肺などに血行性転移をきたします。再発のリスクファクターとして、不十分な外科切除、間質の細胞増殖や異型性などが指摘されています。放射線や薬物療法の効果は明確でなく、術後の補助療法としては日常の臨床では勧められていません。なお男性の発症は極めて稀です。
◆葉状腫瘍治療のポイント
A 病理診断(良性、境界病変、悪性)と患者さんの術後経過(予後)に不一致が見られ、病態の解釈が難しい。
B 1cmの余裕を持って腫瘍を完全に切除することが治療の原則
C 臓器転移をきたす可能性があるのは、悪性または境界病変と診断された場合
D 薬物療法、放射線の役割は限定的である(臨床試験以外では術後補助療法としては行わない)
E 線維腺腫(乳房の頻度の高い良性腫瘤)との鑑別が術前には困難な場合もあり、その際は切除により最終診断を確定させる場合もある

葉状腫瘍のマンモグラフィー写真

葉状腫瘍の造影MRI写真
葉状腫瘍について
葉状腫瘍は楕円形のやわらかい腫瘍で、2~3ヶ月単位で比較的速く大きくなることを特徴としています。触診所見、超音波所見、マンモグラフィー所見はいずれも良性腫瘍の線維腺腫と酷似しており、診断は病理組織検査(切除または針生検)に基づきます。30代~40代の女性に好発しますが、必ずしも年齢は限定されていません。葉状腫瘍は乳腺組織を構成する上皮細胞と間質細胞のうち間質細胞から発生します。ちなみに上皮細胞が悪性化すれば乳癌であり、間質細胞が悪性化すれば肉腫となります。このため葉状腫瘍は肉腫の系統に属します。(かつては葉状肉腫と呼ばれていました) 葉状腫瘍は病理組織所見により悪性葉状腫瘍、ボーダーライン葉状腫瘍、良性葉状腫瘍の3つに分類されます。

虎の門病院(旧病院が更地になりました)
治療について外科手術が基本になります。乳癌と違って放射線、ホルモン療法は無効であり、抗癌剤治療にも限られた効果しかありません。このため初回治療は通常手術による腫瘍の完全切除が原則となります。全身麻酔で手術を行い4日程度の入院が平均的な経過となります。術後の後遺症はほとんどありません。葉状腫瘍全体でみると95%以上の人が治癒するため、治癒率が75-80%程度の乳癌と比較するとかなりたちの良い病気といえます。
遠隔再発について葉状腫瘍をすべて含めると(良性、ボーダーライン、悪性)5%以下の確率で肺などに遠隔再発(致命的になる)します。いわゆる悪性葉状腫瘍と診断された場合は20%程度の方が遠隔再発します。一方ボーダーライン葉状腫瘍もまれに遠隔再発するため必ずしも良性とは言い切れないため、このように命名されています。このように葉状腫瘍は比較的たちの良い病気ですが、例外があるため必ずしも安心できないところがあります。遠隔再発と診断されてからの平均生存期間は2年6ヶ月です。
局所再発について最終的に葉状腫瘍の約20%が局所再発します。初回治療から局所再発までは平均2年程度と報告されています。またリンパ節に転移することはまれであるため、リンパ節を切除する手術は行いません。このため完全な局所切除が初回治療の原則となります。(腫瘍が大きければ乳房全摘手術が必要となることもあります。)局所再発は通常再手術により治療可能(治癒する可能性も高い)ですが、局所再発が遠隔再発の引き金になる可能性も完全には否定できないため、初回手術での腫瘍の完全切除が重要と考えられています。
(虎の門病院・乳腺内分泌外科 2019年5月)

From The Okura Tokyo, adjacent to Toranomon Hospital. The Olympic Games are being held. August 2021
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乳がん患者会のお知らせ(虎の門病院)
虎の門病院 乳がん患者会のお知らせ
患者会参加ご希望の方は、虎の門病院のがん相談窓口に御連絡ください。
また最新情報は病院公式ホームページのお知らせからご確認ください。
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SU2C’s PI3K Pathway Dream Team
Stand Up To Cancerが支援するPI3K経路解明のためのアメリカを中心としたドリームチーム(PI3K Dream Teamで検索するとアクセスできます)のお話です。今、乳癌の研究で最も注目を浴びている領域ですが、施設横断的なドリームチームを、募金を通じてみんなで支援しているという構図です。この領域の超一流の研究者がその意義を語りかけています。
Stand Up To Cancer (SU2C) とは
メテ゛ィア、エンターテーメント、慈善事業のそれぞれのリーダー(かつてガンにかかった方)によって設立されたEntertainment Industry Foundation (EIF) の慈善プログラムです。
(Aug.31,2012,in TOKYO)
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PI3K経路とは
通常、細胞の生存・増殖と、タンパク質合成を促進する経路です。この経路が遺伝子異常により活性化されると、腫瘍の増殖、癌を誘発する他経路との連携、治療抵抗性の獲得などの原因となります。乳癌ではホルモン療法やHER2療法に対する抵抗性の獲得に大きな役割を果たしており、この経路をコントロールすることで治療の大きな進展が期待されています。
