AYA世代の乳がん患者さんの妊孕性温存についての概略

AYA世代の乳がん患者における妊孕性温存の重要性

乳がんは、日本においても女性のがんの中で最も多い疾患の一つです。その中でも、15歳から39歳の「AYA世代(Adolescent and Young Adult)」に乳がんが診断されるケースは少なくありません。この世代では、乳がん診断後に子どもを持つことを望む女性も多く、治療による妊孕性(妊娠する能力)の低下が大きな課題となります。AYA世代の乳がん患者にとって、がん治療と将来の妊娠の可能性を両立させるために、妊孕性温存(fertility preservation)の方法や選択肢を理解することは極めて重要です。

本稿では、AYA世代の乳がん患者における妊孕性温存の必要性、影響を与える治療、妊孕性温存の方法、それに関する倫理的・心理的課題について解説します。

1. AYA世代の乳がん患者における妊孕性の問題

1.1 AYA世代における乳がんの特徴

AYA世代の乳がんは、高齢者に比べて比較的まれですが、この年齢層では乳がんの診断が与えるインパクトが特に大きいとされています。理由として、AYA世代の患者は通常、家庭生活やキャリアの途上にあることが多く、今後の人生設計に大きな影響を与える可能性があるためです。また、AYA世代の乳がんは、しばしば進行が早く、悪性度が高いケースが多いことも特徴です。

乳がんの治療は多くの場合、手術、化学療法、放射線療法、ホルモン療法、分子標的療法が組み合わされますが、これらの治療は患者の妊孕性に大きな影響を及ぼす可能性があります。特に化学療法やホルモン療法は卵巣機能にダメージを与えることがあり、これが妊娠能力を低下させる主な原因です。

1.2 化学療法と妊孕性

乳がん治療において、化学療法はしばしば重要な役割を果たしますが、化学療法には卵巣機能を低下させるリスクが伴います。化学療法によって卵巣がダメージを受け、卵巣予備能(卵子の数と質)が低下することが多いです。これにより、治療後に月経が再開しても、妊孕性が著しく減少する可能性があります。

特に、アルキル化剤(シクロフォスファミドなど)は卵巣に対する毒性が高く、卵子の数を減少させる効果が強いとされています。一方で、パクリタキセルやドセタキセルなどのタキサン系薬剤は比較的卵巣への影響が少ないとされますが、それでも妊孕性に影響を与える可能性があるため、注意が必要です。

1.3 ホルモン療法と妊孕性

ホルモン受容体陽性の乳がん患者には、ホルモン療法が長期にわたって行われます。代表的なホルモン療法には、タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬が使用されます。ホルモン療法自体は卵巣に対して直接的なダメージを与えることは少ないですが、治療期間中は妊娠を避けることが推奨されるため、治療が数年にわたると患者の妊娠のタイミングに大きな影響を与えます。

また、ホルモン療法を中断して妊娠を試みることも選択肢の一つですが、再発リスクとのバランスを慎重に考慮する必要があります。このため、妊娠を希望する患者には、ホルモン療法開始前や治療中に妊孕性温存の方法を検討することが推奨されます。

2. 妊孕性温存の選択肢

妊孕性温存の方法には、主に以下のような選択肢があります。どの方法が適切かは、患者の年齢、卵巣の状態、治療の緊急度、個々の希望などに基づいて選択されます。

2.1 卵子凍結

卵子凍結は、患者が将来妊娠を望む場合に、化学療法や放射線療法を開始する前に卵子を採取し、凍結保存しておく方法です。後にパートナーの精子やドナーの精子と受精させ、体外受精(IVF)を行うことで妊娠を試みることができます。

卵子凍結のプロセスには、まず排卵誘発を行い、複数の卵子を採取するステップが必要です。通常、このプロセスは約2~3週間かかり、乳がん治療を開始する前にこの期間を確保する必要があります。ただし、ホルモン受容体陽性の乳がん患者では、排卵誘発にホルモン療法を使用することが懸念されるため、低ホルモン誘発法(レトロゾール併用など)を用いることが一般的です。