2010 年12月にサンアントニオ(USA)で開催された国際会議のトピックスから(今回の会議で最も注目を集めた2つのテーマから)
<1>dual blockade effective
HER2シグナル伝達経路を複数の方法でブロックする方が、単独のブロックより有効だということで、具体的にはトラスツヅマブ+ラパチニブ>トラスツヅマブ あるいはトラスツヅマブ+pertuzumab>トラスツヅマブということが見えてきたということです。これらはいずれも高額の分子標的治療薬ですが、HER2シグナル伝達経路の完全ブロックという方法を当面は目指して研究が進むと思われます。(GEPARQUINTO Trial, Neo-ALTTO Trial, NEOSPHERE Trial)
<2>Azure trial : Negative Results
オーストリアのトライアル(ABCSG-12、1800名の患者さんが参加)の結果でゾメタの再発抑制効果が報告され、非常に期待されていましたが、さらに大規模な3360名の試験結果(Azure trial)では効果が否定されました。詳細なデータ解析はこれからですが、ゾメタを術後補助療法として使うことはまだまだ研究段階であることがわかりました。
<The Z0011 trialについて>
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ASCO論文(2011年2月9日)
Axillary Dissection vs No Axillary Dissection in Women With Invasive Breast Cancer and Sentinel Node Metastasis JAMA. 2011;305(6):569-575
昨年ASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)で注目された試験結果が2011年2月9日論文として発表され注目されています。
試験の概要:センチネルリンハ゜節生検で1~2個の転移を認めた患者さん(乳房温存手術+放射線照射例)のリンハ゜節郭清を行っても再発率、生存率の改善に貢献しないという話です
以下は同僚との私的なメールからの引用です
The Z0011 trialは、腋窩転移リンパ節を放置しても、生命予後に影響を与えないかどうかというOncologyの長年の命題に正面から挑んだわけではなく、乳房照射により、下部腋窩が照射野に含まれ、またn(+)ということで、術後補助治療が施行される群の患者には腋窩郭清を省略できるかというpractical な問いに答えを出そうとした試験です。
noninferiority を証明するために1900例の登録と、500例のevents が必要とされています。しかしながら、症例集積が進まず900例で打ち切りになっています(94 events)。この状況でこのデータをどう解釈して、実臨床につなげるかの問題だと思います。(1)術中判断でかなり転移がありそうな症例は腋窩郭清を行う、(2)術中迅速診断で(-)だったが、あとで(+)と判明した程度の症例はそのまま郭清を行わないという対応はコンセンサスが得やすいと思われます。
その他をどうするかということになると思います。個人的には、術中センチネル陽性と出た場合、迅速診での転移の程度、手術所見、腫瘍径、癌のサブタイプ、術前化学療法の有無、本人の体型などを考慮して、リンパ節のサンプリング追加(数個)~下部腋窩郭清~レベル1郭清~レベル1,2郭清という段階的な対応をしています。(現実問題としてサンプリングを追加してもmorbidityに有意な差はないように思います)
The Z0011 trialが不十分なstudyだったため、センチネル+でも生検のみで終わらせることはせず、(術中に判明しているなら)サンプリングあるいはそれ以上の追加手術を加える流れが当面続くと思います。臨床経験の蓄積、cancer biologyの理解、薬物療法の進歩,さらに画像診断、照射技術の進歩が加わり、バランスのとれた腋窩治療がわかってくると考えています。臨床を変えていく重要なtrialだとは思いますが、現場の変化はそれほどdrasticではないと思います。
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非浸潤性乳管癌に対する乳房温存療法の妥当性について
In conclusion, we believe that these long-term findings of NSABP B-17 and B-24 demonstrate that lumpectomy and adjuvant therapies are effective modalities for the treatment of DCIS. It is highly likely that current breast imaging practices, improvements in margin assessments, and advances in adjuvant treatments will continue to reduce the incidence of invasive recurrences after DCIS.
非浸潤性乳管癌の2つの大規模な臨床試験の結果が発表されました(the Journal of the National Cancer Institute 2011年3月16日号)非浸潤性乳管癌の治療として乳房温存療法の妥当性があらためて証明されたと言える結果でした。
(Dec.11,2010,in San Antonio)
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非浸潤性乳がん(0期の乳癌)とその治療
非浸潤性乳管癌について
《以前は乳房切除が中心》
0期は、まだがんが乳管内にとどまっている非浸潤がんです。シコリとして触れることは比較的少なく、マンモグラフィで「微細石灰化」として発見されたり、超音波検査でごく小さな腫瘤として発見され、生検でがんと診断されたものが中心です。 つまり、0期は超早期のがん。浸潤がんでも乳房温存療法ができるのですから、非浸潤がんなら乳房温存療法は当然で、もっと小さな手術でも治るのではないか、と考える人が多いのではないでしょうか。
ところが、浸潤がんに乳房温存療法が導入された後も、0期の乳がんはむしろ乳房を切除する乳房切除術が一般的だったのです。非浸潤がんは、まだ乳管の外には出ていませんが、そのかわり乳管内に病変が広く分布していることが多く、がんの部位を局所的に切除する乳房温存療法では取り残しの危険がある、と考えられていました。 これまでの経験から、非浸潤がんを取り残した場合、その半数は浸潤がんとして再発してきます。もちろん、発見された時点でまた手術をするなど治療を行えば、その多くは治ります。しかし、乳房切除術で取ってしまえば確実に治るがんで、万が一命を落とすようなことがあってはならないと考え、乳房温存の慎重論が強かったのです。

非浸潤性乳がん(非浸潤性乳管癌) 病理写真(HE染色)
《センチネルリンパ節生検も必要》
しかし、幸い現在では、MRI、超音波検査、マンモグラフィーなどの画像診断が進歩し、がんの広がりをかなり正確にとらえられるようになってきました。また治療データが蓄積されてきたこともあり、非浸潤がんでもがんが広範囲に分布していなければ、積極的に乳房温存療法が行われています。
乳房温存療法で病巣を摘出したあとに乳房に放射線照射を行うのは、基本的には浸潤がんの手術と同じです。放射線照射によって、乳房内の局所再発を防ぐことができます。
では、センチネルリンパ節生検はどうでしょうか。非浸潤がんは、乳管内にとどまるがんなので、理論的には転移のおそれはないはずです。ところが、実際には、わずかですが腋窩リンパ節転移をともなう例が報告されています。これは、一部にごくわずかな浸潤があったためと見られています。また非浸潤がんといっても実際には手術後に初めてその診断が確定され、手術をしてみたら浸潤がんであったというケースも少なくありません。そのため、腫瘍の範囲が広い場合、またがんの顔つきが悪い場合、乳房全摘が行われる場合など、多くの場合で、乳房の手術と同時にセンチネルリンパ節生検を行います。
乳房温存手術後は、ホルモン感受性が陽性ならば、タモキシフェンを再発予防のために5年間服用することも治療の選択肢になりますが、一般的には術後の薬物療法は行いません。
悪性度の低い、小さな病変などを中心に非浸潤がんの中には、そのまま大きくならずに終わってしまうものもあると考えられています。過剰診断、過剰治療という問題ですが、がんの早期診断に関わる重大な問題です。診断技術の進歩とデータの蓄積で一歩ずつ解決していくことが期待されています.