2.2 受精卵(胚)凍結

胚凍結は、患者がパートナーまたは精子提供者と共に受精卵を作成し、それを凍結保存する方法です。体外受精のプロセスは卵子凍結と同様で、排卵誘発後に採取した卵子を精子と受精させ、受精卵を凍結保存します。この方法は、卵子凍結よりも将来の妊娠成功率が高いとされています。

ただし、胚凍結にはパートナーやドナーの精子が必要なため、患者がまだパートナーを持たない場合や、将来のパートナーと子どもを持ちたいという希望がある場合には、この方法が適さないことがあります。

2.3 卵巣組織凍結

卵巣組織凍結は、卵巣の一部を外科的に切除し、卵巣組織を凍結保存する方法です。この方法は、特に思春期前や治療を急ぐ患者に適しています。保存した卵巣組織は、がん治療が終了した後、患者の体内に戻して卵巣機能を回復させ、自然妊娠を目指すことができます。

卵巣組織凍結はまだ実験的な方法とされており、他の方法に比べて成功率はやや低いものの、治療までの時間がない場合やホルモン療法を避けたい場合に有効な選択肢となることがあります。また、この方法は、卵子凍結や胚凍結が困難な患者にも利用可能です。

2.4 卵巣機能抑制

ゴセレリンやリュープロレリンなどの薬剤を使用して、化学療法中に卵巣機能を一時的に抑制する方法です。この方法は、卵巣を休眠状態にし、化学療法によるダメージを軽減することを目的としています。卵巣機能抑制療法は比較的新しい方法であり、長期的な妊孕性の保存に関するデータは限られていますが、化学療法の影響を軽減する可能性が示されています。

2.5 他の選択肢

これらの主な妊孕性温存の方法に加えて、AYA世代の乳がん患者には、妊娠を希望するタイミングに合わせてホルモン療法を一時的に中断することや、治療後にドナー卵子を利用することも選択肢となります。ドナー卵子を用いた体外受精(IVF)は、妊孕性が著しく低下した場合に有効な方法ですが、倫理的・社会的な問題も含まれるため、慎重に検討する必要があります。

3. 妊孕性温存に関わる倫理的・心理的課題

3.1 倫理的課題

妊孕性温存に関連する倫理的課題としては、特にがん治療による生命へのリスクと妊娠の可能性を天秤にかけることが挙げられます。治療を延期してまで妊孕性温存を行うことは、がんの進行リスクを増大させる可能性があるため、患者と医師は慎重な判断を行う必要があります。

また、胚凍結を行った場合、将来的にその胚をどうするかについても倫理的な問題が生じる可能性があります。たとえば、パートナーとの関係が変わった場合や、患者自身の健康状態が妊娠を許さない場合、凍結した胚の扱いについての決定を下す必要があります。

3.2 心理的課題

AYA世代の乳がん患者にとって、がん診断自体が大きな心理的負担となる中、将来の妊孕性の問題はさらに複雑な感情を引き起こします。妊娠の可能性を失うことへの不安や、がん治療と妊娠の両立へのプレッシャーが強くなることが多いです。

そのため、乳がん患者が妊孕性温存について理解し、適切な選択を行うためには、医療従事者からの十分な情報提供とサポートが必要です。また、心理的支援やカウンセリングを提供することで、患者が自分にとって最適な治療方法を選択しやすくすることが重要です。

4. 妊孕性温存に関する最新の研究と展望

妊孕性温存技術は、近年急速に発展しています。特に卵子凍結や卵巣組織凍結の技術は向上しており、これに伴いAYA世代の乳がん患者が将来的に妊娠を望む際の選択肢も広がっています。また、治療の個別化により、化学療法の卵巣への影響を最小限に抑える戦略や、卵巣機能を保護する薬剤の開発も進んでいます。

まとめ

AYA世代の乳がん患者における妊孕性温存は、がん治療の一環として重要な課題です。患者が将来的に妊娠を希望する場合、がん治療の開始前に妊孕性温存の方法を検討し、適切な選択肢を選ぶことが推奨されます。卵子凍結、胚凍結、卵巣組織凍結、卵巣機能抑制などの方法は、それぞれの患者の状況に応じて最適なものが選ばれます。

妊孕性温存に関わる倫理的・心理的な問題にも配慮し、患者が十分な情報とサポートを得られる環境を整えることが重要です。