Oncotype DX DCIS(非浸潤性乳管癌の局所再発リスクを予測する遺伝子ツール)の取り扱いのお知らせ
2012年2月6日から、虎の門病院でオンコタイフ゜DX-DCISの取り扱いを開始しました。非浸潤癌で手術を受けられた方で、適応のある患者さんに御紹介しています。(2012年2月)
<非浸潤性乳管がん治療選択の新たな指標が開発される>
Oncotype DXで非浸潤癌の再発リスクを予測(Oncotype DX DCIS)
非浸潤性乳管がん(DCIS)の局所再発リスクを予測するDCISスコア日本でも2012年2月から可能になりました。多遺伝子検査 Oncotype DX(Genomic Health社)の12遺伝子を活用します。(2011年12月)
シルバースタイン再発スコアについて
南カリフォルニア大学のグループ(シルバースタイン)はVNPI(The Van Nuys Prognostic Index)という指標を提案し非浸潤癌治療の指針を発表しており、世界各国の専門家に利用されています(以前のスコアでは年齢が考慮されていませんでしたが、現在は年齢も加味されています)
具体的には4項目の得点の合計で治療の大まかな方向性を決めようという試みです
1) 腫瘍径 1.5cm以下 1点 1.6~4.0cm 2点 4.1cm以上 3点
2) 細胞核異型度 グレード1 1点 グレード2 2点 グレード3 3点
3) 切除断端と腫瘍の最短距離 1cm以上 1点 0.9~0.1cm 2点 0.1cm未満 3点
4) 年齢 61歳以上 1点 40~60歳 2点 39歳以下 3点
この4項目の合計がVNPIスコアで、
4~6点 乳腺部分切除のみ
7~9点 乳房部分切除+放射線治療
10~12点は乳房切除が妥当な治療と分類されます。
具体的に、腫瘍径8mm、核異型度グレード1、切除断端距離1.2cm、47歳の場合は1+1+1+2=5点で、乳腺部分切除が妥当な治療法ということになります。
なおこれですべてが決まるわけではありません。個々の患者さんと腫瘍の条件を加味して最終方針を決める際のたたき台と考えていただければいいでしょう。

非浸潤性乳管癌(針生検) 弱拡大

非浸潤性乳管癌(針生検)

非浸潤性乳管癌(針生検) 強拡大
非浸潤性乳管癌(DCIS Ductal carcinoma in situ)の新しい解釈(2022年6月追記)
アメリカの国立がん研究センターの専門家グループは最近、「がん」という言葉の再定義を求める報告書を発表し、特定の前がん状態や非致死性状態にはもはや適用しないよう提案しました。このような変更は、患者さんの恐怖心を和らげ、不必要で有害な可能性のある治療を受けようとする患者さんの気持ちを抑えることができる、と同委員会は書いています。この提案は、非浸潤性乳管癌(DCIS Ductal carcinoma in situ)のうち低悪性度の病変に対する我々臨床医の直観にある程度沿った内容になっています。

The Okura Tokyo Aug. 2021
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乳房の葉状腫瘍について
乳房の葉状腫瘍について
乳房の葉状腫瘍(はじょうしゅよう、Phyllodes Tumor)は、稀な乳腺腫瘍であり、乳腺に発生する間質性の腫瘍の一種です。この腫瘍は、乳腺の間質と上皮の両方から成り立っており、腫瘍の形態が葉っぱのように見えることから「葉状腫瘍」と名付けられています。葉状腫瘍は通常、良性から悪性までの範囲で分類され、その性質や治療法も腫瘍の分類に依存します。乳房の腫瘍の中でも発生頻度は低く、乳癌とは異なる特徴を持っています。ここでは、葉状腫瘍の分類、症状、診断方法、治療法、および予後について詳しく説明します。
1. 葉状腫瘍の分類
乳房の葉状腫瘍は、良性(Benign)、境界悪性(Borderline)、および悪性(Malignant)の3つに分類されます。この分類は、腫瘍の組織学的な特徴に基づいており、以下の要素が考慮されます。
- 細胞密度: 腫瘍を構成する細胞の密度が高いほど、悪性の可能性が高まります。
- 核異型性: 細胞核の形態異常が見られるかどうかは、悪性度を判断する重要な指標です。
- 細胞分裂像: 細胞分裂の頻度が高いほど、悪性度が高いとされます。
- 境界の侵襲性: 腫瘍が周囲組織に浸潤しているかどうかも、分類に影響を与えます。
良性の葉状腫瘍は、通常、局所的な成長にとどまり、転移することはほとんどありません。境界悪性の場合、腫瘍は悪性化の可能性があり、再発率が高まります。悪性の葉状腫瘍は、周囲の組織に浸潤したり、他の臓器に転移するリスクが高く、悪性度が高い腫瘍とされています。
2. 症状
葉状腫瘍の最も一般的な症状は、乳房にしこり(腫瘤)が発生することです。この腫瘤は、以下のような特徴を持つことがあります。
- 急速な増大: 葉状腫瘍は他の乳房腫瘍と比べて比較的急速に成長する傾向があります。患者は、数週間から数ヶ月の間にしこりが急に大きくなることに気づく場合があります。
- 無痛性: 多くの場合、しこりは痛みを伴わないため、初期段階では気づかないことがあります。
- しこりの硬さ: 葉状腫瘍は通常、硬くて滑らかであり、触診で容易に識別されることがあります。
- 皮膚の変化: 腫瘍が大きくなると、乳房の皮膚が引き伸ばされて変形したり、潰瘍を形成することがあります。
これらの症状は他の乳房腫瘍、特に線維腺腫(Fibroadenoma)と類似しているため、臨床的には区別が困難な場合があります。したがって、診断の確定には画像診断や生検が必要です。
3. 診断
乳房の葉状腫瘍の診断には、以下の方法が一般的に使用されます。
- 視診および触診: 臨床医は、乳房を視覚的に確認し、しこりの大きさ、形状、硬さを評価します。急速に成長するしこりは葉状腫瘍を示唆しますが、確定診断には他の検査が必要です。
- マンモグラフィ: 乳房X線撮影で腫瘤の有無や性質を評価しますが、葉状腫瘍の特有の特徴を明確に示すことは少なく、他の腫瘍と区別するのは難しいことがあります。
- 超音波検査: 超音波検査では、腫瘤の内部構造や境界をより詳細に観察することができます。葉状腫瘍は超音波で明瞭な境界を持ち、内部に液体を含むこともあるため、線維腺腫と異なる所見を示すことがあります。
- MRI(磁気共鳴画像法): MRIは、腫瘍の詳細な画像を提供し、良性・悪性の区別に有用です。特に腫瘍の大きさや周囲組織への浸潤を評価する際に役立ちます。
- 生検: 診断の確定には、腫瘍組織の一部を採取して顕微鏡で観察する生検が最も確実な方法です。細胞の形態や分裂の様子を確認することで、葉状腫瘍の良性・悪性の評価が行われます。
4. 治療法
葉状腫瘍の治療は、腫瘍の大きさ、場所、良性・悪性の分類に応じて異なります。基本的な治療法は手術ですが、場合によっては追加の治療が必要となることもあります。
- 手術: 葉状腫瘍の治療の第一選択は、外科的切除です。良性の場合でも、腫瘍の周囲に十分な正常組織を含めて切除することが推奨されます。これは、再発のリスクを最小限に抑えるためです。悪性の場合や腫瘍が大きい場合、乳房全摘術が必要になることがあります。
- 部分切除(腫瘍摘出): 腫瘍が小さく、悪性の可能性が低い場合、乳房を温存する部分切除が可能です。しかし、再発率が高いため、手術後も経過観察が重要です。
- 全摘術: 悪性の葉状腫瘍や大きな腫瘍の場合、乳房全体を摘出する手術が行われることがあります。これは、再発や転移のリスクを軽減するためです。
- 放射線療法: 悪性の葉状腫瘍の場合、手術後に放射線療法が行われることがあります。特に、再発のリスクが高い患者や腫瘍が完全に切除できなかった場合に有効です。放射線療法は、局所再発を予防するために使用されることが多いです。
- 化学療法: 悪性の葉状腫瘍が転移した場合や再発した場合には、化学療法が行われることがありますが、葉状腫瘍に対する化学療法の有効性については明確なエビデンスが十分でないため、治療はケースバイケースで判断されます。
5. 予後
葉状腫瘍の予後は、腫瘍の良性・悪性の分類や手術の成功に大きく依存します。良性の葉状腫瘍は、適切に切除されれば再発のリスクは低く、長期的な予後も良好です。一方で、境界悪性や悪性の腫瘍は再発や転移のリスクが高く、予後はやや不良です。
- 再発率: 良性の葉状腫瘍でも、再発することがありますが、通常は手術後の経過観察によって早期発見されます。悪性の場合、再発率が高く、再発した腫瘍はより悪性度が高くなる傾向があります。
- 転移: 悪性の葉状腫瘍は肺や骨、肝臓などに転移することがあります。転移が確認された場合、化学療法や放射線療法が検討されますが、全体としては予後は不良です。
6. 経過観察とフォローアップ
葉状腫瘍の患者は、手術後に定期的な経過観察が必要です。これは、再発を早期に発見するために不可欠です。特に悪性の腫瘍や境界悪性の腫瘍の場合、術後の数年間は定期的な乳房検査と画像診断が推奨されます。再発や新たな腫瘍が発生した場合には、再手術や追加治療が検討されます。
結論
乳房の葉状腫瘍は稀な乳腺腫瘍であり、良性から悪性まで多様な性質を持つ腫瘍です。診断には画像検査や生検が必要であり、治療は主に手術が中心となります。葉状腫瘍の早期発見と適切な治療によって、患者の予後は大きく改善される可能性がありますが、悪性の腫瘍では再発や転移のリスクがあるため、術後のフォローアップが重要です。
<以上2024年10月作成>

虎の門病院からのながめ
乳房葉状腫瘍は比較的乳房のまれな腫瘍で、全乳房腫瘍の1%未満とされています。葉状という名前は、腫瘍細胞が葉っぱのような構造をとって増殖することに由来しています。かつては葉状肉腫とも呼ばれていましたが、これは乳癌系統の腫瘍(上皮系の腫瘍)ではなく、肉腫系(間葉系の腫瘍)の腫瘍であることを意味しています。
大部分の葉状腫瘍は①良性と考えられており、稀に②悪性の葉状腫瘍があります。一部はその両者の中間(ボーダーライン)に位置すると考えられ、③ボーダーダイン病変と表現されます。①、②、③のいずれの病変も比較的早く増殖し、いずれも手術(腫瘍を切除すること)が必要と考えられています。
葉状腫瘍はどの年齢にも起きることがありますが、40代の女性に最も多く、良性はものは若い年代、悪性の腫瘍は、年配の方に多いという特徴があります。
葉状腫瘍の特徴の特徴をもう少し掘り下げて記述します。葉状腫瘍の病理組織学的な特徴は、上皮系細胞と間葉系細胞のそれぞれの成分の増殖がみられることです。
それらは前述のように良性、境界病変、悪性と病理組織学的に分類されてきました。しかし乳がんと違ってこのような病理診断は必ずしも転移、再発の診断の確実な予測につながりません。悪性と診断されていないのに、臓器転移をきたしたりする場合があるからです。治療の原則は完全な外科切除(腫瘍を確実に切除すること)です。通常は1cmの余裕を持って腫瘍を完全切除します。通常は乳房の部分的な切除が行われます。
しかしながら、局所再発率が高く、また悪性葉状腫瘍の20%程度が肺などに血行性転移をきたします。再発のリスクファクターとして、不十分な外科切除、間質の細胞増殖や異型性などが指摘されています。放射線や薬物療法の効果は明確でなく、術後の補助療法としては日常の臨床では勧められていません。なお男性の発症は極めて稀です。
葉状腫瘍治療のポイント
A 病理診断(良性、境界病変、悪性)と患者さんの術後経過(予後)に不一致が見られ、病態の解釈が難しい。
B 1cmの余裕を持って腫瘍を完全に切除することが治療の原則
C 臓器転移をきたす可能性があるのは、悪性または境界病変と診断された場合
D 薬物療法、放射線の役割は限定的である(臨床試験以外では術後補助療法としては行わない)
E 線維腺腫(乳房の頻度の高い良性腫瘤)との鑑別が術前には困難な場合もあり、その際は切除により最終診断を確定させる場合もある
(以上 2017年記載)
葉状腫瘍の画像写真(マンモグラフィーと造影MRI)
葉状腫瘍について
葉状腫瘍は楕円形のやわらかい腫瘍で、2~3ヶ月単位で比較的速く大きくなることを特徴としています。触診所見、超音波所見、マンモグラフィー所見はいずれも良性腫瘍の線維腺腫と酷似しており、診断は病理組織検査(切除または針生検)に基づきます。30代~40代の女性に好発しますが、必ずしも年齢は限定されていません。葉状腫瘍は乳腺組織を構成する上皮細胞と間質細胞のうち間質細胞から発生します。ちなみに上皮細胞が悪性化すれば乳癌であり、間質細胞が悪性化すれば肉腫となります。このため葉状腫瘍は肉腫の系統に属します。(かつては葉状肉腫と呼ばれていました) 葉状腫瘍は病理組織所見により悪性葉状腫瘍、ボーダーライン葉状腫瘍、良性葉状腫瘍の3つに分類されます。
治療について外科手術が基本になります。乳癌と違って放射線、ホルモン療法は無効であり、抗癌剤治療にも限られた効果しかありません。このため初回治療は通常手術による腫瘍の完全切除が原則となります。全身麻酔で手術を行い4日程度の入院が平均的な経過となります。術後の後遺症はほとんどありません。葉状腫瘍全体でみると95%以上の人が治癒するため、治癒率が75-80%程度の乳癌と比較するとかなりたちの良い病気といえます。
遠隔再発について葉状腫瘍をすべて含めると(良性、ボーダーライン、悪性)5%以下の確率で肺などに遠隔再発(致命的になる)します。いわゆる悪性葉状腫瘍と診断された場合は20%程度の方が遠隔再発します。一方ボーダーライン葉状腫瘍もまれに遠隔再発するため必ずしも良性とは言い切れないため、このように命名されています。このように葉状腫瘍は比較的たちの良い病気ですが、例外があるため必ずしも安心できないところがあります。遠隔再発と診断されてからの平均生存期間は2年6ヶ月です。
局所再発について最終的に葉状腫瘍の約20%が局所再発します。初回治療から局所再発までは平均2年程度と報告されています。またリンパ節に転移することはまれであるため、リンパ節を切除する手術は行いません。このため完全な局所切除が初回治療の原則となります。(腫瘍が大きければ乳房全摘手術が必要となることもあります。)局所再発は通常再手術により治療可能(治癒する可能性も高い)ですが、局所再発が遠隔再発の引き金になる可能性も完全には否定できないため、初回手術での腫瘍の完全切除が重要と考えられています。
(以上 2012年記載)
文責 虎の門病院 乳腺内分泌外科 川端英孝